Photo:SOPA Images/Getty Images
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  • 日本法人にも秘密だった「社名変更」、10年後に向けた長期ビジョンを示す
  • 日本で急速に定着するInstagram、利用形態も他国とは異なる
  • Facebookの強みは「コミュニティ」、コロナ禍でより重要に
  • 日本でも「メタバース開発」を加速、Quest 2販売体制構築にも注力
  • メタバースは「みんなで作る次世代インターネット」である

いわゆるビッグIT企業の中でも、2021年後半の話題をさらったのは「Meta」だろう。Facebookからの社名変更は、さまざまな意味で話題を呼び、「メタバース・ブーム」のような状況を引き起こしつつある。

一方、同社のビジネスの現在の主軸はSNSだ。特にInstagramは、日本国内で若年層・女性を軸に、急速に利用者を伸ばしている。これもまた、同社のリアルな姿である。

そんなFacebook Japan(編集部注:日本法人は今のところ社名変更の予定はない)に、味澤将宏氏が代表取締役として着任してから2年が経過しようとしている。コロナ禍において日本でのビジネスをどうかじ取りしたのか、そして、「社名変更」をどう受け止めたのか。2022年以降の展開も含め、単独インタビューでじっくりと聞いた。

日本法人にも秘密だった「社名変更」、10年後に向けた長期ビジョンを示す

2021年10月、Facebookは、同社のVR/メタバース関連開発者会議「Connect 2021」で社名をMeta Platforms、通称「Meta」に変更すると発表した。

直前になって「社名変更するのでは」とのうわさは出始めていたが、味澤社長は「日本側には明かされていなかった」と話す。非常に秘匿性の高いプロジェクトとして進められていたからだ。そのため、発表されるとFacebook日本法人の中にも大きな驚きが広がったという。

ただ、「驚きはあったが、すぐにポジティブに受け入れられた」と話す。

「今回のことは、単純なブランド・名称の変更ということではありません。Connect 2021の基調講演を見ていただければよくわかると思うのですが、今回の発表は、5年・10年に渡る我々の進む方向・ビジョンを明確にして、その上で『あのブランドにしよう』ということでした。ですから、もちろん社内にも驚きはあったわけですが、非常にポジティブに受け止められています」

Facebook Japan代表取締役の味澤将宏氏
Facebook Japan代表取締役の味澤将宏氏

「弊社も創業から18年が経過しました。Facebookという単一のサービスから始まったわけですが、特にこの10年でポートフォリオも変わってきて、いろいろなサービスを展開しています。ソーシャルやメッセージングだけでなく、AR/VR、AIやマシンラーニングといった事業を含む企業になりました」

「今回新たにコーポレートビジョンとして『メタバース』を打ち出したわけで、今後目指す方向もよりクリアーなものになります。もちろん、既存のビジネスがなくなるわけでもありません。今のFacebook、Instagramも今後、ARの搭載やVRとのインテグレーションをより加速して進めていきます」(味澤氏)

日本で急速に定着するInstagram、利用形態も他国とは異なる

味澤氏がFacebook日本法人の代表に就任したのは2020年1月のこと。「就任からの約2年間でどこに注力してきたのか?」との問いに、味澤氏は「Instagramのグロース」と答えた。Instagramの日本での月間アクティブアカウント数は、公式発表では2019年3月の段階で3300万アカウント。現在は4000万アカウントを大きく超えている、とする外部調査も多い。

「日本代表に就任してから、プロダクト・ポートフォリオとしてはInstagramのグロースに注力してきました。それは日本の中でビジネスをグロースさせるということだけではなく、日本で作ってきたモデルが世界の他の国でも役に立つだろう、というビジョンを推し進めたものです」

「日本では特に、Instagramでの検索機能の利用率が高い。ハッシュタグ検索もそうですが、場所やブランドの検索も多く使われています。そのため、地図検索機能を日本で開発しました。この機能は今、他の国でも使われています」

「コマース事業でもそれは同様で、ショップのタグから先へと実際に入ってきていただける比率が、グローバル平均と比べるとだいたい3倍くらいあるんですね。ハッシュタグでの検索利用もグローバル平均に比べ5倍くらい多くなっています。そのくらい、『好きなもの』『ブランドプロダクト』に対してエンゲージメントが強いです」(味澤氏)

2021年6月にリリースされた近隣の人気スポットを検索できる地図検索機能
2021年6月にリリースされた近隣の人気スポットを検索できる地図検索機能

なぜ日本ではInstagramがここまで支持されるのだろうか? 前出のように、利用形態も異なり、利用の積極性も目立つ。その理由はどのようなところにあるのだろうか。

