松竹ベンチャーズ代表取締役社長の井上貴弘氏
松竹ベンチャーズ代表取締役社長の井上貴弘氏
  • スタートアップと組んで、若い世代・グローバルにアプローチする
  • スタートアップ業界と芸能界の共通点は「村社会」、だからこそ大事なこと
  • Web3領域にも注目、グローバルでも評価されるサービスやコンテンツをどう作るか?

演劇や映画、不動産──1895年の創業から約127年にわたり、多角的に事業を展開することで日本のエンターテインメント産業を発展させてきた「松竹」。歴史ある同社が今年の7月、新たにスタートアップへの投資と事業の共創を目的とした松竹ベンチャーズを設立した。

松竹ベンチャーズはエンターテインメントを軸とした、松竹のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)。投資を実行する1号ファンドの規模は10億円(編集部注:LP(有限責任の出資者)は松竹のみ。外部LPはいない)で、主にアーリーステージのスタートアップを対象に1社あたり5000万〜1億円のレンジで投資する計画。また、10月からアクセラレータープログラムも開催する予定となっており、このプログラムを通してスタートアップとの事業の共創を狙う。

画像提供:松竹ベンチャーズ
画像提供:松竹ベンチャーズ

アクセラレータープログラムで募集するテーマは主に「映画・演劇の新規IP開発」「新たな観劇体験の創出」「ファンエンゲージメントの向上」「エンタメ・不動産DX」「エンタメを活かした街づくり」「新領域でのエンタメ挑戦」の6つとしているが、それ以外のテーマの募集も受け付けているという。

エンターテインメント領域においては、先日エイベックスが米国を拠点とする100%出資の子会社・Avex USAにCVC機能を新設する方針を発表。また、お笑い芸人や俳優、モデル、 アーティストなどのSNSアカウントのコンテンツ制作・運用、ビジネスモデル構築などを支援するFIREBUGもエンターテインメント特化型ファンドを立ち上げている。

​長い歴史を持つ松竹が新たにエンターテインメントを軸としたCVCを立ち上げた狙いとは。松竹ベンチャーズ代表取締役社長の井上貴弘氏に話を聞いた。

スタートアップと組んで、若い世代・グローバルにアプローチする

──松竹ベンチャーズを立ち上げた経緯を教えてください。

松竹は演劇と映画、不動産の3つの軸をメインに事業を展開し、成長を遂げてきました。創業当初は20〜30代の若い世代を対象に歌舞伎などのコンテンツを提供してきたわけですが、時代の流れとともにメインの顧客層の年齢も上がってきた。日本の人口動態を見たときに高齢者の割合は年々増えていますが、そこに依存していては“ジリ貧”になっていくだけです。グローバルに打って出たり、今の若い世代にアプローチしていかなければいけない。

これまでにも、新規事業の立ち上げなどには取り組んできました。歌舞伎×人気IPという切り口で『ワンピース歌舞伎』を開催したほか、観光と演劇が同時に楽しめる“没入型”街歩き公演『シアトリカルツアー』などをやってきました。

そうした取り組みがうまくいかなかったわけではないのですが、(テクノロジーなどの)変化のスピードが早い時代においては自前主義ではなく、新しいアイデア、新しいサービスを持っている人たちと一緒に何か取り組みを進めた方がいいのではないか。

大企業との連携という点においては、NTTグループと一緒に歌舞伎とボーカロイドを融合させた『超歌舞伎』も実施してきましたが、スタートアップに関してはこれまで何もなかった。

松竹が掲げる「日本文化の伝統を継承、発展させ、世界文化に貢献する」「時代のニーズをとらえ、あらゆる世代に豊かで多様なコンテンツをお届けする」というミッションを実現するには、スタートアップへの投資や事業の共創もやっていかなければいけない。そうした意識から、新たに松竹ベンチャーズを立ち上げることになりました。

──松竹は100年以上の歴史がある会社です。CVCを立ち上げるハードルも高い気がするのですが、どのように社内を説得したのでしょうか。

社長の迫本(代表取締役社長の迫本淳一氏)にもスタートアップに関する取り組みを進めていこう、という考えが少し前からあったんです。例えば、松竹は2018年の「DRONE FUND2号」へのLP(有限責任組合委員)投資をきっかけに、(DRONE FUNDも含めて)3件ほどLP投資を実行してきています。そうした背景もあり、CVCの立ち上げの話自体は自然な流れで進んでいきました。

当初は2020年ごろに立ち上げの予定だったのですが、コロナ禍の影響もあり、結果的にこのタイミングでの立ち上げになりました。もともと、従来のやり方だけでは厳しいと思っていましたが、コロナ禍で「もっと大変なことになるな」と痛感しました。

スタートアップ業界と芸能界の共通点は「村社会」、だからこそ大事なこと

──CVCを立ち上げる前に、松竹の社員をVC(編集部注:DRONE FUNDやANOBAKAなど)に出向させています。

CVCを立ち上げるにあたって、最も大事だと思ったのが「マインドセット」です。スタートアップの人たち、VCの人たちがどんな考えで仕事をしているのか。まずはそれを知ることが重要だと思い、LP投資のタイミングでVCに人材を受け入れてもらっています。

