Radiotalk代表取締役の井上佳央里氏
Radiotalk代表取締役の井上佳央里氏
  • スマートスピーカーの登場で“ラジオ産業の再構築”を志す
  • 力あるコンテンツの配信者が収益面で報われる仕組み
  • 熱量の高いリスナーが配信者とともにコンテンツづくりに参加
  • 「話す」ことは最も身近な創作活動でエンタメの手段である

「好きなことで、生きていく」──テレビCMで「YouTuber」が憧れの職業としてプッシュされ始めたのは、今から7年ほど前のこと。YouTuberをはじめとする動画配信クリエイターは、今や小学生のなりたい職業ランキングの常連だ。

この「配信で稼ぐ」というトレンドは、動画から音声の分野にも及びつつある。月額課金やコンテンツ販売、投げ銭機能といった収益化の手段を、配信者に提供する音声配信プラットフォームも増えている。その1つが2017年、エキサイトの社内ベンチャー制度からスタートした「Radiotalk(ラジオトーク)」だ。

投げ銭スタイルの音声配信サービスであるRadiotalkには月間540万円を売り上げる配信者も現れ、上位100人の年間収益合計は約1.7億円に上る。その中には会社を辞め、専業配信者として生計を立てている人もいるという。

「Radiotalk」はなぜ「稼げる」プラットフォームを目指すのか。サービスを運営するRadiotalk代表の井上佳央里氏に、ラジオ産業を再構築し、話し手がもうかるプラットフォームを目指す理由と、その手法について聞いた。

スマートスピーカーの登場で“ラジオ産業の再構築”を志す

前述したとおり、Radiotalkは2017年、エキサイトの社内ベンチャー制度を通じてリリースされた。大学の放送学科でラジオ制作を学び、新卒でエキサイトに入社した井上氏がブログサービスなどの開発に従事した後、手がけたのがこの音声に関わるサービスだった。

スマートフォンが好きで、スマホ向けのユーザー参加型サービス開発に携わっていた井上氏は当時、「スマホの次に来るデバイスは何か」と考え続けていた。そこで出合ったのが、日本でも提供が始まったばかりのAmazon EchoやGoogle Nestといったスマートスピーカーだ。

井上氏は「スマートスピーカーの登場により、今までのスマホでは『手で書いて、目で読んで』いたものが、『口でしゃべって、耳で聞く』と、人間の別の五感を使うようになる。テキストで行われていたコミュニケーションやコンテンツの市場が(音を中心に)リプレースできるのではないか」と考えた。この領域の市場性の大きさを想像して「波が来た」と感じたのだ。

そこには、井上氏自身が熱心なラジオリスナーであり、ポッドキャストの愛聴者だったことも影響している。

「ストレス指数が高い満員電車の中でも、面白い話を聞きながら乗っていれば、すごく楽しい時間に変わります。私は芸能人の方のラジオだけでなく、沖縄の琉球放送の番組や和歌山のコミュニティラジオ・Banana FMの番組など、知らないエリアの知らない人の話を聞くのが好きで……。喫茶店で隣の人の話がちょっと聞こえてきて、それがとても面白かったというようなこともありますよね。何かしらの『エンタメ』と呼べるものが、そこにはあると実感していたんです」(井上氏)

その頃はまだ、市井の人の音声コンテンツがエンタメになると着目する人は、ほとんどいなかった。だが、大学でラジオ制作について学んだこともあって、井上氏は「今までラジオという市場にしか当てはめられなかった音声コンテンツも、飲み会の話や喫茶店の話、ちょっとしたおしゃべりも全部ひっくるめた『話』というものの市場として、今ならもっと形を変えて再構築できる」と考えた。

こうして、誰もがテキストを発表できるブログと同様、誰もが「話」を発信できるサービスとして誕生したのが、Radiotalkだった。2019年3月には、スタートアップスタジオを運営するXTechの子会社としてRadiotalkを設立。井上氏はその代表取締役として、サービス開発をさらに進めることになった。

力あるコンテンツの配信者が収益面で報われる仕組み

Radiotalkには、「トーカー」と呼ばれる配信者がリスナーから「ギフト」を受け取れる、投げ銭システムがある。

井上氏がRadiotalkを「稼げるプラットフォーム」にしようと取り組む理由は、ラジオ番組やポッドキャスト番組の継続の難しさにある。

「今まさに『クリエイターズエコノミー』と言われていますが、結局、製作者側にとって経済的に報われる仕組みができて初めて、コンテンツ、エンタメをつくる活動は継続していけます。(動画と違い)話すことのクリエイターにもうかる仕組みがなかったので、そこを一番につくりたい、という思いでいました」(井上氏)

新しいクリエイターが生まれるためには、芸能人やタレントのような「すでにIP化された人の場所」にするより、むしろ今までは光が当たっていなかった人に光が当たる場所にする必要がある──そう考えた井上氏は、Radiotalkを誰もが配信できるサービスとして公開した。

「ただ、これはインターネットの良いところでもあるのですが、誰でも配信できる場では匿名であるがゆえに、本当に輝くコンテンツがあったとしても、それがその他大勢のノイズ的なコンテンツに埋もれてしまうという課題も潜んでいます」(井上氏)

井上氏は「Radiotalkには、コンテンツ力のあるものと、気軽に自己満足のためにつくられるコンテンツの両方があっていい」という前提のもとで「場を盛り上げて輝くコンテンツをつくるには、ある程度、力のあるコンテンツが目立つようにする必要がある」と考えた。そこで最初は、リアルタイム配信ではなく、一度録音したデータを配信する収録型を採用することにした。

