
- 「一緒に盛り上げていく」空気感を醸成し、ヒットにつなげる
- プラットフォームの成長と一緒にタレントが成長していく
- 時代とともに変わりゆくプロデューサーの役割
- Web3時代のエンターテインメント業界をどう考える?
SNS時代にヒットを創り出すにはどうすればいいのか──。
一昔前はマス媒体であった「テレビ」に出ればヒットに繋げることができたが、今は違う。ここ数年でTwitterやInstagram、TikTokといったSNSが普及。今や世間の“人気者”はテレビだけではなく、SNSから生まれる時代になってきている。
プロ、アマチュアを含め日々、さまざまなコンテンツが投稿されるなど、SNS上のコンテンツ量が爆発的に増えていく中で、どうしたらヒットが創り出せるのか。
4月26日にDIAMOND SIGNALが開催したイベント「SIGNAL AWARD 2022」では、音楽ユニット・YOASOBIの仕掛け人である、ソニー・ミュージックエンタテインメントの屋代陽平氏、TikTokフォロワー数が1000万人を突破した景井ひなさんなどが所属するホリプロデジタルエンターテインメントの鈴木秀氏、タレントやアーティストのDX支援を手がけるFIREBUGの佐藤詳悟氏が登壇したセッションを開催した。この記事では、「SNS時代のヒットの創り方」をテーマにした同セッションの模様をお届けする。

「一緒に盛り上げていく」空気感を醸成し、ヒットにつなげる
SNSで人気に火がつき、ヒットしたアーティスト──その先駆け的な存在として知られているのが、コンポーザーのAyaseさん、ボーカルのikuraさんからなる小説を音楽にするユニット・YOASOBIだ。彼らのデビュー曲「夜に駆ける」のミュージックビデオが2019年11月にYouTubeに公開されると、約5カ月で再生回数は1000万回を突破。そこからTwitter、Instagram、TikTokなどのSNSで話題になり、さらにはApple MusicやSpotifyなどのサブスクリプション型音楽サービスのプレイリストやランキングに入り、人気が拡大していった。
仕掛け人である、ソニー・ミュージックエンタテインメントの屋代陽平氏はYOASOBIのヒットについて「偶然の連続」と謙遜するが、アーティスト、プロデューサー、会社が1つひとつの出来事に対して必要以上に向き合った結果、人気が出ていったという。

「SNSでバズったのは本当に偶然です。当時、アニメ作品のMADムービー(既存の音声・ゲーム・画像・動画・アニメーションなどを個人が編集・合成し、再構成したもの)のBGMに『夜に駆ける』を使ってもらう機会が多く、それがTikTokでのバズに繋がっていきました。またTikTokで人気の曲がSpotifyのチャートの上位にランクインする、というヒットの仕方も今ほど浸透していなかった時期だったので、運が良かったと思います」
「そこから手をかえ品をかえ、より多くの人に知ってもらえるように発信の回数を増やしていきました。そういった取り組みを喜んでくれるファンの人たちに目を向け、『YOASOBIを一緒に盛り上げていく』という空気感を醸成できたのも大きかったと思います」(屋代氏)
同じアーティストという切り口では、FIREBUGは数々のヒット曲を世に送り出している国民的音楽ユニット・いきものがかりのトータルプロデュースを手がけている。FIREBUGの佐藤詳悟氏は「いきものがかりがヒットしていた時代(2010年代)はテレビ中心だったので、国民的人気が生まれやすかった」とした上で、YOASOBIのヒットについてこう語る。
「インターネットでいろんな仕掛けをつくりながら、国民的人気を目指されているんだな、というのを感じています。今はSNSが普及したことで、ファンが細分化してしまう時代。国民的人気を獲得できるチャンスが少ない中、大変なこともあると思うのですが、そうした苦労から逃げずにさまざまな取り組みを実践しているのがすごいと思います」(佐藤氏)