私は過去に松竹芸能の社長を務めていたことがあるのですが、スタートアップ業界と芸能界は少し似ていて、“村社会”っぽいところがある。村社会においては、その村の人たちのやり方やマインドセットを知り、経験を積んでいくことが大事になります。

私たちは演劇や映画の業界でのキャリアは長いですが、スタートアップ業界においては全くの素人。いわゆる新参者です。まずは仕事のやり方やマインドセットを学ばなければ話もしてもらえないという思いもあり、マインドセットを学ぶために社員を出向させました。

また、松竹はモノづくりをする人たちの育成システムは出来上がっていますが、新規事業を立ち上げる人材の育成システムは出来上がっていなかった。社員を出向させることで、スタートアップやVCから、そのあたりのノウハウも学べるという考えもありました。

──昨今、CVCは数多く立ち上がっていますが、CVCは現場との温度感がズレているという話も耳にします。出向の仕組みで、現場の温度感を知るのは珍しいと思いました。

松竹は2019年に一度アクセラレータープログラムをやったのですが、その際に若手の社員が「良い業者が増えますね」と言ったのです。私はすぐに「業者ではない、パートナーだ」と言い直させました。“業者”という言い方は、相手のことを低く見ている。そのマインドセットがあっては絶対にCVCなどの取り組みは成功しないだろう、と思います。

私たちは偶然、長きにわたって事業をやっており、会社の規模も大きいかもしれないですが、スタートアップの人たちは私たちが持っていないものを持っている。逆に私たちはスタートアップの人たちが持っていないものを持っている。それらのアセットを組み合わせることで、新しいサービスやコンテンツを生み出していけるだろうと思っています。

また、松竹ベンチャーズは20〜30代の若手メンバーにも一定の権限を持たせることも重視しています。例えば、若手の森川(森川朋彦氏、年齢は34歳)を取締役・常務執行役員にしていますが、役職を与えることで先方も「真剣に話そう」と思ってくれますし、メンバー自身も自ら考えて意思決定するので成長スピードも早くなる。若手メンバーをどんどん増やしていかないと、(スタートアップとの)話が合わないことも増えてくると思うので、若手メンバーの抜てきは今後も力を入れて取り組んでいきたいです。

松竹ベンチャーズ取締役・常務執行役員の森川朋彦氏
松竹ベンチャーズ取締役・常務執行役員の森川朋彦氏

Web3領域にも注目、グローバルでも評価されるサービスやコンテンツをどう作るか?

──今後、松竹ベンチャーズはどのような取り組みを行っていく予定ですか。

昨今のエンターテインメント業界はK-POPやKドラマなど“韓国発のコンテンツ”が世界を席巻しています。韓国はもともと、国内の市場規模が小さかったためグローバルに展開しなければならず、その結果が今に繋がっています。逆に日本は国内の市場規模でそこそこ食えてしまうため、なかなかグローバルに展開できずにいました。しかし、これからは日本もどんどんグローバルに打って出ていかなければいけないと思っています。

従来のやり方では国内市場で完結してしまっていたので、グローバルの壁を破っていくことはできなかったのですが、松竹ベンチャーズを通してスタートアップとの取り組みを増やしていくことで、グローバルでも評価されるサービスやコンテンツをつくっていきたいです。

──そういった意味では、Web3なども注目しているのでしょうか。

とても注目しているテーマのひとつです。こうしたトレンドも、今までは「何か盛り上がっているね」で終わっていたのですが、今は「松竹としては、こうしたビジネスの可能性もあるのではないか」という議論ができるようになってきました。今後、スタートアップと組んでNFT関連のプロジェクトをやるといったことも全然可能性はあると思います。

実際、先日弊社の代官山メタバーススタジオでCG背景と俳優の演技をリアルタイムで合成して演出する歌舞伎『META歌舞伎 Genji Memories』を実施しました。

これは若手の飛田紗里がプロデューサーとして動いたプロジェクトですが、公演が終わったあとに、劇中のシーンを分割し「META歌舞伎 NFT」として商品化するといった取り組み実施したんです。NFTを活用したコンテンツの展開に関しては、マーケットプレイスへの出品(編集部注:META歌舞伎はNFTマーケットプレイス「Adam byGMO」に出品している)だけでなく、他社との新しいコラボレーションや世界にコンテンツを発信する表現者・クリエイターの支援などを目的としたプラットフォームもリリースしていければ、と考えています。

『META歌舞伎 Genji Memories』のプロデューサーを務めた、松竹ベンチャーズ執行役員の飛田紗里氏
『META歌舞伎 Genji Memories』のプロデューサーを務めた、松竹ベンチャーズ執行役員の飛田紗里氏

また投資に関しては、スタートアップ側からの話を待つのではなく、エンターテインメント業界で長くやってきた私たちが「一緒にやりましょう」とアプローチしていくことが大事になると思っています。10月開催予定のアクセラレータープログラムも含めて、松竹ベンチャーズからどんどん取り組みを仕掛けていければと思っています。