
- クリプトやWeb3のテクノロジーがエンタメの未来を作る
- STEPNを含む20以上のプロジェクトに出資、3つの領域に注目
- 鍵を握る「トークン経済圏」と「トークン投資」
- 持続的なトークン経済圏には「感情価値」が必要
グローバルでWeb3領域のスタートアップやプロジェクトへの投資を目的としたファンドが急速に立ち上がり始めている。
Sequoia CapitalやAndreessen Horowitz(a16z)を始めとした著名VCが特化型ファンドを新たに設ける動きが加速しているほか、25億ドル規模のファンドを設立したParadigmのように、この領域で存在感を発揮する新たなプレーヤーも出てきた。
日本に関連のあるところでは、台湾をベースにするInfinity Ventures Cryptoが2月に7000万ドル規模の1号ファンドを設立。日米にオフィスを構えるgumi Cryptos Capitalは2号ファンドで1.1億ドルの資金を集めている。
国内でも少しずつ動きが活発化してくる中で、新たにWeb3特化ファンドを始動させたのが、ゲーム事業やIP事業などを手がけるアカツキだ。同社は5月11日、25億円規模のファンド「Emoote(エムート)」を立ち上げたことを明らかにした。
アカツキは2021年に同ファンドを運営するEmooteをシンガポールに設立しており、すでにアジアを始めとした20以上のWeb3プロジェクトに投資済み。歩いたり走ったりするだけでトークンを得ることができる“Move to Earn”型のサービスとして知られるSTEPN(ステップン)も、その投資先だ。
日本の投資先として公表しているのはブロックチェーンゲームギルド「Yield Guild Games(YGG)」の日本支部となるYGG Japanのみだが、今後は国内の起業家への投資にも力を入れていく方針。すでに国内2号プロジェクトの支援も始めている。
Emoote代表取締役の熊谷祐二氏によると「日本からグローバルにやった方がいい領域、チャンスがあると思っている領域がいくつかある」とのことで、そのようなプロジェクトを中心にハンズオンに近いかたちも含めてサポートしていきたいという。
クリプトやWeb3のテクノロジーがエンタメの未来を作る
そもそもなぜアカツキがWeb3特化ファンドをやるのか。もともと同社は「世界をエンターテインする。クリエイターと共振する。」をミッションに掲げ、クリエイターやアーティストともタッグを組みながらエンタメ領域で事業を展開してきた。
「エンタメやメディアの歴史を踏まえた上で、クリプトやWeb3のテクノロジーがこれからのエンタメの未来を作るものであること、そしてクリエイターの方々の創作活動をエンパワメントする役割を担うことを確信し、投資活動を始めました」(熊谷氏)
Web3の業界は近年急速に進化を続けているが、特に人気ブロックチェーンゲームの「Axie Infinity」の台頭が熊谷氏にも大きな影響を与えたという。

「Axie Infinityの登場で幅広い人たちがクリプトに触れられるユースケースができました。その裏側ではトークノミクス(トークン経済圏)と言われる、トークンを使ったエコシステムが従来とはまったく違うかたちで設計されている。このエコシステムについての理解が深まった時に、これは今から本気で取り組まないといけないと感じました」(熊谷氏)
Axie Infinityというモデルケースができたことで複数のプレーヤーがそこを目指すようになり、この1〜2年はGameFiの領域が盛り上がった。現在はその概念をゲーム以外の領域にも拡張するようなかたちで、STEPNを代表するようにゲーム要素を取り入れたライフスタイルアプリが注目を集めるようになってきている。
「この領域の1つのトレンドは、Axie Infinityがベトナムから生まれ、それを裏から支えるYGGがフィリピンで誕生するといったように、アジアから新しいサービスが出てきていること。これが大きなパラダイムシフトだと思っています」(熊谷氏)
そのような背景からEmooteもシンガポールを拠点として、アジアを中心に投資をしている。
アカツキではこれまでも北米やインドを対象にしたエンタメ×テックファンドの「AET Fund」や、国内スタートアップの支援を目的とした「Heart Driven Fund」などを通じてスタートアップへの投資活動を行ってきた。
