
- カフェ店舗事業はMBOで新会社に移管
- スタートアップの時間軸とは異なった「カフェの立ち上げ」
- NTTドコモのアセットを活用し、より大きなビジネスに挑戦
- 今後は食の総合型店舗の立ち上げにも着手
オンラインとオフラインを繋いだビジネスをする──そんな考えのもと、スマホ決済サービス「メルペイ」の取締役CPO(最高プロダクト責任者)を務めた松本龍祐氏が新たに立ち上げた会社がカンカクだ。同社は完全キャッシュレスカフェ「KITASANDO COFFEE」「TAILORED CAFE」のほか、“夜パフェ“やジンのブランドを展開している。
設立当初、カンカクはオフィス街を中心に小規模の店舗を一気に立ち上げ、サブスクリプション形式で月額会員を獲得していく、というモデルのカフェ事業を構想していた。だが、コロナ禍でオフィスに出社する人の割合が激減。事業モデルの変更を余儀なくされた。松本氏も「根本から事業モデルを見直す必要があった」と振り返る。
そうした社会の変化を背景に、今後カンカクはカフェではない形で飲食のビジネスに取り組んでいく決断を下した。5月18日、カンカクはNTTドコモが出資するグッドイートカンパニーへの参画を発表した。グッドイートカンパニーは2019年、カフェの企画運営などを手がけるカフェ・カンパニーが立ち上げた、食に関するECやDX支援事業を営む企業。グッドイートカンパニーはカンカクの発行済株式を全株取得する。買収額は非公開だ。
松本氏は2012年9月に写真加工アプリ「DECOPIC」を手がけていたスタートアップ・コミュニティファクトリーをヤフーに売却しており、今回が二度目のM&Aとなる。
カフェ店舗事業はMBOで新会社に移管
なお、M&A後もカンカクは存続する形で夜パフェやジンのブランドといった各事業を継続していく。同時に、カフェ店舗事業はMBOによって松本氏が代表を務める新会社・biplaneに移管し、店舗運営に取り組むほか、新店舗の出店も計画する。
グッドイートカンパニーは、食にこだわりを持った“Tabebito(タベビト:食べる旅人)”と呼ばれる人たちが紹介する商品を中心に取り扱う食のECサイト「GOOD EAT CLUB(グッドイートクラブ)」を提供する企業。カンカクは2021年1月から、同サービスのプロダクト企画・開発に参画しており、松本氏も同社の取締役CPOを兼任していた。今回のM&Aに関しては、実質的にはグッドイートカンパニーが開発会社を人材ごと買収する、いわゆるアクハイアリング(人材獲得のための買収)だ。

GOOD EAT CLUBは2021年7月のグランドオープンから約10カ月で累計アイテム数は1000を突破したほか、会員数は5倍に成長しているという。
なぜ、松本氏はグッドイートカンパニーへのM&Aを決断したのか。その裏にあるカフェ店舗事業の「誤算」と食のECサイトの「勝算」について話を聞いた。
スタートアップの時間軸とは異なった「カフェの立ち上げ」
「会社を立ち上げてから半年でコロナ禍になるとは……。完全に想定外でした」
取材の冒頭、松本氏はこう振り返る。カンカクが手がける完全キャッシュレスカフェは専用のモバイルオーダーアプリを通じてメニューを事前注文できるほか、月額3800円でスペシャルティコーヒー(1杯400円)が毎日楽しめ、ドリンクメニューが割引になる定額プラン「メンバーシップ」を提供している点が大きな特徴となっている。
2019年8月、東京・北参道にオープンしたKITASANDO COFFEEを皮切りに、2021年2月には東京・麻布十番にTAILORED CAFEをオープンするなど、順調に店舗数を拡大させていた。だが、TAILORED CAFEのオープンから間もなくしてコロナ禍になる。
「オフィス街を中心に小規模の店舗をたくさん立ち上げ、月額会員を一気に獲得していく事業モデルを当初は考えていたんです。ただ、そのモデルはアフターコロナの時代を考えても破綻しているな、と。今後オフィスのあり方が変わり、週2〜3回しか出社しないオフィス近辺のカフェの会員になるかと言ったら、絶対にならないと思います。そこで事業モデルを根本から見直していくことにしました」(松本氏)
東京・麻布十番にオープンさせたTAILORED CAFEなど、複数の店舗はすでに閉店している。そんなカンカクにとって転機となったのが、大手企業との提携による新規出店だ。
2021年9月にそごう・西武が展開するメディア型OMOストア「CHOOSEBASE SHIBUYA(チューズベース シブヤ)」内に新店舗をオープン。2022年1月にはUDSが下北沢駅隣接地に開業した複合施設「(tefu) lounge(テフラウンジ)」に空席状況を踏まえて事前にスペース予約ができるラウンジ形態の店舗をオープンした。

