BMSG代表取締役CEOの“SKY-HI”こと日高光啓氏
BMSG代表取締役CEOの“SKY-HI”こと日高光啓氏
  • 破壊ではなく、創造的な革命を音楽業界に起こす
  • 「CD偏重のビジネスモデル」はアーティストのためにならない
  • 16歳の頃から芽生えていた「起業家意識」
  • エンターテインメントの本質は「暗闇を照らし出す光」

「日本の音楽業界のシステムを根本から変えていきたい」

強い思い、強い覚悟を持って、こう語るのは“SKY-HI”ことラッパー/パフォーマー/プロデューサーの日高光啓氏だ。日高氏は2020年、"才能を殺さないために"をスローガンとした音楽レーベル「BMSG」を設立。1億円もの私財を投じてボーイズグループ発掘育成オーディション「THE FIRST」を開催したことは、2021年大きな話題を集めた。

日高氏はもともと、パフォーマンスグループ「AAA」に所属したり、「SKY-HI」の名でソロ活動をしたりしてきたアーティストの一面を持つ人物である。そんな彼が、なぜ音楽業界のシステムを根本から変えていきたいと考えるようになったのか。その背景には、アーティストとして15年間活動してきた中で感じた大きな課題が関係している。

BTS(防弾少年団)やBLACKPINKなど、グローバルで人気のK-POPアイドルを生み出してきた韓国の音楽業界と比べると、日本の音楽業界はやや元気がない。そんな日本の音楽業界を日高氏はどう変えようとしているのか。彼の考えに迫った。

破壊ではなく、創造的な革命を音楽業界に起こす

──「音楽業界を変えたい」と発言する意味、日高さんが一連の活動を通じて何を成し遂げようとしているのか、教えてください。

そもそも会社を立ち上げた理由について話すと、音楽業界に身を置く当事者の一人として、「誰かが本気で変えないといけない」という危機感を募らせていたからです。

日本は治安が良く、子どもが夜に習い事ができる稀な国です。だからこそ、日本中にダンススタジオがあり、そこに通う子どもたちのレベルも高い。幼少期の目覚めは欧米や韓国よりも早く、層も厚いはずなのに、世に出る才能は決して多いとは言えない。

10代から韓国にわたり、K-POPアイドルとしてワールドスターになるケースも出ていますが、そのステージに乗れるのはよほどの度胸があり、かつ親御さんの理解と協力がある、限られた人たちだけです。日本の音楽業界の現状を考えると、「同じくらい才能を持っているにもかかわらず、K-POPアイドルとしてワールドスターになれなかった人たちは無数にいるのだろうな」と思い、絶望的な気持ちになることもありました。

僕はたまたま運が良かっただけで、少しの差で何かが違っていたら、ここにはいない。それを踏まえても、今だって相当埋もれている存在だと思うから、音楽業界の変革は自分のためでもあり、みんなのためでもある。そして、音楽業界の何を変えたいかというと、全部変えないといけないと思っています。システムの全て、をです。

──ゼロから作り直すということですか。

「革命=破壊」ではないと思っています。今、頑張っている人たちを否定する気持ちはないし、過去の積み上げの上に僕も存在しているという自覚はあります。

けれど、今の音楽業界のビジネスモデルはCDバブル絶頂期の30年前のスキームのまま変わっていないんですよね。CDが売れた時代に、多くのステークホルダーと利益を分け合いながら築いた型を手放すことなく30年抱え続けて、慢性的な大企業病のように身動きが取れなくなっている。

あまりにも船が大きくなり過ぎて、氷山がすぐそこまで迫っていると気づいているのに舵を切れない。乗員も「このままじゃ沈むね」と言うだけで衝突を防ぐ術がない。まさにタイタニック号のような状況に陥ってしまっているわけです。

だからこそ、小回りの効くスタートアップという小船で新しい海路をつくる必要がある。BMSGという会社を立ち上げ、小舟を操縦すると決めたからには、これまでタブーとされてきたことまで臆せず言っていくべきだと覚悟しています。破壊ではなく創造的な革命を起こす方法はシンプルで、手放すべきものを一つひとつ手放していき、新たに手に入れるべきものを身につけていく。そうすると自然と理想に近づくんじゃないかなと思います。

