
- 特許取得の独自技術で本物の食肉に近づける
- 米国で起業するも断念、スタートアップで生かす発芽技術
- 米ビヨンド・ミートの上場が“追い風”に
- 代替肉を一過性のブームでは終わらせない
国連の発表によると地球上の人口は2050年までに約100億人に達する。人口増加に加えて新興国の経済成長といった要因により、タンパク質の需要に供給が追い付かなくなる、いわゆる「タンパク質危機」が到来するといわれている。そこで注目を集めるのが、牛肉や豚肉のような動物の肉を原料としない「代替肉」だ。細胞の組織培養で作る培養肉をはじめ、昆虫や藻類、植物を由来とした代替肉を開発するスタートアップ企業も台頭してきた。中でも原料のサプライヤーとしての立ち位置で頭角を現しているのが、大豆由来の植物肉原料を開発し製造するDAIZ(ダイズ)だ。その誕生秘話を最高技術責任者・落合孝次氏が語った。(フリーランスライター 菊池大介)
テクノロジーで「食」の課題解決に挑戦するスタートアップへの注目が集まっている。北米では2019年5月に上場したビヨンド・ミート(Beyond Meat)や未上場ながら累計13億ドル(約1400億円)の資金を調達する競合・インポッシブル・フーズ(Impossible Foods)などが話題だ。両社が提供する代替肉は大手スーパーマーケットやファストフードチェーンが扱い、健康や環境に対する意識の高い若者たちを中心に食肉に代わるよりサスティナブル(持続可能)なタンパク質源として食されている。
日本では大手メーカーによる市場参入が続いている。伊藤ハムは「まるでお肉!」、日本ハムは「ナチュミート(NatuMeat)」というブランドで、3月より大豆由来の植物肉を家庭向けに発売開始した。
市場に参入するのは大企業だけではない。熊本発の植物肉スタートアップ企業・DAIZは、1月に冷凍食品大手のニチレイフーズと資本業務提携を締結。5000万円の資金を調達して開発体制を強化している。今後は自社で生産する植物肉原料「ミラクルミート」と、ニチレイフーズの商品開発力、販売力を掛け合わせ、日本の植物肉市場の拡大を目指す。
特許取得の独自技術で本物の食肉に近づける
「チキンですか、ビーフですか、それとも植物肉ですか――機内食の選択肢がこう変わるのも間もなくだと信じている」
DAIZ執行役員・最高技術責任者を務める落合孝次氏は取材の席でこう切り出し、自らが手がける大豆由来植物肉について語った。

大豆を原料とする植物肉自体は、何も日本で新しいものではない。だが、これまでの植物肉は大豆搾油後の残さ物を主原料としているものがほとんど。味と食感に残る違和感、大豆特有の青臭さや油臭さ、肉に見劣りする機能性の低さといった課題が残っており、本格的な普及には至っていないというのがDAIZの主張だ。
この課題を解決し、大豆の食感や風味を本物の食肉に近づけるのが、DAIZが「落合式ハイプレッシャー法」と呼ぶ、特許取得の独自技術だ。豆の発芽中に、酸素、二酸化炭素、温度、そして水分などを調整し、あえて厳しい生育条件にしてプレッシャーを与えることで酵素が活性化、遊離アミノ酸量が増加し、大豆のうま味を引き出すというもの。
加えてDAIZの植物肉は、独自の膨化成形技術により、他の原料や添加物を何も足さずに肉のような食感を再現している。落合氏いわく、原料は「穀物の大豆」ではなく、芽を出してアミノ酸、ビタミン、ミネラルが急激に増加した、「植物になった瞬間の大豆」だ。さらに大豆のアミノ酸組成を変えることで、豚肉に近い味、魚肉に近い味、牛肉に近い味、といった具合に味の調整を行うことができると落合氏は説明する。

インポッシブル・フーズはハンバーガーの肉汁を再現するために遺伝子操作された大豆レグヘモグロビンを使用し、その安全性が懸念されていた(のちに米食品医薬品局=FDAが認可)。一方でDAIZの植物肉原料は「素材そのものに力がある」(落合氏)ことをウリにしている。
筆者もDAIZが開発する植物肉を試食したが、本物の肉と比較しても不自然な臭さやクセは感じられない。ジューシーさには欠けるものの、これまで市場に出回っていた「大豆ミート」と比較すると、段違いにおいしい。竜田揚げやナゲットのような、肉が塊になっている調理法では大豆の風味があるが、タマネギや香辛料を使って調理したハンバーグでは大豆由来であることに気がつかないほどだった。

