
- 「最近、子どもが虫めがねにハマっている」
- 「親子の声」こそ、最高のフィードバック
- 「フィードバック」と「改善」の繰り返しが重要
- 目指しているのは、子どもの笑顔と成長、永遠の半製品
2020年度から、小学校でプログラミング教育が必修化されたことにより、STEM教育(科学、技術、工学、数学の分野を統合的に学ぶ教育プランのこと)など、早期教育への関心が高まっている。その中でも、とりわけ幼児教育については、「成果を測るのが非常に難しい分野」と言われており、親が多額の教育費用を掛けているにも関わらず、「成果が見えない」「成果が実感できない」といったことが課題となっている。
また、夫婦共働きがあたりまえとなった今の時代では、親が子どもに費やせる時間も減っていることに伴い、親子のコミュニケーション量も減少傾向にある。
そうした悩みを持つ親に向けて、印刷総合会社の大日本印刷(以下、DNP)は、子どもの「知りたい」「なんだろう?」といった知的好奇心を高め、親子のコミュニケーションの質を高めることができる「魔法の虫めがね」を提案している。

魔法の虫めがねは、かざしたものをAIが認識し、音で伝える情報デバイス。手持ちの本や絵本、図鑑などに魔法の虫めがねをかざすことで、子どもが「知る楽しさ」を体験できる。それに加えて、子どもが興味を持ったモノをアーカイブ・分析することで、親に子どもの興味関心の見える化を提供している。
DNPが、なぜ「魔法の虫めがね」を開発するに至ったのか。以下は、本プロダクトのプロジェクトリーダーを務める阿部友和氏のコラムだ。
「最近、子どもが虫めがねにハマっている」
開発の始まりは、2020年2月〜8月にかけて実施したハッカソンにある。AIやクラウドに興味を持つエンジニアがオンライン上で集まり、「子どものために何かをしたい、子どもが使ってくれるものを作りたい」という思いから、プロダクトの開発はスタートした。
集まったエンジニアは子どもを持つ親が多く、アイデアをブラッシュアップさせていく中で、「最近、子どもが虫めがねにハマっている」というメンバーの一言から、一気に魔法の虫めがねというプロダクトのアイデアがまとまっていった。それから、「とりあえず、作ってみよう」ということになり、段ボールで虫めがねを作り、電子回路を組み合わせて、ハリボテのようなMVP(実用最小限の製品)が2週間で完成した。
その後、社内デモや社外展示、体験会を通して、さまざまな人からのフィードバックを受けながら、プロダクトをブラッシュアップさせ、2020年11月にプロジェクト化が決定した。
「親子の声」こそ、最高のフィードバック
プロジェクト開始から約1カ月後の2020年12月、私たちは埼玉県・三郷市で行われた絵本イベント「えほんよもう - 三郷SDGs推進イベント」にブース出展しており、そこでユーザーである親子の声を聞くことにした。
実際のプロダクトに触れてもらうことで、「本当に子どもが楽しんで使ってくれるのか?」「親子にとって価値があるのか?」という点を確かめたかったからである。この時、最初に声をかけてくれた子どもの「なにこれ。なんか面白そうなものがある」という声は、今でも覚えている。この時、自分たちが実現したいことが何となくわかった気がした。
また、このイベントでは、もうひとつ大きなヒントが得られた。それは、親が「子どもの興味関心」をとても知りたがっているということだった。ある親から「これって写真も撮れるんだ。子どもが何に興味を持ったのか見えるといいね」というフィードバックをもらったことから、魔法の虫めがねにライフログ(撮影画像やAI認識結果など)をアーカイブする機能、ライフログから興味関心を分析する機能を正式に追加することが決まった。
この経験を通して、ユーザーからのフィードバックがいかに重要かを痛感し、今でも可能な限り、現場(ユーザーと触れ合える場所)に足を運ぶことにしている。