「CD偏重のビジネスモデル」はアーティストのためにならない

──日本の音楽業界が手放すべきものとは。

これは具体的に言えば言うほど角しか立たないと思うのですが、率直に話します。分かりやすい例として、歌手やダンサーのメディア戦略が20年前から変わっていない。ダンス&ボーカルグループのメンバーにバラエティタレント化を期待するプロモーションの手法には、ずっと違和感を抱いてきました。もちろん、それが得意で好きな人はやればいいんですけれど、それによって本来の才能を発揮できなくなる人のほうが圧倒的に多いというのが僕の実感です。

リリースのたびに食レポをしないといけないのはおかしいですよね。おかしいんだけれど、それが基本的なフォーマットになってしまっている。雑誌のインタビューで「好きな女性のタイプは?」と聞かれるのも不快。というか、意味がよく分かりません。恋愛対象を最初から異性だと決めつけている時点で前時代的ですし……。

もっと根本的なことを言うと、「CD偏重のビジネスモデル」は絶対に脱却しないといけない。これは強い思いとしてあります。そもそも、CDを販売するビジネスモデルはアーティストやその活動を作るマネジメント会社にとって決して効率の良い方法ではないんです。

なぜ非効率かというと、CDの販売は多くの中間業者や既得権益があって、彼らが利益を分け合う構造がガチガチに固まっているからです。これを言うと僕が大好きなCDショップにも打撃があるかもしれないのでツラいのですが、事実として、CDがたくさん売れたとしてもアーティスト自身に入ってくるお金はわずかです。

一部のアイドルやボーイズグループでは、ファンが「応援表明のためにCDを一人で大量に買う」という行為が定着していますが、それで潤うのはレーベルと著作権者です。もし販促のために握手会などのイベントを大規模で開催した場合、その費用はレーベルが持つため、最終的に儲かるのは著作権者一人だけということもあります。

そもそもCDが好きで欲しくて買うことが普通だったと思うのですが、「好きなアーティストを応援したい」という気持ちでファンがそこにお金を投じた場合、アーティストやその所属会社には回らない。想いと結果がバラバラな、とても不健康でいびつな構造になっているのが現状です。

局所的で不自然な形であっても「CDが売れる」「CDを売るのが目的」という状況がアイドルのビジネスで生まれているから、レーベルも新しいモデルへと舵を切りにくい。もしかしたら10年前に脱却できたかもしれないのに、いまだに変われないのはこの構造があるからです。

──業界内で同じような問題意識を抱える人はたくさんいたのではないでしょうか。

そうだと思います。今回、僕が「音楽業界を根本から変えたい」という意志を表明して動き出したときに、思った以上にエールをいただけたんです。大手のレーベルや事務所の方々は煙たがるだろうなという予想とは裏腹に、「よく言ってくれた」「挑戦してくれてありがとう」というリアクションが多かった。先に述べたような、CD積み上げモデルで有名なグループに所属しているアイドルからも「頑張って下さい」と言われました。

きっと皆さんも感じていたのだと思います、底なしの危機感を。でも既存の構造の内側にいる以上は反旗を翻しにくい。自分のためにCDをたくさん買ってくれるファンがいる以上、「応援ありがとうございます」しか言えないですよね。でも実際、その応援の気持ちがアーティスト本人やその活動資金に還元される額は非常に少ないというのが現実です。

一方で2022年において、エンターテインメントビジネスにおけるマネタイズの選択肢は広がっています。例えば、僕がオーディション企画実現のためにクラウドファンディングを通じて受け取った金額は4億5000万円にも上りました。それと同額を1枚1000円のCD売上のみから受け取ろうと思ったら、新人の場合は900万枚くらい売らないといけない。マネタイズの仕方は完全に変わりました。

この問題に正面から向き合って本当に新しいモデルをゼロから創り上げていくには、内側にいたままじゃ不可能です。僕はスタートアップという立場に立ち、業界を変えるために起業したのだから、問題意識をきちんと言い続けたいし、実行に移していきたい。僕は作詞・作曲家として著作権者でもあるので既存の構造でもお金は入ってくるし、困らない立場ではあるんですよ。それでも発言することが強い意志の表明になるのかなと思っています。

ただし、これまで好きなアーティストを応援するためにCDを大量に買い続けてきた人たちの人生を否定したくはない。CDを集めるのが好きだった方は引き続きそうしていただきたいです。ただ、義務的に買っていたという方には新しい応援の形も示していきたい。要は、自分が好きなアーティストを好きなように応援できる世の中にしていきたいんです。