コンポーザーのAyase氏、ボーカルのikura氏の2人とも、もともと「人気者になりたい」「自分の発信するものを多くの人に聞いてもらいたい」という思いを持っていたからこそ、屋代氏は2人が活動する場を整え、可能性を増やすことだけに注力したという。
「デビュー前後で『どうなりたいか』『どう見られたいか』、逆に『どう見られたくないか』という話はたくさんしました。そのイメージを軸にしながら、音楽番組の出演の話など、さまざまなことに対する取捨選択をしていきました」(屋代氏)
プラットフォームの成長と一緒にタレントが成長していく
フォロワー数が1000万人を突破するなど、TikTokでの“人気者”となっている景井ひなさんは、いかに人気を獲得していったのか。ホリプロデジタルエンターテインメントの鈴木秀氏は「プラットフォームの成長と一緒にタレントが成長していく」と語る。
@kageihina これすごくない?😳#棺桶ダンス ♬ номер смерти - Nurbergen Zhukeyev
TikTokの運営元であるByteDance(バイトダンス)が日本に上陸してから2年目となる2018年当時、景井さんのTikTokアカウントのフォロワー数は30人弱しかいなかった。何者でもなかった景井さんの動画を見た鈴木氏は「最初の1秒間に惹きつけられるものがあった」と言い、設立したばかりのホリプロデジタルエンターテインメントにスカウトする。
「当時、ByteDanceがテレビCMやネット広告などTikTokのマーケティングに予算を投じていくフェーズだと聞いていたんです。彼女に毎日動画を投稿をさせれば、プラットフォームの成長とともに入ってくる新規ユーザーがファーストインプレッションで彼女の動画を見て、頭に残るのではないかと思いました。なるべく言葉を使わず、日本語が理解できなくても分かるコンテンツをつくるようにプロデュースしていきました」(鈴木氏)
景井さん自身も海外で流行っている動画コンテンツのフォーマットを勉強し、試行錯誤を繰り返しながら毎日投稿を続けた結果、現在の人気に繋がっていったという。他にも、TikTokでの“人気者”が多数所属しているホリプロデジタルエンターテインメント。スカウトするにあたり、鈴木氏は「執着心を意識している」と語る。
「スカウトするのは、ひとつのことに対して異常な執着心がある人です。逆に執着心がない人は、どれだけフォロワー数がいてもスカウトしないようにしています。結果的に執着心がある人はコンセプトが明確にあり、どのペルソナに何の情報を提供するかが定まっているのでTikTokでの人気も出やすい。マスを狙うのではなくニッチを突き詰めることで差別化にも繋がっていきます」(鈴木氏)

例えば、ブレイクダンスを中心としたさまざまなジャンルのダンス動画を投稿している七瀬恋彩さんは「かわいすぎる女子高生×ブレイクダンス」を切り口に、ひたすら動画投稿をし続けた結果、半年ほどで100万フォロワーまで成長したという。
時代とともに変わりゆくプロデューサーの役割
ヒットを創り出すための場所がテレビからSNSに変わっていることで、「プロデューサーに求められる役割も変わってきている」と佐藤氏は話す。
「テレビが主流の時代はテレビ番組へのキャスティングが役割でしたが、SNSが主流の時代は違います。タレント本人がファン(フォロワー)のことを誰よりも理解していて、自分たちでコンテンツも投稿できるので、タレント本人のスキルが圧倒的に重要になる。そのスキルを発揮できるようにサポートするのがSNS時代のプロデューサーの役割なのかなと思います」(佐藤氏)
例えば、YOASOBIに関してもayaseさんとikuraさんのぞれぞれが持っている強みを発揮できるような環境をつくっているという。「やりたくないことはやらずにいられるのが一番いい。その部分をプロデュース側が担うといった工夫はやっています」と屋代氏は語る。
また、エンターテインメント業界はK-POP、韓国ドラマなど、いわゆる「Kコンテンツ」で話題が持ちきりだ。日本のコンテンツのグローバル化については、どう考えているのか。YOASOBIは2021年7月にデビュー曲「夜に駆ける」の英語版「Into The Night」を配信リリースするなど、英語版の楽曲の展開もおこなっている。
