
- 急成長の背景に「法人カード」を取り巻く環境の変化
- 用途や利用者が変われば、求められる機能も変わる
- 上場のための法人カードとしてスタート、1000社以上の顧客が活用
- 中小企業では小口現金の代替手段として活用
- ビジネス向け金融サービスの民主化へ、大型調達で事業加速
“法人カード”を起点に、企業の決済業務における課題を解決するスタートアップの勢いが増している。
独自のモデルで高い限度額を実現し、ウェブ広告の出稿料や業務に用いるソフトウェアの利用料、備品の購入費などの支払い手段として“決済”の面から顧客の成長を支える。支出管理機能が充実しているのも多くのサービスに共通する特徴だ。細かな決済情報はリアルタイムでウェブ上に表示され、会計ソフトなどと連携すれば会計業務の効率化にもつながる。
グローバルでは米国のBrexとRampがこの領域をけん引する代表的なプレーヤーだ。両社を筆頭にさまざまな地域で同様の企業が立ち上がり、複数のユニコーンも誕生している(Brexは時価総額が100億ドルを超えてデカコーンの仲間入りを果たした)。
日本でも複数のフィンテック企業がこの市場でサービスを手がける。その1社であるUPSIDERは2020年9月のサービスローンチから急速に事業規模を広げており、顧客数は1000社を超えた。
当初はスタートアップやメガベンチャーなどIT企業が中心だったが、現在は上場企業や非IT系の中堅・中小企業など幅広い顧客へ導入が進む。直近ではクレディセゾンと提携し、銀行振込の支払いをクレジットカードで決済できる法人向けの新サービスも始めた。
UPSIDERでは今後事業の多角化や国外でのサービス展開を見据えて組織体制を強化していく計画。それに向けた資金として、シリーズCラウンドで4月末までに約49億円を調達した。
同社によると5月末前後を予定しているファイナルクローズの段階では、下記の投資家を引受先として合計約54億円の第三者割当増資を実施。併せて、大手金融機関から約100億円の追加融資枠を確保する見通しだ。全体では総額約150億円の資金調達となり、創業からの累計調達額も約200億円になるという。
- DST Global Partners
- Arena Holdings
- Tybourne Capital Management
- 三菱UFJキャピタル
- セゾン・ベンチャーズ
- WiL
- ANRI
- グローバル・ブレイン
UPSIDERの急成長の背景にはどのような要因があるのか。市場の変化やこれからの展望などを代表取締役CEOの宮城徹氏とCOOの水野智規氏に聞いた。
急成長の背景に「法人カード」を取り巻く環境の変化
「(いくら良いものを作ったとしても)波がなければなかなか前には進みません。良いプロダクトであることは前提にはなるものの、市場が動いていることが自分たちの事業が伸びている最大の理由だと考えています」
宮城氏は同社の成長の背景をそのように説明する。この市場の動きとは「法人カードをどのような人たちが、どういった用途で使うのか」が大きく変わってきていることを指す。
宮城氏によると、数年前までの法人カードは主に役員レベルの交際費や出張費を支払う際に使われるツールだった。求められる機能も消費者向けのクレジットカードと大きくは変わらない。強いて言えばそこにカードとしてのステータスや出張時の保険、ラウンジが使えるといった付帯するサービスなどに重きが置かれていた。
こうした背景もあり、従来の法人カードは既存のカード事業者が法人向けのサービスとして提供しているものが多い。このニーズ自体は今後もなくなることはなく「市場として残り続ける」というのが宮城氏の見立てだ。
一方でUPSIDERを含む新興のカードサービスは、異なる波に乗っているという。
GoogleやFacebookといったデジタル広告の出稿料、ZoomやSlackを始めとした業務に用いるソフトウェアの利用料、クラウドサービスの利用料、レンタルオフィスの賃料──。こういった料金の支払い手段として法人カードが選ばれるようになってきている。
「これまで法人間の取引には営業担当者がつき、取引ごとにテーラーメイドの提案が行われ、その内容に基づいた請求書に沿って銀行振り込みを通じて料金を支払うという形態が多かったんです。でも近年はSaaSの契約などのように企業間の取引が定型化され、人を介さずにオンライン上で進むようになってきています。支払い方法も月額の従量課金や定額の課金が増えてきており、こういったところでカード決済がデフォルトになりつつある。まさにNetflixのような消費者向けのサービスにおいてカード決済がデフォルトになっているのと同じようなことが、法人間の取引でも起きているんです」(宮城氏)

