(左)ホリプロデジタルエンターテインメント(代表取締役の鈴木秀氏 (右)DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部部長の藤掛直人氏
(左)ホリプロデジタルエンターテインメント(代表取締役の鈴木秀氏 (右)DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部部長の藤掛直人氏
  • YouTubeで「既存ファンの愛着を深める」、TikTokで「認知を広げる」
  • 知っている人前提のコンテンツにしないこだわり
  • 「本番はどうなったのか?」の強い関心で若年層を誘導
  • 一同に介する場が減ったからこそ、大きなチャンスがある

かつて閑古鳥が鳴いていた横浜スタジアムを、ディー・エヌ・エー(DeNA)がV字回復させ、一躍人気のスタジアムにした、というのは有名な話だ。そんなDeNAが保有するスポーツビジネスの知見は、野球だけでなく、バスケットボールにも生かされているようだ。

DeNA子会社が運営するプロバスケットボールクラブ「川崎ブレイブサンダース」は、2020-21シーズンの1試合平均来場者数はBリーグ内の22クラブ中で1位を記録。また、チケット以外の売上も、2年かけて2倍以上を達成するなど、右肩上がりで成長している。

その背景にあるのが、TikTokなどの動画コンテンツをはじめとするデジタルマーケティングの活用だ。2年前は4000人程度だった川崎ブレイブサンダースのYouTubeチャンネル登録者数は、現在10万人となっている。これはBリーグとJリーグを合わせて1位の数字だ。

また、TikTokについては2020年9月から公式アカウントで運用スタートし、2年かけてフォロワー数は10万人以上を突破。国内プロスポーツクラブでは読売ジャイアンツに続いて2位となっている。

そんな川崎ブレイブサンダースのデジタルマーケティングについて、同チームのアシスタントMCを務めるタレント・村島未悠が所属するホリプロデジタルエンターテインメント(以下、ホリプロデジタル)代表取締役の鈴木秀氏が、DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部部長の藤掛直人氏に詳しく話を聞いていく。

YouTubeで「既存ファンの愛着を深める」、TikTokで「認知を広げる」

鈴木:藤掛さんとの出会いは、TikTokを運営するバイトダンスの方に紹介されたことがきっかけでした。自分自身、バスケットボールが好きでしたし、なおかつホリプログループも川崎市にエンターテインメントホールを開業する予定があり、川崎ブレイブサンダースとはご縁も感じていました。今回改めて聞きたいのですが、なぜTikTokを活用しようと思ったのですか。

藤掛:川崎ブレイブサンダースのホームアリーナは「川崎市とどろきアリーナ」です。最大の収容人数は5000人。事業を承継してから2年目には認知度も上がり、4750人まで収容できるようになり、翌年には収容人数の上限に達することが見えていました。

そうなると、これ以上の観客を川崎市とどろきアリーナに集められません。結果的にファンの裾野を広げることが難しくなってしまいます。もちろん、何も手を打っていないわけではありません。数年後には8000〜1万人を収容できる新アリーナを川崎市に建設する予定ですが、新アリーナが出来たからといって、いきなり観客数を倍にするのは至難の業です。試合会場に人を集める以外でも、川崎ブレイブサンダースのファンを作る仕組みが必要となったため、デジタルマーケティングに注力し始めました。

鈴木:デジタルマーケティングの手法には、TikTok以外にもいろんな選択肢があります。ほかのプラットフォームも試していたんですか。

藤掛:YouTubeとTwitter、Instagramを活用していました。ただし、最初の頃はそれほどコンテンツも充実していなかったんです。そこで、それぞれの役割整理から着手しました。

嬉しいことに、アリーナへ来場した方々にアンケートを通じて、川崎ブレイブサンダースを知ったきっかけを聞くと、半数以上がYouTubeと回答するほど効果は絶大だったんです。YouTubeと並行してより広く認知をとれるものを探し、TikTokにたどり着きました。

TikTokは、動画に最適化されたプラットフォーム。おすすめ動画としてサジェストされる機能にも優れています。そのため、YouTubeとTwitterは「既存ファンの愛着を深めること」、TikTokは「潜在ファンをターゲットに認知を広げること」を目的に運用し始めました。

そもそも、バスケットボールは野球やサッカーに比べてコートからの距離が近い分、ゴールを決めた瞬間の迫力があるうえに、「なぜ得点につながったのか」もわかりやすい。初めて観戦する人たちのハードルが低いスポーツでもあるんです。そういったわかりやすさはTikTokなどの動画コンテンツに切り出しやすいので、相性がいいんです。

@brave_thunders こんなプレーできる人いる? #Bリーグ #basketball #藤井祐眞 #川崎ブレイブサンダース ♬ Surges - Orangestar (feat. 夏背 & ルワン)

知っている人前提のコンテンツにしないこだわり

鈴木:初めて川崎ブレイブサンダースの試合を見て驚いたのは、オフラインとオンラインの体験がうまくつながっているところでした。TikTokで動画を見て「こういうことがあるんだ」と知り、アリーナで試合を観戦すると動画で見た以上の衝撃を受けるパフォーマンスを見る。つまり、ストーリー設計がしっかりしているんです。

川崎ブレイブサンダースの場合、試合会場にDJを呼び、TikTokで流行っている音源を差し込んだり、花火や炎の演出をしたり、ライブのような盛り上がりを見せていました。そうやって、動画に収まらない体験を提供して「ネットで見ているだけじゃ足りない」と思えるようになっています。さらに、ハリセンを使った応援方法がシンプルで、初めて観戦しに来た人も参加しやすい仕掛けもあります。

