TERASS代表取締役の江口亮介氏
TERASS代表取締役の江口亮介氏
  • 独自の業務管理ツールでエージェントの多様な働き方をサポート
  • 1年で約6倍・年収1億円も誕生、エージェントが続々と集まる理由
  • 2000人のプロフェッショナルが集結する次世代の不動産仲介組織へ

約45兆円規模を誇る巨大産業の不動産業界。仲介だけでも約14兆円と言われる大きな市場で、売買や賃貸を仲介する宅建業者は全国で約12万社存在する。これはコンビニの2倍以上の数だ。

一方で5人以下の小規模な事業がそのほとんどを占めていることもあり、IT投資が遅れていて効率化の余地が大きい業界でもある。

この領域にテクノロジーを持ち込むことで“次世代の不動産エージェントファーム”のかたちを確立しようとしているのが、不動産テック企業のTERASSだ。

同社は大雑把に言えば「不動産仲介のDX」に取り組むスタートアップだが、既存の不動産仲介会社にソフトウェアなどを提供しているわけではない。TERASS自身がテクノロジーを活用した不動産仲介組織として事業を展開している。

特徴は所属する個人エージェントの業務を巻き取り、独自の業務管理ツールによって自動化や効率化をしていること。TERASSが負担の大きい事務作業を支援することで、エージェントは顧客とのコミュニケーションや売買のサポートに注力できる。業界では「常勤・常駐」が一般的だったが、TERASSの場合はリモートワークが基本で働き方の柔軟性も大きい。

そのような理由から現在同社には220人ほどのエージェントが参画している。四半期の取扱高も約90億円規模に成長しており、エージェント数や取扱高は1年で約6倍に拡大した。

今後TERASSでは2000人のエージェントが活躍する日本最大級の不動産仲介組織を目指して事業を広げていく計画。そのための資金としてグロービス・キャピタルパートナーズ、SBIインベストメント、インキュベイトファンド、三菱UFJキャピタル、comboの5社を引受先とした第三者割当増資により総額10億円を調達した。

独自の業務管理ツールでエージェントの多様な働き方をサポート

TERASS代表取締役の江口亮介氏は2012年に新卒でリクルートに入社し、SUUMOの広告企画営業や商品戦略策定などを担当。その後マッキンゼーアンドカンパニーを経て、2019年にTERASSを創業している。

現在の事業を立ち上げる1つのきっかけになったのが優れた不動産エージェントとの出会いだ。自身が不動産の購入やリノベーションを複数回経験する中で、エージェントのコンサルティングが良い結果をもたらした。

不動産の売買においてエージェントの介在価値は大きい──。この体験が「良いエージェント探しから家探しを始める」という考え方にもつながった。

現在TERASSでは中古物件の売買体験の変革に取り組んでいる。不動産研究所や東日本不動産流通機構の調査資料によると、日本でも2016年に首都圏で中古マンションの取引数が新築マンションの取引数を上回り、中古物件の売買が活発になってきている状況だ。

また「建てた会社が売る」新築物件とはビジネスプロセスが異なり、中古物件は個人間の取引を仲介会社やエージェントがサポートしていく。そのため「物件の良し悪しを含めた提案や交渉ができるエージェントが重宝される」(江口氏)という特性もある。

TERASSとしては優れたエージェントの業務を支援することで、エージェントと消費者双方にとって満足できる体験を実現することを目指して事業を展開してきた。

同社のプロダクトは大きく2つ。エージェントの活動を効率的にサポートする業務管理ツールの「Terass Cloud」と、住宅売買を検討する個人とエージェントをマッチングする「Terass Offer(旧 Agently)」だ。

Terassでは所属するエージェント向けに業務管理ツール「Terass Cloud」を提供している
TERASSでは業務管理ツール「Terass Cloud」を用いてエージェントの業務効率化や自動化をサポートしている

Terass Cloudはエージェントの事務作業を巻き取り、効率的に処理するための社内ツールという位置付け。不動産売買に特化するかたちで顧客管理や必要なドキュメントを自動で出力する機能のほか、各種事務業務の申請・管理機能などを備える。

5月の宅建業法の改正によって不動産売買契約の電子化が実現し、リモートで仕事を進めやすい環境が整ったことも大きい。江口氏も事業成長の背景として「中古住宅取引の活発化」「(副業やフリーランスなど)個人エージェントの働き方の多様化」「法改正によるオンライン契約の実現」を挙げる。

家探しをしている人とエージェントをつなぐ「Terass Offer」のイメージ画像。エージェントにとっては集客ツールにもなる
家探しをしている人とエージェントをつなぐ「Terass Offer」のイメージ画像。エージェントにとっては集客ツールにもなる

もう1つのTerass Offerは、エージェントの視点では集客を支援するための仕組みだ。同サービスでは家探しをしている個人が条件を入力すると、平均で7人程度のエージェントから提案が届く。

