法人カード
Photo : Jantakon Kokthong / EyeEm / Getty Images
  • 1000社以上が導入する新興法人カードサービス
  • freeeやマネーフォワードも法人カードに進出
  • LayerXは年内にも法人カードを提供へ
  • 単なる法人カードではなく企業の「金融OS」を担う

決済や会計、経費精算など「法人の支出管理」にまつわる課題を、テクノロジーを活用して解決するスタートアップが続々と登場している。

グローバルでは「Spend Management(支出管理ソフトウェア)」と呼ばれる領域だ。代表格の米BrexやRampはもともと法人カードを起点に急成長を遂げたが、近年は請求書支払いや経費精算など機能を拡張させており、“法人カードの会社”ではなくなりつつある。

時価総額が110億ドル(1.4兆円)を超えるBill.comは中堅中小企業の支出管理をソフトウェアを通じてサポートすることで事業を拡大。2021年にはBrexやRampの競合に当たるDivvyを約25億ドルで買収し、法人カードをサービスラインナップに加えた。

少なくとも現時点においては、上述したような一部の巨人が世界を席巻しているわけではなく、国やエリアごとに似たようなスタートアップが生まれている状況だ。日本も同様に複数のプレーヤーが誕生し、支出管理領域が盛り上がり始めている。

法人カードにまつわるサービスを展開する日本のフィンテック企業

1000社以上が導入する新興法人カードサービス

5月に約150億円の資金調達を発表したUPSIDERは“日本版のBrexやRamp”のようなスタートアップと言えるだろう。

成長企業を主なターゲットに限度額1億円以上の法人カードをウェブから簡単に申請できる仕組みを構築。カードは管理画面上から何枚も発行できるため、利用者や用途ごとにカードを分ければ企業内のお金の流れを管理しやすい。決済データはリアルタイムに更新され、会計ソフトと連携すれば会計業務の自動化や決算の早期化も見込める。

UPSIDERのカードとダッシュボードのイメージ。カードごとに用途や上限金額などを細かくコントールできる
UPSIDERのカードとダッシュボードのイメージ。カードごとに用途や上限金額などを細かくコントールできる 画像提供 : UPSIDER

直近では”会計処理”や“内部統制”の観点などからカードの管理機能を強化していることもあり、スタートアップだけでなくエンタープライズの顧客も増加。MAU(月間利用社数)は1000社を超えており、利用継続率も99%以上だという。

UPSIDERで代表取締役CEOを務める宮城徹氏は、同社の成長の要因の1つに「法人カードを取り巻く環境の変化」を挙げる。

数年前までは主に役員レベルの交際費や出張費を支払うためのツールとして使われることの多かった法人カードが、近年は企業の日々の決済手段としても活用され始めている。デジタル広告の出稿料やソフトウェアの利用料、クラウドサービスの利用料、レンタルオフィスの賃料などは“デフォルトの決済手段”がカードであることも多い。

法人カードの用途が広がってきていることで、従来のカードとは異なる強みを持つサービスへのニーズが生まれた。従来よりも高い限度額、部署や用途ごとに柔軟にカードを発行できる基盤、使用状況を細かく管理するためのソフトウェアなどは、新興の法人カードサービスの特徴だ。

2017年創業のHandiiもこの領域でサービスを展開するスタートアップの1社。2020年にローンチした「paild」の累計の導入企業は1000社を超える。

paildは与信審査のないプリペイド式のサービスで、与信限度額に悩まされてきた創業期や成長期のスタートアップでも導入しやすい点が特徴だ。

利用用途などに応じてカードを何枚も発行できる点や、利用状況をリアルタイムに把握できる点などはUPSIDERのサービスとも共通する。現在は「後払い(クレジット払い)」の準備にも取り組んでおり、一部の企業には試験的に提供を始めているという。

Handii代表取締役社長兼CEOの柳志明氏によると、代表的なユースケースの1つが複数のSaaSの管理だ。同サービスにはSaaSごとの専用カードと専用のメールアドレスを発行できる機能が備わっている。登録したSaaSは管理画面上で一覧表の形式で表示され「どのSaaSに、いつ、いくら支払っているのか」が一目でわかる。

paildのSaaS管理機能の画面イメージ。複数のSaaSを導入している企業から重宝されているという
paildのSaaS管理機能の画面イメージ。複数のSaaSを導入している企業から重宝されているという 画像提供 : Handii

