
- トークン発行でユーザーのリテンションレートが4倍向上
- M&A後に目指す、Web3版Udemyの立ち上げ
- Learn to Earnの先にある「Learn and Earn」
「ユーザーにとって、何かのインセンティブにはならないと思う」
今から4年前の2018年。日本国内の投資家の多くがトークン(代替通貨)に対して、懐疑的な見方をする一方、アメリカではdApps(Decentralized Applications:分散型アプリケーション)を筆頭に、トークンをもとにした経済圏、いわゆる「トークンエコノミー」が大きな盛り上がりを見せていた。
そうしたアメリカの動向を見て、「今後日本でもあらゆるウェブサービスにトークンが組み込まれるようになる」と感じた人物がいる。techtec(テックテク)代表取締役の田上智裕氏だ。同社は現在、“学習するほどトークンがもらえる”をコンセプトにした、暗号資産・ブロックチェーンのオンライン学習サービス「PoL(ポル)」を展開している。
2018年の設立から4年が経ち、投資家たちのトークンに対する見方も変化。トークンエコノミーなどの新たな経済圏は「Web3」と呼ばれるようになり、今や大多数の人たちが「Web3は次なるビッグトレンド」と大きな可能性を感じるようになってきている。
スタートアップ業界を中心にWeb3に対する熱が高まっていく中、techtecは本格的な事業の拡大に向けて、大手企業の傘下に入る決断を下した。同社は6月15日、レアゾン・ホールディングスの子会社となり、グループ入りしたことを発表した。買収金額は非公表。子会社化に伴う、techtec側の経営体制に大きな変更はないという。
なぜ、techtecはレアゾン・ホールディングスの傘下に入る決断を下したのか。また、どのように事業を拡大させていこうとしているのか。田上氏に話を聞いた。
トークン発行でユーザーのリテンションレートが4倍向上
チームラボでのインターンを経て、新卒でリクルートに入社した田上氏。学生時代からビットコインを購入していたこともあり、ブロックチェーンには昔から関心があったという。リクルート入社後はブロックチェーンに関するプロジェクトに関わらせてもらっていたが、「企業の中では時間がかかりそう」(田上氏)と判断し、起業することを決めた。
事業のテーマとして、田上氏が考えていたのは教育。「昔から教育に興味があった」(田上氏)と言い、そこにブロックチェーンを掛け合わせたら面白いのではないか、と考えた。
「当時はブロックチェーンや暗号資産について学べるサービスがなかったので、まずはそれらの基礎知識を学べるサービスをつくることにしました。“学習するほどトークンがもらえる”ようにしたのは、サービスのリリースから半年後のことです」(田上氏)
冒頭で述べたように、田上氏はアメリカでdAppsを筆頭にトークンエコノミーが盛り上がっていたことから、「今後日本でもあらゆるサービスにトークンが組み込まれるようになる」(田上氏)と考え、PoLにもトークンを組み込んだ。具体的にはPoLのカリキュラムを学習すれば学習するほど“PoLトークン”と呼ばれるものをユーザーに付与する仕組みにした。
ここで言うトークンは、あくまでサービス内での支払いに使えるポイントのようなもの。現状の日本の税制では、法人がトークンを保有していた場合、そのトークンは期末の時価評価で課税されるため多額の税金がかかってしまう。また、日本はトークンでの税金の支払いも認めていない。そのため、国内でトークンの発行は事実上できないに等しい。
「日本でトークンを発行すると課税対象になり、多額の税金を支払わなければいけなくなるため、事業の運営自体が厳しくなる。まずはポイントのようなもの“トークン”と呼び、それを発行してユーザーに付与する仕組みにしました」(田上氏)

日本の税制に引っかからない形でトークンを発行してみたところ、トークンを発行する前より後の方がリテンションレート(サービスの継続率や定着率)が大きく向上した。一般的なオンライン学習サービスの平均的な利用1日後のリテンションレートは5〜7%ほどと言われており、PoL自体も以前は利用1日後のリテンションレートは10%ほどだった。
それがトークン発行をしてみたところ、利用1日後のリテンションレートは40%にまで向上したという。