たとえば「学区」にこだわって探したい場合にはそのエリアに詳しいエージェントと一緒に。中古物件価格の高騰で予算設計から見直したい場合にはファイナンシャルプランナーの資格を持っているエージェントと一緒にといったように、まさに「良いエージェント」を起点に家探しができるサービスだ。

自分の条件に合ったエージェントと家探しをできるのが特徴
自分の条件に合ったエージェントと家探しをできるのが特徴だ

1年で約6倍・年収1億円も誕生、エージェントが続々と集まる理由

Terassのビジネスモデルはエージェントとのレベニューシェア型で売上の75%がエージェント、25%がTerassの取り分となる。優れたエージェントを多く集め、取引の実績を積み上げていくことがそのまま同社の事業成長にもつながる仕組みだ。

Terassにとってはエージェントが競争力の源泉にもなるわけだが、なぜ新興プレーヤーでもある同社に200人を超えるエージェントが集結しているのか。

キーワードは「リモートベースの効率的なワークスタイル」「手厚いサポート」「高いコミッション」「業界変革意識」の4つだとTerassは主張する。

そもそもTerassであれば店舗に常駐する必要もなく、リモートベースで柔軟な働き方を選べる。実際に所属するエージェントの65%は専業ではなく複業や副業のエージェント。幼児教育事業を手がけている事業家から建築士、コンサルタント、住宅購⼊専⾨のYouTuberまで多様な個人が活躍している。

エージェントの業務を支えるのがTerass CloudやTerass Offerといったプロダクトを含めたサポート体制だ。あるエージェントは仲介会社で勤務していた際に深夜まで仕事をするのが当たり前となっていたが、バックオフィス業務をTerassに任せられることで働き方が変わったという。

またTerass自体も業務を自動化しており、通常の仲介会社と比べて店舗運営やバックオフィスなどにかかるコストを大幅に削減できているからこそ、エージェントに売上の75%をシェアしても持続可能な体制が作れているのだという。

従来の仲介会社では固定給プラスインセンティブ型の報酬体系の場合は売上の30%程度、 完全な成果報酬型の場合でも50〜60%程度が一般的だという。そのためTerassの「75%のコミッション」はエージェントにとっても大きなモチベーションになる。

実際に同社に所属するエージェントの中には、前職の年収を3カ月で上回った人もいる。エージェントの平均年収も約1200万円で、東京都のエージェントの平均年収の約3倍。年収3000〜5000万円を稼ぐ事例が複数出てきており、現時点では1人だけであるものの年収1億円の“スターエージェント”も生まれた。

特に業界で活躍しているエージェントほど、業界全体やエージェントの働き方を変えていきたいという変革意識が高く、Terassの事業に共感を示してくれることも多いそう。結果としてエージェントの20%以上がリファラル(すでに所属している個人からの紹介)で参画しており「優れたエージェントが新たなエージェントを連れてきてくれる構造」ができつつあるという。

2000人のプロフェッショナルが集結する次世代の不動産仲介組織へ

TERASSのボードメンバー
TERASSのボードメンバー

個人の不動産エージェントが活躍する米国では物件情報がオープンになっていることもあり、ポータルサイト上にはエージェントの情報が顔写真付きで並び、「どのエージェントと物件を見にいきたいか」といったかたちでエージェントを軸に家探しを進めていくような土壌が整っている。

Terassが挑戦している新形態の不動産仲介会社のモデルは「クラウドブローカレッジ」と呼ばれ、米国ではeXp Realtyのような先駆者が存在している状況だ。

「(米国に比べると)日本においては個人のエージェントから家を探すという方法はまだまだマイノリティです。ただその一方で『この人にお願いしたい』といったように、エージェントを指定して家探しを進めるような成功事例が少しずつ出てきています」(江口氏)

これまでTerassではエージェントが効率的に働けるように、業務をサポートする基盤づくりに注力してきた。結果としてエージェントの数を増やしても運営できる体制が整ってきた中で、今後は消費者側に付加価値を提供できるような仕組みづくりにも投資をする。

具体的には購入者向けの住宅ローン領域や売却をサポートする機能を強化していく方針。エージェント向けのCRM機能や業務効率化ツールの改良にも引き続き取り組む。

目標の1つとして掲げているのが、2025年3月末までに2000人のエージェントが参画する不動産エージェントファームを作ること。江口氏の話では業界大手の三井のリハウスが約1500人体制であり、Terassとしては日本発のクラウドブローカレッジ型のモデルで日本最大級の不動産仲介組織を目指すという。

編集部より:初出時「月間取扱高も約90億円規模に成長」としていましたが、正しくは「四半期取扱高も約90億円規模に成長」の誤りでした。おわびして訂正いたします(2022年7月27日16時22分)。