
- ALL STAR SAAS FUND マネージング・パートナー 前田ヒロ
- WiL パートナー 難波俊充
- One Capital代表取締役CEO 浅田慎二
2020年に引き続き、新型コロナの影響を大きく受けた2021年。人々の生活様式はさらに変化し、その影響は大企業からスタートアップまでを巻き込んでいる。果たして2022年はどんな年になるのか。
DIAMOND SIGNAL編集部では昨年と同様に、ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。彼らの視点で2021年のふり返り、そして2022年の展望と注目の投資先について語ってもらった。第4回はALL STAR SAAS FUND マネージング・パートナー 前田ヒロ氏、One Capital代表取締役CEO 浅田慎二氏、WiL パートナー 難波俊充氏の回答を紹介する。
ALL STAR SAAS FUND マネージング・パートナー 前田ヒロ
2021年のスタートアップシーン・投資環境について
2021年、SaaS業界で特に目立った傾向としてはProduct-Led(製品主導の成長)型のSaaS企業の大型資金調達や上場です。
これまではセールスを主軸に拡大を目指すSaaS企業が多くありましたが、昨今注目を集めているSaaS企業は、プロダクトのネットワーク効果やコミュニティーを通じて拡大を図るProduct-Led型の戦略をとるケースが増加傾向にあります。
1兆円の評価額がついたチームコラボレーションツールのNotionや、1.5兆円の評価額がついたデザインプラットフォームのCanva、1.2兆円の評価額がついたノーコードデータベースのAirtable などが海外の代表的なProduct-Led型SaaSとして挙げられます。一方、日本ではまだまだこれからという段階ですが、日程調整カレンダープラットフォームのSpirや、ノーコードでウェブサイトを構築できるSTUDIOなどは引き続き注目したいProduct-Led型SaaSです。
そして、1.4兆円以上の評価がついているGitLabの上場は、DevOpsや開発者向けのSaaSが高い注目を集めるきっかけになったと思います。「市場が小さい」と懸念されていたこの分野のSaaSに1兆円以上の評価額がついたのは、テクノロジー企業の増加、デベロッパーコミュニティーが拡大していることの証明となり、この分野で新たな波が起きる可能性があると期待しています。
2022年の投資環境の変化や注目領域・プロダクトについて
「FinTech×SaaS」は、注目度の高い分野だと感じています。SaaSはデータとワークフローの両方を押さえていることが多く、FinTechとの相性がとても良いのです。ユーザーの利便性を高めながら、マネタイズポイントを新たに構築してARPA(1アカウントあたりの平均売上金額)を高めることができるので、まさにWin-Winな状況です。
北米のECプラットフォーム・ShopifyのFinTech事業は、四半期の流通総額が2兆円を超え、年度成長率も50%近くあり勢いを見せています。従来SaaSの収益化モデルといえばサブスクリプションが基本でしたが、手数料や従量制を採用する“マネタイズの多様化”が進んでいると言えるでしょう。
2022年に注目すべき投資先
hacomono:独自性が高いポジショニングを取れている。
ログラス:非常にレベルの高いプロダクトチームによって構築されたSaaS。
カミナシ:ノンデスクワーカー向けにSaaSを展開していて、大手チェーンなどの導入が次々と決まっている。
WiL パートナー 難波俊充
2021年のスタートアップシーン・投資環境について
100億円前後の資金調達をするスタートアップが複数登場したのが印象的な1年でした。私たち投資家にも海外投資家からの問い合わせが段違いに増え、優れた会社には投資家が列をなして、調達枠を取り合うような状況が発生しています。
一方で、こうしたトレンドに接することができているのは、まだ限られたスタートアップに止まっており、2022年以降はこれをよりスタンダードにしていくのが私たちVCの1つの役割となると思っています。
海外投資家の目に止まりやすいスタートアップの傾向は──①グローバルに見てわかりやすい事業ドメインであること、②T2D3の成長軌道にしっかり乗っておりARR(年間経常収益)20億円を越えるようなフェーズを迎えていること、③経営陣の中に英語でコミュニケーションができる人材がいること──などです。
マクロ的に日本市場に注目が集まった理由は、米国と比較して国内のSaaS/DX率がまだ低く成長余力があること、リスクマネーが少ないためスタートアップの競争環境が少ないこと、海外スタートアップの価格高騰から投資家として相対的に割安に見えることが挙げられます。