「この数字を見たときに、今後あらゆるウェブサービスにトークンが組み込まれるようになるという未来が確信に変わりました」(田上氏)
現在、PoLは暗号資産とブロックチェーンの基礎だけでなく、EthereumやAvalancheといった分散型アプリケーション開発のためのプラットフォームに加え、分散型ステーブルコインを作った最初のコミュニティ「MakerDAO」などについても学習できる。田上氏によれば、PoLトークンの保有者数は1万人を超える規模になっているという。
M&A後に目指す、Web3版Udemyの立ち上げ
約4年、PoLを運営してきた田上氏だが、現状のモデルが最適解だと考えているわけではない。ポイントのような形ではなく、きちんとトークンを発行し、Learn to Earn(学びながら稼ぐ)のモデルに本格的に挑戦したい、という思いをずっと抱えていた。
「会社として次のフェーズに行きたい、もっと大きな挑戦をしたい」──そう考えていたところ、エンジェル投資家を介してレアゾン・ホールディングスのCOOと知り合った。
レアゾン・ホールディングスは、「ドラゴンエッグ」や「ドラゴンスマッシュ」などのソーシャルゲームを開発するルーデル、広告の制作・分析・運用を手がけるアドレア、フードデリバリーサービスを手がけるmenuなどをグループ会社に持つホールディングス企業。ソーシャルゲームで得た収益を元手に新たな事業を立ち上げ、成長を遂げてきた。
同社が新規事業を立ち上げる際の考え方は、「すでにある事業よりも大きいことをやる」ということ。直近立ち上がったフードデリバリーサービス「menu」よりも大きい事業を立ち上げるとなると、大きく成長する可能性がある市場としてWeb3の領域が柱の1つになると考えていた。
「レアゾン・ホールディングスも今後Web3に大きく踏み込んでいこう、と考えていたそうです。それならばお互いが持っているアセットを活用する形で一緒にやった方が、よりスピーディーに事業を立ち上げられるのではないかと思いました」(田上氏)
結果的に、田上氏が『一緒にやりましょう』とM&Aの提案をし、それをレアゾン・ホールディングスが受諾する形で今回のM&Aが実現したという。
グループ入り後もtechtecの経営体制は変わらないが、会社自体はシンガポールに移し、今後はWeb3版Udemyのような新たな教育サービスの立ち上げに加え、レアゾン・ホールディングスのノウハウを活用し、GameFi事業の立ち上げにも取り組んでいく予定だという。
Learn to Earnの先にある「Learn and Earn」
これまでは自社でコンテンツ(教材)を作成し、それをユーザーが学んでいくシステムにしていたPoLだが、「それには限界を感じていた」と田上氏は語る。理想とするのは、講師となるユーザーがコンテンツを作成し、学びたいユーザーがそれらを学ぶプラットフォーム。いわゆる、学びたい人と教えたい人をオンライン上で繋げるUdemyのようなモデルだ。
田上氏が“Web3版Udemy”と言うのは、トークンを発行できるモデルにするため。具体的には、プラットフォーム側が発行するトークンに加えて、講師も自身のトークンを発行できるようにし、生徒側が学習すればするほどトークンをもらうことができる。
「トークンの良いところは、価値を高めていける点にあります。講師がトークンを発行すれば、教材を中心としたコミュニティが出来上がる。トークンの価値を高めるために、よりモチベーション高い状態で学習できるようになると思います」(田上氏)
また、今後は教材自体をNFT化する考えもあるとのこと。具体的には、講師から最初に学んだ生徒がNFT化された教材を使い、別の人に教えていった結果、教材の作成者である講師にロイヤリティという形で二次流通の手数料の一部を還元する仕組みを想定しているという。
「最近になって『X to Earn(○○して稼ぐ)』というキーワードを耳にします。自分もまずは『Learn to Earn』という新たなユーザー体験の提供を目指していきますが、将来的には『Learn and Earn(学ぶと同時に稼げてしまう)』という状態をつくっていけたら、と考えています。学びながら稼げる状態をつくり出すことで、誰もが生まれ育った環境などに左右されず、最新の教育環境にアクセスできるようにしたいと思います」(田上氏)
