朝日新聞社記者・編集者の朽木誠一郎氏 提供:Agenda note
  • ネットメディアの「生きる道」を開拓する
  • 編集と広告の間で挑戦する
  • 「書く場所」を残し続ける
  • メディアにできることは、まだまだある
  • メディアビジネスの「これから」

異色のキャリアを持つ、朝日新聞社の記者・編集者の朽木誠一郎氏。医学部を卒業しメディア運営会社で編集長に就任後、BuzzFeed Japanで医療専門記者を経験。現在はメディア「withnews」や、朝日新聞社内のデジタル領域で活躍している朽木記者に「メディア企業で働くことの現在」について話を聞きました。(編集注:本記事は2019年12月16日にAgenda noteで掲載された記事の転載です。登場人物の肩書きや紹介するサービスの情報は当時の内容となります)

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ネットメディアの「生きる道」を開拓する

徳力 朽木さんは、今は朝日新聞のニュースサイトwithnewsに所属されていますよね。具体的には、何を担当しているのでしょうか。

朽木 今はwithnewsで企画・編集をしたりイベントを主催したりといった編集者業と、記事を執筆する記者業をしながら、並行して編集プロダクションにいた経験を生かして、withnewsに併設する受託制作チームを立ち上げました。

徳力 どのような受託制作でしょうか。

朽木 例えば、朝日新聞には、ナショナルクライアントとコラボレーションしてつくっているメディアが複数あります。私はあくまで編集側の人間なので、対外的なビジネスには関わりません。一方で、そのようなメディアのメインは編集記事であり、その制作を担う部門に対して企画の提供、編集部体制の構築、デスク作業などをしています。

 朝日新聞社に蓄積された従来的な編集のノウハウと、withnewsというウェブメディアで成功してきたノウハウを掛け合わせて、社内コンサルのように関わる。ウェブの知見により大きく成果が上がる事例が多くあり、こうした受託制作でも結果的にメディアの売上にも大きなインパクトを出せることがわかりました。

 無料広告モデルのメディアに受託制作チームを併設するのは決して珍しくないことですが、新聞社だと社内取り引きでも十分に売上が立ち、かつ営業側も新規の案件を獲得しやすくなり、経済が回るのが面白いところかと。

徳力 ユニークな試みですね。企業はこれまで、お客さんにコミュニケーションするためにメディアの広告枠を買っていましたが、今はメディアそのものをつくれる時代。そこにメディアの編集者が入っていくのは、自然な流れだと思います。ある意味、メディアをスケールさせる仕組みを企業に提供しているわけですよね。

朽木 そうです。企業が社会的なメッセージを発信するのは、世界的なトレンドです。ウォール街の象徴である雄牛の銅像の前に、腰に手を当てて睨みつけている少女像「Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)」を置いて、金融業界の女性役員の少なさなどを訴えたプロジェクトがありますよね。

 同じように、自分たちの社会的メッセージを発信したいナショナルクライアントやラグジュアリーブランドは、すごく多いと感じます。その支援をすることで、編プロ的な制作費の相場である1本数十~数百万円から、将来的には1プロジェクトあたり数億円レベルにまで伸ばすこともできると思っています。コンテンツによる課題解決は今後、新聞社という存在に期待される役割になるのではないかと。

編集と広告の間で挑戦する

徳力 先ほどから、朽木さんが「広告に直接関わらない」と言っているのは、新聞社として広告と編集を分離する必要があるからですよね。

徳力基彦 氏 アジャイルメディア・ネットワーク アンバサダー/ブロガー ピースオブケイク noteプロデューサー 提供:Agenda note

朽木 その通りです。編集と広告の分離は新聞社の基本的な考え方なので。一方、そのために、ねじれてしまっていることもあって、それは例えば新聞広告です。編集と広告が完全に分離していることで、編集側から見れば問題のある本でも、広告側が気づかずに掲載してしまうことがあります。

 ブランドセーフティーの観点からは、編集と広告がコミュニケーションを増やすことで、こうした事態を防げると言えるかも知れません。少なくとも、SNSなどのプラットフォーム上では、そのコンテンツが編集によるものか、広告によるものかの区別なく、新聞社のコンテンツとして評価されますから、こういうことが起きると誰も得をしないので。

徳力 なるほど。編集と広告の分離は、倫理的なポリシーとしては当然あるべき姿勢だと思いますが、分離を意識するあまり、自縄自縛(じじょうじばく)になっている面はあるのかもしれません。

朽木 私が朝日新聞社に入社してまず何をしたのかと言うと、とにかく現場の人たちと飲みに行きました。「どんな課題がありますか」と聞いて、「こういう課題があるんだったら、こんな取り組みできませんか」と。

徳力 編集と広告の分離は、昔からあるテーマです。朽木さんの活動は、社内的には問題ないわけですよね。

朽木 きちんと線引きをすることが大事だと思います。今回の取り組みにあたっても社内で議論を重ねて、今の形に落ち着きました。もちろん、編集側は徹底的にビジネス的な視点から距離を置くべきと主張する人もいるかもしれません。

 一方で、デジタル時代のメディア運営は前述したように少数精鋭が勝ち筋で、大規模なメディアの運営は厳しさを増しています。それでも生き残るためには、編集側にも新聞社の価値を最大化するポジションの人間が必要だと私は思います。

徳力 そのあたりは、媒体社ごとに基準が違いそうですね。

朽木 出版社さんなどは企業とのコラボレーションに積極的で、共同で雑誌を出したり、イベントを開催したりしていますよね。

徳力 グレーゾーンが広いんですね。

「書く場所」を残し続ける

朽木 「新聞社」「出版社」といった成り立ちも、すべてネット上に展開されるようになった今、やがてはその区別が読者側には意味をなくしていくと思います。もちろん受託をずっとやり続けることが目標ではなく、いろいろと新しい運営方法を試すことが目標なので、今は来年以降に取り組むいろんなことの準備をしている状態ですね。