またカードを何枚も発行できることを大きな利点と感じている事業者も少なくない。たとえば複数拠点を構える企業が“小口現金の代替手段”として、日々の決済や支出管理を効率化する目的でpaildを導入するケースもあるという。

UPSIDER、Handiiともに現時点では法人カードサービスが主軸となっているが、それぞれが多角化に向けた動きを進めている。

UPSIDERはクレディセゾンと共同で、銀行振込の支払いをクレジットカードで決済できる「支払い.com」の提供を4月より始めた。Handiiも4月にGMOあおぞらネット銀行と業務提携を締結。必要なライセンスを取得した上で、今秋にもワンストップ型の「請求書支払いサービス」の提供を目指すとしている。

freeeやマネーフォワードも法人カードに進出

UPSIDERやHandiiのように法人カードから始めて領域を拡張していくアプローチもあれば、支出管理系のSaaSを手掛けるフィンテック企業が事業の幅を広げるかたちで法人カードの提供を始めるアプローチもある。

クラウド会計サービスを展開するfreeeやマネーフォワードも法人カードを展開している。freeeは1月より子会社のfreee finance labを通じて、統合型コーポレートカード「freeeカード Unlimited」の正式版の提供をスタートした。独自の与信モデルにより最大で5000万円の限度額を実現。カードの利用明細は最短で当日中にfreee会計と連携されるため、バックオフィス業務の効率化も見込める。

マネーフォワードも2021年9月に事業用プリペイドカード「マネーフォワード ビジネスカード」をローンチした。1取引当たり最大5000万円の決済が可能なため、海外SaaSの年額一括支払や高額な広告費の支払いなどにも活用されているという。同社のクラウド会計サービスやクラウド経費サービスと組み合わせて使うユーザーも多い。

マネーフォワードによると4カ月(2022年1月時点)でカード発行事業者数は約1000社に達した。今後は独自の与信モデルによる「後払い機能」の実装なども計画している。

LayerXは年内にも法人カードを提供へ

スタートアップではクラウドキャストが法人プリペイドカードと一体型の経費精算サービス「Staple」を運営しているほか、クラウド請求書受領サービス「バクラク請求書」などを展開するLayerXも年内に法人カードをローンチする計画だ。

同社では2021年から「バクラク請求書」「バクラク申請」「バクラク電子帳簿保存」と複数のサービスを開発し、法人の支出管理領域において守備範囲を広げてきた。5月には経理担当者の会計業務の自動化を見据えて、新サービスとなる「バクラク経費精算」を立ち上げたばかりだ。

LayerX代表取締役CEOの福島良典氏によると、プロダクトの拡充が進む一方で「自動化ができておらず、唯一パーツとして足りていなかった」のが支払(決済)の領域だ。法人カードはクラウド会計ソフトとの連携などによって会計業務の効率化や担当者の負担の削減を見込める部分も多く、バクラクシリーズの既存ユーザーからのニーズが高かったこともあり、参入を決めた。

新興法人カードは“与信額の大きさ”が注目を集めるポイントの1つになってはいるものの、LayerXがバクラクユーザーにヒアリングをした限りでは「業務全体の効率化につながるのかどうか」など現場における使い勝手の良さを求める声も多かったという。そういった点も踏まえて「法人カードというよりは、法人カード周りのSaaSを作るようなイメージを持っています」と福島氏は話す。

実際、冒頭で触れた通りBrexやRampといった企業はもはや「法人カードの会社」ではなくなっている。「米国などではBusiness Spend Management(BSM)領域をいかに効率化していけるかが軸になっており、そのパーツの1つとして法人カードが存在するといったように立ち位置が変わってきている」というのが福島氏の考えだ。