上記の2店舗に関しては、当初の見込みよりも売上が好調とのことで「(大手企業と提携して出店する)このモデルには一定の手応えを感じている」(松本氏)という。
その一方でネックとなっているのが店舗の立ち上げにかかる時間だ。新たにオープンする商業施設の中に新店舗を立ち上げる、というモデルではオープンまでに時間がかかってしまう。例えば、次に立ち上げる予定のラウンジ形態の店舗に関しては、商業施設自体が2024年オープン予定ということもあり、2年先の時間軸で話を進めているという。
「個人的にはすごく面白いプロジェクトではあるのですが、数年単位で物事を考えて進めていくのが果たしてスタートアップの時間軸なのか。また着実に売上を積んでいく今のモデルであれば、VCなどから資金を調達するエクイティファイナンスではなく、(イグジットを求められない)デットファイナンスの方が適しているのではないか、と感じる部分がありました。実際、多くの飲食店はデットファイナンスで資金を調達しています」(松本氏)
カンカクは2020年9月に、ジェネシア・ベンチャーズ、Coral Capital、Heart Driven Fundを引受先として、シリーズAラウンドで総額3.5億円の資金調達を実施している。「これが資金調達した際に、ステークホルダーに約束していた成長スピードだったのかと思う部分もあった」(松本氏)と言い、結果的にカフェ店舗事業は別会社で運営することを決める。
NTTドコモのアセットを活用し、より大きなビジネスに挑戦
“スタートアップ的なやり方”でのカフェ店舗事業の運営を断念した松本氏が、新たに注力することにしたのが、GOOD EAT CLUBのプロダクト開発と組織開発だ。前述の通り、カンカクは2021年1月から、同サービスのプロダクト企画・開発に参画しており、松本氏も運営元であるグッドイートカンパニーの取締役CPOを兼任してきた。
松本氏がグッドイートカンパニーへのM&Aを本格的に考え始めたのは、グッドイートカンパニーが食の複合施設「GOOD EAT VILLAGE」を東京・代々木上原にオープンしたタイミングだった。「グッドイートカンパニーの設立時に、資本提携も視野に入れていこうという話はしていた」(松本氏)としながらも、自身の考えについてこう語る。
「カンカクを設立した目的は、オンラインとオフラインを繋ぐビジネスを展開することです。あくまでカフェは手段のひとつ、という認識でした。そうした中、GOOD EAT CLUBというオンラインの取り組みだけでなく、GOOD EAT VILLAGEをオープンしたことでオフラインの取り組みもできるようになった。オンラインとオフラインを繋いだハイブリッドなビジネスを展開していく準備ができたので、グッドイートカンパニーと一緒に事業を進めていけば、自分がやりたかったことは実現できると思ったんです」(松本氏)

また、グッドイートカンパニーにはNTTドコモが出資している。オフラインの事業をやっていくには先行投資が必要であることを痛感していた松本氏は、「彼らのアセットを活用できれば、より大きなビジネスに挑戦できる」と感じ、参画を決断したという。
「世界一のレストランとして知られる、デンマークのレストラン『noma(ノーマ)』がコロナ禍の2020年5月にバーガーレストラン『POPL(ポプル)』をオープンしたんです。nomaのコースは数万円しますが、POPLでは数千円代でnomaが手がけるハンバーガーを食べることができる。このニュースを見たときに、『自分たちは便利なカフェだけをやっているようではダメだ』と思いました」
「食産業の可能性を拡げていくには、ITを活用した仕組み化の部分だけでなく、美味しいグルメなどのコンテンツサイドにいかなければいけない。コンテンツを持っているグッドイートカンパニーで自分たちが培ってきたテクノロジーをかけ合わせれば、より良いものが提供できると思いました」(松本氏)
松本氏はメルカリ在籍時に産直アプリ「ポケットマルシェ」を運営するポケットマルシェに投資を実行しているほか、個人ではオンラインマルシェ「食べチョク」を運営するビビッドガーデンに投資するなど、「昔から食の領域が好き」(松本氏)だという。
食べチョクとGOOD EAT CLUBの事業領域は被らないのか。松本氏によれば、食べチョクは生産者から直接商品を購入する仕組みとなっており、GOOD EAT CLUBは全国の飲食店などから出来上がった商品を購入する仕組みとのことで「被ることはない」とのこと。
今後は食の総合型店舗の立ち上げにも着手
コロナ禍を機に盛り上がりを見せている、食のECプラットフォーム。食べログがグルメ通販サイト「食べログモール」を運営しているほか、Oisixが「Oisix産直おとりよせ市場」を展開している。またLoco Partnersの創業者である篠塚孝哉氏が立ち上げたグルメEC「TASTE LOCAL」などのサービスもある。
「プレーヤーの数は増えてきていますが、(自分たちも含めて)まだ圧倒的な認知度を誇るサービスはありません。そういった点ではまだまだ可能性のある市場です。グッドイートカンパニーは全国のTabebitoと呼ばれる人たちを起点に美味しいものを調達する力が優れているほか、カフェ・カンパニーが保有する工場のネットワークを活用し、自社のオリジナル商品を開発することもできる。この商品の調達力と開発力は他にはない強みだと思っています。ここにカンカクが培ってきたテクノロジーを組み合わせることで、最適なコンテンツを最適にデリバリーすることが可能になる、と考えています」(松本氏)
今後、カンカクはGOOD EAT CLUBのプロダクト開発に取り組んでいくほか、デジタル化された食の総合型店舗の立ち上げにも着手していく予定だという。
「カンカクの立ち上げから約2年半でリアルな店舗運営のほか、ブランドの立ち上げによる商品開発も経験してきました。今後はカンカクがインターネット文化の中で培ってきた店舗づくり、商品開発のノウハウをグッドイートカンパニーに取り入れていきたいと思っております。それにより、オンラインとオフラインを繋ぐことで、新しい食の体験を創造していけたら、と考えています」(松本氏)
