アソビュー代表取締役CEO山野智久氏(写真右)と取締役CTOの江部隼矢氏
アソビュー代表取締役CEO山野智久氏(写真右)と取締役CTOの江部隼矢氏(写真左)
  • SaaS事業の成長で、予約プラットフォームとの“二刀流”に
  • 「付加サービス」から事業者にとって「不可欠なサービス」へ
  • 「観光・レジャー産業のDX推進」に勝機
  • 30億円調達で「攻め」に転じる1年に

絶望の淵にいたところから、事業に大きな成長のポテンシャルを感じられ、ワクワクする状況に変わってきました──。観光・レジャー産業の課題解決に取り組むアソビュー代表取締役の山野智久氏は、2020年からの激動の2年間をそのように振り返る。

業界自体がコロナ禍で大きなダメージを受けたことに伴い、アソビューもまた、2020年の上半期には深刻な状況に陥った。同社の主軸事業だった遊び予約サイト「アソビュー !」は緊急事態宣言下の移動自粛により売上は昨年対比で95%減少。売上がゼロになる日も経験した。

そのような状況においてもコンサル案件の受託や新商品の開発などで売上を確保し、観光施設やレジャー施設のDXを推進するSaaS事業に新たな可能性を見出した。

結果として会社は再び成長軌道に乗り、2020年末には13億円の資金調達を実施。2021年1月には同業の「そとあそび」をグループ会社化している。

それから約1年。山野氏は会社が成長する中で、さらなる攻めの決断を下したようだ。

アソビューはフィデリティ・インターナショナルおよび三井不動産「31VENTURES – グローバル・ブレイン グロース– I 事業」より、総額30億円を調達した。今回の資金調達はシリーズEラウンドの位置付けで、累計調達額は55億円になる。

この資金はプロダクトへの投資に用いる計画。アソビュー !の認知拡大に加えて、この1年で大きく成長したSaaS事業の強化を進めていくという。

SaaS事業の成長で、予約プラットフォームとの“二刀流”に

もともとアソビューはC(コンシューマ)向けのレジャーやアクティビティのマッチングプラットフォームからスタートした会社だ。近年は体験ギフト「アソビュー!ギフト」や上述したそとあそびのグループ化なども通じて、事業の幅を広げてきた。

C向けの事業は社会情勢や政府の方針の影響を大きく受けるものの、9月に緊急事態宣言が解除されてからは再び拡大中。特に11月はいわゆる「リベンジ消費」が増え、GoToトラベルの影響で活況だった昨年同月と比べても流通総額(GMV)は1.7〜1.8倍に成長しているという。

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その一方で同社は観光レジャー産業向けのバーティカルSaaSを展開する会社としての顔も持つ。

B(法人)向けの主軸サービスは、チケットの電子化を支援する「ウラカタチケット」と予約管理をデジタル化する「ウラカタ予約」の2つだ。前者はエンタープライズ、後者は中小規模の体験施設が主な顧客。チケットの販売や施設の予約を効率化するとともに、入場管理や顧客管理機能によって顧客の施設運営をサポートする。

両サービスを合わせたSaaSの導入企業数は現在2600社を突破。コロナ前の2019年12月と比較して、3倍以上に拡大した。山野氏が「一刀流から二刀流になった感覚」と話すように、この1年で特にSaaS事業が次の柱として育ってきたかたちだ。

2021年7月〜2021年12月の半年間におけるGMV(C向けメディア、B向けSaaS双方含む)は約200億円になる見込みだという。

「SaaSを契約している顧客の90%以上にはアソビュー !も活用していただけています。つまりSaaSの売上に加えて、メディアの売上というアップサイドのポテンシャルもあるのが強みです。特にこの1年でSaaSの事業基盤を確立できたことで、良い収益構造が作れてきています。一方で(メディア)全体の契約施設は約9000施設あるため、SaaSの導入には至っていない顧客も多い。その観点でもまだまだ事業を拡大できる余地があると考えています」(山野氏)

SaaSプロダクト「ウラカタ」のイメージ
SaaSプロダクト「ウラカタ」

「付加サービス」から事業者にとって「不可欠なサービス」へ

SaaS自体はコロナ前から提供していたものの、以前はあくまで予約サイトの体験品質を向上させる仕組みとしての色が強かった。

SaaSを導入してもらうことで、消費者が直前まで予約ができるようになったり、チケットの事前購入により当日並ばずに入場できるようになったり。「アソビュー!の利便性を高めるための付加サービスだった」(山野氏)という。

この状況を大きく変えたのが、コロナだ。これまでレジャー施設ではチケットをリアルな窓口で購入し、その半券を受付窓口に持っていって入場するのが主流だった。つまり接触型で、複数の人を介するオペレーションになっていたわけだ。

以前から山野氏たちは電子チケットの提案などを行ってはいたものの、レガシーな業界ということもあり、抵抗感を示されることも多かった。それがコロナの影響によって「(SaaSへの)需要が劇的に高まった」と山野氏は話す。