特に日本においては、米国などと比べてもBtoB決済におけるデジタル化が進んでいない。2021年9月にビザ・ワールドワイド・ジャパンが発表したレポート「中小企業の事業間決済におけるキャッシュレス化・デジタル化推進」によると、中小企業の支払額におけるカード決済のシェアは全体の1%のみ。米国の26%と比べても大きな差がある。

今後この市場自体は伸びていくことが予想されるためLayerXとしても法人カードサービスを立ち上げるが、日本ではその手前の稟議やワークフローといった業務により多くの課題があると考え、同社としては「(法人支出管理という大きな山を)SaaSから登る」道を選んだ。

最終的に各社のプロダクトのラインアップが似通っていく可能性はあるが、米国を見てもデカコーンやユニコーンクラスの企業が複数存在する状況だ。

「(海外市場の動向などを踏まえても)デカコーンクラスの企業が複数社成り立つような領域であり、1社だけが勝つような領域ではありません。日本でも10社くらいユニコーンが生まれてもおかしくない市場だと考えていて、各社がそれぞれの価値を出しながら、自分たちの経済圏を作っていくのではないでしょうか。自分たちにとっては(同業他社よりも)紙や既存のアナログな業務が一番の代替手段だと思っています」(福島氏)

単なる法人カードではなく企業の「金融OS」を担う

「海外ではBrexやRampらが提供するサービスがスタートアップを中心に普及し、近年はレガシーな法人なども含めて対象ユーザーの広がりを見せており、新たなフェーズに入ってきている」と話すのはUPSIDERの投資家であるWiLパートナーの久保田雅也氏だ。

Brexは2021年に銀行免許を申請したことでも注目を集めたが、海外の先行プレーヤーは法人カードから法人にとっての“金融OS”へと進化しつつある。

「BrexはBrex内のバーチャルな口座の中で決済などを柔軟に行える決済インフラとしての方向、つまり銀行に近い方向へと進んでいくと考えています。企業内のお金の流れを可視化して滑らかにしていくことで、結果的にはBrexのプラットフォームに参加する法人が増えるほど、(Brex内で)外部への送金や決済をよりリアルタイムに、コストが軽い状態で実現できるようになる。そういった可能性を踏まえるとポテンシャルはかなり大きいです」(久保田氏)

法人カードから事業をスタートしたBrexも近年は事業領域の拡張を進める。時価総額は100億ドルを超え、デカコーンの仲間入りも果たした。
Brexのウェブサイトのスクリーンショット。法人カードから事業をスタートしたBrexも近年は事業領域の拡張を進める。時価総額は100億ドルを超え、デカコーンの仲間入りも果たした。

UPSIDERが2021年10月に発表したシリーズBラウンドにはBrexの投資家であるGreenoaks Capitalも新規の株主として参画したが、同社はUPSIDERに限らず“さまざまな地域のBrexのようなプレーヤー”に投資をしている。

法人の支出管理における課題はグローバルで存在するものだが、この領域は国によっても規制や商慣習、文化などが異なることから“ローカル性”が強く、日本を含めて国ごとにスタートアップが生まれている状況だ。

市場の成熟段階も国によって異なるものの、各国の事業者がBrexやRampを追いかけるようなかたちで発展していく可能性もある。久保田氏が「UPSIDERは法人版のチャレンジャーバンクになりうる」と話すのも、このような流れがあるからだ。

もっとも、日本に関しては「BtoB決済のデジタル化」自体がまだまだ進んでいないため、新興の法人カード事業者を中心に市場の拡大に取り組んでいる段階。2023年10月から始まる「インボイス制度」の存在も、日本でこの領域が盛り上がってきた要因の1つだという。

また久保田氏は今後のポイントにエクイティとデット双方における「ファイナンス力(資金調達力)」を挙げる。

直近では米国の金利の上昇などの影響で、スタートアップの資金調達環境もこの数年までと比べると悪化している。法人カード事業は原資も必要なため、BrexやRamp、UPSIDERなどのようにエクイティとデットを組み合わせながら、事業成長に向けて多額の資金を集めているケースも多い。

そのような背景もあり「今まで以上にファイナンス力の重要性が増し、それを実現できた企業が優位になる可能性がある」(久保田氏)という。