
- 「褒める」ことは、実は「認める」ことである
- 人をどんどん認めるほうが合理的な理由
- 人を認めるために必要なのは「好奇心を持った観察」
連載「プロが教える『コーチング・メソッド』」では、自身もコーチであり、パーソナル・コーチングサービス「mento」を展開するmento代表取締役の木村憲仁氏が新任マネージャー向けに「マネジメントに必要な素養」を語っていきます。第3回のテーマは、部下を褒めるために必要な考え方についてです。
「私は褒められると伸びるタイプです」
もし自分の部下から、こう言われたらどんな気持ちになりますか? 「ビジネスマンは苦労して、上司からの𠮟咤(しった)も受け止めながら成長するものだ。自分はそうやって育った」というような気持ちが湧いてくる。そんな人も多いかもしれません。たしかに、一定のストレス耐性やレジリエンス(適応力)はそうした環境で鍛えられるのも事実です。
一方で、教育心理学の分野では人から褒められることで自尊感情が生まれ、自発的学習につながること、それによって成績が伸びることが研究で明らかになっています。また経験的にも、誰もが褒められることでやる気が生まれ、さらなる努力や成果につながることは多くの人がうなずける話だと思います。
とはいえ、目の前の部下をマネジメントする立場になったとたんに、なぜだか褒めることを難しく考えてしまいがちです。特に、自分自身がプレーヤーとして結果を出してきた自覚がある人ほど、褒めることのハードルを高くする傾向にあるように思います。
この記事では必要だとわかっていてもメンバーをどうしても褒められない人への処方箋として、褒めることの合理性と褒める技術を身につけるヒントを、心理学とコーチングの視点からお伝えしていきます。
「褒める」ことは、実は「認める」ことである
褒めると聞くと、「人の能力や成果を称賛する」というイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。もし「うちのメンバーは大きな成果を出していないので褒めるところがない」と思っているのであれば、褒めることの定義から見直していく必要があります。
褒めることの本質的な価値は「相手の存在を肯定し、自尊感情を生み出すこと」にあります。相手の存在を肯定する、つまり「褒める」ことをもう少し広い定義でとらえると相手を”認める”という行為に内包されます。これをコーチングの分野では、承認(アクノレッジメント)と呼び、コーチが持つ重要な技術のひとつに位置付けられます。
人を”褒める”ではなく、人を”認める”という範囲で捉え直していくことが、褒め上手になる第一歩となります。
人をどんどん認めるほうが合理的な理由
有名な心理学の用語に「ピグマリオン効果」という言葉があります。これは、アメリカの教育心理学者であるロバート・ローゼンタール氏が行った実験によって証明された効果です。具体的には、無作為に分けた2つのクラスの担任に一方は「これから成績が伸びる子どもである」と伝え、もう一方はなにも伝えませんでした。
その結果、「伸びる」と伝えられたクラスの生徒たちの成績がそうでないクラスの生徒よりも有意に高くなる結果になったというものです。つまり、教師が期待しているほど、生徒は成長するということを意味しています。
同じように、ビジネスでもメンバーの成長を期待することで、その期待が本人に伝わり結果的にモチベーションが高まるほか、機会を惜しみなく提供することに繋がり、成長することが期待できます。
また、昨今話題の「心理的安全性」を世に知らしめたGoogleの研究「プロジェクトアリストテレス」によると、心理的安全性を高めて組織の成果を上げる際の重要な変数のひとつに「チームメンバーと仕事をするとき、自分のスキルと才能が尊重され、活かされていると感じる」という要素を挙げています。
このことからも、メンバーを認め、期待することはメンバー自身を成長させ、チームの成果を高める上でも明らかに合理的です。一方で、人を認めるというのは感情的にはそう簡単でないこともまた事実です。人は無意識に他人をジャッジし、序列を形成してしまう生き物ですし、一度固定化した評価は確証バイアスによって深まっていきます。そして、手放しにすべてを認められるほど人はシンプルでもありません。
人を認めるために必要なのは「好奇心を持った観察」
そんな感情や無意識の習慣を変え、言うは易く行うは難い「認める技術」を身につけるにはどうしたらよいのでしょうか。そのヒントはやはりコーチングと心理学の考え方に隠れています。
コーチングではクライアントの可能性を引き出す基本姿勢として、「人は生まれながら才知にあふれた存在である」という前提に立ち、結果や行動だけではなく、クライアントの「存在そのものを承認する」ことを大切にします。
その表現手段として、対話の中から相手のちょっとした特徴や変化を見つけ、見たままのことを伝えることで相手の中に自分自身の存在への承認を生み出していきます。
また、心理学の「交流分析」という分野では人から人への働きかけを「ストローク」と呼び、ストロークこそが人の心の栄養となり自尊感情を育てるとも言われています。
肯定的なことを伝えるプラスのストロークだけではなく、否定的なことを伝えるマイナスのストロークもありますが、そのどちらも人の心を育てることに役立ちます。つまり、人にとってはストロークがない状態がもっとも精神的につらい状況であり、自分に関心を向けてくれる人の存在そのものが自尊心につながるのです。
このことからもわかるように、存在を認めるために最も重要なのは「好奇心を持った観察」です。大げさな成果や結果に着目するのではなく、その人の存在に目を向け、関心を払い、些細なことでも積極的に伝える。この繰り返しこそが、人を認め成長に導きます。そうしているうちに、気づけば褒めることにも抵抗がなくなっていく、と筆者の個人的経験からも感じます。
人を認める上で、必ずしも絶賛・称賛をする必要はありませんし、ましてや思ってもいない肯定的なことを無理に伝える必要などありません。メンバーの存在に好奇心を持ち関わり続けることが、結果的に相手を承認し成長意欲を高めることにつながる、ということを覚えておいていただければと思います。