用途や利用者が変われば、求められる機能も変わる
用途が変われば、サービスを活用するユーザーの属性も変わる。経営層など、ごく限られた人だけでなく、現場の開発責任者やマーケディング責任者、バックオフィスの担当者など、さまざまな人が法人カードに関わるようになった。そうなれば、必然的に顧客から求められる機能や基準も変わってくるだろう。
たとえば“与信額”はわかりやすい例だ。「これまでとは1桁、2桁大きい金額を(法人カードで)支払うようになる」(宮城氏)ことで、従来よりも高い限度額が求められる。特にスタートアップは従来の基準では事業の成長スピードに限度額の拡大が追いつかず、カードの用途が制限されてしまうことも多かった。
“会計処理のしやすさ”も重要な論点だ。「どの部署の、どのメンバーが、何のためにカードを使ったのか」を管理できなければ、決済後の会計処理の負担が大きくなってしまう。カードに関わる部署や社員が増えるほど、支出管理を効率化する仕組みが必要になる。
“内部統制”の観点からも、カードの用途や利用履歴をしっかりとコントロールできる機能は欠かせない。さまざまな人が自由気ままにカードを使えてしまう状態は「お母さんが小さな子ども全員にクレジットカードを渡すのと同じようなこと」(宮城氏)だからだ。
このような法人カードを取り巻く環境の変化は、フィンテック企業にとって新たなビジネスチャンスをもたらした。
ニーズが大きい反面、現段階では明確な勝者もいない。実際に国内ではUPSIDERやHandiiといったスタートアップだけでなく、freeeやマネーフォワードのような上場企業もそれぞれのアプローチからこの領域に参入している。直近では「バクラク請求書」などを手がけるLayerXも、年内を目処に法人カードの提供を始める計画を明らかにした。
上場のための法人カードとしてスタート、1000社以上の顧客が活用

UPSIDERは宮城氏と水野氏が2018年に共同で立ち上げた。
宮城氏は前職のマッキンゼー・アンド・カンパニー時代から金融業界との関わりが深く、当時から法人カードにまつわる事業者の悩みを聞く機会があったという。一方の水野氏はユーザベースに初期のメンバーとして入社し、NewsPicksの立ち上げやグループ全体のマーケティング責任者を経験。その際に“利用者の立場”から法人カードの課題を感じていた。
そんな2人の原体験も活かしながらプロトタイプを開発し、約100社へのヒアリングを踏まえて改良を加えたのがUPSIDERの原型だ。
コンセプトは「上場のための法人カード」。限度額1億円以上の法人カードをウェブから申請し、最短で即日から利用できる仕組みを構築した。2000万円までの不正利用時の補償やカード管理機能を充実させることで、企業の成長を後押しするサービスを目指してきた。
カードは管理画面上からいくつでも発行でき、カードごとに用途や上限金額を細かく設定することも可能だ。決済データはリアルタイムにダッシュボードへ反映され、会計ソフトと連携すれば会計業務の自動化や決算の早期化も見込める。

実際に従業員数が200〜300人規模のIT企業では、月末・月初に行っていた経理業務がUPSIDER導入後には大幅に削減。担当者の体感値にはなるが「年間100時間分の削減効果につながった」事例もある。
こうしたサービスへの需要は、何も一部のIT企業やスタートアップに限ったものではない。
現在UPSIDERの顧客はMAU(月間利用社数)ベースで1000社を超えているが、上場企業や非IT系の中小企業など顧客の幅が広がってきてるのが「この半年間での大きなアップデート」(水野氏)だ。導入企業数の拡大とともに1社あたりの決済額も増えたことで、前回の資金調達が完了した2021年10月と比べても同社の売上は4倍以上になっているという。

中小企業では小口現金の代替手段として活用
幅広い用途で使えるサービスにするべく、機能面についても顧客の声を基に機能改良を継続してきた。取引1回あたりの上限金額を設定したり、業務オペレーションに応じて細かく権限を調整したりできるようにするなど、“決済前”の管理機能はこの半年の間でも充実してきている。
並行して“決済後”の業務を支える仕組みも強化。取引ごとにメモや領収書を添付することで、会計処理の際に必要となる「どの部署で、何を買ったのか」という情報を把握しやすくなる機能なども加えた。
直近では中小企業が小口現金の代わりにUPSIDERを活用するケースも広がっている。
こうした企業の中には従来、社長のみがカード番号を管理しており、社員がECサイトで備品を買う時ですら社長に逐一依頼する必要があったところも多かった。UPSIDERであれば用途や上限を設定した上で社員にカードを配れるため、余計な手間も発生しない。複数店舗を保有する飲食店などが店舗ごとにカードを発行し、日々の決済や本部の確認の効率化につなげている事例も増えている。


