アル代表取締役の古川健介氏 Photo by Yuhei Iwamotoアル代表取締役の古川健介氏 Photo by Yuhei Iwamoto
  • 「漫画村」騒動がサービス開発の契機に
  • 将来的には「ファンからの支援」もビジネスに
  • “マンガファン”の投資家から2億円の資金調達

学生時代からインターネットサービスを開発してきた連続起業家・古川健介氏が現在取り組むのは「マンガ」をテーマにしたサービスだ。マンガに関する「好き」を熱量を込めて語る、また新しいマンガと出合う。このサービスを開発する背景にはある「騒動」があったという。古川氏に話を聞いた。(ダイヤモンド編集部副編集長 岩本有平)

「マンガのファンって熱量の高い人がとても多いんです。ですがマンガを応援する方法って、単行本を買うくらいしかありません。そういう人たちが応援してくれるほどに、マンガがより売れるサービスになればいいと思っています」

 そう語るのは、「けんすう」の名で発信を続ける連続起業家・古川健介氏。古川氏が今注力しているのが、マンガファン向けの投稿サービス「アル」だ。

 古川氏は2004年に、自身が開発した掲示板サービス「したらば」をライブドア(当時)に売却。その後リクルートを経てnanapi(当初の社名はロケットスタート)を起業。14年には同社をKDDIに売却した経験を持つ。古川氏はその後、Supership(nanapiと、同じくKDDI子会社だったスケールアウト、ビットセラーが合併した会社)の取締役として、新サービスの開発やブランディングなどを担当。その後19年1月にアルを立ち上げた。

 アルは、ウェブとiOS向けアプリで利用できるサービスだ。それぞれで機能の差はあるが、いずれの基盤にもなっているのは、合計3万5000シリーズを超えるというマンガのデータベースだ。ユーザーはこのデータベースから好みのマンガを探し、「このマンガの好きなところ」や「このマンガを読んだ人にオススメのマンガ」といった情報を投稿できる。また、出版社から許諾を受けたマンガについては、お気に入りのマンガの「コマ」の投稿も可能だ。それぞれのマンガには、無料掲載サイトや単行本、電子書籍の販売サイトへのリンクもつけており、気に入ったマンガを試し読みしたり、購入したりもできる。保有するマンガの新刊発売日を通知する機能もアプリ限定で提供する。

「漫画村」騒動がサービス開発の契機に

 18年10月にSupershipの取締役を退任し、再び起業家として挑戦する道を模索し始めたという古川氏。当初はECサイトを提供しようと考えていたが、結局サービスを公開することなく、事業をピボット(転換)した。「マンガ」を事業に選んだのは、18年に世間を騒がせたあるサービスがきっかけだという。

 そのサービスは「漫画村」。違法にコピーされたマンガや雑誌の電子版を無料で閲覧できるサイトだ。すでにサイトは停止しているが、コンテンツ海外流通促進機構(CODA)によれば、権利者に約3000億円の被害を与えたという。悪質サイトのブロッキングについても議論を巻き起こした。

 無料で海賊版のマンガが読まれれば、単行本や電子書籍が売れなくなり、権利者の収入も減ってしまう。だが一方漫画村は、さまざまな出版社のマンガを1つのサービスで読めることの便利さも示した。この騒動をきっかけに、古川氏は親交のあるエンジニアと「漫画ビレッジ」というサイトを立ち上げた。漫画ビレッジは、これまで出版社各社のアプリやウェブサイトでないと読めなかったマンガを横断して検索、閲覧できるサービスだった。これがアルの原型になっている。

