“おひとり様”でも手軽に使えるIHホットプレート「HOT DISH」
“おひとり様”でも手軽に使えるIHホットプレート「HOT DISH」
  • 製品は変化しても、変わらない信念
  • ひとり暮らしの“おうち時間”を豊かにしたい
  • 暮らしに溶け込み、毎日気軽に料理ができるものを
  • 日々の暮らしを支える当たり前の存在に

総務省統計局の国勢調査によれば、2040年までに単独世帯の割合は約40%に達すると予測されている。人口の約半分が“おひとり様”になる時代がやってくることで、独身世帯が社会に与える影響はますます大きくなる。

日本の「ソロ社会化」が進む中、これまでファミリーやグループ向けの製品が中心だったホットプレートというジャンルの調理家電に、IT関連機器メーカーのエレコムが参入した。1人分の調理でも手軽に使えるIHホットプレート「HOT DISH(ホットディッシュ)」だ。

なぜ、エレコムは単身世帯向けの商品を開発することにしたのか。以下は、プロジェクトを担当した佐伯綾子氏によるコラムだ。

製品は変化しても、変わらない信念

エレコムは創業以来、人々の生活をより快適で便利にする製品を追求し、時代の移り変わりとともに変化する多様なニーズにあわせて舵を切り、成長を続けてきた。そんなエレコムがなぜ白物家電をつくることになったのか、話は創業時までさかのぼる。

エレコムはパソコン周辺機器のメーカーとしてのイメージが強いが、実は家具であるパソコンラックの販売から事業をスタートさせた企業だ。そして創業からおよそ35年、現在のエレコムではその「家具」というジャンルの製品をまったく取り扱っていない。

これは創業から人々の生活に寄り添う製品の提供を目指して、エレコムが変化し続けてきた証拠でもある。

エレコムのクレド(企業とその従業員が心がける信条や行動指針のこと)の一文に「新たな機会・新たな領域に挑み続ける」という言葉がある。これは、時代の変化にあわせて、恐れず新しいことにチャレンジするエレコムの姿勢を表している。「ニーズに応え、デザインにこだわり、品質管理を徹底する」という根本にある信念を守りながら、新たな豊かさや喜びを世界に届けることこそが使命だと考えているのだ。

これまでもパソコン関連機器からスマートフォン関連機器、さらにはヘルスケアやフィットネス、生活用品やアウトドア製品と、自分たちが実現するべきだと考えたものは、開発に取り組んできた。それゆえにエレコムが白物家電に取り組んだことも自然な流れだった。

社会が成熟してモノがあふれる現在、「人々の生活から切っても切り離せない『食』を通して、おうちで過ごす時間をもっと豊かな時に変えたい」という想いが、今回のプロジェクトをスタートさせたのだ。

ひとり暮らしの“おうち時間”を豊かにしたい

具体的に開発を始めたきっかけは、2018年にデザインチームが発足したタイミングだ。チームに配属された4人はそれまで別々のチームで、パソコン周辺機器やスマートフォンの充電器、オーディオ製品、バッグ、加湿器などエレコムが扱うさまざまな製品を企画・デザインしてきた。当時、社内では「新規事業として家電にチャレンジしたい」という話が出ており、このメンバーで何か新しい提案をしようとなった。

「新しいテクノロジーがもたらすイノベーションとユーザーをつなぐ“かけ橋”となる」というエレコムのコンセプト「LIFE STYLE INNOVATION」を体現するような製品を立ち上げようと企画をスタートしたのだ。

その頃、メンバーは全員ひとり暮らしをしていたこともあり、自分たちの生活や実際に使っている家電の話などからディスカッションを重ねた。その議論のなかで、それぞれ仕事や趣味などで忙しい毎日を送りながらも“おうち時間”を豊かにしたいと思っていること、そして食生活や調理家電に同じような不満があることに気づいた。

その後、インタビューやアンケート調査などでひとり暮らしの食にまつわるあれこれを詳しく調べていくと、「健康や美容のためになるべく自炊をしたい」「家でゆっくりご飯を楽しみたい」と思いながらも、「時間がない」「調理が面倒」「片付けが面倒」という理由でなかなか自炊ができない人が多くいることがわかった。