ただ変化のスピードが著しいWeb3の領域においては領域特化型で、最初からグローバルで投資をする必要がある。現在は熊谷氏自身もシンガポールに移住し、現地で活動をしている。

Emooteを率いる熊谷氏は起業家として複数のスタートアップの経営に携わり、スポーツテック事業を手がけるSkyBallをアカツキに売却。その後はHeart Driven Fundのヴァイスプレジデントなども務めた。
共同創業者でWeb3リサーチャーの“コムギ”こと久保田大海氏は、ビジネス書の編集者を経てcoindesk JAPANの創刊編集長を担っていた人物。アドバイザーとして業界ではMiss Bitcoinの愛称で知られる藤本真衣氏も加わっている。
STEPNを含む20以上のプロジェクトに出資、3つの領域に注目
Emooteでは2021年からグローバルでの投資をスタートさせており、支援先のプロジェクトは20件を超える。地域の内訳はアジアが50%、米国が40%、そのほかのエリアが10%。主にシードからアーリーステージのスタートアップを対象としており、出資額は日本円で4000万円(30万ドル)ほどを目安にしている。
Web3特化ファンドはトークン投資と株式投資の両方を行うのが現状グローバル基準となっている。Emooteもそれにならうものの、基本的にはほとんどがトークン投資であり、必要に応じて株式にも対応するというスタンスだ。

代表的な投資先は2022年1月〜3月で売上33億円、FDV(希薄化後時価総額)が2兆円を突破したSTEPNのほか、BreederDAO(ブリーダーDAO)などがある。BreederDAOは新たなGameFiを発掘した上でNFTを育成し、ゲームギルドに提供するプロジェクトだ。GameFiエコシステムを支える存在としてa16zやDelphi Digitalなど著名VCからも投資を受けている。
一口にWeb3と言っても様々なプロジェクトが存在するが、Emooteとしては特に3つの領域に注目しており、その領域を中心に投資をしているという。
1つ目は「Web2×トークノミクス(トークン経済圏)」。まさにSTEPNがその典型例で、同サービスはランニングアプリにトークノミクスを組み合わせて新しいユーザー体験と経済圏を作った。このように「従来のエンターテイメントやメディア、ライフスタイル分野のサービスにトークンを組み合わせることで生まれる価値」には大きな可能性があるという。
2つ目が「Web3 IPクリエイション」だ。具体例としては猿をモチーフにした人気NFTコレクションの「Bored Ape Yacht Club」がわかりやすい。Web2までのIPの作り方とWeb3におけるIPの作り方は異なるため、“Web3ネイティブなIP”としてのコンテンツや、それを支えるプラットフォームにも投資をしていく方針だ。

そして3つ目が「NFT x デジタルファッション」。「FORTNITE」などを始め、ゲーム内のスキン(デジタルファッション)はすでに多くのユーザーから注目を集めている。今後ゲームやメタバースなどのバーチャル空間に人々が滞在する時間が増えていけば、デジタルファッションの存在感がフィジカルファッション以上に高まっていくことも考えられる。
鍵を握る「トークン経済圏」と「トークン投資」
熊谷氏はEmooteの活動におけるキーワードとして「トークン(トークノミクス)」「グローバル」「感情経済」の3つを挙げる。
「Web3はバーチャルワールド中心の経済圏だと考えています。国や法律、金融システムといった境目がなくなり、人材や商圏が流動的になる。その基盤になるのがブロックチェーンの技術で、その上に成り立つのがトークンです。このトークンこそが革命的なものだと考えているので、実際にEmooteでもトークン投資にこだわってきました」(熊谷氏)
トークンの発行やトークンへの投資に関しては、現時点では日本で実現するのはハードルが高い領域と言える。特に以下の2点がネックになるからだ。
1つはプロジェクトを運営するスタートアップ側の税制の観点だ。日本では法人がトークンを発⾏した場合に期末課税の問題が発生する。
トークンを発行したスタートアップがその一定数を自社で保有し続けている場合、現金収入が生じていなかったとしても含み益に対して巨額の法人税が課される可能性がある。資金の限られるスタートアップにとって、これは大きな負担だ。
投資家側においても規制が存在する。既存の投資スキームである「LPS法(投資事業有限責任組合契約に関する法律)」ではVCなどが投資できる対象にトークンが含まれていない。
