
- パートナーである猫の長生きが、人間のウェルビーイングにつながる
- ESG重視が将来的な成長のドライバーになる
「ウーマノミクス(女性と経済)」を提唱するなど、ゴールドマン・サックス証券のチーフ日本株ストラテジストとして活躍したキャシー松井氏。
彼女がOECD(経済協力開発機構)東京センター所長を務めた村上由美子氏、クレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務めた関美和氏とともに、2021年5月末に160億円規模のESG重視型ファンド「MPower Partners」を立ち上げた。
国内外のスタートアップに投資をするキャシー松井氏が、「日本発のスタートアップとしてグローバルで大きくなる可能性がある」として期待を寄せるのが、猫専用の首輪型IoTデバイス「Catlog(キャトログ)」などを提供するRABOだ。
RABOは4月6日、前述のMPower Partners、ユニ・チャーム、DG Ventures、Headline Asiaに加え、既存投資家のSTRIVE、XTech Venturesから約13.2億円の資金調達を実施した。今回の資金調達により、同社の累計調達額は21.7億円となった。
現在、1万4000匹を超える猫に利用されており、保有する猫の行動データは40億件を突破するなど、成長を遂げているRABO。そんなRABOの可能性をキャシー松井氏はどのように見ているのか。話を聞いた。
パートナーである猫の長生きが、人間のウェルビーイングにつながる
──Catlogを展開するRABOに出資しました。
私たちはESG重視型ファンドを運営しています。この“ESG重視”というのは、投資先となる企業が「環境・社会・ガバナンス」に関する事業を展開していることもそうですが、もうひとつ大事な視点が「社内にESGを重視する姿勢を実装しているかどうか」です。
なぜ、MPower PartnersがRABOに投資したのか、と思った人もいるでしょう。まず、RABOが掲げる「世界中の猫と飼い主が1秒でも長く一緒にいられるように、猫の生活をテクノロジーで見守る」というミッションは、非常にESGと相性が良い。
海外では欧米を中心に、動物を“感受性のある存在”と捉え、家畜にとってストレスや苦痛の少ない飼育環境を目指す「アニマルウェルフェア」という考え方が広がりを見せています。このアニマルウェルフェアはESG投資の指標としても重視されています。
昨今、日本でも個人が身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを指す「ウェルビーイング」が注目されるようになってきましたが、動物に関してはまだまだ。アニマルウェルフェアの考え方を知っている人はごく一部で、欧米と比べて浸透しているとは言えません。
そうした中、RABOはに⾸輪型デバイスとスマートフォンアプリの「Catlog」、トイレ・体重管理のIoTデバイス「Catlog Board」といったサービスを通じて、猫様が飼い主と1秒でも⻑く⼀緒にいられるようにしている。それは猫様の健康もそうなのですが、家族の⼀員である猫様が長生きすることで、人間もより幸せに生きることができるわけです。
また、リサイクル・リユースを意識するなど、環境に配慮したモノづくり、サービス設計などESGを重視するカルチャーも構築されていました。事業内容、社内のカルチャーも含めて素晴らしいと感じましたし、何よりマーケット自体も非常に伸びています。
「2021年の全国犬猫飼育実態調査」によれば、犬の飼育頭数は減少傾向にありますが、猫の飼育頭数は2013年以降、増え続けています。私たちは非営利団体ではないので、きちんと金融のリターンも求めなければなりません。
海外のマーケットも含めると、非常に大きなポテンシャルがある。さらには、テクノロジーを通じて社会課題を解決する、ESGを重視するという方向性が私たちの考えと一致したこともあり、今回RABOに投資することを決めました。
──キャシー松井さんから見て、RABOの強みはどこにあると感じますか。
「技術」と「チーム」です。まず技術に関しては、Catlogはただの首輪ではなく、首輪に内蔵された超小型の加速度センサーをもとに猫様の活動データを24時間365日記録し、それをバイオロギング解析技術や機械学習によって解析する、というものです。また、普段使用しているトイレの下に置くだけで、猫様の体重と尿量など排泄物の量やトイレの回数を自動で記録するIoTデバイス「Catlog Board」も展開しています。