暮らしに溶け込み、毎日気軽に料理ができるものを

そこで挙げられた不満や課題を解決するためにたどり着いた製品が、「HOT DISH」だ。

焼く・煮る・蒸すなど基本的な調理が卓上でできて、ひとり分にちょうどいいサイズ感。食べ終わるまでずっと食べ頃の温度で楽しめて、洗い物が少ないから片付けもラク。さらに、調理家電は一度しまってしまうと出すのが面倒になるという問題を解決するため、汎用性の高いIHクッキングヒーターを採用し、出しっぱなしでも違和感のない食器のようなデザインを目指した。

いつでもすぐに使えて、「つくる」「食べる」「片づける」が手軽にできれば、もっと気軽に毎日の“おうちご飯”を楽しんでもらえるのではないか、と考えたのだ。

企画を進めていくなか、アイデアを具体的なデザインに落とし込んだところで最初の壁にぶち当たった。新たな領域への挑戦ゆえ、これまで当然のことながら社内には白物家電の開発を行った人はおらず、手探りの状態が続いた。

デザインチームのアイデアはあるが、その開発を実現できる人も組織もフローもない。既存の取り扱い製品はカテゴリーごとに細かく開発チームが分かれており、先の見えない新規企画に手を貸せる余力のある人員もいなかった。

HOT DISHのデザイン案
HOT DISHのデザイン案

品質管理を担う部門に協力を仰ぎ、ファブレスメーカーの強みを活かして外部で協力してもらえる工場を探し、何とか試作機を作り上げた。その後も社内へ働きかけながら、ほかの新規事業のアクションラーニング(現実の課題をケースとしてその解決に取り組むグループワークの一種)に参加するなどさらに企画を磨いていった。1人の開発担当者をつけてもらえるまで、着想から約2年が経過していた。

本格的に開発に着手し、次におとずれた壁はコンセプトやデザインと安全設計の実現だ。IHクッキングヒーターは一般的なホットプレートとは違い、内部に基盤が実装されたデジタル機器だが、提案した製品デザインは温度を直観的に操作できるアナログなレバー式のスイッチだった。デジタル機器をアナログな方法で操作できるようにするため、何度も試作を行った。

試作を重ねているときの様子
試作を重ねているときの様子

また「暮らしに溶け込む」というコンセプトにこだわり、できるだけお皿に見えるようにIH本体を極力小型にしたいと考えていた。そしてお皿のような見た目だからこそ、うっかり熱いプレートに触ってしまわないための配慮も必要だった。

これらを実現するために、何度も設計修正やデザインの見直しを行い、2次試作・3次試作と慎重に検証を重ねた。大変な作業ではあったが、この製品を使ってくれるユーザーにとってベストな使い心地のデザインになるように細部までとことんこだわった。

「やけどちゅうい」といった文言も記されている
「やけどちゅうい」といった文言も記されている

そしてなんとか社内で製品化の承認を得ることができた頃には、白物家電の開発の専任チームが立ち上がり、本格的に白物家電領域に参入するための体制が整うくらいの時間が経過していた。

日々の暮らしを支える当たり前の存在に

こうして3年以上の歳月をかけて、白物家電の第1弾である「HOT DISH」を発売した。現在「HOT DISH」は、テストマーケティングとプロモーションを兼ねて、応援購入サイト「Makuake」でプロジェクトを公開している。

エレコムで働いていると時々、ユーザーの方から「エレコムの製品は気づいたら家にたくさんあった」と言われることがある。エレコムが取り扱う製品はコモディティ化したものが多く、飛びぬけて目立つ存在ではないかもしれないが、実は生活のいたるところにこっそり隠れているのだ。

白物家電も同様に、今はまだ新しい領域に踏み出したばかりのチャレンジャーだが、「気づいたら家にある調理家電がエレコムだった」と言われるような、人々の生活にそっと寄り添う当たり前の存在になりたい。エレコムの新たな挑戦は始まったばかりだ。

佐伯 綾子(さえき りょうこ)エレコム商品開発部 デザイン課所属。エレコムに1997年入社し、主にパソコン周辺機器やアクセサリー、オーディオ製品の企画・デザインを担当。その後、新規事業である白物家電「HOT DISH」プロジェクトを担当。「ありそうでなかった」新しいものを目指し、日々製品企画・デザインに取り組む。