
- 新サブスク「PS Plus」料金設定を任天堂と比較
- 新たに設定された2つのプランのうち、本命は「プレミアム」
- クラウドゲーミング技術と、ゲームビジネスのこれから
ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のサブスクリプション(サブスク)サービス「PlayStation Plus(PS Plus)」が、グループ収益の柱として大きく成長している。その勢いは、同グループがゲーム&ネットワークサービスセグメントにおける2022年度3月期の営業利益の業績予想を2400億円から3000億円に引き上げた理由として説明するほどだ(最終的に営業利益は前期比43億円増の3460億円となった)。3月末にアナウンスがあった新プランは、日本では6月2日にスタートする。
新サブスク「PS Plus」料金設定を任天堂と比較
PS Plusの新プランは、これまで提供してきたサービスに、上位料金プランを追加するというものだ。
基本プランは名称を「PlayStation Plus エッセンシャル」(月額850円)へ変更。これにPlayStation(PS) 4/5用のソフトが数百本フリープレイで遊べる権利を付与した上位プランが「PlayStation Plus エクストラ」(月額1300円)。さらに、初代PS、PS2、PS3やPlayStation Portable(PSP)用のソフトが数百本フリープレイで遊べるようになる権利が付与された「PlayStation Plus プレミアム」(1550円)も加わる。
PlayStation Plus新プラン一覧(2022年6月2日~)
- PlayStation Plus エッセンシャル(月額料金 850円):従来のPlayStation Plusと同じ
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PlayStation Plus エクストラ(月額料金 1300円):上記+PS4/5ゲーム数百種の遊び放題
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PlayStation Plus プレミアム(月額料金 1550円):上記+PS/2/3/Portableの遊び放題
この課金方式は、任天堂がニンテンドースイッチ用に用意したサブスク「Nintendo Switch Online」用に用意した2プランに近い印象を受ける。Nintendo Switch Online+追加パックは年額料金プランしか用意されていないため、PlayStation Plusの年額料金と比較してみよう。

任天堂/SIEのサブスク年額料金の比較と、各プランの基本プランとの差額
- Nintendo Switch Online(年額2400円)※基本プラン
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Nintendo Switch Online+追加パック (年額4900円):基本プランとの差額 2500円(96%増)
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PlayStation Plus エッセンシャル(年額5143円)※基本プラン
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PlayStation Plus エクストラ(年額8600円):基本プランとの差額 3457円(67%増)
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PlayStation Plus プレミアム(年額1万250円):基本プランとの差額 5107円(99%増)
Nintendo Switch OnlineとPlayStation Plusとの間には基本プランで約2倍の金額差はあるものの、どちらの最上位プランも基本プランの約2倍の料金設定としたのは偶然ではなさそうだ。先行して導入した他社の料金プランがユーザーに受け入れられたかどうかを慎重に調査した上で、金額設定をしたのだろう。年額1万円というのはサブスク利用者にとってぎりぎり抵抗なく払える料金設定ではないかというのは、筆者の肌感覚とも一致する。

新たに設定された2つのプランのうち、本命は「プレミアム」
次に、今回追加された「エクストラ」と「プレミアム」の内容にスポットを当ててみよう。前者の「エクストラ」で遊び放題になるタイトルは、「数百本のPS4およびPS5の人気タイトル」という表記になっている。筆者は以前から、SIEが発売しているPS4/5のソフトに加えて、過去にPS Plus会員向けにフリープレイとして提供してきたソフトも含まれるのではないかと予想していた。
それに対して「プレミアム」は本気度の違いを感じさせる。PS4/5のタイトルに加えて、初代PSからPS2、PS3、およびPSPの人気タイトルが遊び放題になるほか、新作ソフトの体験版(2時間程度遊べるもの)も提供される予定だ。「エクストラ」とは段違いの付加要素を持たせていることから、今回の本命は間違いなく「プレミアム」であり、料金が高額だと敬遠されないために中間の価格帯である「エクストラ」という選択肢を用意したのだろう。今週プレミアムで提供される約60タイトルが発表されたが、「アサシン クリード ヴァルハラ」「Demon's Souls」「Ghost of Tsushima Director's Cut」などの人気タイトルをむ気合いの入れようだ。