残念な点は日本市場について詳しい海外投資家はまだごく一部であるために、KPIや海外で類似企業が成功しているなどポジショニングの分かりやすいスタートアップが好まれることです。
日本からイノベーティブなスタートアップを輩出するために、どんな事業ドメインであれユニコーン級のスタートアップを国内で育む力をもっと強化したいです。その上で海外投資家をも魅了し、時間を経て日本固有の環境を理解する投資家をグローバルに増えやしていけるといいなと思います。
国内に限らずグローバルの資金調達環境も活況でした。Tiger Globalの新しい投資戦略にも注目が集まりましたが、ユニコーン企業はこの勢いだと1000社を越える勢いで増えています。
WiLの投資先は現在11社がユニコーン企業で、それらのファイナンスでもダイナミックな動きがありました。クロスボーダー送金のWiseには2017年ユニコーンになった直後に投資をしており、2021年2月に110億ドル(約1.2兆円)でIPOしました。ID管理のAuth0も2018年に投資をした後にあっという間にユニコーン入り、ちょうど3年後の今年に65億ドル(約7150億円)でOktaが買収しました。
2017年にWiLの米国チームから投資検討の共有を受けましたが、当時の日本の感覚では「目が飛び出るほど時価総額が高い」と感じた記憶があります。結果をみてみるとあのタイミングで投資できたことは大変よかったです。
国内でも大型調達をするスタートアップが増えてきて時価総額が高いという声も聞こえてきますが、世界をみるとまだまだ伸び代しかない状況です。
海外ユニコーン勢はいずれも優れたビジネスとチームがあることはもちろんですが、IPOを急がずに未上場の間に大型調達をしながら、複数カ国での展開やエンタープライズ領域へと事業拡大してより大きなIPOを目指しています。日本のスタートアップもさらにこの先の進化があると信じ、マーケット拡大に向けて共に歩めればと思います。
話は逸れますが、PayPalによるPaidy買収でIPOとM&Aを同時に検討するデュアルトラックに耳目が集まりましたが、OktaによるAuth0買収などの事例を見ても、デュアルトラックはIPOにおける適正価格を導き出す手段であり、パートナーシップを通じた今後の成長可能性を模索する意味でも、これからデュアルトラックは国内で一般的に定着をしていくだろうと想像します。
2022年の投資環境の変化や注目領域・プロダクトについて
「国内ユニコーン倍増」「海外進出の加速」が2022年のキーワードです。
海外投資家の国内への関心は引き続き継続することと思いますし、VCによるネットワークも点から面に変わりつつあります。こうした環境を捉えてユニコーン入りを果たすスタートアップの数は今年よりも更に増えていくでしょう。勝手な思いとしてはユニコーンを20社へと倍増させたいです。次の3〜5年をかけて国内でデカコーン数社、ユニコーン50社を超える規模になると、グローバルのスタートアップシーンにおいて日本の存在感も出てきて良いなと思います。
資金供給量の増加により、海外進出も加速すると思います。WiLは米国にも拠点がありグローバルで活躍するスタートアップの創出とその支援を1つのミッションとしています。私自身も前職の米国子会社設立などを手がけており、日本のスタートアップの海外展開には強い思いがありますが、同時に何故ここまで成功事例が少ないのかという事も長らく問うてきました。
日本の市場が大きいから海外思考にならないとも良く言われますが、それ以上に資金供給量が少なかったが故に成功しにくかったのが主な理由だと感じています。これまでの国内スタートアップの海外展開では既存プロダクトをローカライズして、数億円でのチャレンジはよく見ました。
一方で、米国投資先の海外展開タイミングをみていると、三桁億円の調達をした以降が本格的に海外進出をはじめるタイミングになっています。少なくとも数十億円を使って海外展開をやってこそ、現地のスタートアップと同じ土俵に立てますし、その環境が整ってきたこれからが私たちにとっての本番です。
なお、「海外進出」という言葉には、「Japan as No.1」だった時代への憧れと誇りも合わさって、甘美なイメージが含まれます。ある著名海外投資家からは、「日本の起業家は海外に出たがるのが不思議で、国内で十分な市場があり競合環境が少ないなら、スーパーアプリのような考え方で市場を席巻するやり方もあるのではないか」と問われて考えさせられたことがあります。それは、グローバルでの成功は誰もが願うところではあるものの、そうした甘美なイメージに惑わされず、国内横展開と海外展開の両にらみで、適切に経営判断をしていくことの重要性に改めて気付かされた問いだったので、ここでも共有させていただきます。
