
- 炎上騒動の発端は有名コメディアンのポッドキャスト
- ユーザーは好調に増加するも、市場シェアは徐々に低下
- 求められる“パブリッシャー”としての自覚
世界最大規模のストリーミングサービス「Spotify」。最近ではタレントの叶姉妹を起用したテレビCMを放映し、音楽だけでなくポッドキャストも聴けるサービスとして打ち出している。
叶姉妹は2021年8月よりポッドキャストの「叶姉妹のファビュラスワールド」をSpotifyで独占配信。このように独自コンテンツの獲得に注力するSpotifyだが、米国では独占契約に1億ドル(約115億円)をつぎ込んだあるポッドキャストが発端となり、炎上騒動が発生した。
結果として、複数の大物アーティストらがSpotifyから全楽曲を引き上げた。加えて同社はプラットフォームとしてだけでなく、パブリッシャーとしての自覚も求められることとなった。Spotifyに一体何が起こったのか。
炎上騒動の発端は有名コメディアンのポッドキャスト
炎上騒動の発端となったのは、Spotifyが独占配信する、コメディアンのジョー・ローガン氏によるポッドキャスト「The Joe Rogan Experience(以下、JRE)」 だ。JREはローガン氏がゲストを招くトークショー。米国では最も有名なポッドキャストの1つだが、内容が偏向的との批判も多い。
特に批判が集中したのが、ウイルス学者のロバート・マローン氏をゲストに迎え、2021年12月(以下、すべて現地時間)に配信開始したエピソードだ。2022年1月には270人の医療従事者が、同エピソードに新型コロナウイルスに関する誤情報が含まれるとして署名入りのオープンレターを公開。Spotifyに誤情報に対応するルールの導入を求めた。
2021年12月に配信開始し、心臓専門医のピーター・マカロー氏をゲストに迎えたエピソードにも、ワクチンに関する誤情報が含まれていた。こうした背景を懸念し、自身の全楽曲の削除を求めるかたちでSpotifyに抗議したのが、ロックミュージシャンのニール・ヤング氏だ。
ヤング氏は2022年1月24日、「音楽を愛する人々に対して命を脅かす誤情報を流すSpotifyをサポートし続けることができない」と主張。その上で、「ローガンか、ヤングのどちらかを選べ」と要求した(編集部注:ヤング氏は当初、自身のウェブサイトにオープンレターを公開していたが、今は削除されている)。結果としてSpotifyはローガン氏を選び、1月26日までにヤング氏の全楽曲がSpotify上から削除された。
以降は、シンガーソングライターのジョニ・ミッチェル氏や作家のロクサーヌ・ゲイ氏らも、ヤング氏に共鳴し、Spotify上からコンテンツを引き上げた。また、セバスチャン・バック氏、デヴィッド・クロスビー氏、ペリー・ファレル氏ら大物ミュージシャンたちも、ヤング氏への支持をSNS上で表明した。
一方でローガン氏は、誤情報の拡散に関する自身の責任を認めていない。1月31日にはSNS上で自身の意見を述べたが、「(JREに対して)歪んだ認識を持つ人が多い」「(マカロー氏とマローン氏)は非常に信用でき、知的で経験豊富だが、主流派とは違った意見を持っている」「私は医者でも科学者でもないため、彼らが正しいかどうかは分からない」などと釈明するにとどまった。
ユーザーは好調に増加するも、市場シェアは徐々に低下
Spotifyは2月2日、2021年第4四半期の決算を発表した。売上高は前年同期比24%増の21億6800万ユーロ(約3480億円)、純損失は3900万ユーロ(約51億円)。月間アクティブユーザー数(MAU)は前年比18%増の4億600万人、有料会員数は16%増の1億8000万人と好調だ。
順風満帆に見えるSpotifyだが、実は音楽ストリーミング市場におけるシェアを少しずつ失ってきている。米調査会社MIDiAが2021年1月に公表した調査結果によると、市場におけるSpotifyのシェアは、2021年第2四半期の時点では31%だった。2019年は34%、2020年は33%だったため、微減が続いている。こうした中、さらなる飛躍を目指すSpotifyが注力しているのがポッドキャストだ。

Spotifyでは近年、独占コンテンツの獲得に力を入れてきた。JREは独占コンテンツの1つで、2020年5月に1億ドルで独占配信の契約を締結している。日本でも2022年1月27日、国内音声コンテンツクリエイターの支援拡充を目的に総額1億円を拠出し、「クリエイター・サポート・プログラム」を強化すると発表した。
実際、ポッドキャスト事業は好調で、2021年にはSpotify上で120万件もの新たなポッドキャストエピソードが配信されたという。
JREを発端とした炎上騒動を受け、Spotifyでは2022年1月30日より、新型コロナウイルスに関するポッドキャストにはコンテンツアドバイザリー(注意書き)を表示。またコンテンツポリシーも制定し、どのようなコンテンツを不適切とし、どのような対処をとるか、といったルールを明確化した。
求められる“パブリッシャー”としての自覚
米ニュースメディア「The Verge」によると、Spotify CEOのダニエル・エク氏は2022年1月30日に開催された社内ミーティングにおいて、 SpotifyはJREを配信するプラットフォームであり、パブリッシャーではないと主張。ただし、同社が買収したポッドキャスト制作会社の「The Ringer」や「Gimlet」のパブリッシャーではあると主張した。
加えて、「(JREの)ゲストを事前に承認することはない。他のクリエーターと同様に、(ローガン氏が)コンテンツの配信を開始した時点で我々の手にも届く。コンテンツの内容はその後に確認し、もし我々のポリシーに違反しているのであれば、必要な対応をする」とも発言していたという。しかし、自らの判断でローガン氏にアプローチし、JREを独占配信している以上、Spotifyはパブリッシャーとして、その配信内容について責任を持つべきではないか。
米音楽ニュースサイト「Pitchfork」や日本の英字新聞「The Japan Times」などに寄稿する、音楽ライターのパトリック・セント・ミシェル氏は「JREに1億ドルも支払ったのにも関わらず、パブリッシャーではなくプラットフォームだという主張は、非合理的ではないでしょうか」と批判する。
また、米新聞社「The Washington Post」のコラムニスト、マーガレット・サリバン氏は2月6日の記事で、「注意事項を追加するだけで責任を取らない(Spotifyの)姿勢は、長年にわたり多くの有害な誤情報を広めたことに対する説明責任から逃れてきたFacebook(現Meta)を彷彿とさせます」とつづった。
2009年に音楽ストリーミングサービスとしてローンチし、今ではポッドキャストも配信するなど、より総合的な“オーディオプラットフォーム”へと成長を遂げたSpotify。日本でもCMの放映に合わせて独占コンテンツの獲得に注力しており、配信者に独占契約を持ちかけていると業界関係者は言う。だが、独自のコンテンツが批判にさらされた今、同社にはプラットフォームとしてだけでなく、パブリッシャーとしての自覚も求められている。
前述したSpotify社内のミーティングでCEOのエク氏は「当社が大胆な野心を達成するために前進するには、我々の多くが誇りに思えないようなコンテンツがSpotifyで公開されることになる」「我々が強く反対したり、怒ったり、悲しんだりする意見やアイデア、信念も配信されるだろう」などとも語っていたという。今後も独自コンテンツの内容について責任を持たないというのであれば、退会するユーザーも出てくるだろう。筆者は退会したユーザーの1人だ。