
- 「独立したエコシステム」を目指しスマートニュースと分社化
- 新作でなくても読まれる──8年前の新書がヒット
- メルカリCEO山田進太郎氏など著名経営者が支持
警察や行政、企業による発表に依存せず、報道機関が自らの調査によって問題を発掘する報道スタイルの「調査報道」。1970年代には米国史上最大の政治スキャンダル「ウォーターゲート事件」によって、当時のリチャード・ニクソン大統領が辞任に追い込まれた。この事件を暴いたのは米新聞社「The Washington Post」による調査報道だった。日本でも1980年代には、戦後最大の企業犯罪と言われる「リクルート事件」が、朝日新聞の調査報道によって明らかになった。
このように社会的意義の大きい調査報道だが、時間や費用がかかることから、近年ではその取り組みが難しくなりつつある。そこで調査報道を「次の時代に残す」ことをミッションとして掲げるのが、調査報道やノンフィクションのコンテンツに特化した月額制メディアの「SlowNews」だ。月額利用料は1650円(税込)で、収益の一部は調査報道を担うメディアやジャーナリストの支援に充てられる。
SlowNewsを展開するスローニュースはニュースアプリ「SmartNews」を展開するスマートニュースの子会社で、2019年2月に設立。SlowNewsは2年後の2021年2月にスタートした。
ローンチから約1年。SlowNewsでは1月にアプリ版を提供開始し、2月にはオリジナルの調査報道シリーズを開始するなど、ユーザー基盤の拡大に向けて本格的に動き出した。
サービスの現状や調査報道を支援する理由をスローニュース代表取締役の瀬尾傑氏に話を聞いた。同氏は日経マグロウヒル(現日経BP)での記者経験、講談社での「現代ビジネス」創刊などを経て、2018年8月にスマートニュースへと移籍した人物だ。
「独立したエコシステム」を目指しスマートニュースと分社化
なぜスマートニュースはニュースアプリのSmartNewsではなく、子会社による別のメディアで調査報道コンテンツを展開するに至ったのか。スマートニュースと会社を分けた理由について、瀬尾氏は「調査報道を扱う以上、独立した存在であることが重要だからです」と説明する。

「Googleは(報道業界とのコラボレーションを推進する)『Google ニュースイニシアティブ』という取り組みを通じて、報道機関に資金提供をしています。我々も同様に、SlowNewsをスマートニュースにおけるCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)の取り組みの1つと位置づけることもできました」
「しかし、そうした取り組みがテック企業の中のいち戦略でしかなければ、方針の変更とともに終了してしまう恐れがあります。そのためスローニュースでは分社化しました。独立したエコシステムとして成立し、さまざまな調査報道が誕生する仕組みとなることを目指しています」(瀬尾氏)
スローニュースでは独自の調査報道を生み出すため、創業時より「調査報道支援プログラム」を展開している。同プログラムではスローニュースがメディアやジャーナリストに資金を提供し、制作されたコンテンツをSlowNewsで配信する。支援には、6カ月〜3年までの「期間支援」と、取材テーマごとの「単発支援」の2種類がある。これまでに、取材記者グループ・フロントラインプレスが手がけた『記者逮捕』や、ノンフィクション作家の下山進氏による『原子炉・加速器で癌を治す』といった記事を発表してきた。
新作でなくても読まれる──8年前の新書がヒット
SlowNewsでは大きく分けて3種類のコンテンツを展開する。米新聞社「The New York Times」や英新聞社「The Guardian」などによる世界的なスクープ、岩波書店、KADOKAWA、講談社など8社の出版社による400冊以上の新書、そして、調査報道支援プログラムで連携するジャーナリストやメディアによるオリジナルの調査報道やノンフィクションだ。
ウクライナ情勢からみずほ銀行のシステム障害まで、幅広くさまざまな政治・社会問題を題材としたコンテンツを扱うが、中でも特に読まれているのは「ジェンダー問題を扱うノンフィクションや調査報道」と瀬尾氏は言う。
「岩波書店が出版する、フォトジャーナリスト・林典子さんの『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳』(編集部注:難民キャンプで暮らす少女や誘拐され結婚を強要された女子大生の姿を記した新書)という本がとても読まれています。2014年の本なので決して新しくはありません。おそらく、岩波書店の新書の棚に並んでいても読まなかったような人たちが、SlowNewsで発見し、反応してくれているのだと思います」
「我々は書店に通うような人たちに対して読み放題のサービスを提供しようとしているわけではありません。書店には来ない、スマートフォンで情報収集する人たちをターゲットにしています。出版社にとっては新しい市場ができる。これまで読み放題のサービスにコンテンツを出してこなかった岩波新書と組めたのはそれが理由です」(瀬尾氏)
メルカリCEO山田進太郎氏など著名経営者が支持
ローンチから約1年。瀬尾氏はSlowNewsの認知度はまだまだ低いと話す。会員数や売上の規模も公開していない。だが一方で、メルカリ代表取締役CEOの山田進太郎やZホールディングス代表取締役の川邊健太郎氏といった「著名経営者もSlowNewsを支持している」と瀬尾氏は言う。
「メルカリの山田さんは『“新しいこと”を考えるには想像力が必要。ビジネスを通じては知ることのできない、自分にとっては未知の世界を知るということは極めて重要だ』と話していました」(瀬尾氏)
2022年1月にはアプリ版も提供開始するなど、これまではユーザー体験の向上に注力してきたスローニュース。今後はユーザー基盤の拡大を目指し、コンテンツを拡充していく方針だ。その第一歩として、2月15日にはオリジナルの調査報道シリーズ「調査報道+」をスタート。同日には「【独自調査】DV避難者ら456人の給付が加害者側に! コロナ予算・給付金事業に浮かび上がる『不平等』の深層」というタイトルの記事を掲載した。
「調査報道+では、不正を指摘するだけでなく、深く掘り下げることによって社会課題の解決を目指し、議論を喚起していきます。従来の報道でターゲットにされてこなかった題材や資料に着目し、咀嚼に時間がかかる問題を丁寧に解き明かします」
「今後もコンテンツの充実を通じて、SlowNewsが目指す世界をユーザーに伝えていきたい。また、ユーザーとのコミュニケーションの機会も増やしたいと考えています」(瀬尾氏)