米国で起業するも断念、スタートアップで生かす発芽技術
落合式ハイプレッシャー法を開発したのはその名が示すとおり、落合氏本人だ。同氏は30年もの間「発芽」にまつわる研究を続けてきた。
落合氏は近畿大学農学部を卒業後、大手食品会社に10年ほど勤めた。そして2002年にカリフォルニア州ナパにてバイオベンチャーを立ち上げた。ナパに渡ったのは食品会社に勤めていたときのこと。もやしの工場をカリフォルニアに立ち上げ工場長を務めたが、価格を下げることに注力する同社の事業に物足りなさを感じ、起業に至った。
「人がやっていることはやりたくなくて。人がやっていると聞いた途端にやる気がなくなるところがあります。いかんなとは思うんですけどね(笑)」(落合氏)
だが根っからの技術者である落合氏にとって、起業家として事業を伸ばすことは「お金の心配がいらなかった」と振り返るサラリーマン時代とは比較にならないほどの困難続きだった。経営は火の車、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家らから出資を受けていたものの資金はショートし、ついには会社を清算するに至った。
事業の仕切り直しのため、帰国して拠点を滋賀県へと移した落合氏。再び事業を始めるも失敗し、そのショックから「琵琶湖に飛び込もうかとも考えた」と振り返る。
そのときにふいに思い出したのが、ある経営者の顔だった。その経営者とは、井出剛氏。日本最大級の有機栽培ベビーリーフメーカーで、DAIZの関連会社でもある果実堂の創業者だ。落合氏が帰国した後に参加した経済産業省主催のシンポジウムがきっかけで出会って以来、2人は親交を温めてきた。
「30年も発芽を研究していてベンチャーをやっていることにとても興味を持ってもらえた。売れ残った発芽大豆を引き取って社員に配ってもくれた。そういう師弟関係があり、経営の相談にも乗ってくれたりする温かい人だ」(落合氏)
落合氏は井出氏の誘いから果実堂に入社することを決意する。DAIZは2014年に社内の「発芽促進研究所」として活動を開始した。そこで会社員、起業家とステージを変えつつも30年間研究を続けた“発芽バカ”・落合氏の集大成ともいえる植物肉事業がスタートした。この事業を本格化させるため、2015年にが果実堂から分社化したのがDAIZ(当時の社名は大豆エナジー)だ。代表を井出氏が務めることで、落合氏は引き続き、研究に注力できる体制をとった。
米ビヨンド・ミートの上場が“追い風”に
落合氏にいつ頃から「植物肉」に着目していたのか。聞くと「僕は(2009年の)丑年、『牛を発芽大豆に置き換えるとどうなりますか』という年賀状を書いていた。しかし当時は誰も興味を示さなかった」と振り返る。同氏いわく、植物肉に“追い風”を強く実感したのは、つい昨年のことだという。
「ビヨンド・ミートが2019年5月に上場し、国内の食品メーカーまでもが動き始めたことで風を感じた。年賀状を出した2009年には、誰の心にも響かなかったが、今は違う」(落合氏)
代替肉が注目を集めているのには、人口増加に伴う肉の消費量の増加、不足するであろうタンパク質源を代替肉で埋めようと試みるスタートアップの台頭、そしてテクノロジーによる代替肉の味や品質の向上、といった流れが理由としてある。そして一般消費者が熱狂する背景には「フレキシタリアン」と呼ばれる、週に数回ほど意識的に動物性食品を減らす食生活を送る、環境や健康への意識の高い若者が増えてきていることがあると落合氏は分析する。
「環境負荷があるものを食べ続けるのではなく、週に数日、(代替肉を食べることで環境保全に)協力したいという、ちょっとアップスケールな考えの“現代版ヒッピー”ともいえるような若者たちの市場がある」(落合氏)
肉食の拡大は気候変動への悪影響にもつながると懸念されている。牛はげっぷやおならでCO2以上に温室効果のあるメタンガスを大量に排出しており、畜産規模の拡大は温室効果ガス排出量の増加につながる。人為的に排出されている温室効果ガスの約14%が畜産業に由来しているとの試算もある。加えて牛は1頭あたり1年に1万ガロンもの水を消費するなど、家畜産業は地球上の多くの天然資源を消費してしまう。
元ビートルズのポール・マッカートニー氏が地球環境保護などを目的として提唱している、月曜日に肉を食べない運動「ミートフリーマンデー」が広がりを見せていることからも、健康や環境に対する意識の高い消費者は増加傾向にあるといえるだろう。米ニューヨーク市では全公立学校が約110万人もの生徒たちに対し週に1度「個人、そして環境の “健康”のため」に朝食やランチでベジタリアンメニューを提供している。
代替肉を一過性のブームでは終わらせない
北米を中心に、現在ではブームといえるほど代替肉は盛り上がっている。日本では冒頭で紹介した大手食品メーカーのほかにも、培養肉のインテグリカルチャー、蚕を原料としたシルクフードのエリーなどが代替肉を開発しているところだ。さらに3月からはモスバーガーによる100パーセント植物由来のハンバーガーやCoCo壱番屋による大豆ミートのメンチカツの発売も続いている。この国でも本格的な脚光を浴びるのは間もなくだろう。
だが落合氏は植物肉の話題性について「一過性のブームにとどまりかねない」と指摘する。おいしさや価格はもちろんのこと、「違和感のない」食べ物でなければ顧客の期待には応えられないと考えているからだ。
DAIZではタンパク質危機が近づくにつれ、加工肉に含まれる植物肉の割合が増えていくとみている。そのためには畜産肉と混ぜても違和感の生じない優れた素材が不可欠となる。
「バターとマーガリンを食べ比べると、どちらが動物性かはすぐにわかる。『バターを期待して食べたらマーガリンだった』という時はがっかりするが、同じような感想が今までの植物肉にはある。DAIZの植物肉原料を使えばそれはなくなるはずだ」――落合氏はこう気を吐いた。
DAIZは当面、植物肉原料のサプライヤーとして、ニチレイフーズをはじめとする食品メーカーや、小売、流通企業への販売を主軸としていく構えだ。生産工場も増設しており、2020年中には年間3000トンの生産キャパシティを目指す。
スイスの金融大手・UBSが2019年に発表したレポートによると、植物肉の世界市場は2030年には9兆円を超えると試算されており、落合氏のビジネスもすでに海外を視野に入れているという。ただしそれは、ビヨンド・ミートやインポッシブル・フーズといったスタープレーヤーたちと競合するのではない。DAIZはサプライヤーとして、協業関係になることで、世界をターゲットにしたビジネスを虎視眈々と準備中だ。