「感染症対策を実施し、レピュテーションリスクを下げずに営業を続けるとなると、非接触でのチケットの販売や入場管理が重要になります。また多くの施設は売上を毀損する中で、業務の生産性を向上させ、コストを下げて経営していく必要に迫られていました。これらを実現する上ではテクノロジーを有効活用するしかない。そのニーズが高まった結果として契約件数も増加し、会社の躍進のきっかけになりました」(山野氏)

アソビューとタッグを組んでウェブ上に窓口を設けることで、新たな入り口から顧客を獲得できるチャンスも生まれる。実際にSaaSの導入によって売上が増えた顧客も多い。

また予約やチケットの販売をデジタル化することで、業務生産性の改善も見込める。ある施設では事前決済による現金の扱いが減ったことなどにより、着券〜入場までのオペレーションにかかるコストが73%削減された。

「人間はどうしても現状維持バイアスが働くので、やったことがないことに対して抵抗感や不安を示してしまう。でも実際に試してもらうことで『意外と簡単だね』『便利だね』と価値を感じてもらえるように変わってきました」(山野氏)

アソビュー代表取締役CEOの山野氏

「観光・レジャー産業のDX推進」に勝機

山野氏が特に顧客から驚かれると話すのが「データ」だ。

というのも、いまだにレジャー施設の中には勘や経験を頼りに経営をしているところも少なくない。そのため「どのような層の顧客が多いのか、どこから来ている顧客が多いのか」といったことについても、明確なデータがない状態で予想せざるを得なかった。

それがチケットの購入や予約がデジタル化されると、データとして見えるようになる。顧客の実態が正しく掴めるようになれば、プロモーションのやり方やサービスの内容も変えていける。

ある施設では、顧客の8割は近隣エリアから訪れていると予想していた。ただ実際にデータを見てみるとその予想が外れていたため、アソビューの担当者から報告をすると「え、違ったんですか? もっと詳しく教えてください」と反応が返ってきたそうだ。

実際にさまざまな顧客と話をしていても「時間帯ごとにどこのエリアからの顧客が多いのか知りたい」「顧客層ごとに入場時間の傾向や満足度の違いを知りたい」といった質問がたくさんあがってきていたという。

山野氏によると、こうした例はごく一部の施設だけでなく、複数の施設に共通するものだ。販売データなど簡単なデータは見れたとしても、「社内にDX人材がいないために、経営の改善に繋がるような分析をできずに困っている」企業も存在する。

そのニーズに気づいたため、アソビューでは4月にウラカタチケットのオプションとして「ウラカタ分析」をローンチした。このサービスでは購買データを基に顧客の情報を複数の角度から分析できるだけでなく、同ジャンル施設の平均値など業界の動向に沿って自社の現状を把握することもできる。

たとえば自社の販売総額や販売枚数を同カテゴリの他社施設の平均値などと比較し、現状を分析することなどができる
ウラカタ分析の利用イメージ。たとえば自社の販売総額や販売枚数を同カテゴリの他社施設の平均値などと比較し、現状を分析することができる

「DX推進の本丸は『データのストックと活用』だと考えています。これが実現できるようになると、旧態依然とした予想に頼る経営から、データを活用した経営に変えていける。以前から構想自体はあったものの、実際に多くの施設にサービスを導入していただき、議論をする中で、集めたデータを経営に活用できるという確信を得られるようになりました」(山野氏)

30億円調達で「攻め」に転じる1年に

事業としては予約プラットフォームにSaaSという新たな柱が加わったことで、より強固な基盤が作れつつある。こうした状況の中で「実は前回のシリーズDを(IPOまでの)最後(の資金調達)にするか、という案もあった」そうだ。

「(それでも新たなラウンドに踏み切ったのは)SaaSが好調で伸びていたことに加え、もっと多くの価値を顧客に提供できるはずだと理解できたからです。SaaSへの投資を強化して、さまざまな施設で使い続けてもらえるようなプロダクトを作っていきたい。そのためにはプロダクトに対してしっかりと投資をするための資金を集める必要があるし、それが会社の成長角度を上げることにもつながると考えました」(山野氏)

今までアナログだった観光・レジャー領域にテクノロジーを持ち込むことで「いかに課題を解決していけるか」がアソビューのSaaSにおけるチャレンジになる。

そこに向けて同社ではエンジニアの採用を強化するほか、先端のテクノロジーに対するR&Dにも力を入れていく計画。そのほかデータ経営をサポートするためのビジネスサイドの人材の採用や、予約プラットフォームの認知拡大などにも取り組む。

「この2年間は、どちらかというと『攻め』よりも『守り』に対して時間やお金を使った期間でした。特に2019年はC向けの予約サイトがかなり伸びていて、手応えも感じていた中でコロナに直面して。先行きが全く予想できない状況において、攻めではないところに力を入れる必要がありました」

「そこから事業が成長し、社会情勢の変化も相まってようやく攻めに転じられる段階に来たと感じています。レジャー観光産業の業務を支えるSaaSを武器に、契約施設の数と解決できる業務プロセスの数を増やしていく。失うものもないので、2022年はテクノロジーに投資をして、徹底的に攻める年にしたいと考えています」(山野氏)