
- 飲食店からの注文は卸売業者に「LINEするだけ」
- アナログ業務に忙殺される卸売業者を救いたい
- 「深夜の大量FAX」、入力の負担を軽減
- 成功するDXの秘けつ、飲食店を「取り込まない」戦略
- 卸売業者が本質的な業務に集中できるように
デジタルの力で効率化やコスト削減することを指す「DX(デジタルトランスフォーメーション)」に取り組む企業が増えている。だが業務の現場を見てみると、これまでの商慣習やオペレーション変更に対する不安などもあって、DXの実現は限定的であるのが実情だ。この状況に一石を投じるスタートアップが、食材卸売業者向けSaaSを提供するクロスマートだ。同社は、これまでのオペレーションを変えないままでDXを進めるという一風変わったアプローチでユーザーを拡大しているという。同社の戦略について代表の寺田佳史氏に話を聞いた。(編集・ライター 野口直希)
飲食店からの注文は卸売業者に「LINEするだけ」
“食材卸売業者のDX実現”をうたうスタートアップ企業・クロスマート。同社が提供するのは、受発注管理SaaSの「クロスオーダー」だ。これまで飲食店が電話やFAXで行っていた食材や飲料の注文を、コミュニケーションアプリの「LINE」に一元化できるというものだ。
飲食店があらかじめクロスオーダーのアカウントをLINEの友達に追加しておけば、LINE上でそのアカウントを選択し、発注したい業者を選択。食材リストから欲しい商品を選択するだけで発注が完了する。通常飲食店は、閉店後に店内から翌日以降の発注を行っている。だがクロスマートはLINEで完結するため、例えば店を閉めてから帰宅するまでの移動中など、場所や時間を選ばずに発注できるというメリットがある。
卸売店はPCを使って、複数の飲食店からの注文を一元管理できる。今年1月末にはFAXによる受注を自動的にデジタルデータに変換する機能も導入した。飲食店が専用の番号にFAXをすると、クロスオーダーがOCR(文字認識)を用いて受信した内容をデータ化し、LINE経由の注文とあわせて管理できる。サービス利用料は、飲食店側は導入・利用費ともに完全に無料。卸業者は導入のための初期費用(約20万円)と、プランに応じた月額利用料(5万円~)がかかる。
アナログ業務に忙殺される卸売業者を救いたい
クロスマートは、元サイバーエージェント取締役の西條晋一氏が立ち上げたスタートアップ支援企業XTech(クロステック)の子会社として、2018年にスタートした。これまでベンチャーキャピタルのベンチャーユナイテッドやセゾン・ベンチャーズ、個人投資家の梅田裕真氏などから、総額1.2億円を調達している。

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創業者で代表取締役の寺田佳史氏は、新卒で入社したサイバーエージェントグループでヘルスケアメディア「Doctors Me(ドクターズミー)」の運営に携わった。
Doctors Meは2017年にアドメディカが買収したが、「ゼロから事業を立ち上げたい」という思いから2018年にスタートアップスタジオを運営するXTechに転職。新規事業を企画し、カーブアウトするかたちでクロスマートを創業した。
事業領域を作成した際に注目したのは、2018年に東証マザーズ市場に上場したMマート。同社は業務用食材などを業者間で売買するための、BtoB向けプラットフォームを展開している。寺田氏もBtoB向けのコマース事業についてヒアリングしていったが、その中で「飲食業界のデジタル化」をテーマにした事業を立ち上げようと計画した。
飲食業界関係者100人以上にヒアリングをした結果、「新たに取引する卸売店を探すのが困難」「受発注をはじめとしたバックオフィス業務の負荷が高く、いつも作業に忙殺されている」といった声が挙がってきた。特に業務負荷が大きいのは、飲食店とやりとりする卸売業者だ。彼らの業務をデジタル化することこそが勝機とにらみ、サービスの開発を進めた。
「飲食店の中には自社ホームページを持っていなかったり、ウェブでの発注ができなかったりすることが少なくありません。そのため、卸売業者は飛び込み営業や電話、FAXで注文を受け付け、手作業で整理するために時間を割かなければなりません。アナログな雑務が多く、若者からの人気も下がっており、近年は人材の獲得も困難になっています」(寺田氏)
卸売業者の販路拡大支援を目的として2019年4月にリリースした最初のサービスが、飲食店と業者のマッチングサービス「クロスマート」だ。納品してほしい食材を登録した飲食店と、その商品を取り扱う卸売業者をマッチング。価格に合意すれば、直接取引できるという仕組みだ。このサービスを利用することで、飲食店は食材調達のコストを削減できる。また、業者はこれまで自分たちでは開拓できなかった顧客の獲得を実現できると寺田氏は語る。現在は月に数十件の飲食店が新たに登録しており、徐々にではあるが、サービスの認知が広がっている段階だという。
