
- 3年を費やし実現した利便性
- 店舗を持ち全作業工程のネット最適化にこだわる
- 既存産業を“破壊”しないアプローチ
- 総額15億円の資金調達でさらなる認知度向上を目指す
スーツやワイシャツはビジネスパーソンの“戦闘服”。ヨレヨレではみっともないが、クリーニングは後回しにされがちだ。「平日の営業時間に店舗に行くのは難しい」「休日は趣味や家族サービスに時間を費やしたい」。そんな悩みをネット宅配クリーニングの「リネット」は解消しようとしている。その利便性のキモは「ネットとリアルの融合」だ。サービスを運営するホワイトプラスは3月27日、総額15億円の資金調達を実施し更なる顧客体験の向上を目指すことを発表した。(ダイヤモンド編集部 菊池大介)
3年を費やし実現した利便性
宅配クリーニングサービスの「リネット」は、ネットやアプリで集配日を指定し、衣類を箱や袋に詰めて配達員に渡すだけで、最短2日後にクリーニングされた状態で自宅に届くというサービスだ。月会費制の「プレミアム会員」に登録すれば、深夜・早朝の集配、翌日届けなどの配送便での特典が利用できるほか、ワイシャツの抗菌防臭加工などのオプションや通常会員では利用できない毛玉・毛取りなどのオプションが標準で受けられる。
「クリーニングに行くとなると時間に縛られるし、店舗まで出向かなければならず、予定が潰れてしまうこともある」
誰の口からでも出てきそうな台詞だが、ホワイトプラスの代表取締役社長・井下孝之氏は取材の席でこう切り出した。そう、彼自身もクリーニングの不便さに不満を感じていたビジネスパーソンのうちの1人だったのだ。
「そもそもなぜネットで注文できないのか。ペイン(悩み・課題)を感じている人は多くいるはずだ。そう思い、サービスの開発を決意した」(井下氏)
こうして2009年の10月、井下氏はインターネットで完結する宅配クリーニングのサービスを始めた。だが、ネット宅配クリーニングは、受発注をネット化し、顧客の自宅までの集配ができれば簡単に成立するというものではなかった。ネットビジネスに「楽して稼ぐ」といったイメージを抱く職人気質の業界人を説得し、アナログな産業をネットに最適化するには「3年を要した」と井下氏は説明する。
店舗を持ち全作業工程のネット最適化にこだわる
リネットの事業は物流業者やクリーニング工場などといった提携パートナーとの連携により成り立っている。物流ではヤマト運輸やソフトバンクグループのマジカルムーブ、そしてクリーニング工場とは10社ほどと提携している。今でこそパートナー同士をうまく連携してサービスを提供しているが、サービス開始当初はクリーニング工場という「リアル」をネットに接続するための最適化には特に手を焼いたと井下氏は言う。

通常、クリーニング工場は受付や検品、受け渡しなどを行う取次店、いわゆる「街のクリーニング屋さん」を介し、サービスを提供している。リネットも提携クリーニング工場の取次店的な役割を担うが、最大の違いは配達員が品物を受け取るだけで、対面接客がないことだ。そのため「店舗でやっていた作業をどのようにしてオンラインで対応できるか」(井下氏)を考える必要があった。
そこでホワイトプラスでは、クリーニング師の資格を取得して実際に店舗を持った。ネットで受け付けた注文を自ら仕分けして提携工場に送り、作業が完了した衣類を顧客へ配送するといった流れを経験することで「オンラインでも成り立つ仕組み」を1から設計した。
例えば「ここにあるシミはどうしますか?」といった類いの確認は対面接客においてはたやすいが、メールなどでは待ち時間が発生する。そのため「シミがあるので取っておきます」といった具合に先手でコミュニケーションをとる方針にした。
また、大量の衣類の中から特定の顧客のものだけをトラッキングできるようなシステムを構築。受注の際にそれぞれの衣類にバーコードの付いたタグをつけ、作業完了後、全ての衣類が揃っているかをバーコードで確認する。このシステムをパッケージ化し、各工場に導入していった。
既存産業を“破壊”しないアプローチ
なぜ、あえてネットとリアルを融合しなければならない困難な領域を選んだのか。ホワイトプラスが設立された2009年は、ちょうどiPhoneが初めて日本で発売開始された直後。スマートフォンが本格的に普及する前の話だ。
