ビリー・ブランクス氏とLEAN BODY執行役員・CXOの鞍立寛子氏 提供:LEAN BODY
  • ビリー隊長へのオファー、最初は「ダメ元」だった
  • ビリー隊長へのプレゼンは日本のファミレスで
  • 最新トレンドを意識した「令和版ビリーズブートキャンプ」
  • 「令和版」配信開始でユーザー数は16倍に
  • 次のステップは「オンラインとオフラインの融合」

「お遊びのつもりか?」、「君ならできる!」、「ビクトリー!」――。こんなセリフに聞き覚えはあるだろうか。そう、15年前に大ヒットしたフィットネスDVD「ビリーズブートキャンプ」でインストラクターを務める“ビリー隊長”ことビリー・ブランクス氏が視聴者である“隊員”に向けて放つ言葉だ。実は今、64歳を迎えたビリー隊長が、日本のスタートアップと組んで、「令和版」と銘打った新作動画を配信しているのをご存じだろうか。仕掛け人であるフィットネス動画配信のスタートアップ企業・LEAN BODY(リーンボディ)にリリースまでの経緯を聞いた。(ダイヤモンド編集部 菊池大介)

ビリー隊長へのオファー、最初は「ダメ元」だった

 動画配信プラットフォームがユーザーを増やすにはヒットコンテンツは欠かせない。スマートフォンに特化したフィットネス動画配信サービス「LEAN BODY」を提供するLEAN BODYも、サービスの構想段階から「強力なコンテンツ」を探し求めていた。

「有名なフィットネスインストラクターといえば、ビリー隊長」

 LEAN BODYで主にコンテンツを担当する執行役員・CXOの鞍立寛子氏は取材でこう切り出した。15年前にヒットしたビリーズブートキャンプのDVDの販売枚数は150万枚で、ターゲットは20から40代の女性。女性をターゲットとするLEAN BODYのユーザーにとっても、うってつけのコンテンツだったのだ。

 鞍立氏は2017年9月にLEAN BODYに入社。2018年3月にリリースされたサービスの立ち上げに構想段階から参加している。リリースから1年ほどが経ったある日、代表取締役の中山善貴氏と「ビリーさん、出演してくれないかな?」と冗談交じりで話したのが、ブランクス氏にアプローチするきっかけとなった。

 鞍立氏は最初、「いやいや、うちみたいな小さな会社では無理」とあまり現実的に考えていなかった。だが、中山氏の「試してみなければわからない」という一言に背中を押され、ダメ元で連絡を入れてみることにした。Instagramやホームページから連絡をしてみたものの、返事はなかった。

ビリー隊長へのプレゼンは日本のファミレスで

 鞍立氏がブランクス氏と出会ったのは、2019年の5月。ロサンゼルスで開催された世界最大級のフィットネスイベントでのことだ。LEAN BODYのコンテンツやビジネスモデルは海外のサービスを参考にしているため、調査も兼ねて仲の良いインストラクターと共に現地を訪れていた。

 イベントには偶然にもブランクス氏が出演していた。何回か目の前を往復。意を決して話かけたところ、話は盛り上がった。「実はオンラインフィットネスを日本で立ち上げていて、オファーメールを送ったんだ」と伝えると、「面白い。そのアドレスは普段チェックしていないから」と連絡先を教えてくれた。

 翌月にはブランクス氏が日本を訪れていたため、レッスンを受けに行った。レッスン後にファミリーレストランでプレゼンテーションを行い、LEAN BODYはかつてのビリーズブートキャンプを目指して立ち上げたサービスだと伝えた。

 鞍立氏が言うには、日本人と結婚しているブランクス氏には、「日本で新たに何かをしたい」という気持ちがあった。そこで「新しく始めたサービスがある。(ビリーズブートキャンプを)アップデートしたい」と提案したところ、興味を持ってもらえたという。

 鞍立氏は「今、日本でダンスフィットネスプログラムが人気だ」とブランクス氏に話したところ、「なぜこれが流行るんだ?」と聞かれ、「楽しく痩せられるのが大切だ」と回答をしたことを良く覚えているという。日本におけるフィットネスの最新トレンドを理解することで、ブランクス氏の信頼を勝ち得たのだ。

最新トレンドを意識した「令和版ビリーズブートキャンプ」

 令和版ビリーズブートキャンプの撮影は2020年1月15日、16日の2日間、東京・六本木で行われた。エクササイズの具体的な内容は“天才肌”であるブランクス氏がその場で考えた。だが、コンテンツをアップデートする上で、LEAN BODYでは現代の日本人のニーズに合うようさまざまな提案をしたという。

「過去のビリーズブートキャンプの良さに、LEAN BODYが持つデータを掛け合わせ、『どうすれば日本人にとって最適になるのか』を分析した。具体的には、ビリーさんの脂肪燃焼を軸にした“動き続ける”エクササイズを活かした上で、令和版では分数や強度を調整した」(鞍立氏)

 ユーザーが無理なく毎日継続できるよう、30分のレッスン動画を7本用意した。部位にフォーカスしたトレーニングが流行っているため、各プログラムは「お尻」、「お腹」、「脚」などを重点的に引き締める内容になっている。「腕立て伏せは膝をついても可」、など、強度についても日本人に合わせている。

 また、ダンスのようなエクササイズが流行っているため「楽しい要素」も取り入れたり、なるべく情報量を抑えたスマートフォンでも見やすい仕様にするなど、工夫は尽きない。また、LEAN BODYで用意した楽曲では「ヒットしない」と指摘したブランクス氏は、自らプログラム中に流れるBGMを制作した。BGMをよく聴くと、「LEAN BODY」、「REIWA」とブランクス氏が歌っているのが聞こえる。

