画像は「WWDC 2022」のYouTubeより
開発者向けカンファレンスで発表されたAppleのBNPL「Apple Pay Later」 画像は「WWDC 2022」のYouTubeより
  • 子会社設立にみるApple「BNPL参入」の背景
  • 既存プレーヤーへの影響、ポイントはオフラインでの決済
  • 「デジタルウォレット」「デジタルID」の布石に

Appleがついに「Buy Now Pay Later(BNPL)」に本腰を入れる。6月初旬に開催された開発者向けのカンファレンス「WWDC2022」で、Apple Payの大きなアップデートとして後払い機能の「Apple Pay Later」を発表した。

この機能を用いると、ユーザーはApple Payでの購入代金を6週間にわたり4回に分割して支払うことができる。金利や手数料などはかからない。Apple Payの導入店舗であればどこでも使える。

“後払い”サービスを意味するBNPLは、近年ECを中心に新たな決済手段として急速に広がっている。グローバルではAfterpayやKlarna、Affirmといったプレーヤーがこの市場を切り開きながら事業を急拡大。日本国内でも「NP後払い」を展開するネットプロテクションズが昨年上場し、「Paidy」を運営するPaidyがPayPalに買収されるなど、関連する事業者のニュースが注目を集めた。

“AppleのBNPL参入”に関しても2021年夏頃から複数のメディアで噂されていたが、今回のタイミングで正式に発表されたかたちだ。

なぜAppleがBNPLに参入するのか。その背景や既存の事業者への影響、今後予想される中長期的な事業展開などについてFinTechスタートアップのFinatextホールディングス取締役CFOの伊藤祐一郎氏に解説してもらった。

子会社設立にみるApple「BNPL参入」の背景

「意外だったのはわざわざ子会社を作り、貸付の領域まで自分たちでやる計画をしていることです」

伊藤氏はApple Pay Laterの発表の印象をそのように話す。Appleは以前から米国でクレジットカード「Apple Card」を展開しているが、同サービスの場合はタッグを組むゴールドマン・サックスが引受機能(審査やローンの貸し手の役割)を担っていた。

当初はApple Pay Laterについても同じような形式での提供が噂されていたが、実際はAppleが子会社のApple Financingを立ち上げ、自ら引受機能を担うことを明らかにした。Appleは3月に与信審査モデルを持つ英・Credit Kudosを買収しており、この技術を活用する可能性が高い。

「今回発表された“6週間4分割”のサービスは分類的に『後払い』と言われるもの。日本でも米国でも規制適用外であり、特定のライセンスがなくても提供できます。にもかかわらず子会社を作り、ライセンスを獲得する方針が明らかになっている。今後は別のソリューションも計画していることは明確です」(伊藤氏)

伊藤氏の見解はこうだ。Appleはまず、6週間4分割タイプの後払いサービスを金利ゼロで提供する。同様のサービスはすでにAfterpayやKlarnaなどが展開しているが、Appleとしては新たな選択肢の1つとして名乗りをあげることが重要になるだろう。

そして次のフェーズではAffirmが提供する貸金に近いモデルで、金利を得るサービスにも参入する。そこで最初に期待ができるのが、自社製品の分割払いによる購入だ。iPhoneを始めとするApple製品を購入しやすくする仕組みとしてApple Pay Laterを提供し、結果としてさらなる購買を促す。そのようなエコシステムの確立も構想にあるのではないかという。

WWDC 2022では「Apple Pay Later」の仕様なども明かされた
WWDC 2022では「Apple Pay Later」の仕様や画面なども明かされた。画像はWWDC 2022のYouTubeより

既存プレーヤーへの影響、ポイントはオフラインでの決済

主要な既存事業者への影響はどうか。今回の6週間4分割タイプのサービスに関しては、特に影響を受ける可能性があるのがAfterpayだ。同様のサービス自体はKlarnaやAffirmも手掛けているが、Afterpayは後払いの中でも6週間4分割タイプのサービスに注力しているからだ。

今後のポイントになりうるのがオフラインでの決済だ。BNPLはEC(オンライン決済)を中心に拡大した仕組みで、現時点ではECでの利用の割合が大きい。既存プレーヤーはすでに大手EC事業者と独占契約を締結しているケースも多く「後発のAppleが決済額が大きいEC事業者を今から獲得するのは簡単ではない」と伊藤氏は話す。

一方で今後BNPLの広がりが期待されるオフライン決済においては、「Apply Payの加盟店で利用できる」という点がAppleにとってアドバンテージになりうる。

「ECで広がった仕組みを今後いかに実店舗に持っていくかがBNPLの次の成長ドライバーになります。実店舗でのユースケースが増えれば市場規模自体も大きくなるという観点では(既存事業者にとって)プラスの側面もあるかもしれませんが、かなりの顧客をAppleが獲得する可能性もあります」(伊藤氏)

「デジタルウォレット」「デジタルID」の布石に

また伊藤氏は金融事業にとどまらず、今回の取り組みが中長期的な「デジタルウォレット 」「デジタルID」の実現に向けた足がかりになるのではないかという。

「近年AppleもGoogleも改めてデジタルウォレットの実現に力を入れています。(この取り組みが加速すれば)運転免許証や証明書を読み取ってAppleのウォレット内に格納しておくと、いろいろなサービスに連携して使えるようになる。本人確認が必要となる金融サービスなども、その都度免許証等の本人確認書類を提出しなくても、AppleウォレットのIDとパスワードを入力するだけで、すぐに口座を開設したりもできるでしょう。既存の仕組みとしてはFacebookやTwitterなどのSNSがソーシャルログインのようなものを提供していましたが、これが認証された個人情報をシームレスに連携できるようになることで、実経済でも幅広く使えるようになるイメージです」(伊藤氏)

この世界観を実現する上で欠かせないのが、身分証明書などの重要な情報をサービス内に取り込んでもらうための仕掛けであり、レンディングのような金融サービスがその代表例になりうるというのが伊藤氏の考えだ。

「いきなり(身分証明書などの)個人情報を入れてくださいというのは難しいので、便利な金融サービスなどを実現することが、結果的にデジタルウォレットを提供する上で重要な情報を集めていくことにもつながるのではないでしょうか」(伊藤氏)