
- ユニコーン、ミノタウロス、ケンタウロス……スタートアップの呼び名いろいろ
- ケンタウロスが投資家に注目される理由
- 収益重視はSaaSエコシステムの健全化につながるか
世界を見渡せば、評価額10億ドル(約1300億円)以上の未上場企業・ユニコーンが見慣れた存在になりつつある今、新たに期待を寄せられているのが「ケンタウロス」企業だ。
ケンタウロスとは、ユニコーンの条件を満たし、かつ年間経常収益(ARR)が1億ドル(約130億円)を超える企業のこと。ケンタウロスが、特にSaaS事業を手がけるスタートアップとその投資家に、にわかに着目されている理由について、今回は考察する。
ユニコーン、ミノタウロス、ケンタウロス……スタートアップの呼び名いろいろ
そもそも評価額10億ドル以上の未上場スタートアップを「ユニコーン」と呼んだのは、伝説の一角獣になぞらえて「滅多にお目にかかれない」ことを表すためだ。実際、この言葉が使われ始めた2013年ごろには、まだ米国でも39社のスタートアップしか該当しなかったこともあり、稀少な存在だった。
ところが10年もたたないうちに、その数は激増した。CB Insightsによれば、2022年6月現在、世界のユニコーンスタートアップの総数は1168社、評価額の合計は3兆8370億ドル(約500兆円)にも上る。日本のスタートアップでは6社がカウントされている。
ユニコーンが増え続ける中、評価額100億ドル以上のデカコーン、1000億ドル以上のヘクトコーンといったバリエーションも現れた(ユニには「単一の、1つの」の意味がある。それに引っかけて「デカ=10倍の」「ヘクト=100倍の」の接頭語がそれぞれ付いている)。
また評価額でなく、調達額が10億ドル以上の企業を「ミノタウロス」と表現するなど、別の基準でスタートアップを区分する言葉も登場している(ミノタウロスはギリシア神話に出てくる牛頭人身の怪物)。
ARRが1億ドル超の企業を表すケンタウロスも、ユニコーンに代わるスタートアップの呼び名のひとつとして現れた(ケンタウロスもギリシア神話に登場する、半人半獣の種族名)。2010年代半ばごろには投資家たちの間で、ケンタウロスという言葉がARRではなく「評価額1億ドル超」のスタートアップを表す言葉として使われていたようだ。
ケンタウロスが投資家に注目される理由
ケンタウロス企業が注目されているのは、なにも「ユニコーン企業がありふれた存在になったから」という理由だけではないようだ。
5月10日、米国のベンチャーキャピタル・Bessemer Venture Partners(BVP)が最近のSaaSの現状をまとめた「State of the Cloud 2022」を発表した。
前項でも述べたとおり、世界には1000社以上のユニコーンが存在しているが、その多くは売上高が100万ドルに満たない。BVPは「豊富な資本はバリュエーション(評価額)がやや意味を失うような環境をつくり出した。今やユニコーンについて我々が言えるのは、彼らが『投資家の関心を集める能力を持っている』ということだけだ」と痛烈にコメント。「“ユニコーンへの野心”は残念ながら、多くのスタートアップや投資家が優れたビジネスの構築ではなく、評価額を第一目標とするように仕向けている」と述べている。
また、ユニコーン誕生の数と公開株の株価には相関があるとも、BVPは指摘する。ウクライナ侵攻、欧米の金融引き締めなどの影響で株価が下落し、リセッション(景気後退)の懸念が高まる中、「VCや創業者コミュニティは(評価額ではない)新たなマイルストーンを必要としている。それはきちんとした根拠やプロダクトのファンダメンタル(基本的な指標)、そしてあえて言うなら『利益』に基づいたマイルストーンだ」とBVPはいう。
収益重視はSaaSエコシステムの健全化につながるか
現在、1000社超のユニコーンに対して、ケンタウロスは世界でも150社程度で、その数は7分の1程度だ。BVPは、SaaSスタートアップ界において「2022年はケンタウロスの年になる」と予測する。
BVPの調査では、過去4年、毎年誕生するケンタウロスの数は着実に増えている。2019年には35社、2021年には60社のケンタウロスが登場し、2022年には70社がケンタウロスとなると見られる。2021年にケンタウロスとなった企業には、プロダクト分析ツールのPendoや、セールスエンゲージメントツールのSalesloft、画像・動画管理のCloudinary、オンラインホワイトボードのInVision、レベニューAIの6sense、EC支援プラットフォームのYotpo、AIプラットフォームのDataikuなどがある。このうちCloudinaryは、資金調達することなく1億ドルのARRを達成している。
ARR1億ドルを達成したケンタウルスは、プロダクトマーケットフィット(PMF)を実現し、スケーラブルな市場開拓戦略を持ち、顧客基盤を拡大している。
BVPは「新しいユニコーンの誕生は不安定だが、ケンタウロスの誕生は着実な上り坂をたどっている」と述べ、ケンタウロスの成長を追うことは、SaaSエコシステム全体の健全性をより正確に把握することにつながると考えている。
今年に入って、米国のVCを中心に「スタートアップ投資に冬の時代が訪れようとしている」と警告する声が上がっている。華々しいプロダクトを引っさげて、資金力に物を言わせてシェアを奪い合ってきたユニコーンとその予備軍に逆風が吹く環境では、より堅実で強い顧客基盤を持ち、組織力を備え、収益を着実に上げるスタートアップが、今一度、投資家から注目されるようになっていくのかもしれない。