すでに1万4000匹を超える猫様が、これらを使った生活を送っており、猫様の行動データも40億件を突破しています。このデータ量も他にはない強みですし、膨大なデータを活用し、猫様の健康のトータルサポートを手がけていく、という点も面白いと感じました。
そして、(代表取締役社長の)伊豫愉芸⼦さんが“ただの猫好き”ではなく、学生時代にペンギンやオオミズナギドリに小型センサーをつけ行動生態を調査する「バイオロギング研究」に従事していた研究者であり、獣医師なども参画している。この技術、このチームであれば日本発のスタートアップとしてグローバルで大きくなる可能性がある、と思いました。

ESG重視が将来的な成長のドライバーになる
──スタートアップ業界はESGをどう捉えるべきですか。
ここ数年で、ようやく大企業がESGに関する取り組みを始めたばかりなのに、なぜスタートアップが重視しなければいけないのか。それは規模が小さいタイミングの方がESGの価値観、原則をカルチャーとして浸透させやすいからです。
私も含めて、MPower Partnersのゼネラル・パートナー3人は長い間、金融業界でキャリアを積んできました。大企業と一緒に仕事をしてきて、カルチャーなどが確立された組織の意識、行動を変えることは簡単ではない、と感じました。
だからこそ、規模が小さい段階でESGの価値観、原則をカルチャーとして浸透させるべきなんです。何よりそれが将来の成長のドライバーになります。言われたからやるのではなく、自発的に事業戦略、カルチャーにESGの価値観を浸透させることで、スケーラブルかつグローバルな企業になれる。私はそう信じています。
例えば、2020年4月にはゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントが「取締役会に女性がいない会社の取締役選任議案に反対する」という議決権行使の基準を発表しました。また、米ナスダックは上場規則を改正し、多様な取締役を少なくとも2人登用し、1人は女性で、もう1人は人種や性的マイノリティーにする、というようにしています。
グローバルでESGを重視する流れになってきている。スモールビジネスのまま、日本だけで十分という企業は別ですが、「スケールしていきたい」「グローバルに展開していきたい」という企業であれば、ESGを重視しなければならないでしょう。
──ESGにコミットしているかどうか、どのように見極めますか。
見極められる保証はありません。私たちは投資を実行する際、ESGに対する取り組みのMOU(基本合意書)を書いてもらうようにしています。その内容は会社としてESGの実装にコミットメントする、というものです。
これは私たちが「あなたたちの会社にはESGが大事だからやりなさい」と押し付けているわけではありません。会社ごとに環境なのか、ダイバーシティなのか、ガバナンスなのか、必要な要素は異なります。
ですから、あくまで自分たちの会社の未来にどんな要素が必要かを考えてもらい、それをもとに目標達成のKPIを策定し、進捗を見ていくようにしています。ESGにコミットしているかどうかを事前に見極めることが難しいからこそ、自分たちで何が必要かを考えてもらい、その目標の達成に向けて私たちが伴走してサポートするようにしています。
──最後に、日本のスタートアップ業界をどう見ていますか。
日本はまだまだ起業家の数が少ない。優秀な人材も多く、資金も豊富にあり、先端技術もあるのに、です。そうした状況を変えていくには、起業に対する考え方がもっと多様になっていくべきだと思います。失敗に対する考え方もそうですし、人生100年時代だからこそ「大企業への就職」以外のキャリアパスを考えてもいいでしょう。
個人的に良いトレンドだと感じているのは、コンサルや金融などの大企業からスピンアウトする若者が増えつつあることです。日本のスタートアップ業界はこの10年で投資などお金の流れは出来上がりつつありますが、最終的には人が集まってこなければエコシステムとして継続性がありません。そうした意味では、良い変化の兆しを感じています。
あとはプライム市場への上場をゴールにするのではなく、海外市場への上場、海外企業の買収などの視野を持った起業家をいかに輩出できるか、が大事になると思います。