「もともとikuraが0歳から3歳までシカゴに住んでおり、喋れはしないものの英語の発音が良かったので、『英語にチャレンジしてもいいかもね』という話の中でプロジェクトがスタートしました。英語版の楽曲は海外でたくさん聞いてもらおうと思っておらず、あくまで興味を持ってもらう窓口としての役割を期待して始めたものです」
「実際、海外で興味を持ってくれる人は増えました。変にローカライズをすることなく、自分たちがつくった楽曲をより多くの人に広げてもらう窓口、切り口をたくさんつくる、という考え方のもと、英語版の楽曲は展開しています。K-POPのアーティストが日本語版の楽曲を出し、興味を持ってもらいやすくするというのと似ていると思います」(屋代氏)
韓国は国内の市場が小さいため、いち早くグローバル化に舵を切ったというのは、よく知られた話だ。佐藤氏は日本のエンターテインメント業界のグローバル化について、「10年後くらいに本腰を入れるようになるのでは」と持論を展開する。
「日本の市場はそこそこ大きく、日本でヒットを生み出せれば稼げてしまう。海外展開を今年中に成功させなければ食えなくなる、という危機感がないので、すぐにグローバル化するという話にはならないと思います。きっと今生まれた子たちが10年後くらいにアーティストやタレントを目指すとなったときに、海外も視野に入れるはずです。プロデュース側とアーティスト側の双方で『稼ぐために海外に行く』という思考が交わった瞬間、日本が本気で海外に行こうとなるのではないか、と思っています」(佐藤氏)

そんな佐藤氏の言葉に続くように、鈴木氏は「人事評価の制度も変えるべき」と言う。
「日本のエンターテインメント業界の評価制度にも問題があり、短期的な視点でしか評価されない。短期間で国内で良い記録をとっておけば出世でき、一方で海外で失敗したら出世できないので挑戦するような機会が制度としてない。これは変えていくべきです」(鈴木氏)
Web3時代のエンターテインメント業界をどう考える?
昨今、NFTやメタバース、Web3といった新たなテクノロジートレンドが生まれつつある。それらを踏まえた上で、今後エンターテインメント業界はどうなっていくのか。セッションの最後、それぞれの登壇者が持論を展開した。
「テクノロジーに関しては、使いたい人が使えばいいというスタンスです。YOASOBIに関しては、アーティスト自身がどうしたいかもある一方で、何より重視しているのはお客さんにとって分かりやすいか、お客さんに受け入れられるかどうか。NFTやメタバースといったテクノロジーは現状、(先進的すぎて)お客さんの需要に合っていない。そこをYOASOBIならではの切り口でハードルを下げる取り組みには興味がありますが、そこの土壌がまだまだな状況の中でテクノロジーを使っていきたい、というタイプではありません」(屋代氏)
「テレビ時代が芸能人1.0、SNS時代が芸能人2.0とするならば、Web3時代は芸能人3.0だと思っています。Web3のテクノロジーを活用することで今までにいなかった層がタレントになる。例えば、社会人や立場のある人など顔を出すことができないけど自分なりの芸風、得意なことを持っている人がアバターを通してメタバース上で活躍できるかもしれない。弊社としても、Web3時代になれば景井も活動場所に制約がなくなるので、彼女には早い段階からWeb3での新しい表現方法を学ばせていきたいと思います」(鈴木氏)
「エンターテインメントはコンテンツ自体が分かりやすくなければ、マスに届きづらいので分かりやすさは大事です。それを踏まえると、今すぐにWeb3が定着するといったことは厳しいと思います。ただ、10〜20年のスパンで考えたときにWeb3は大きな可能性があると思うので、今のうちに知っておき、それを咀嚼してアーティストやタレントたちに伝えていくといったことは大事になると思います」(佐藤氏)