例えば、ファンコミュニティなどファンに直接言葉や姿が届くサービスや、マーチャンダイズの拡売などでも大きな利益を産むことができます。また、NFTも日本では浸透するまでにまだ時間がかかると思いますが、将来的にはアーティストにとって大きな収益源になる可能性があると思い、個人的には好意的にとらえています。

16歳の頃から芽生えていた「起業家意識」

──なぜそこまで客観的に業界全体を俯瞰(ふかん)する視点に立てているのですか。

確かに、自分でも俯瞰するタイプだなと思いますね。なぜこういう視点に立てるのかとあらためて考えると、僕が早くから起業家に憧れていたことが影響しているかもしれないですね。18歳の頃にDef Jam Recordings創設者のラッセル・シモンズに憧れて。ニッチだったものを一気に広げていくさまは痛快だったし、カッコよく映ったんですよね。

当時、ラッパーのジェイ・Zが表現した「I’m not a businessman. I’m a business, men(俺はビジネスマンじゃないよ。俺自体がビジネスなんだ)」というライムにめちゃくちゃ痺れました。振り返って自分の生き方を考えたときに、「大学を卒業して就職して音楽ビジネスを始めたとしたら22歳からか。4年も待てないな」と。

16歳でエイベックスのオーディションを受けたのも、社長の松浦勝人さんの起業家精神に惹かれたから。貸しレコード屋の雇われ店長から一代であれだけの会社を築いたという点でラッセル・シモンズ的であり、「直接話を聞いてみたい」という、いわばインターンのようなノリでオーディションを受けたんです。その流れでAAAというグループを結成したわけですが、浮かれた気持ちも特になく、起業家志向だったからか俯瞰して自分自身を見ていましたね。

もともとドラムを叩いたり、ラップやヒップホップといったUS由来の精神性の強い音楽に傾倒してきたりした10代を送ってきた僕がAAAの音楽性にフィールしていたかというと、それはまた別の話で。音楽性に自分を重ね過ぎず、やるべきことをしっかりやり遂げるというスタンスでやっていたからこそ、グループを長く続けられることにも役立てたのだと思います。「いつか自分の会社をつくりたい」という夢はずっと持ち続けていました。今ほどの問題意識はなかったですけれど。

──実際に会社を興して、独自のオーディション企画「THE FIRST」でボーイズグループ「BE:FIRST」をデビューに導きました。選考の過程では、日高さんのプロデューサーとしての姿勢にも注目が集まりましたが、コミュニケーション面で特に意識していたことは。

「THE FIRST」は予想以上に反響がありました。もちろん、このためだけに会社を立ち上げたのではないですが、自分がすぐにやるべきことだと思っていたダンス&ボーカルのプロデュース部分は起業と同時に取り掛かりたいと考えました。

選考中のコミュニケーションで意識していたのは、「具体的に褒める」という点ですね。世界と比較すると日本の芸能界の育成事情は決して進んでいるとは言えなくて、せっかくの才能が開花しないまま埋もれてしまうことが多かったと思います。

ダンスや歌はなんとなく抽象的な評価で終わりがちなんですけれど、具体的に何がいいのかを言語化し、本人にも言語化を求める。すると弱点の把握もより正確にできるし、改善もしやすい。いいところをちゃんと見て直接伝えていけば、自信につながるから才能はもっと伸びる。ただ、評価する側である僕も彼らに信頼してもらわないといけないから、そこは結構頑張りましたね。

エンターテインメントの本質は「暗闇を照らし出す光」

──オーディション中にも日高さんはよく「5年後に向けて」とおっしゃっていましたが、描くゴールイメージは。

5年後に向けては淡い設計図があって、だんだん具体的になりつつあります。その構想を今明かしてしまったら台無しになってしまうので、言えないですけれど。でも期待していただきたいです。

エンターテインメントって、本来はそういうものだと思うんですよね。毎年のように世の中をワクワクさせるようなニュースをつくって、常に想像の半歩先を行くもの。即時的に求められる「かわいい」「カッコいい」を満たすためだけのサービスではなくて、現実社会の暗闇を照らして前へと歩き出す光だと思っています。そんな希望になれるのがエンターテインメントの本質であるはずだと思っています。

かつてのジャニーズのアイドルはまさにそんな存在で、だからこそ国内有数のクリエイターが力を結集して、アイドルを盛り上げていった。社会のピンチにはみんなで曲を出したりして、カッコよかったし、夢がありましたよね。

今の時代の新しいスタイルで、エンターテインメントの本質に立ち返るために、これからも僕なりのチャレンジを続けていきたいと思います。