ベータ版をローンチした当初は、UPSIDER自体が創業したばかりのスタートアップで実績も乏しかったこともあり、サービスのコンセプトには共感してもらえるものの導入には至らない企業も存在した。
それから約1年半。顧客に向き合いながら機能開発やコミュニケーションを続け、実績と信頼を積み重ねてきた。毎月数百社が新規で利用を開始するほどの規模になった今でも、その半数以上は既存顧客からの紹介やクチコミがきっかけだという。
ビジネス向け金融サービスの民主化へ、大型調達で事業加速
グローバルで先行する企業を見ると、法人カードから事業を始めて徐々に「多角化」の方向へと舵を切っている。
Brexは2021年にクレジットカードや支出管理、請求書支払いなど複数の機能を1つのダッシュボードに統合したサービス「Brex Premium」を発表。直近でも同社のプロダクトの基盤となる新たな支出管理プラットフォーム「Empower」の発表や、企業の財務計画の作成を支援するソフトウェア「Pry」の買収などを明らかにしている。
2019年の創業ながら3月には81億ドルの評価額で7.5億ドルを調達したRampも、機能拡張に取り組む。ソフトウェア契約料など顧客のコスト削減をサポートする交渉支援サービスのBuyerを2021年に買収。自動請求書払いの機能や、出張の予約と経費管理を効率化する「Ramp for Travel」の提供なども始めている。
この領域のスタートアップは「Spend Management(支出管理ソフトウェア)」というカテゴリーとして紹介されることも多く、まさに各社が企業の決済や支出にまつわる情報を統合管理する“金融のOS”の実現に取り組んでいるような状況だ。
UPSIDERも同様に、事業の多角化に向けて動き出している。この4月からクレディセゾンと共同で、銀行振込の支払いをクレジットカードで決済できる「支払い.com」の提供を始めた。
ベータ版の段階で数百社が登録したこのサービスも、もともとは顧客からの要望などを参考に開発したもの。UPSIDERとしては成長企業を後押しする「決済プラットフォーム」への進化を見据えており、今後もサービスの拡充を計画しているという。
「自分たちは何か特別なことをしているわけではなく、お客さんのニーズに応えているだけなんです。『安全に楽に、その上でなるべく遅く支払いたい』というニーズは多くの企業に共通します。ただ、これまでは業界の構造上の問題などで、法人カードや銀行振り込み、請求書、手形などさまざまな手段がバラバラに存在してしまっていました。その歴史をひも解いた上で、存在する課題を一つひとつ解いているのがUPSIDERだと考えています」
「最終的にはお客さんが呼吸感覚で使えるようなソフトウェアを目指しながら、まずはお客さんの一歩先、半歩先を照らせるようなプロダクトの開発に取り組んでいきます。法人カードも、支払い.comもその1つという位置付けです。ゆくゆくは1つの決済プラットフォームとして統合され、お客さんの視点ではそこで全ての支払いが完結するような世界観を実現していきます」(宮城氏)

宮城氏や水野氏が例に挙げるのがBtoBにおけるNubankやAnt Financialのような存在だ。BtoCの領域では「チャレンジャーバンク」と呼ばれるフィンテック企業の台頭によって、さまざまな個人がスマホから便利な金融サービスにアクセスできるようになってきている。
BtoBの決済領域についても、テクノロジーの活用によって利便性を高められる余地は大きい。以前UPSIDERの投資家であるWILでパートナーを務める久保田雅也氏が「UPSIDERは法人版のチャレンジャーバンクのような存在になりうる」という話をしていたが、同社が目指すのは「ビジネス向けの金融サービスを民主化する窓口」(宮城氏)だ。
自社だけで全ての機能を開発するのではなく、クレディセゾンのようにパートナー企業と連携しながら、“支払う”だけでなく”貯める”、“節約する”、“守る”といった領域にもサービスを拡張していきたいという。
また今回のシリーズCラウンドではFacebookの初期投資家であるDST Global Partnersを始め複数の海外投資家が加わった。これは今後のグローバル展開を見据えたもので、国外でのサービス展開に向けた準備も進めていく計画だ。