
- 「なんとなく」から「より効果的な」睡眠改善へ
- 「指」には、正確なデータ測定に必要な条件が揃っている
- 実現困難かと思われた超小型の基板設計
- ヘルスケアをライフスタイルに
年間15兆円──この数字は、睡眠不足や睡眠障害に起因する日本の経済損失額だ。フィリップスが2020年に実施した調査によれば、睡眠に満足している日本人の割合は32%。主要13カ国(米国・英国・ドイツ・イタリア・中国など)のうち最下位の結果となっているように、日本は睡眠の時間・質ともに大きな課題を抱えている。
そんな日本人の睡眠課題を解決するスマートリング「SOXAI Ring(ソクサイ リング)」をご存じだろうか。応援購入サービス「Makuake(マクアケ)」では約2カ月で4675万円を集めており、リターンの商品もすべて完売するなど注目を集めている(編集部注:現在はオンラインストアで予約販売を行っている)。
なぜ「SOXAI Ring」は生まれたのか、そして今後の展望は。以下は「SOXAI Ring」創業メンバーの光頼篤樹氏によるコラムだ。
「なんとなく」から「より効果的な」睡眠改善へ
日本が抱える睡眠課題を解決するためには、適切な睡眠改善が必要なことは言わずもがなであるが、実はすでにさまざまな睡眠改善策が普及しつつある。例えば、自身の身体に合う枕を使用したり、就寝の90分前に入浴を済ませたりといった改善策は有名だ。
これら改善策によって睡眠が改善したと感じる人は確かに存在している一方、その効果を客観的に(定量的に)確認できている人はほとんどいないのではないだろうか。効果の良し悪しを感覚のみに任せ、「なんとなく」の睡眠改善に留まる人が多いように感じている。
そもそも睡眠に限らず何かを改善したいとき、まず必要になることは「正確な現状把握」である。それに基づいて正しい課題を認識することで、適切な改善策が浮かび上がってくる。
例えば、ダイエットに話を置き換えた場合も同様だ。現状の体重を測って、理想の体重を設定し、それに向けて食事や運動習慣を見直す人がほとんどだろう。ところが睡眠においては、現状の睡眠状態を正確に把握することはほとんど行われず、はやりの改善策に飛びついて「なんとなく」睡眠改善を行う人が多いのではないだろうか。
その要因の1つに、手軽かつ正確な睡眠計測の方法が存在していないことが挙げられる。ダイエットで言うところの「体重計」が存在していないのだ。現状、正確に睡眠状態を把握するためには医療機関で頭に大量の機器を装着して脳波を測定する必要があり、「手軽さ」とはあまりにもかけ離れている。
そのような状況下において、手軽かつ正確な睡眠状態の可視化を実現させ、正しいデータに基づいた効果的な睡眠改善策を提供したいという想いが、SOXAI Ringの開発をスタートさせた。
「指」には、正確なデータ測定に必要な条件が揃っている
具体的にSOXAI Ringの開発を始めたきっかけは、SOXAI創業者兼代表取締役社長である渡邉の実体験に基づく。
渡邉は前職でスマートウォッチの研究開発に携わっていたが、スマートウォッチ等のウェアラブルデバイスを用いてのバイタルデータ取得に限界を感じていた。「連続的かつ正確なデータ取得」および「どんなシーンでも違和感なく自然と着用可能」という2つの課題を解決することができなかったためである。
そこで、当時の渡邉は国内外の関連論文を1000本以上読み漁り、日本のみならず世界中の大学教授やスタートアップの研究者にひたすらコンタクトを試みて、時には現地に足を運び技術的なディスカッションをして、1つの結論に達する。

指でのデータ測定、すなわち「指輪型IoTデバイス(スマートリング)」であれば、より自然にかつ連続的に正確なデータ取得が可能であると渡邉は確信した。
スマートウォッチと比較して小型なスマートリングであれば24時間装着し続けるハードルが低く、さらに測定精度という観点においては、手首よりも指の方が優れている点が多く存在している。具体的には、下記の点などが挙げられる。
- メラニンなどの測定を妨害するものがない
- 皮膚表面近くに多くの毛細血管と細動脈が存在する
- 計測部の体組織が薄い
- 肌密着性が高い
実現困難かと思われた超小型の基板設計
スマートリングが健康管理用ウェアラブルデバイスの最適解だと確信してはいたが、スマートリング市場は黎明期であり、その市場規模の小ささゆえに大企業として事業に取り組むことは不可能に近かった。課題を解決し得るソリューションが目の前にあるにも関わらず、取り組むことができないというジレンマにもがき苦しむ日々が続いた。
一度はあきらめかけたこともあるが、スマートリングの可能性を誰よりも信じていた渡邉は遂に起業を決心し、1年たたずに現在のSOXAI Ringをつくり上げた。

SOXAI Ringのハードウエア開発において最も重視したことは、装着性を究極まで高めるという点である。身に着けるものであることから外観デザインは非常に重要なため、誰がつけても違和感のないようなシンプルかつ洗練されたデザインを追求した。日常使いでも邪魔にならないような超小型筐体を目指した。
また、超小型電子基板設計を実現可能な基板サプライヤーを世界中から選定し、国内の優れた筐体設計会社と共に製造工程を開発したことも困難を極めた。製造方法は一切確立されておらず、通常の電子機器の製造とは全く異なるためである。
国内にベンチマークとなる製品もないため、思い描いていた製品を実現するためには、サプライヤーを説得し半ば無茶な製造工程に納得してもらう必要もあった。サプライヤーに一度無理だと言われたとしても、直接足を運んで何度も説明をするというプロセスを何十回と繰り返し、ようやく今のSOXAI Ringが完成した。
SOXAI Ringの取得可能なバイタルデータは、心拍数・心拍変動・血中酸素レベル・体表面温度・活動量であり、分析可能な健康指標は睡眠状態に加えてストレスレベル・憂鬱レベル・活動状態・推定血圧値などである。睡眠分析以外にも各種健康指標が可視化でき、将来的には睡眠以外の分野においても価値を提供したいという想いがある。
また、完全防水のためあらゆるシーンで24時間着用が可能であり、充電の持ち時間も最大7日間と従来のウェアラブルデバイスと比較して長い点も特徴である。

ヘルスケアをライフスタイルに
今後、まずはコンシューマ向けにSOXAI Ringの普及を目指しており、より多くの人々のデータを分析することで、より個人に最適化された改善案を提供したいと考えている。コンシューマ以外にも、健康経営に取り組む企業や運輸業界、スポーツ業界、保険業界、製薬業界などにおけるユースケースを想定しているところだ。
将来的には睡眠領域のみに留まらず、運動や食事の領域にも注力することで人々の健康を包括的に管理・増進するサービスの提供を目指している。
さらに、さらなる小型化による装着性・ファッション性の向上や、バッテリーライフの向上、取得情報の精度の高さを活かした医療機器認証の取得なども検討しており、SOXAI Ringを健康管理デバイスのスタンダードにしていきたいと考えている。
SOXAIが見つめる先には、スマートリングによる健康管理が普及し、人々が自然と健康増進に取り組むことができる未来が待っているはずだ。

光頼 篤樹(みつより あつき・写真中央)
SOXAIのCOOとしてマーケティング・ファイナンス・事業開発などのビジネス面をリード。エアライン・コンサルティングファームを経てSOXAIの創業メンバーとして参画。