注目領域は「SaaS・FinTech」、「ESG・カーボンオフセット」、「Web3」、「アントレプレナーマーケットフィットしたオリジナルビジネス」です。
SaaS・FinTech領域には米国リスクマネーの6割以上が投じられており、まだまだ成長領域と言えるでしょう。国内は比較的SaaSが比重を占めますが、FinTechが改めて伸びるタイミングに入ってくるのではないでしょうか。例えば、SaaSやECの普及を前提としたようなEmbedded Finance領域などにも期待しています。
新興領域としては「ESG・カーボンオフセット」、「Web3」です。
ESG・カーボンオフセット領域の投資は、米国では2021年に前年度比8倍程度と急成長しました。ESGという企業評価における大きなトレンドとともに、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のガイダンスに沿った情報開示義務化や開示賛同がグローバルで進んだ結果、企業にはより具体的なアクションが問われるようになってきました。スタートアップも、カーボン排出管理プラットフォーム、クリーン製造、カーボンリサイクル、カーボンオフセットのためのマーケットプレイスなど、事業に多様な広がりを見せています。国内大手企業の関心度も急速に高まっており、日本がイニシアティブをとりにいける領域の1つです。
Web3については他の方々も言及しそうなので細かな点は割愛しますが、高校生の時代にインターネット黎明期のウェブに初めてふれた時に感じたような、秘めた可能性にわくわくします。技術革新が必ずしも普及を意味しないことは歴史をみても明らかですが、Web3がこれから新陳代謝をしながら、どのように世の中へ提供価値を広げていくのかは気になるところです。
最後に、マーケットイン的なアプローチで世の中の成長トレンドに身を寄せる事はさまざまな面でメリットもありますが、やはりその起業家がそこをやる意味を強く感じるビジョンとビジネスというのは、多くのステークホルダーを突き動かす絶対条件です。アントレプレナー・マーケットフィットしたオリジナルビジネスに、これからも強く期待します。
2022年、より柔軟な思考で起業家の皆様と共に仮説思考で未来を一緒に描いていけたらと思います。シリーズA前後でのご相談やそれ以前の壁打ちなど、DMお待ちしております!
2022年に注目すべき投資先
どの投資先も注目しキラリと光るものがありますが、今回あえて3社をピックアップします。
SmartHR:年始より芹澤さん(前CTOの芹澤雅人氏)が社長に就任し新体制となります。スタートアップ業界におけるエポックメイキングな存在として引き続きリードしていくことを期待しています。
LegalForce:2021年には初のテレビCMも実施し、リーガルテック領域をけん引するプレイヤーとして急成長をしています。事業・組織の両面でまだまだ成長余力があり、これから更なる飛躍を期待しています。
すむたす:不動産の買取再販というやや地味な市場にあるものの、アントレプレナー・マーケット・フィットした経営チームがTAM(広大な潜在的な市場規模)を相手に丁寧な経営をしており、グロース期への突入を予感します。
One Capital代表取締役CEO 浅田慎二
2021年のスタートアップシーン・投資環境について
2021年はコロナ特需によりSaaS全体が大きく伸び、その中でもリモートワーク関連(コラボレーション、コミュニケーション)が特に伸びました。海外投資家もアグレッシブにカテゴリリーダー企業のミドル・レートステージに積極参加し、2022年に向けて素晴らしい流れが生まれました。
「SaaS元年」と呼ばれた2018年から4年が経過し、いよいよ2022年には国内SaaS市場規模が大台の1兆円を突破する見込みです。外資系SaaSも日本へ積極投資をしてくるでしょう。
Local SaaSは引き続き旺盛な国内需要を取り込めるかの勝負になります。コラボレーションSaaSなどは、Global SaaSとして海外市場へチャレンジするプレーヤーが増える年になると期待しています。
2022年の投資環境の変化や注目領域・プロダクトについて
2015年から推し続けているSaaS市場を引き続き2022年も推していきたいと思っています。加えて「Tech enabled business」というキーワードで、飲食・物流・製造という領域をソフトウェアの力で一気に合理化・効率化を押し上げるスタートアップの台頭を期待しています。また個人的には、Web3の理解を深めたいと思っています。
2022年に注目すべき投資先
oVice:ビジネス向けメタバースとして急成長しているバーチャルオフィスのoViceが、日本最速で10億円のARRに達することができるか楽しみにしています。