「日本人は『インタレスト(興味)』でつながることが非常に好きな国民性である、という部分があるように思います。ある興味に対して一気にエンゲージメントが広がり、そこからコミュニティが広がるのですが、この特性が他のマーケット(地域)に比べて強いのではないか、と。ソーシャル上の投稿を分析すると『日本人はハイコンテキストな国民性である』という話がよく出てきます。日本全体にひとことで通じて、細かい部分まで説明しなくても語り合えるという部分は、プラスに働いているのではないかと思います」(味澤氏)

その結果、Instagramのビジネス利用は活発になってきた。特に味澤氏が強調するのが、規模の小さな店舗を含めた「中小企業」での利用である。

「コロナ禍では中小企業のビジネスにかなり影響が出ていたので、Instagramを中心に、料理の注文機能や予約の機能を積極的に開拓してきました。おそらくこの分野では、世界で一番パートナーシップを多く組んでやってきた、と考えています。今はその部分がかなり広がり、飲食店だけではなく、美容院などでも使っていただけるようになってきました」

「こうしたことはいわゆるデジタル・トランスフォーメーションに類する領域です。大企業なら自分たちで対応もできるでしょう。ですが、中小のビジネスでは、まずアプリを自分たちで作ることが難しい。飲食や美容などの業種ではすでにInstagramを使っていただいていた部分もあるので、その中から無料で使える機能として、予約やコマースに関する機能もご提供しています」

「また最近は、収益化支援を中心に、クリエイターのバックアップも進めています。日本はInstagramが強いマーケットなのでより顕著ではあるのですが、今『クリエイターの民主化』が起きていると思うのです」

「ソーシャルメディアによる情報の民主化の流れを受けたものですが、表現の幅が広がることで、それがクリエイターの民主化につながっています。今までは既存の流通やマスの力を借りなければできなかったことが、直接好きなものを発信する中でビジネスが生まれる、という形になってきました。我々もそこを支援していきたいです」(味澤氏)

2021年6月には米国で、クリエイターがお気に入りのアイテムの商品タグ(商品名や価格を表示し、商品詳細ページに遷移させることができるタグ)を自身の投稿に追加し、売上に貢献した際にコミッションを受け取ることができるアフィリエイト機能をテスト的に開始している
2021年6月には米国で、クリエイターがお気に入りのアイテムの商品タグ(商品名や価格を表示し、商品詳細ページに遷移させることができるタグ)を自身の投稿に追加し、売上に貢献した際にコミッションを受け取ることができるアフィリエイト機能をテスト的に開始している

Facebookの強みは「コミュニティ」、コロナ禍でより重要に

日本でのMetaのビジネスとしてInstagramの重要性はわかってきた。では(SNSとしての)Facebookはどうだろう。他国と比較しても、日本のFacebookには特殊な部分がある。そこをどう自己分析しているのか。味澤氏は「つながりがポイント」だと説明する。

「Instagramがインタレストグラフ(興味)でつながるのに対し、Facebookは、まさにソーシャル=人と人のつながりなんです。そこで一番強い部分はやはりコミュニティです。今回のコロナ禍の中でも、非常に多くのNPOなどが自主的に、中小のビジネスや特定の地域を支援するような形で立ち上がりました。そうした使い方もあって、Facebookの利用時間は、日本国内ではとても伸びているんです」

「コロナ禍で人の間に物理的な距離が生まれる中、人のつながりの価値が再認識されました。そういった意味で言うと、Facebookは(この時代に)非常に合ったプラットフォームだと思います」(味澤氏)

では、安心・安全の部分ではどうだろうか。コロナ禍においては特に重要な部分であり、Facebookにおいてコミュニティが重視されたのも、コロナ禍で「安心・安全」が求められたためでもあるだろう。これはどのSNSも苦労していた領域でもある。

「この2年間を振り返ると、会社の中では、僕たちが日本の中でやっていくべきことを『社会経済への貢献』『安心・安全な環境を作ること』だと考えました。やはりコロナの影響が非常に強かったので、まず『正しい情報を出していく』ということを、厚生労働省等々と組んで進めてきました。また日本では特に、自治体連携を積極的に進めてきた部分があります」

「安心・安全のために使っていただくという意味でも、中小企業を支援するという意味でも、自治体との連携は非常に効果的です。それに、被災地支援も力を入れている部分です。日本は災害の多い地域ですし。『災害支援ハブ』(安否確認などを含む災害支援に関する機能・情報を集約したページ)という機能は、ご存じの通り、東日本大震災をきっかけとして日本で生まれ、それを改善しながら使っているものです」(味澤氏)

