
- 顧客のニーズに合わせて専門性の高い人材セグメントを開拓
- 成長速度は遅くとも手堅いビジネスで売上を2年で2倍に伸ばす
- 「ワンクリックで雇用」の世界到来に備えて手を打っていく
日本ではなかなか浸透してこなかったリモートワークだが、コロナ禍というやむを得ない理由からにせよ、導入企業はこの2年で一気に増えた。2020年4月に発令された最初の緊急事態宣言が解除された後の実施率は減少しているものの、ツールの普及や社会的な理解の広がりもあって、ある程度、リモートワークは定着したとみられる。
ただ、リモートワーク普及の波は、必ずしも関連するツールの浸透や事業の拡大に追い風になっているとは限らない。むしろツール開発やプロモーションのための組織やコストを急速なリモート化に合わせて拡大しすぎた企業は、状況がやや落ち着いた今、縮小せざるを得なくなっている。
そうした状況の中でも変わらずに業績を伸ばしているのが、オンラインアシスタントサービス「CASTER BIZ(キャスタービズ)」をはじめとするリモートワーク中心の人材事業を展開するキャスターだ。コロナ禍以降は引き合いも増え、2年弱の間に売り上げを2倍以上に伸ばしたという。
「リモートワークを当たり前にする」のミッションを掲げ、2014年9月の創業以来、全社でフルリモートワークを導入するキャスター。2月2日には、シリーズDラウンドとして総額約13億円の資金調達実施を発表した。
キャスターがコロナ禍におけるリモートワーク事業で勝ち抜けた理由を探るべく、同社代表取締役の中川祥太氏に話を聞いた。
顧客のニーズに合わせて専門性の高い人材セグメントを開拓
キャスターではCASTER BIZをはじめとした、リモートワーク中心の人材サービスを提供している。日常業務から採用や人事労務、経理、営業などの専門職まで、さまざまな業務に対応するリモートワーカーを1000人以上抱え、企業が必要なときに必要な人材をアウトソーシングする。現在展開するのは10の事業に及ぶ。
キャスターは一般的な事務アシスタントだけでなく、採用、労務、経理など、各分野のプロも抱えている。専門性の高い分野を手がけるようになったのは「クライアントからの提案によるもの」と中川氏は語る。
「サービスのリリース当初は需要のある領域やリモートでも受けられる仕事の範囲が分からなかったので、オールマイティーに対応できるオンラインアシスタントからスタートしました。その後、採用、労務、経理などの専門分野で案件が入るようになり、別のサービスとしてスピンアウトしています。『クライアントが欲しいなら足りない領域なのではないか』というところから始め、その領域に詳しい人を入れ、オペレーションを構築し直してサービスとしてのかたちをつくるというのを繰り返した結果です」(中川氏)
秘書・人事・経理・ウェブサイト運用など、日常雑務から専門分野まで幅広い業務を担い、キャスターの看板サービスともなっているCASTER BIZを入口として、プラスアルファで別の専門職サービスを取り入れたり、より専門性の高いサービスに切り替えたりする顧客も多い。このため、クロスセル、アップセルにもつながっているという。
サービスの肝とも言えるリモートワーク人材の募集については、事業スタート当初から順調だったようだ。
「最初から1求人で数百人が集まる状態。セグメントが増えたこともあり、最終的には地方から採用を進めています。というのも、ホワイトカラーの賃金が低い地方では、東京の案件を紹介したり、東京の水準に合わせて賃金を引き上げたりすると、給与が周りの1.5倍ぐらいになるのです。このため、家庭に入った女性にリモートワークが選択されているというより、地域を移動せずに賃金が上がることに魅力を感じる人が多いようです」(中川氏)
多いときには単月で2000人を超える採用応募が集まるというキャスター。合格者が100人に1人という狭き門となり、優秀な人材が集まる状況だが、「多くの応募があって採用できないというのが実態」と中川氏は言い、「会社としては『仕事をしたい』と言っている人に仕事を供給できていない状況は残念」と悔やむ。
成長速度は遅くとも手堅いビジネスで売上を2年で2倍に伸ばす
自社の成長速度について中川氏は「スケーラビリティは小さいですが手堅いのがキャスター。スパイクしない(急激にスケールしない)業界なのでコツコツ積み上げて、着実に成長しています」と話す。
「スタートアップ業界ではエンジニアがセグメントを決めてソフトウェアを開発するパターンも多く見られますが、我々は人が核です。(顧客と)コミュニケーションを取っているうちに出てきたニーズに対応していくのですが、対応するのは人なので、ソフトウェアを書き直す必要はありません。それである程度対応すると、求めている内容のベクトルが自然と深掘りできます。このような流れでセグメントを拡張させ、業績を拡大してきました」(中川氏)
BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)領域で事業をきちんと行っていれば、どこも似たような経験をしてセグメントを拡張していく、という中川氏。だが、「キャスターではリモートワーカーを中心に人材をそろえているので、探しやすさ、サーチ範囲が非常に広い。他社ではなかなか人が集まらず、成長速度が出ないところを、我々は見つけて集めることができるので、速く成長できる」と既存のBPOサービスとの違いについて、説明する。
「本来、大企業は人材確保のために、コストをかけて地方へ進出していました。キャスターは(リモートワーカーが中心なので)初期コストをかけずに全国をローリングできるため、有利なのです」(中川氏)
累積導入社数は2900社を超え、顧客継続率は96.7%。コロナ禍によって一般企業でもリモートワークへの理解も深まったことも追い風となって、前述したとおり、売り上げはコロナ以降のこの2年弱で2倍以上に伸びた。
冒頭でも触れたとおり、コロナ禍で急速なリモート化の波に乗ろうとした結果、逆にその波にのまれてしまった企業も少なくない。“揺れた”企業とキャスターの違いについて、中川氏は「創業当初から超長期目線で『リモートワークを当たり前にする』ことを考え、働き方の変化をど真ん中から狙っていたこと」を挙げる。
「コツコツ積み上げてきたことが、ここへ来て功を奏したのではないかと思います。また、労働人口減少など、今後の世界が抱える傾向とも合っていた。また、需要の大きさと我々の成長速度が、ある程度かみ合っていたこともよかった。さらには人材ビジネスでは、海外からのメガプレーヤーが本気で修正をかけてこなかったので、正面衝突せずに済んだことも『運が良かった』と言えるでしょう」(中川氏)
「ワンクリックで雇用」の世界到来に備えて手を打っていく
今回の第三者割当増資の引受先には、インキュベイトファンドをリードとして、グリーンコインベストメント、AXIOM ASIA Private Capital、UNICORN2号ファンド(山口キャピタルが運用)、第一生命保険が名を連ねる。
機関投資家からはコロナ禍で実感が広がった、リモートワーク人材市場の成長性や、課題に対する対応が評価されたのではないかと中川氏。また、2014年からのデータの蓄積や手堅い成長も認められたという。
調達資金は「今あるソリューションを地道に変えていく」ことに投資する。「最大で14%の応募者にしか就業機会を設けられていない現状を、1%でも上げていけるようにしたい」と中川氏は語る。
今後の市況について中川氏は、「日本では、総論としては風向きはポジティブです」という。
「人口減少が続く中で人手が足りなくなることはもう、数字上分かっていることで、その足りなくなった分をどのように変えていくかという議論は今後、20〜30年は繰り返されます。国内ではよほど変なことをしない限り拡大し続けるという認識でいます。むしろ個人的に気になるのは国外の状況です」(中川氏)
海外では、キャスター同様にリモートワークと人材ビジネスを掛け合わせたサービスのほか、日本の「Timee(タイミー)」と同じく隙間時間で働ける場・働ける人をつなぐサービスが伸びており、「米国では2年ほどでユニコーン企業になるスタートアップなども出てきている」(中川氏)そうだ。
「この領域では想定外の速度で各国からサービスが立ち上がっています。我々がど真ん中で衝突するところはないと思われますが、リモートワーク市場がそれらのサービスの立ち上がりによって、どのように変化するかは面白いところだと注目しています」(中川氏)
中川氏が例として挙げたのは、米Indeedが運営する「Indeed Flex」というサービスだ。Timeeと類似のサービスで、事業が最近かなり伸びているという。
「米国内ではこの領域の事業がすごく成長しています。日本で先に正面衝突するのはTimeeのようなサービスになると思いますが、ざっくり言えば『ワンクリックで雇用する』ような世界観に向けて発信しているプレーヤーがすごく多くなっています」(中川氏)
中川氏はまた、海外ではホワイトカラーとブルーカラーの人材サービス領域が一体化しつつあると述べる。
「米国などでは長期雇用でも短期雇用でも、契約がすぐに切れることには変わりありません。そこでフレキシブルワークという文脈で、リモートワークが“内包”されたサービスが出てくる可能性があります。そうなると、これまで国内では衝突がなく、警戒していなかったような巨大プレーヤーが(リモートワーク領域にも)登場する可能性も出てきます。そこを踏まえて我々もいろいろと手を打っていかなければと考えています」(中川氏)