井下氏は「当時はスマートフォンが出て来るとは思ってもいなかった」とふり返った上で、「ネットで完結するイノベーションは我々が創業する前にかなり出尽くしていた。時代の流れの最初にいたらチャンスが一番広いんじゃないかと思い、まだプレイヤーがいない『ネットとリアルの融合』という領域に踏み込んだ」と説明した。
150もの事業アイディアを捻出した上で、自身が特に課題を感じていたクリーニング業界にイノベーションを起こすという決断を、井下氏は下した。
「ネットとリアルの融合」と言えば、米ウーバー(Uber)が手掛けるライドシェア事業のように、労働力(ギグワーカー)を業界外から調達するビジネスモデルが連想される。だが、サービス品質を担保する上でも、また事業を持続可能にするためにも、リネットは既存産業と寄り添うアプローチを取った。
ライドシェアサービスのUberは2015年、無許可でタクシー業を行う「白タク」を禁止する道路運送法に抵触する可能性があるとして国土交通省から「待った」をかけられたのち、わずか1カ月ほどで国内での実証実験を中止した。日本交通を筆頭としたタクシー業界からの強烈な批判もあり、日本では未だにライドシェアは定着していない。
このような事例からも分かるが、ディスラプト(破壊的創造)が成り立ちにくい日本では、既存産業をアップデートするにはリネットのように業界と「力を合わせる」ことが最善策となるケースが多いと言えるだろう。
「ギグエコノミーを活用したサービスには既存産業が仕組化して安全性を担保するために行う投資をそぎ落とし、質が悪くても別の利便性を持って提供するものもある。我々のアプローチは違う。リネットでは既存のクリーニング工場の空いている時間を使うのではなく、既存のクリーニング工場の稼働率を最大化する。ネットを介することで、既存のクリーニング産業と顧客をより最適な形で接続した」(井下氏)
総額15億円の資金調達でさらなる認知度向上を目指す
クリーニングの需要規模は1992年に8170億円でピークを迎えてから縮小が続いており、2016年には3692億円と約半減した。まだ多くの店舗を街中に見かけるため実感しづらいが、取次店も減少傾向にある。ピークの1998年に12万軒ほどあった店舗は、高齢化などが原因で2015年には約7万軒にまで減少した。
減りつつある取次店の役割を担い、縮小傾向にあるクリーニング業界を活性化するため、ホワイトプラスではリネットの開発を進め、顧客体験を高めることで事業の急成長を目指している。
同社は3月、グロービス・キャピタル・パートナーズ、YJキャピタル、ラクスルの3社を引受先とした第三者割当投資、そしてみずほ銀行からの融資による総額15億円の資金調達を発表した。この調達により累計調達は22億円となった。
リネットは2019年5月の時点で35万人のユーザーに利用され、黒字化を達成している。だがウェブ調査を行ったところ、認知度はわずか5.7パーセント。より認知を広げて「本当の意味で世界を変えていきたい」(井下氏)という思いから、資金調達に踏み切った。
調達した資金をもとに、ホワイトプラスではテレビコマーシャルを含むマーケティング施策により、リネットの認知を高めていく。顧客体験を向上させるために、開発も急ピッチで進めるとしている。
また、iOS版アプリの機能強化も進める。現状、アプリ経由では衣類のクリーニングしか利用できないが、布団や靴のクリーニング、保管サービスなど他のサービスについても利用できるようにする。Android版についてはアプリのフルリニューアルを準備中だ。

宅配クリーニングサービスを提供する競合は少なからず存在するが、リネットは月に2回以上利用するヘビーユーザーを多く抱えていることが強みだ。
ホワイトプラスの広報担当者は、他社の宅配サービスは「10点パックで○○円」といった従量制のものが多いため、衣替えの時期など、ある程度まとめてクリーニングする際に使われると説明。一方、リネットでは1点からでも注文を受け付けているため、日常的に使うリピーターが多く、月に2回以上利用するヘビーユーザーも複数存在しているという。これも、検品を含む全工程をネットに最適化させることで、多数のユーザーが少量で利用しても対応することが可能となっているからだ。
「事業を立ち上げてから10年以上がたつが、同じようなビジネスモデルを展開する競合はまだ存在していない。真似できないと思う、大変だから(笑)」(井下氏)