「フィードバック」と「改善」の繰り返しが重要
三郷市のイベントでのフィードバックをもとに、私たちは本格的なプロダクト開発に移行した。最初に着手したのは、プロダクトのコアとなるAIの開発、ユーザビリティを左右するデバイスの開発である。試行錯誤を繰り返しながら、4カ月で最初の試作機が完成した。
次に、再びユーザーからのフィードバックを受けるため、東京・五反田のアカチャンホンポTOC店で開催した体験型ショールーミングイベント「BabyTechTOUCH」にも魔法の虫めがねを出展。ある程度、プロダクトがかたちになっていたこともあり、ユーザーからのフィードバックはデバイスのユーザビリティやAIの精度に集中した。
その結果、「視点とカメラの焦点が合いづらい」「カメラ画像でのAI認識精度が低い」など、プロダクトの改善点が明らかとなった。
そこで、デバイスの改善(カメラ位置の変更など)やAI学習による精度向上を実施。3カ月で、2号機となる試作機が完成した。早々にユーザーからのフィードバックを受けるため、メインターゲットのひとつである保育園で、3度目の実証実験を行った。そこで得られたフィードバックを元に、いまもプロダクトのさらなる改善を続けている。
開発と同時並行で、応援購入サイト「Makuake」で、魔法の虫めがねのプロジェクトを立ち上げた。これは正式販売に向けたテストマーケティングが主な目的で、ユーザーである親が、お金を出してでも欲しいと思ってくれるか、お金を出した分の価値を感じていただけたか、を確認するためである。私たちは、こうした「フィードバック」と「改善」を繰り返すことで、人々に本当に使われるプロダクトが生まれると信じている。

目指しているのは、子どもの笑顔と成長、永遠の半製品
魔法の虫めがねを通して私たちが目指しているのは、「子どもが主体的に学び続け、成長を実感できる社会をつくる」ことだ。そのために、子どもには「学ぶ楽しさ」、子どもを取り巻く大人には「子どもの成長を育む環境」を提供することをミッションとしている。
ユーザーである親子に直接会い、子どもが笑顔で楽しく、魔法の虫めがねを使っている姿を目にすると「自分たちが目指した道のりが間違いではなかった」と自信を持って言うことができる。そして、ユーザーからのフィードバックが改善への活力を与えてくれる。
また、魔法の虫めがねは、「親子と一緒に成長していくこと」をコンセプトのひとつとしている。これも、実証実験から得られたフィードバックだ。子どもが図鑑の“花”に魔法の虫めがねをかざしたとき、AIが学習しておらず、魔法の虫めがねは答えることができなかった。
しかし、子どもたちはそこで飽きるのではなく、「これって、花っていうんだよ」と魔法の虫めがねに教えてあげようと何度も語りかけていた。その瞬間から、「完璧なものを子どもに提供する」という思考から、「子どもと一緒に作り上げていく」という思考へと変わっていった。そのため、「魔法の虫めがね」は、永遠の半製品として、その時々、その時代の子どもたちに寄り添って、お互いに成長していくプロダクトにしていきたいと考えている。
その第一歩として、魔法の虫めがねが答えられなかったことを、子どもたちが魔法の虫めがね(実際には私たち)に教えることができる仕組みを検討し始めている。子どもの「これって、恐竜っていうんだよ」という声を聞き、AIが恐竜を学習し、「恐竜、覚えてきたよ」とAIが子どもにフィードバックしていく──そんなプロダクトを目指したい。
最終的には、魔法の虫めがねが、家族の一員となり、幼少期における子どものパートナーとして、子どもを取り巻く大人たちと共に、子どもの成長を育む。そんな世界を目指して、日々、改善を続けていければと思っている。
現在の私たちは、まだ何も実現できていないが、プロジェクトの支援者に最高のプロダクトをお届けすることで、最初の一歩を踏み出そうとしている。まだまだ道半ばであるが、目指した世界へたどり着くため、チーム一丸となって、頑張っていきたい。

阿部友和(あべ ともかず・写真右から3人目)大日本印刷 情報イノベーション事業部 ICTセンター システムプラットフォーム開発本部にて、DXおよびAIの推進をミッションとして活動。本プロジェクトのプロジェクトリーダーを務める。入社後、自社台湾工場のICTインフラの立ち上げ、ITアーキテクトとして複数のプラットフォームを開発、プロジェクトマネージャーとしてAI系システムの開発に従事した後、現在はDX・AI推進をメインに活動。ハッカソンをきっかけに「魔法の虫めがね」開発のプロジェクトリーダーとなり、現在に至る。