「アル」のトップページ。「マンガファンの愛で作るマンガサイト」とうたっている「アル」のトップページ。「マンガファンの愛で作るマンガサイト」とうたっている

 漫画ビレッジの公開後には、大手出版社の役員からも相談があった。ユーザーの利便性という意味でも漫画村に課題を突きつけられた出版社。だが各社それぞれがサービスを展開している状況で、横並びで新しい取り組みを行うのは難しい。あくまで例え話だが、Netflixのような定額読み放題のようなサービスを出版社横断で作れるわけでもない。であればまず、出版社を横断してマンガの情報が集まる場所を作るのはどうかという話になり、「マンガが好きで、今新しいサービスを作れる起業家がいるか」と考える中で、古川氏は自身が立ち上げるのが最適だと考えた。

 また古川氏は、「世の中にはたくさんのマンガがあるが、まだまだ読者とマンガが出合っていないのではないか」とも考えていた。以前に古川氏があるマンガをブログで紹介したところ、ブログを経由して3000冊ほどのマンガが購入された。マンガの面白さについて熱量を持って伝えれば、今までそのマンガを知らなかった人も単行本を購入するし、すでにそのマンガを(無料配信などで)知っている人も、もっと好きになって単行本を購入する。そういったファンの熱量を伝える投稿サイトがあるべきだ、というところから生まれたのがアルだ。

将来的には「ファンからの支援」もビジネスに

 アルのユーザー数などは非公開。古川氏も「成長に時間のかかるサービスだ」としている。アリフィエイトなどは一部導入しているが、明確なビジネスモデルは明らかにしていない。

「(ビジネスは)どうするんでしょうね(笑)。でも、『やりたくない』ということは明確にあります。サイトに広告を掲載して、ただページビューを稼いでもうける、ということはやりたくない」

「カゴメの売り上げの3割が、上位2.5%のユーザーによって支えられているという話を聞いたことがあります。強烈なファンが毎日、数百円の商品を購入しているそうです。同じように、企業も個人のように“応援される存在”になっていくと思っています。たとえば野球チームもそうですし、D2C(Direct to Consumer)ブランドもそう」

「極端にいえば、ユーザーに毎月1000円払ってもらってサービスに対する意見を求める『アル開発室』のようなものがあってもいいと思います。1万人集まれば売り上げは月1000万円。これだけのファンがつくと、開発側もサービスをよりよく変えていかないといけないというプレッシャーになります」(古川氏)

“マンガファン”の投資家から2億円の資金調達

 同社は6月11日、ベンチャーキャピタルのANRI、East Ventures、ABBALabおよび株式会社にしのあきひろ(絵本作家・タレント西野亮廣氏のオンラインサロンなどを運営)、片桐孝憲氏(DMM執行役員、pixiv創業者)、中川綾太郎氏(newn代表取締役、ペロリ創業者)および1社から、合計2億円の資金を調達したことを明らかにしている。

 出資者は古川氏と公私ともに交友関係のある投資家、起業家が中心。いずれもマンガ好きで、ビジネスとしてマンガやエンターテインメント業界に関わっている人物ばかりだ。

「今後AIによって仕事が減っても、収入が増えるわけではありません。ですが、労働時間は減るはずです。労働時間が減れば時間に余裕ができる。エンタメはそこで強くなる領域です。そしてエンタメの中でも“ハマる”のは、スポーツのように『人を応援する』というものです。たとえば西野(亮廣)さんはそこに何年も前に気付いて、(クラウドファンディングやサロンなどを通じて)自分の物語を売ることにした方です。そういう方も含めて、出資者は総じて『マンガっぽい人』たちだと思っています」(古川氏)

 アルは今後、調達した資金をもとにサービスやマーケティングを強化していく。調達の発表とあわせて、Androidアプリも公開した。

「作品を読者に届ける、読者にアルを知ってもらうための取り組みをしていきます。たとえば人気のマンガや面白いマンガの解説をマンガにして紹介するような、『マンガを読みたくなるマンガ』なども準備しています。将来的なことを言うと、自分の老後にも、“超いい”といえるマンガが生まれ続けていたらいいと思っています。孫と『おじいちゃん、こういうのが好きだったんだね』と話せるくらいに」(古川氏)