「この領域は人材もお金も流動性が高いので、グローバルでやった方が大きな価値を作れますし、そうしないとそもそも生き残っていけないと考えています。国内で真正面からやっていくことも1つの解ではあるものの、海外ではトークン発行が当たり前になっているので、日本の場合はスタートラインに立つ前にハードルがあるような状況です。現時点においては(グローバルで)ゼロイチからやった方が早いと思いますし、実際にそのような起業家が生まれています」(熊谷氏)
持続的なトークン経済圏には「感情価値」が必要
もう1つのキーワードである「感情価値」はEmooteのコンセプトにもつながる概念だ。
Web3の特徴的な仕組みとして「インセンティブ・エコノミー」がある。これはゲームで稼ぐ「Play to Earn」のように、コミュニティに貢献した人に対して報酬を支払うエコシステムのことを指す。
この仕組みはとても重要なものである一方で、持続可能なトークン経済圏を作っていく上では“稼ぐ”だけでは不十分で、好きや共感といったような感情価値を土台にしたNFT消費の仕組みが必要になるという。
たとえばAxie InfinityやSTEPNをやる人がどんどん増えているような段階では、外貨が増えていくので経済が回る。ただこれでは実際の国の経済と同じように、人口が増えている間は伸び続けるものの「人口が止まった瞬間に崩れていってしまう」ことになる。
「なぜそうなってしまうのかというと、ユーザーがPlay to Earnで稼いだトークンを一定のタイミングで売却してしまうからです。株式と同じようにみんなが売り始めると、売り圧力がかかってトークンの価格が落ちてしまう。トークンの価値が落ちるほど興味を持つ人が減るので、やがて全員が手を引いていくというのが崩壊する時の典型例です」(熊谷氏)
この対応策は2つで、トークンを何らかの形で消費してもらうか、保有し続けてもらうことだというのが熊谷氏やコムギ氏の考えだ。加えて「稼ぐ」という外的動機とは別に、内的動機が作れると消費や保有につながりやすいともいう。
「たとえばVTuberのライブを見ていて感情が高まった結果、投げ銭をするというのは消費の一例だと考えています。STEPNをずっと使っている中で感情が高まり、その過程で(トークンを)消費する機会があれば、それはトークン消費の事例になる。別の観点では保有している間に愛着が湧き、手放したくないと思うようなNFTを実現できれば、それも良い事例になります」
「このような感情価値は、日本が得意としてきたIP作りやエンタメ作りとものすごく親和性が高いです。(日本が紡いできた文化や価値観は)合理的にお金を稼ぐというところに偏りがちな現在のトークン経済圏に対して、価値あるものになると考えています。実際に僕たち自身も海外の複数のプロジェクトに対してそのような取り組みをやっていますし、日本人のファウンダーやビルダーにとっても力を発揮できるチャンスになると思うんです」(熊谷氏)
このような例に限らず、日本のIPやエンタメに関する知見や文化、価値観はWeb3によって飛躍的な成長が見込めると2人は話す。
「IPクリエイションについては既存の強力なIPが(Web3に)転換するパターンももちろんあると思いますが、Web3ネイティブの日本発IPがこれから生まれてくると考えていて、そこに強い関心があります。GameFiについても日本はゲーム大国ですし、コンソールゲームやスマホゲームにおいてもヒット作が生まれていることを考えれば、十分に世界で戦えると思います。エンタメやライフスタイル分野も同様です。STEPNのようなサービスを日本人が作れないかというと、僕は作れると思っています。世界的に見ても日本人はいろいろなアプリを使っていて、消費者としてのIQが高い。そのノウハウは重要で、あとは海外に出ていくことやトークノミクスについてキャッチアップさえすれば、面白いアプリが作れるチャンスはあります」(熊谷氏)
「インフラレイヤーは欧州や米国が多いですが、アプリケーションレイヤーになってくるとベトナム発のAxie Infinityやオーストラリア発のSTEPNのように、面白いものがいろんなところから出てきています。トークノミクスのところに関してもアジアや日本ならではのユニークさが出てくる余地があるのではないか、ということは熊谷ともよく話しているテーマです」(コムギ氏)