「最終的にはリアルタイム配信と収録型配信のどちらもできる状態を目指しつつ、最初はあえて収録の方から始めました。すると『しゃべっているところに誰かがふらりと来て、他愛もない話で終わる』ということでなく、ある程度『この10分という時間の中で、どのくらい自分がしたい表現ができるか』を突き詰めてデータをアップすることになるので、コンテンツ力が高まりやすいのです」(井上氏)

一方で「Clubhouse」や「Twitterスペース」のようなリアルタイム配信の方が、配信者とリスナーの熱量が上がりやすいことも確かだ。井上氏は「コンテンツ力を上げてから、そこについたファンに対して熱量を上げていくかたちにした」と説明する。熱量の高いものをつくって後からコンテンツ力を磨くのは難しいと考えたからだ。

コンテンツ力が磨かれ、企業案件も入るような配信者が現れるようになったタイミングで、Radiotalkはライブ配信機能を追加した。それにより、すでにコンテンツ力の高い配信者とそのファンが熱狂的に盛り上がれる場所になり、トーカーの収益化にもつながっているという。

詳しい人数は明かされなかったが、冒頭に挙げた月に500万円以上を売り上げたトーカーをはじめ、ギフトによる投げ銭で月額100万円以上稼ぐ人も何人も出てきているという井上氏。月50万円以上を売り上げるような人の中には、配信一本で食べているという人も生まれているそうだ。

熱量の高いリスナーが配信者とともにコンテンツづくりに参加

表現の場、クリエイターが稼ぐ場としては、先行するYouTubeなどの動画配信プラットフォームが今でも勢いを持っている。また音声配信の分野では、前述したClubhouseやTwitterスペースに加え、「Voicy」「Stand.fm」「Spoon」などほかのプラットフォームも台頭してきている。これらのいわゆる“競合”的なサービスについて、井上氏はどう考えているのだろうか。

まず動画のライブストリーミングサービスに関しては、「一社一強ではなく、プレーヤーが乱立している市場と見ている」と言う井上氏。「この市場のプラットフォームでは、スマホ画面には配信者の姿が画面の9割を占めます。それがRadiiotalkの場合、画面の9割を占めているのはリスナーの反応の方です」とその違いについて説明する。

「さらに動画だとスマホで5人、6人でコラボするということは、ちょっと難しいと思うんですけれども、Radiotalkのような音声の場合だと、声だけだからこそ、配信者同士が何人も集団でコラボできるんですよね。つまり、配信者同士の垣根もなく、かつ配信者とリスナーの垣根もない。みんなでコンテンツをつくっている状態で、1対1ではなく多対多になるのが特徴です」(井上氏)

Radiotalkの機能・特徴

確かにClubhouseなどでも、複数人が配信に加わるのは当たり前の光景となっている。では、こうしたほかの音声配信サービスとRadiotalkとの違いは何か。井上氏は「私たちはRadiotalkを、特に熱量の高いリスナーが集まるプラットフォームと位置付けている」と語り、そのためにリスナーがコンテンツに参加してアクションしやすい仕組みにしているという。

「たとえば国内のClubhouseでは、やはり芸能人や有名人、著名人とその他といった、配信者とリスナーの垣根がしっかりあって、リスナーがコンテンツになかなか参加しにくいように思っています。ですから日本ではClubhouseはどちらかというと“ながら聞き”に向いている。SpotifyやAmazon Music、Apple、Googleといった各社がここ数年で何らかのポッドキャストに関する企業買収や積極投資に参加していますが、彼らがやっているのはまさにその”ながら聞き”への投資です。国内の音声配信各社も大体ながら聞きに適した方向を向いているのではないかと感じています」(井上氏)

音声配信サービス ポジションマップ

Radiotalkでも当初は、ながら聞きリスナーを想定していたそうだが、SpotifyやAmazonなどをはじめとする大手テック企業の参入を受け、国産スタートアップとしていかにより大きく成長できるかを考え、彼らと戦うモデルではなく、追い風とするモデルにするのが勝ち筋と踏んだ。

そこでむしろ、Radiotalkで配信したものを、自動でポッドキャストなどのプラットフォームにも配信できるような機能を搭載した。SpotifyやAmazonなどで配信されたコンテンツに出合ったリスナーが、配信者とのコミュニケーションやリアルタイム配信への参加、アクションを望んだとき、あるいは自分もポッドキャストで配信を始めたいと思ったときに、Radiotalkへやってくるようになるというのが、その狙いだ。

「話す」ことは最も身近な創作活動でエンタメの手段である

今後のサービス展開について、井上氏は「話すことのクリエイターを生み出すために、引き続き注力したい」と話す。

「よく考えれば、私たちは物心ついたときから死ぬまで、毎日『話す』ということを体験しています。話すことは、実はすごく身近な創作活動であり、エンタメの手段なんですよね。今までは飲み会や放課後の教室、喫茶店でのおしゃべりで行われていたその活動が、インターネットの新しいプラットフォームを通してコンテンツになり、ファンが生まれ、産業になる。そのプラットフォームでみんなを楽しませている人たちは、収益面でも報われる仕組みが作れると考えて今までやってきました。それがかたちになったのが、この1年だったと思います」(井上氏)

Radiotalkは、月次収益は前年平均と比べて12倍に成長。寿命が短いと言われる配信サービスの中で、RadiotalkではLTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)が1年以上、下がっておらず、継続性の長さも特徴だと井上氏。累計50万円以上を売り上げた配信者も100人を超え、継続的に配信するユーザーが着実に付いているという。

「今はまだRadiotalkは『タネ』の段階です。世の中で、話すことのクリエイターである『トーカー』が一般認知される状態まで、これからさらにサービスを広げていきます」(井上氏)