ここでPlayStationの仕様に詳しくない人のために、簡単にPlayStationの下位互換について説明しておこう。
PlayStationシリーズで遊べる過去のPlayStationソフト
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PS2:初代PS
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PS3:初代PS、PS2(初期型PS3のみ)、PSP(DL版購入時のみ)
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PS4:なし
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PS5:PS4
PS3までは過去のハード用ソフトとの互換性がある程度までは確保されていたが、PS4ではその互換性を断ち切った。理由は、コストパフォーマンスの高いハードを設計するために、CPUを始めとするハードウェア構成が前世代機から大きく変更したためだ。この影響で、過去ハードとの互換性を断ち切ったPS4発売時には「PS4で遊べるゲームが少ない」ために買い替えがなかなか進まず、PS3からの世代交代にかなり時間を要した。
しかし「プレミアム」では、PS4/5では動作しないはずの初代PS~PS3やPSPのソフトをPS4/5ユーザー向けに提供するという。そのからくりはずばり、クラウドゲーミング技術の採用だ。公式サイトによると、PS3ソフト以外はダウンロードも可能。クラウドゲーミングに加えて、PS4/5上で動かすエミュレータソフトも併用されるのだろう。
クラウドゲーミング技術についての詳細は、本サイトの過去記事「【ゲームビジネストレンド2022】PCゲームの先にあるクラウドの可能性、“専用機”の存在意義の変化」を参照して欲しい。
クラウドゲーミングの仕組みを簡単に説明すると、ゲームのプログラムをPS4/5上で動かすのではなく、プログラムをSIEが用意したサーバ上で動かすというもの。ユーザーがコントローラーを操作すると、サーバ上のゲームが操作されたことになり、実行結果画面は動画として逐次ユーザーのPS4/5へと送信される。これにより、まるでPS4/5上でゲームが動いているかのように遊べるのだ。
PS2全盛期だった2005年頃には、当時のSCE(現SIE)社長だった久夛良木健氏が「PlayStationも4が出る頃にはクラウドゲーミング技術で遊ぶものになるだろう」とコメントしていた。だが、当時は回線速度の遅さやサーバー側のスペック不足も加わり、クラウドゲーミングで提供されたゲームを遊んでも「操作がワンテンポ遅れる」と、ゲーム好きから酷評されていた。
しかし、それから15年もの歳月が経過した今、クラウドゲーミングで動かしているかどうかは、プレイしただけでは判断しづらいレベルにまで到達している。「これはクラウドゲーミングで動かしている」というネガティブな先入観がなければ、何の問題もないクオリティを実現しているというのが筆者の評価だ。
このレベルに到達するまでの間には、SIEも「PS Now」という名称でPS4/5向けにクラウドゲーミングサービスを提供してきた(サービス開始は2015年)。これは1180円支払うと、PS3/4のソフトをクラウドゲーミングで遊べるというサービスだ。
ただし、PS Nowは対応タイトルがPS3/4に限られている。つまり最近のゲームが中心のため、このサービスを楽しんでいるという声はSNSではほとんど聞こえて来ない。かなりの技術と資本を投入している割に、原価に見合うだけのユーザー数を達成できていないのではないかというのが筆者の予想だ。
しかし、ここに初代PSやPS2、そしてPSPで発売された過去のビッグタイトルが投入されるとなれば話は別だ。5月16日には、PlayStation Blogにて配信タイトルの一部が発表された。
詳細については上記URLをご覧いただきたいが、エクストラに加入するだけで、SIEが発売したPS4/5のビッグタイトル(2022年2月以降に発売したソフトは対象外)に加えて、サードパーティ製ソフトも『SOULCALIBUR VI Welcome Price!! 』『biohazard HD Remaster』『レッド・デッド・リデンプション2』なども含まれる。さらに、このサービスには「Ubisoft+ Classic」というUBIソフトの遊び放題サービスも含まれるため、前述の『アサシンクリード ヴァルハラ』をはじめ、『ファークライ 4』『フォーオナー』など6タイトルも含まれている。
プレミアムに加入すると、エクストラの遊び放題タイトルに加えて、初代PS/PS2/PS3、PSPのタイトルも遊び放題に含まれるようになる。特に初代PS用タイトルは『サルゲッチュ』『みんなのGOLF』『I.Q Intelligent Qube』『JumpingFlash! アロハ男爵ファンキー大作戦の巻』といったSIEタイトルのほか、バンダイナムエンターテインメントの『ミスタードリラー』『鉄拳2』といった大ヒットタイトルも含まれている。