「深夜の大量FAX」、入力の負担を軽減
そんなクロスマートが第2弾の製品として開発したのがクロスオーダーだ。サービス提供の背景について寺田氏は、「アナログな業務の中でも、特に受注業務が卸売店の活動を大きく圧迫する存在だった。それを解決したいと思ったから」と説明する。

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「総合卸売店の中には、1日で3000枚近いFAXが送られてくる店舗もあります。それらを受け付けるためには、最新型のFAX機が必要です。ですがそのリース代などランニングコストは、月に100万円近くにもなります。そして受信したFAXの内容をパソコンに入力しないといけません。その人件費も相当な額になります」(寺田氏)
クロスオーダーの価格は、初期費用が20万円、一番安価なプランで月額5万円と決して安くない。だが大型の卸売業者のみならず、家族経営の八百屋などが導入するケースも増えている。寺田氏は、「たとえ小さな卸売業者であっても、デジタル化によって得られる恩恵がとても大きいからではないか」と分析する。
「時間や金銭面での負担以外にも、FAXでの受発注業務は飲食店とのトラブルにもつながりやすい。例えば、手書きの数字がわかりづらく注文数を誤認したとしても、“買ってもらっている”立場の業者は飲食店側の主張を泣く泣く飲まざるを得ない。しかも、翌日の営業に必要な食材を前日の営業終了時に発注する飲食店も多いため、業者は深夜からFAXの入力作業に追われます。こうしたリスクが軽減する上に人件費も削減できるので、受注のデジタル化は絶大なメリットがあるんです」(寺田氏)
成功するDXの秘けつ、飲食店を「取り込まない」戦略
東証一部市場に上場するインフォマートやスタートアップのハイドアウトクラブなど、先行する競合サービスを開発する企業は複数存在する。だが2019年1月以降、クロスオーダーの成約率は顕著に伸びており、営業に対する成約率は8割を超えているという。
その大きな要因が、前述したFAXのOCR機能だ。技術自体は決して珍しいものではないが、「この機能があることで、卸売店がクロスオーダーを導入する意向は大きく高まっています」と寺田氏は語る。その理由は、卸売店の受発注デジタル化を阻害する大きな要因が、取引先である飲食店にあるからだと説明する。
「飲食店の経営者には高齢の方も多く、クロスオーダーをご案内しても半数近くは『LINEを使うのが難しい』と言われてしまいます。また、飲食店にとって発注のデジタル化は便利ではあるものの、卸売業者に比べればはるかかに恩恵が薄い。せっかく業者がクロスオーダーを導入しようとしても、取引相手である飲食店が賛成しなければ、結局はFAXでの注文に対応しなければなりません。こうした背景から『受発注を変えるなら、まず飲食店を変えろ』が業界の常識でした」(寺田氏)
そこで奏功したのがOCR機能だ。飲食店側がデジタル化を受け入れなければ、その店舗には無理にクロスオーダーを勧めず、これまでどおりFAXで発注してもらえばいい。FAXでの注文データも、OCR機能によってデジタル化できるので、卸売業者はクロスオーダーだけで管理できるからだ。
卸売業者による受注業務のDXが難しいのは、それに関わる企業双方がデジタル化を受け入れなければならない点にある。しかし、クロスオーダーはユーザーの取引先である飲食店を「取り込まない」ままでデジタル化を実現した。
卸売業者が本質的な業務に集中できるように
当初はクロスマートを導入した企業に対してクロスオーダーを紹介する狙いがあったが、寺田氏は、「クロスオーダーの成約が好調なことで、これからは逆の流れも起こりうる」と言う。例えば、クロスオーダーで経費を削減した卸売店が、浮いた経路で新たな販路を開拓するためにクロスマートを利用する、といったケースだ。
より飲食店業界の受発注のデジタル化を進めるため、今後は電話音声の文字起こしサービスの導入も検討しているという。FAXはデジタル化したものの、いまだ発注の約2割は電話(主に留守番電話)が占めている。こちらもデジタル化できるようにするためだ。より長期的な展望として彼らが目指しているのは、卸売店と飲食店の取引で起こりうるあらゆる「面倒」をなくすことだ。
「クロスオーダーで発注から決済までを一貫でこなせるようになれば、払い忘れや未払いもなくせるはず。さらに、定期的な注文の自動化なども連携できれば、機械的な受発注にかける時間はより減ります。日本の飲食店が全世界の中でも高い水準を誇っているのは、卸売業者という屋台骨のおかげだと思っています。彼らが目利きという本質的な作業に時間をかけることができ、よりスポットライトが当たるようになればいい」(寺田氏)