システム開発の「業務委託契約書」における注意点を解説する
システム開発の「業務委託契約書」における注意点を解説する
  • 開発を委託したプロダクトの「知的財産権」が自社にない──何が起きたのか
  • 知的財産権の“帰属先”に要注意
  • 知的財産権の帰属先は受託者でなく“委託者”に
  • 不利な契約を交わした場合、知的財産権の譲渡について金銭を要求されるリスクも

スタートアップが交わす契約書の中には、見落とすことで致命的なダメージになり得る条項がある。

「ヤバい契約書」に引っかからないためにはどうするべきなのか──連載「スタートアップを陥れる“ヤバい契約書”」では実際にあった約書を参考にした架空のストーリーをもとに、スタートアップの法務支援を専門とするGVA法律事務所・代表弁護士の小名木俊太郎氏による監修のもと、読み解いていく。

今回はシステム開発の「業務委託契約書」を取り上げ、解説していこう。

(このストーリーは実際にあった契約書を参考にしたフィクションです。実在の人物・団体・サービスなどとは関係ありません)

開発を委託したプロダクトの「知的財産権」が自社にない──何が起きたのか

舞台となるのは、飲食業界に特化した業務改善SaaSの提供を検討しているスタートアップのシグナル・テクノロジーズ。代表取締役の岡田淳平は、システム開発のためにCTOやエンジニアの採用を急いではいるのだが、はじめてのエンジニア採用に苦戦していた。そこで岡田は知人起業家からのアドバイスを受け、大手SIerのダイヤモンド・ソリューションズにシステム開発を委託した。

ダイヤモンド・ソリューションズに所属する3名のエンジニアの協力のもと、開発は順調に進む。そして半年後にはプロダクトのベータ版が完成。リリース後はユーザーも増え、岡田は「採用活動を本格化させ、事業拡大に向けてアクセルを踏むべき」と判断した。

だが、シグナル・テクノロジーズでは2000万円もの資金をつぎ込み、ダイヤモンド・ソリューションズにシステム開発を委託していた。資金不足のため、採用を加速するには追加の資金調達が不可欠だった。

複数社のベンチャーキャピタル(VC)に連絡したところ、飲食業界に明るいベンチャーキャピタリストの古賀泰久から「ぜひ、話を聞きたい」と連絡があった。

岡田は数日後に古賀と面会。古賀は「このプロダクトには大きなポテンシャルがある」と話すなど、出資に前向きだった。だが、その後も交渉を続けるうち、古賀はシグナル・テクノロジーズとダイヤモンド・ソリューションズが交わしたシステム開発契約書を確認して、顔をしかめながらこう言い放った。

「プロダクトが閉鎖の危機にさらされている。出資は引き受けられない」

古賀は岡田に「シグナル・テクノロジーズはプロダクトの知的財産権を保有していない」と説明した。一体、何が起きたのか。

知的財産権の“帰属先”に要注意

シグナル・テクノロジーズは、ダイヤモンド・ソリューションズとの間でシステム開発の業務委託契約書を締結した上で、システム開発をダイヤモンド・ソリューションズに依頼していた。システム開発を委託する場合、契約書を締結しないでトラブルとなる事例をよく目にする。そのため、契約書を締結したこと自体は良いことではある。だが、トラブル防止という観点において大切なことは「契約書を締結すること」ではなく、「自社にとって不利益のない(または不利益があったとしても許容できる)契約書を締結すること」である。

今回、シグナル・テクノロジーズとダイヤモンド・ソリューションズの間で締結したシステム開発の業務委託契約書には、当該業務を実施したことによって発生する知的財産権について、どちらに帰属するのか、という条文が規定されていた。以下がその内容であった。

甲(委託者)及び乙(受託者)は、本業務の遂行過程で行われた創作等によって生じた本件成果物その他の著作物等の知的財産権について、すべて乙(受託者)に帰属するものとする。この場合、乙は、甲に対し、前項に基づき保有することとなった知的財産権について、本契約の目的の範囲内で利用することを許諾するものとする。

条文を読めば分かるとおり、ダイヤモンド・ソリューションズが行った業務により発生した知的財産権は、全て受託者である同社に帰属すると記載されている。委託者であるシグナル・テクノロジーズは一応、知的財産権の利用許諾を受けてはいるが、知的財産権の権利を一切保有していないこととなっている。

これでは、システムのソースコードの著作権やデザインの意匠権などがすべてダイヤモンド・ソリューションズのものとなってしまう。そのため、自社サービスであるにも関わらず、システムを変更したり、アップデートしたりする場合には都度、ダイヤモンド・ソリューションズの承諾を得なければならない状況に陥っている。

知的財産権の帰属先は受託者でなく“委託者”に

つまり、シグナル・テクノロジーズが展開する事業のグロースは、ダイヤモンド・ソリューションズがその命運を握っていることとなる。すると当然、外部からの資金調達も難しくなってしまう。

では、シグナル・テクノロジーズは契約書の規定をどのようにすれば良かったのか。答えはとてもシンプルで、知的財産権の帰属先を受託者ではなく、委託者にすれば良かったのである。

甲(委託者)及び乙(受託者)は、本業務の遂行過程で行われた創作等によって生じた本件成果物その他の著作物等の知的財産権について、すべて甲(委託者)に帰属するものとする。この場合、乙は、甲に対し、前項に基づき保有することとなった知的財産権について、本契約の目的の範囲内で利用することを許諾するものとする。

システム開発の業務委託契約において、委託者に知的財産権を帰属させることは一般的だ。このような修正を行ったとしても、契約の締結が阻害されることはほとんどないだろう。

不利な契約を交わした場合、知的財産権の譲渡について金銭を要求されるリスクも

外部からの資金調達が難しくなってしまった、シグナル・テクノロジーズ。もし知的財産権がシステム開発の委託先に帰属する契約書を交わしてしまっていた場合、どのような解決策が考えられるのか。

一番シンプルな手段は、ダイヤモンド・ソリューションズから当該システムに関する知的財産権を譲渡してもらうことだ。ただし、「もともとの業務委託報酬にはシステムに関する知的財産権の価格は含まれていなかった」として、知的財産権の譲渡について金銭を要求されるリスクがあることを予め認識しておくべきである。

それ以外に、システムを1から作り直すという方法もあるが、期間や費用面を考えると実際には現実的ではないだろう。

自社サービスに関する知的財産権の帰属の問題は、企業の存続に直結する問題だ。そのため、システム開発の契約書を締結する際には、必ずその内容を確認するよう、心がけていただきたい。