藤掛:そう言ってもらえて光栄です(笑)。応援方法は、試合前に毎回レクチャーしています。初めて観戦する人にとってわからないことばかりでは、試合を楽しむどころか、ファンになってもらえない。そのあたりのハードルも、徹底的に取っ払っています。

鈴木:スポーツをTikTokでマーケティングしようとすると、所属選手が中心となりますよね。何か意識していることはありますか。

藤掛:TikTokは短尺動画なので、選手たちのスーパープレーや珍プレーが中心となります。そのなかで意識しているのは、やはり「知っている人前提のコンテンツにしないこと」です。例えば、競技を深く知っているからこそ面白い内容や選手を深く知らないと伝わらない内容などは避けています。MVPを獲得した選手や日本代表に選ばれた選手の珍プレーや好プレーを出し、それがどうすごいのかがわかる表現になるようにしています。

「本番はどうなったのか?」の強い関心で若年層を誘導

鈴木:個人的に、川崎ブレイブサンダースはいち早くTikTokを取り入れた結果、都心に住む若年層をうまく取り入れることに成功していると感じています。だからこそ、観客には若い人が多い。特に中高生のファンに関しては、両親と一緒に観戦に来るパターンも多いように感じました。

藤掛:バスケットボールは他のスポーツと比べてファンの平均年齢が低く、中学・高校の部活動に所属している人数も多い。若年層と相性がいいことは明確にわかっていました。若い世代の方々にバスケットボールを定期的に見る習慣づくりができれば、競技としての認知度も高まっていくのではないかと思っていました。

TikTokを本格的に活用してからは、明らかに若年層は増えました。新型コロナウイルスの影響による入場制限で、会場に5000人収容できるところ、2500人までしか入れられずチケット購入数を下げざるを得ない状況は多々ありました。それでも、チケット購入数の割合を見ていくと20代が伸びていて、売上を下支えしています。

鈴木:以前、弊社に所属しているタレント・景井ひなをMCとしてキャスティングしたとき、その他の試合日に比べて明らかにファンの年齢層が若かった。スポーツ観戦において「タレントが見たい」というだけで会場にファンが多く訪れるケースはまれです。ところが、この日は景井ひなが観戦のきっかけの1つになっていました。

藤掛:景井ひなさんのおかげで「バスケに興味はあるけれど見たことがない」といった方々の背中を押せました。鈴木さんがいらっしゃった試合では、TikTokの動画コンテンツとして、景井ひなさんと選手が一緒にドリブルの練習をしている様子を配信していたんです。その結果、「本番はどうなったのか?」という関心を高められたのではないかと考えています。今までさまざまな取り組みをしてきましたが、タレント側にパワーがあっても、企画などに深く関われないと効果が出ないものがあったりしました。

ホリプロデジタル所属のタレントさんについては、村島未悠さんを川崎ブレイブサンダースのアシスタントMC兼サポートクリエイターにしてもらい、本人もしっかり応援する姿勢を見せてくれたおかげでファンたちに受け入れられていました。

@brave_thunders #景井ひな @kageihina さん、ありがとうございました! #24秒レッグスルー #バスケ #川崎ブレイブサンダース ♬ Bluma to Lunch - BLOOM VASE

動画コンテンツも、それまでは選手を中心としたライブ配信だったのですが、村島未悠さんとカメラマンスタッフのみでやってみたところ、とても好評でした。選手を起用していないライブ配信でも成功させられる可能性がわかったので、とてもありがたい事例となりました。

一同に介する場が減ったからこそ、大きなチャンスがある

鈴木:TikTokを始めてから、売上は伸びているんですか。

藤掛:SNSは効果が見えづらい部分もあります。しかし、川崎ブレイブサンダースの場合は収益が伸びています。新規ファンの獲得にアプローチできていることも、数字に表れています。

鈴木:2020年からは外出自粛などによってデジタルでの取り組みが一気に増えました。そして今、課題になりつつあるのが「ネットで見られるから現地へ行かなくても良いのでは?」と思う人が一定数増えていることです。このあたりの課題はどう考えていますか。

藤掛:同じものを好きな人が一同に集まる機会が減っているなか、ある意味「密な空間」で一体感を生み出す場は貴重になっているんじゃないかと考えています。前述のとおり、バスケットボールは試合会場が狭い分、選手とファンの距離も近い。同時に、ファン同士の距離も近いんです。試合やパフォーマンスを通じて「一緒に応援する価値」はもっと高められると思っています。

鈴木:もともとバスケットボールに備わっていた「近い距離で観戦できるメリット」を活かす、と。それに、川崎ブレイブサンダースはファンが自らのことを「サンダースファミリー」と呼びますよね。いい意味で、みんなが「ファミリーであること」の意識が強い。いい形でコミュニティを形成できればファン離れを間接的に防ぐ好事例になりそうです。

藤掛:まさに、コミュニティ作りにも力を入れています。そのひとつとして、川崎ブレイブサンダースでは月額制のオンラインサロンも開催しています。選手とインタラクティブに交流したり、ファミリー同士でコミュニケーションをとれるようにしたりしました。おかげで高いリピート率をキープできています。

僕自身、バスケットボールがとても好きでした。ディー・エヌ・エーではゲーム事業を担当していましたが、川崎ブレイブサンダースを承継したときに自ら異動を希望したんです。バスケットボール×デジタルの可能性はまだまだ残っていると思うので、“ファミリー”と一緒により盛り上げていきたいです。