Photo:gilaxia/gettyimages
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  • 3月にマザーズ上場を果たすも コロナで打鐘すらできず
  • 監査法人ともクラウドで情報共有し リモートで乗り切った2月期決算発表
  • 従業員宅にはディスプレイも配送 「リモートでできないこと」をなくす
  • Zoomを通じて毎日の「お茶会」も開催 雑談が情報共有のクッションに
  • パソコン1台渡すだけのリモートワークは無意味 企業がインフラを用意することが重要

新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言と外出自粛要請を受け、3月期決算の発表を延期せざるを得なくなった企業が、東京証券取引所上場企業の約15%に上っている(4月30日時点)。こうした環境下で、新興企業のビザスクが、東証マザーズ上場後初となる決算発表をリモートワーク中心で完了した。同社のリモート化のノウハウについて、関係者に話を聞いた。(編集・ライター ムコハタワカコ)

3月にマザーズ上場を果たすも
コロナで打鐘すらできず

 ビジネス領域の知見を1時間単位でシェアできる、スポットコンサルティングのマッチングサービスなどを運営するビザスクが東証マザーズに上場したのは、3月10日。新型コロナウイルス感染症の影響が色濃くなり、各地で学校の臨時休校が始まって、イベント中止、延期、規模縮小といった対応が改めて安倍首相から要請されるなど、自粛ムードがさらに広がっていた頃だ。

 上場に先立ち、社内で中心となって準備を進めていたのはビザスク資本政策室室長の宮城勝秀氏。宮城氏も他のメンバーも、これまでに株式公開に関する業務を手がけた経験はなく、主幹事証券会社のサポートのもとで準備を進めて、ようやくこぎ着けたIPOだった。しかし世界的な株価の落ち込みを受けて相場は荒れており、上場当日のビザスクの初値は公募価格1500円を割る1310円となった。

 東京証券取引所には当日、ビザスク代表取締役社長CEOの端羽英子氏と宮城氏が広報担当者とともに訪れていたが、恒例の新規上場セレモニーは、イベント縮小のため行われなかった。鐘を鳴らすこともなく、ティッカーの回るフロアにも入ることができず、行ったのは自社内での小さなイベントのみ。「『おめでとう』も言いにくい雰囲気だった」と宮城氏は振り返る。

 上場後ホッとする間もなく、決算期が2月末のビザスクには、IPO後初めての年度決算が控えていた。決算発表は4月14日。上場から約1カ月後に期日が迫る中、本決算や投資家面談などの業務に中心的にあたったのも、宮城氏ら若手メンバーだった。

「上場までは(決算情報の取りまとめや開示について)主幹事証券会社の手厚いサポートがあったのだが、上場してしまうと誰も手伝ってくれない。業務は社内メンバーで行い、監査法人とともに決算へ向けて作業を進めていった」(宮城氏)

 その間も新型コロナウイルスの感染拡大は下火になる気配を見せない。3月24日には東京オリンピックの延期が発表され、3月25日・26日には新たな感染者数が全国で100人近くに跳ね上がった。ビザスクも3月26日、全従業員を対象としたリモート勤務実施に踏み切る。社内でフルリモート対策本部を仕切り、対応を行ったのは宮城氏の上司にあたる、ビザスク取締役CFOの安岡徹氏だ。

監査法人ともクラウドで情報共有し
リモートで乗り切った2月期決算発表

 東京証券取引所によれば、3月期本決算の上場企業2299社の中で決算発表の延期を表明しているのは4月30日の時点で353社。このうち122社は発表日が未定となっている。新型コロナウイルス感染拡大で出社が制限される中、決算集計や書類作成、監査作業などが遅れているためだ。

 ビザスクは幸い決算期が2月だったこともあり、緊急事態宣言が出された時点ではある程度作業が進んでいた。ただし、全社リモート勤務に切り替えた時点では、決算業務の進捗は「8割ぐらいだった」と宮城氏。「決算業務で仕上がり8割というのは、そこから細かいところを詰めていくタイミングにあたり、むしろ『これからが正念場』というところ。あと半月で決算を出さなければならないという時にフルリモートに切り替わったので、工程管理は重要だった」(宮城氏)という。

 宮城氏の他に2人の担当者が決算業務に当たったが、それぞれの工程が独立しているわけではなく、お互いが作業した内容を受け継いで、別の担当者が処理を行い、それをまた別の担当者の工程に引き継ぐことになる。このため宮城氏は当初、「今までなら『ちょっとここはどうなっている?』と聞けたところを、会話がないことで、処理スピードが下がるのではないかと懸念した」と語る。

 そこで宮城氏は「気になったことがあれば、メンバーに(チャットツールの)Slackでメッセージを送りまくった」という。「期限の決まっていることなので、余裕がないということもあったが、いい意味で『遠慮せずに』やり取りを行った」(宮城氏)

 IPO後最初の大イベントとなる本決算。同じメンバーで1年ほどかけて“練習”していたため、業務そのものやコミュニケーションで大きな問題はなかったそうだが、郵送を伴う書類などは出社日を決めて一気に処理することとなった。また承認システムにはセキュリティ上、社内からしかアクセスできないため、オフィスに家が近い安岡氏に対応してもらうこともあったという。

