Photo:picture alliance /Getty Images
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  • 世界的なインフレ懸念が悪化
  • 海外事業リスクの見直し
  • 迫られるエネルギー政策の見直し
  • 自国ファーストの政策をとれるか

「2022年は波乱の年になる可能性が高い」そんな話をしていた昨年末。何か1つを予想したわけではなく、いくつものリスクシナリオがあると考え、新型コロナウイルスの変異種、世界的なインフレ悪化、ロシアによるウクライナへの侵攻、中国による台湾への侵攻などを挙げていた。

これらはいずれも当たって気分がいい予想ではなかったが、残念ながら中国・台湾事案以外は、3カ月を待たずして既に現実のものとなってしまった。本稿では中でも、ロシア・ウクライナ事案が日本経済に与える影響について述べていく。

世界的なインフレ懸念が悪化

昨年後半から世界的にインフレが強く意識されるようになってきた。その背景には複数の要因が絡み合っており、今回のインフレは非常にタチが悪いといえる。コロナ禍において抑え込まれていた消費が経済再開に伴い急増したところに、コンテナ不足や物流網の停滞などの供給制約が重なった。労働市場における需給が逼迫(ひっぱく)したことで人件費が上昇し、それが売価に価格転嫁されたことも要因である。そして、何よりも原油価格に代表されるエネルギー価格の高騰による影響が大きかった。

さらに2月24日にロシアがウクライナへ軍事侵攻をすると、原油価格は一気に高騰し、1バレル100ドルどころか、一時130ドルを記録した。原油価格の影響は、日本国内には時間差をおいて表れてくる。ガソリンや軽油の価格は1〜2週間、電気料金やガス料金は3〜5カ月遅れて反映されるため、家計が苦しくなるのはこれからだ。

ロシアといえば資源大国というイメージがあるかもしれないが、実は農水産物の輸出でも大きな存在感を持っている。小麦の輸出量は世界1位、大麦も世界2位だ。日本は主に米国やカナダ、オーストラリアから小麦を輸入しているが、ロシアから小麦を輸入している中東や北アフリカが日本の輸入ルートに小麦を求めるようになれば、日本の小麦価格の上昇につながるだろう。ちなみに、日本の場合は小麦価格上昇の影響は半年ほど遅れて表面化する。

また、日本はロシアからカニ、サケ・マス、タラの卵やウニを輸入しており、これらの食材の価格が上昇し、いずれは日本の食卓から消えてしまう可能性もある。

海外事業リスクの見直し

日本国内における家計への影響は主にモノの値段が上昇することによるものであることを説明したが、企業への影響も大きいだろう。今回を機に、真剣に海外事業リスクを見直した方がいいからだ。

日本は欧米各国と歩調を合わせる形で経済制裁に参加した。ロシアを国際決済網である国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除し、ロシア中央銀行のドル資産を凍結したことで、ロシアとのビジネスは非常に厳しいものとなった。

帝国データバンクによれば、ロシアに進出している日本企業は2022年2月時点で347社ということだが、今後ロシアでビジネスを続けることは至難の業であり、有形・無形を問わずこれまでに築き上げた同国における資産は無に帰す可能性が高い。ロシア政府はすでに同国から撤退する外資系企業などの資産を差し押さえる検討を始めている。

冒頭で、まだ起こってはいない中国・台湾事案についても触れたが、日本企業は中国における事業のリスクも改めて見直すべきだろう。少子高齢化が進み、経済もゼロ成長を続ける国内市場に比べ、10億人以上の人口を抱え、経済成長目覚ましい中国に魅力を感じて多くの日本企業がすでに進出している。

しかし、同国はロシア以上に強権的な国家だ。中国・台湾事案が起こらずとも、ある日急にルールが改訂され、資産を接収されるような事態も十分考えられる。

迫られるエネルギー政策の見直し

ロシアは原油や農水産物以外に、非鉄金属などの資源でも大きな存在感を持っている。世界のパラジウムの産出量のうち約4割がロシア産だ。それ以外にも、アルミニウムやニッケルもロシアが約1割のシェアを握っている。

世界が混沌としていく中で、ロシア・ウクライナ事案が長引き、中国・台湾事案、またはその他の国・地域における地政学リスクが高まればどうなるか。または新型コロナウイルスの変異種の誕生による感染拡大など、さらに世界経済が混迷を極めると、多くの食料や資源を輸入に頼っている日本経済は、仮に自国が当事者にならずとも、大きなダメージを受けることになる。

そのような事態が現実のものとなる前に、経済安全保障の観点からさまざまな議論を進めることが重要であり、そのうちの1つがエネルギー政策の見直しであろう。東日本大震災が起こる前年度、つまり2010年度の発電電力量に占める原子力の割合は25%だったが、福島第一原発の事故以降は再稼働が進まず、2020年度はわずか3.9%にとどまっている。足元と目先のエネルギー政策すらまともに議論できないまま、脱炭素やSDGsといったテーマだけを闇雲(やみくも)に追い求めるのは平和ボケが過ぎるだろう。

Photo:Surasak Suwanmake /Getty Images
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自国ファーストの政策をとれるか

これまで日本では「グローバル」という言葉を礼賛してきた節があるが、コロナ禍においてその考えが変わりつつあり、今回のロシア・ウクライナ事案がさらに変化を加速させる可能性が高い。モノづくり国家だった日本がコロナ禍ではマスク、ワクチン、半導体も十分に作ることが出来ないことを実感した。そして、現在は海外のインフレ要因が国内経済にも波及している。

1日も早く自国ファーストの政策へ転換できるか。これが日本の未来に大きく影響を与えるだろう。短期的にはコスト増になる分野もあるかもしれないが、あらゆるモノは可能な限り国内で生産できるように供給能力を増強し、平時から非常事態に備えていく。合理的に動く企業が投資に踏み切れないのであれば、そこは国が助成すればよい。

政策を転換できないまま、今後もグローバルや脱炭素といったキーワード先行型の政策を続けていれば、次に非常事態が起こったときに日本経済は想像を超える打撃を受けることになるだろう。