 4月11日の配信開始までは睡眠時間を削り作業していたという鞍立氏。「辛い時こそ楽しもう」といったブランクス氏のセリフは大きな心の支えになったという。

 リリース前から告知を行なっていたところ、会員数は急増し、テレビからの問い合わせがあるなど「確実にヒットする」前兆を感じた。中山氏から「(鞍立氏)だからこそ成し得た。これは会社の景色を変えるコンテンツになる」と長文のメッセージが届いたことからも、大きな達成感を得られた。

 鞍立氏は「もちろん、配信を開始してホッとしたというのはある。だが、これからどのようなプロモーションを行うのか、次のヒットコンテンツはどのように生み出すのか、考えなければならない。新型コロナウイルスの感染が拡大し、自宅で利用できるフィットネス向けコンテンツのニーズは高い。ビリーズブートキャンプだけではなく、様々なコンテンツを作り、ユーザーにサービス利用を続けてもらいたい」と意気込む。

 令和版ビリーズブートキャンプはYouTubeでも「5分版」が公開されており、6月24日にはDVDが発売開始される。

「令和版」配信開始でユーザー数は16倍に

 LEAN BODYの代表取締役・中山善貴氏によると、令和版ビリーズブートキャンプの配信開始以来、登録ユーザー数・再生数はともに急上昇。ユーザー数は2月から約16倍に増えた。令和版ビリーズブートキャンプは配信開始日から6日間で約2万1000回再生されたという。

「新型コロナウイルスが感染拡大に伴う外出自粛。運動不足が懸念されているので、社会に貢献できていると思っている」(中山氏)

鞍立寛子氏(左)ビリー・ブランクス氏(中央)中山善貴氏(右) 提供:LEAN BODY

 LEAN BODYは2015年12月設立のスタートアップだ。当時の社名はワンダーナッツ。2017年6月には総額5000万円の資金調達を発表。ベンチャーキャピタルのANRIやSkyland Ventures、そしてCandle 創業者の金靖征氏、キープレイヤーズ代表取締役の高野秀敏氏などの個人投資家が引受先として参加した。

 同じく2017年6月、LEAN BODYは分散化型のダイエット動画メディア「Lifmo(リフモ)」をリリースした。フィットネスを通じて心と身体を健康にできることから、「フィットネス人口を増やしていきたい」という思いでメディアを運営していた。だが、SNSに動画を投稿する形式では、ユーザーは定着しなかった。そのため、サブスクリプション型のビジネスモデルに切り替え、ユーザーを囲い、利用頻度の向上を目指した。

 LEAN BODYを開発する上で参考にしたコンテンツやサービスは、ビリーズブートキャンプ以外にも多い。自宅エクササイズのPelotonを含む、海外で急成長しているフィットネスサービスが持つ良さは積極的に取り入れた。コンテンツは「ノウハウ」を提供するのではなく、「一緒にレッスンを行う」ものにこだわっている。中山氏は「総合フィットネスジムが提供するスタジオレッスンを自宅で行えるサービスにしたかった」と話す。

 しかし、ただ動画が見られるだけではYouTubeと変わりない。そのため、ウェブまたはアプリから利用できるLEAN BODYでは、ユーザーのエクササイズが習慣になるよう、工夫を凝らした。「診断テスト」でフィットネスプランをパーソナライズ。レッスンを終えると「バッジ」を獲得できるゲーミフィケーション要素も取り入れた。そして、レッスン数・ワークアウト時間・消費カロリーを「見える化する」ことで、ユーザーのモチベーションを維持しようと試みている。

 LEAN BODYでは配信動画を自社制作している。令和版ビリーズブートキャンプ以外にも、著名インストラクターによる400以上のレッスンを配信する。ユーザーへのアンケートと並行し、何が観られているか、最後まで観てもらえているかなどのデータを分析することで、コンテンツを最適化している。

次のステップは「オンラインとオフラインの融合」

 中山氏の説明によると、日本におけるフィットネスの市場規模は4400億円。既存のジムには440万人ほどが通っている。今後、LEAN BODYでは、オンラインとオフラインの融合を目指し、リアルな場を持つ企業と手を組むことで、市場での存在感を高めていく方針だ。

「リアルな体験では、器具が揃っていたり、インストラクターから生でレッスンは受けられる。オンラインの良さは、いつでも気軽にレッスンが行えること。組み合わせることで、習慣化につながる。そのため、オンラインとオフラインの会社が協業することが重要だ。海外でも成功事例はある」(中山氏)

 同社が目指す「オンラインとオフラインの融合」の第1段となったのが、3月27日に発表したストレッチ専門店「Dr.ストレッチ」との業務提携だ。この取り組みでは、Dr.ストレッチが展開する全140店舗の顧客に対し、LEAN BODYを利用したセルフストレッチの推奨を行う。

 パーソナル・ストレッチを提供するDr.ストレッチでは、ユーザーが店舗を訪れる頻度は週に1度ほど。そのため、家でもストレッチを行うよう推奨しているが、ユーザーは何をすればいいのかわからない。そこで、Dr.ストレッチが持つメソッドをLEAN BODYが撮影し、配信している。

 コロナの感染拡大による外出自粛で運動不足が叫ばれているが、多くのジムは営業を休止している状況だ。そこで、フィットネス大手のメガロスでは、「臨時休業の間、運動する習慣を続けてもらいたい」という思いから、LEAN BODYを2カ月間無料で提供。メガロスに所属する人気インストラクターの動画も配信されている。

「LEAN BODYは動画コンテンツ制作のノウハウ、そして配信するためのプラットフォームを持っている。店舗を抱える企業とは違った強みを持っているため、競合には当たらない。(協業の)横展開も進めているところだ」(中山氏)