日本でも「メタバース開発」を加速、Quest 2販売体制構築にも注力

今後のMetaの中核となる、メタバース事業で日本はどのような役割を果たすのだろうか。味澤氏は「非常に重要な役割」と断言した上で、次のように語る。

「メタバースは、今後、業界関係者・研究者の皆様とともに『みんなで作っていくもの』だという認識です。今はまだ入り口ですね。日本は、『使う』面でも『作る』面でも非常に重要なマーケットです。例えば(VRワークスペースの)『Horizon Workrooms』。昨年夏にスタートしたばかりのサービスですが、世界的に見ても、日本からの利用は非常に多いんです。また、日本はゲーム関連事業の強い国ですから、開発者の数も非常に多い」

「日本での開発支援についても、まさにディスカッションをしている最中です。メタバース・プロダクトの開発をしているチームのチップであるヴィシャール・シャーは、元々Instagramの開発トップでもありました。その時に彼は、米国外では初めて、日本に開発チームを置くという決断をしました」

「日本のユーザーはエンゲージメントが高く利用者も多いので、そこから定性的・定量的なリサーチを行い、インサイトを抽出した上でプロダクト開発を行いました。そうした経験が彼にあるので、『日本にもなんらかの開発機能を持たせたい』という話はしていました。現在、その方向でディスカッションを進めているところです」(味澤氏)

VR用機器「Meta Quest 2」(Oculus Quest 2)
VR用機器「Meta Quest 2」(Oculus Quest 2)

日本でのチャレンジという意味では、同社のVR用機器「Meta Quest 2」(Oculus Quest 2、社名変更により商品名も変更)が重要なデバイスとなる。実は「Facebook日本法人」としては、この製品の販売こそが大きなチャレンジでもあった。

「実はこの2年間、弊社の中では、マーケットの状況も踏まえ、新たな雇用を抑えていた部分があります。しかし、Questに関するセールス、マーケティング、カスタマーサービスの部分は例外です。積極的に人材を雇用してきました。日本の流通、特に家電流通は特殊な部分があるじゃないですか。流通との関係や販売チャネル開発が非常に重要である、という認識を私も当初から持っていました」

「ですから日本でのローンチについては、私もチームに入って綿密に進めてきました。Facebookはハードウェアを量販店に卸して販売する、という経験がありませんでしたから、今まで弊社が採用してこなかったタイプのスキルを持つメンバーを雇用し、流通構造を作ってきた部分があります」

「誤算だったのは、コロナ禍に見舞われたことです。量販店で場所を用意していただき、Quest 2をデモし、お客様にプレイしてもらうことが重要だと認識していたのですが、コロナ禍ではその展開が難しくなりました。いまようやく施策が実を結んでいる、という状況です(編集部注:取材は2021年12月末に行われた)」(味澤氏)

メタバースは「みんなで作る次世代インターネット」である

Metaへの社名変更後、「メタバース」には注目が集まっている。ある種の流行語・バズワードになっているような部分もある。それをどう思っているのかを尋ねると、味澤氏は次のように答えた。

「『メタバース』という言葉が盛り上がること自体は、とても良いことだと思います。ただ、やはり『みんなで作っていく』ことが重要なのだと思います。インターオペラビリティ(相互可用性)のような概念をあまり考慮しないで話されているケース、単純なVRのアプリケーションみたいなものまで含めて語られている部分もあるように思います」

「我々としても、ビジョンをみんなで共有しながら『次世代のインターネットを作っていく』には、まだまだ皆さんと話し合っていく必要があるかな、とは考えています。企業だけではなくて、研究者や関係省庁なども交え、プライバシーや安全性の問題なども含めて話し合う必要があるでしょう」

「最初から1社が独占するようなことではなくて、多くの企業が経済的関与を広げていくかたちが望ましいです。我々が持っているテクノロジーを『我々だけが使えます』ということではなくて、みんなが持ち寄って作っていく世界だと思うんですよ。Connectの基調講演で、我々はそういったビジョンを表明したつもりなのですが、ぜひここから、皆さんとディスカッションを広げていきたいです」(味澤氏)

冒頭でも述べたように、Metaはメタバースの構築を「長期戦」と捉えている。その過程では、いかに複数の企業で協力体制を築き、早期に理想的なビジョンを作るかも重要な要素と言える。Metaとしては言葉が消費されてしまうことを望んでいない、というのが本心だろうと筆者も考える。彼らは「次世代のインターネット」構築に早期着手するために社名を変えたわけだが、「インターオペラビリティ」を強調するのはそのためなのだろう。