徳力 それは、朽木さんが外部から来た人材だからできることだと思います。従来の社内のルールで育ってきた人からすると、そういう縦割りの境界線をまたぐのがなかなか難しいですよね。だからこそ、朽木さんの存在価値がすごく高いとも言えそうです。

朽木 私はあくまでも、社会問題に関わり続けるために書き続けたいんです。そのために食いっ逸れるわけにはいかない、という意識で取り組んでいます。

朝日新聞社記者・編集者の朽木誠一郎氏 提供:Agenda note

徳力 メディアとして、健全に運営をし続けるという話ですね。

朽木 はい、「40代、50代のライターさんが少ない」という問題は、ずっと言われていますよね。今後はその状況が、もっと加速するのではないかと危惧しています。なぜなら紙メディアが崩壊したとき、受け皿となるネットメディアの市場規模が小さいからです。書き手が市場に飽和して、かなり荒れるだろうな、と。そのときに社会問題が発生してしまったとして、「書く場所がない」では困る。だから、今のうちからできることをしておきたいんです。

徳力 逃げ切れる、と思っている人もいそうです。

朽木 実際、逃げ切れる人もいると思います。だからこそ、僕は中間世代として上から「考えてもしょうがないよ」みたいなことを言われると、怒りを感じるんです。

メディアにできることは、まだまだある

徳力 新聞社と組むとき、クライアント企業の担当者は、何を意識すればいいのでしょうか。

朽木 私はマーケティングに詳しくないのですが、おそらく商品を売ることにフォーカスするのであれば、今まで通りの広告をした方がいいと思います。そうではなく販売よりも手前の段階として「こういう社会を実現したい」「良い社会の仕組みをつくりたい」というときにメディアと組むといいと思います。

徳力 先日、「ワールドマーケティングサミット東京2019」でフィリップ・コトラー教授が「すべてのブランドは、社会を良くするために活動しなければならない」とお話されていました。そう聞くと、すぐに売上につながらないのではと思ってしまいそうですが、ユーザーがメディア化している現代は社会を良くしようとしているブランドをユーザーが応援してくれるんだ、という話をされていたのを思い出しました。

朽木 そうですね。持続可能な社会で必要とされる存在でないと、企業も生き残っていけないと思います。おそらく私たちにできることは、まだまだたくさんあるはずです。

徳力 今までのマスメディアの時代は、枠を売るビジネスの手離れがいいし、ある意味分かりやすかったので、そこに特化していた印象があります。広告主であるクライアント企業もその仕組みに慣れていますよね。

 しかし、これからのクライアント企業は、自分たちのメッセージを消費者に伝えるための努力を立体的にする必要があるということでしょうか。その場合、具体的にはどんなことをしているのか教えてもらえますか。

朽木氏(右)と徳力氏(左) 提供:Agenda note

 朽木 最初にフレームをつくるべきだと思って、今年はSNSのインフルエンサーの医師チームと共同で、医療情報発信についてのイベントを開きました。そのイベントは医師の方々の影響力のおかげで話題になり、Twitterで「日本のトレンド」に入りました。

 もうひとつ、これはwithnewsチームとしての成果ですが、子どもが夏休み明けの9月1日に学校に行けなくなる不登校の問題について、当事者世代に人気の俳優さんや支援者、当事者の方々と一緒に、Twitterで番組配信を実施、約25万人が視聴しました。

 個々のイベントの成果はもちろんですが、それで終わりではありません。これらは、社会問題に働きかけたい企業に興味を持ってもらえる事例だと思います。こういうフレームをつくって、ノウハウを蓄積して、それを活用して営業の担当さんが提案の中にそのフレームを入れる。そういう展開ができればいいなと。

徳力 クライアント側は従来、コンテンツは編集プロダクションにつくってもらい、SEO対策はSEO会社にしてもらい、SNS広告運用は広告会社にといった具合にバラバラに依頼していた印象が強いです。

 確かに、それら全てのノウハウを持ったメディアがまとめて請け負ってくれるのであれば、依頼しない手はないですね。

メディアビジネスの「これから」

朽木 はい。新聞事業で積み上げてきたノウハウにネットメディアのノウハウを掛け合わせることで、新聞社がイベントも含めて立体性をつくれると思っています。

 もうひとつ取り組む予定なのが、今ある成功モデルのプラットフォーム化です。例えば、オールジャンルメディアとして平均4000万~5000万PVと一定規模に成長したwithnewsをさらに進化させるとしたら、今後はそこにバーティカルメディア(特化型メディア)をぶら下げることがあり得るでしょう。

徳力 朽木さんのお話を聞いていると、パトロンを見つけてからバーティカルメディアを小さく始める方がうまくいきそうな気がしますが。

朽木 これは編集としての実験になるかなと。資金さえ別の方法で確保しておけば、新しいやり方にも積極的にチャレンジできますから。

 結局のところ、withnewsのように成長したオールジャンルメディアを将来的にどうするのかという課題は、絶対に避けて通れません。現時点では、プラットフォーム化により、例えば5000万のPVが1億になるかを試してみるべきだと考えています。

徳力 バーティカルメディアの立ち上げは、他のメディアでも取り組んでいますが、既存のネット広告とページビューだけを基準に運用するものと、編集部側でビジネスモデルや収支をしっかり考えて立ち上げていくのは、まったく意味が違いますね。朽木さんの挑戦を応援しています。今日は、ありがとうございました。