PS2タイトルについては現時点では未発表だが、PS2は世界で一番売れたゲーム機本体(2012年3月31日時点で1億5500万台以上)なので、PS2用の大ヒットゲームが追加されれば「懐かしい。遊びたい」と考える潜在顧客数は膨大だろう。
これに加えて、PS Nowと同様にクラウドゲーミングで提供されるPS3用タイトルについても『Demon’s Souls』『ICO』『TOKYO JUNGLE』『みんなのGOLF 6』といったSIEのヒット作に加えて、『悪魔城ドラキュラ Lords of Shadow 2』『LOST PLANET 2』といった他社ヒット作も含まれるとなれば、プレミアム加入者は「一生かかっても遊び切れないほどのゲーム」を手に入れる。
映画業界では最新作だけは劇場へ観に行き、上映から1年以上が経過するとAmazon Prime VideoやNetflixといった映像系サブスクで観ている人が増えてきた。これと同じようにゲームソフトの楽しみ方も、新作ゲームソフトは単品購入するが、1年以上が経過したタイトルはサブスクで楽しむというスタイルを提案されているのだろう。
料金設定については、同じSIEのサブスクでも成功しているPS Plusというサービスがある一方で、ほとんど話題にならないPS Now。2つのサブスクに同時加入した場合の合計支払いは月額2000円近い金額になってしまうため、ユーザーに敬遠されがちだった。そこでSIEは両サブスクを統合し、「PS Plus」の追加プランとして統合する方法を選択したのだろう。両サービスを同時に利用した時の価格も月払いでは月額1550円だが、年払いにすれば1万250円と月額854円相当にまで下がる。
「プレミアム」プランは、サブスクによる売上総額を伸ばすばかりか、これまで話題に上りづらかったPS Nowにも脚光を当て、しかも過去に初代PSやPS2、PSPで遊んでいた層、つまり潜在顧客層にまで訴求できる、現在のSIE資産で可能なベストな新プランだと高く評価している。
クラウドゲーミング技術と、ゲームビジネスのこれから
クラウドゲーミング技術といえば、Googleは「Stadia」、Amazonは「Luna」という名称で参入済みだ。どちらもクラウドゲーミング技術を使い、手持ちのPCなどでゲームを遊び放題にするというサブスクプランを発表した。
しかしStadiaは2019年にアメリカやEUなど日本を除く14カ国でサービスを開始したものの加入者数が増えず、2021年にはStadiaオリジナルゲームの自社開発スタジオを閉鎖した。これは事実上の撤退と言っても過言ではない。一方、Lunaは2022年3月1日に米国限定でサービスを開始したものの、利用者の声はSNSなどであまり聞こえてこない。おそらく、過去に発売されたヒットゲームを定額制で遊べるというだけでは、利用を決意させるだけの理由に乏しいのだろう。つまり、現時点で成功しているクラウドゲーミングサービスは「ない」に等しい。
両社が失敗した原因は、大きく分けて2つ。1つ目はコアゲーマーは「クラウドゲーミング」に対する印象が悪く、魅力を感じていないこと。2つ目は、サービスの加入を決意させるだけの魅力を持った「専用タイトル」の不足だ。しかしオリジナルソフトの開発を開発するために中堅ソフトウェアメーカーを買収しようにも、有力なスタジオはMicrosoftとSIEの両社が吸収合併を急いでいる。仮に買収できたとしても、Google Stadiaの二の舞いになる可能性も低くはない。スクウェア・エニックスやカプコンといった大手メーカーに依頼するためには莫大な開発費が必要になるし、開発期間も1年や2年では済まないだろう。
一方、SIEが新たに投入するPS Plusの新プランにこの2条件を照らしてみよう。1つ目は、初代PS~PS3、PSPのソフトについては「クラウドゲーミング」という言葉を隠してはいないまでも、意識していないユーザーも多いだろう。2つ目は、レトロゲームとはいえ、他機種への移植がほとんどされなかったPSの人気タイトルなので、専用タイトルに近い話題性もある。それに加えて、すでに利用者数が多いPS Plusに「もう少し追加料金を払うと」利用できるという敷居の低さを用意している。ずばり、PS Plusの新プランはクラウドゲーミングサービス初の大成功例になると予想している。
しかし、よく考えてみてほしい。クラウドゲーミング技術の利点の1つは「ゲーム専用機を必要としない」ことだ。つまりSIEはクラウドゲーミング技術を普及させるほどに、次世代PlayStationの必要性を否定することにもなる。
Nintendo Switch以外のゲームハードの進化は、主にグラフィック面の進化だ。これは乱暴に言えば「量産化により安価で販売しているゲーミングPC」のような進化の道をたどっている。莫大な開発費を掛けて次世代PlayStationを開発するよりも、既存のPS4/5をクラウドゲーミングの再生機にするほうがビジネスとしては勝率が高い。もしSIEの経営陣が筆者と同じ考えを持っているのであれば、SIEが当面注力していくのはPS Plusというプラットフォームの充実だ。会員を退会させず、新規会員を増やすためには魅力的な新作「ソフトウェア」も必要になる。
SIEはいま、ゲーム機というハードウェアメーカーから、PS Plusを軸としたソフトウェアメーカー兼プラットフォーマーへと舵を切る、大きな転換期の渦中にあるのだろう。