 監査法人とのやり取りについては、ファイル共有などクラウドを活用して対応。リモートで決算業務を進めることを説明し、認めてもらったそうだ。

 こうしてビザスクでは、リモート環境下で決算業務が着々と進められていった。一方で、通常なら大会議室を借りて実施するはずの投資家への決算説明会を、どのように開催するかについては、また別の判断や準備が必要になったと宮城氏は話している。

「まず、会って話すのが適当かどうかを考えた。結果として、インターネットを通じた配信で決算説明会を行うことになった。録画したものを流すという考え方もあったが、最終的にはリアルタイムのライブ配信に決定したことで、資料のバージョン管理など、気を遣う事項も増え、緊張感の高いイベント開催となった」(宮城氏)

 配信を担当する業者側もリモート勤務体制となっていたが、Zoomを使ったオンライン会議などで密に連絡を取り合った。説明会は無事にYouTubeで配信を行うことができた。

従業員宅にはディスプレイも配送
「リモートでできないこと」をなくす

 決算発表業務と説明会準備のほぼ全ての工程を在宅勤務で行ったビザスクのリモートワーク環境には、どのような工夫があったのだろうか。まず、契約書など顧客とのやり取りで必要になる書類については、物理的なハンコを廃してPDF化を進めた。受領した請求書などの郵送物についても、OCRでデジタル化した。請求書発行には以前から「マネーフォワード クラウド請求書」を利用していたので、「郵送が必要な顧客への対応でも、影響は出なかった」(宮城氏)という。

 文書のデジタル化に際しては顧客や業者への説明を行った。だが、相手も出社していないので理解を得られることが多く、「むしろデジタル化してくれた方がいい」と言われることも多々あったそうだ。

 業務環境については、従業員が各自、セキュリティを施したノートパソコンを自宅に持ち帰ることになったが、「画面が小さいとの声が多く、ITチームが液晶ディスプレーを配送する対応を行った」と宮城氏。社内在庫で足りない分はAmazonビジネスで注文するなどして、最終的には20~30台のディスプレイを従業員の自宅へ送ったという。

 また、自宅のインターネット環境が固定回線でない場合や、もとあった環境が在宅勤務の増加で悪化した人に対しては、モバイルルーターも送付した。マウス、キーボードも含めた関連機器の配送と、会社契約の通信プランの切り替えなどの対応で、フルリモートに切り替えて最初の1週間は、ITチームは非常に多忙だったようだが、現在は安定して通信し、業務を遂行する環境ができたという。

Zoomを通じて毎日の「お茶会」も開催
雑談が情報共有のクッションに

 ソフトウェア面では、従来から社内コミュニケーションにSlackを利用していたため、大きな変化はなかったというが、新たに加わった工夫として「雑談部屋」の活用が挙げられている。

 雑談用チャンネルは全社横断で設置されていたが、見ていない人も多かったため、新しくチームごとに雑談部屋チャンネルを設定。宮城氏や総務、IT担当などが所属するバックオフィス系のチームでは、雑談部屋に加えて、毎日16時から30分ほど、Zoomで全員が顔を合わせる機会を作って「お茶会」を行っている。他のチームでも、朝会など、それぞれのタイミングで顔を見せ合う工夫が行われているそうだ。

「後ろに本棚が見えたり、お子さんやペットが登場したり、メンバーの生活が見えるのは新鮮な感覚。決算で遠慮なくやり取りするためにも、『今日は何を自炊した』といった雑談がクッションとして重要になった」(宮城氏)

 メンバーからは「リモートになったことで、逆に前よりいろいろなことを話す機会が増え、それが文字に残ることで理解が深まっている」との声も挙がっている。雑談があることで「気が紛れてさみしくない」といった効用のほか、「メリハリが付いて、逆に集中できる」という人もいて、新しい働き方はなかなか好評のようだ。

 チーム別チャンネルの設置だけでなく、全社でも、自宅での運動や自炊の様子をSlackに投稿して、従業員同士の心理的距離を緊密にする工夫や、通勤時間の削減を利用した勉強会実施などが行われているという。

 安岡氏は「今までは、エンジニアはオフィスでも粛々と仕事をしていたので、1人で仕事ができるものなのだろうと思っていたが、Slackでの工夫などいろいろ言い出したのはエンジニアで、これは新たな発見だった」と語っている。

パソコン1台渡すだけのリモートワークは無意味
企業がインフラを用意することが重要

 リモートワークでの上場初の決算発表完了を成し遂げた要因について、安岡氏は「ノートパソコン1台渡して『これでリモートでやって』というのではだめ。リモートワークを支えるためのインフラは、用意する必要がある」とも語る。ビザスクでは、先に挙げたクラウド請求書や「Google Cloud プラットフォーム」など、以前からリモートで働くための環境のお膳立てはあったそうだ。

 決算説明会のライブ配信業者など、外部との交渉をZoomで行っていたという宮城氏は、社外の対応について「4月1~2週目ぐらいには、みんなZoomに慣れてきて、やり取りしやすくなった感触がある」と話している。「経理だから行かなきゃいけない、というのではなく、出ないようにするにはどうすればいいか、という考え方で進めたことがよかったのではないかと考えている」(宮城氏)

 安岡氏も「できない理由を考えるのではなく、言い訳をせずにやり切ることが重要」と述べている。「監査法人に対しても『できないかもしれない』と思わずに、『こうやります』と言って認めてもらった。思い切りと決めが大事。あとはコミュニケーションを密に取り、『リモートではできない』ということをなくすことが必要だ」(安岡氏)