リージョナルフィッシュのゲノム編集技術を用いたタイ(写真上)と養殖のタイ(下)
ゲノム編集技術を活用して開発された22世紀鯛(写真上)と養殖のタイ(下)。22世紀鯛は一般的な品種に比べて可食部が1.2倍大きく、柔らかな食感が特徴だという
  • 可食部1.2倍のマダイや、成長性1.9倍のトラフグを実現する“すごい”ゲノム編集技術
  • 「京大のゲノム編集技術」と「近大の完全養殖技術」を融合
  • すでにエビ・イカを含めて20品目の研究に着手、量産体制の整備へ

「天然のマダイと養殖のマダイのどちらがおいしいと思いますかと聞くと、多くの方が天然と答えるんです。ところが天然のヘビイチゴと(あまおうなどの)栽培イチゴの場合はどうかと尋ねると、ヘビイチゴがおいしいと答える人は1人もいません。この違いは品種改良が進んでいるかどうかなんです」

そう話すのはリージョナルフィッシュで代表取締役社長を務める梅川忠典氏。同社はゲノム編集を軸とした品種改良技術を用いて、日本から水産業の変革に挑むスタートアップだ。

2021年に厚生労働省と農林水産省への届出手続きを経て販売を開始した“ゲノム編集マダイ(22世紀鯛)”はクラウドファンディングで約320万円を調達。複数のメディアでも取り上げられるなど、大きな注目を集めた。

今日に至るまで、人類は長い年月をかけて品種改良に取り組んできた。特に農産物や畜産物においては約1万年の歴史の中でさまざまなものが品種改良されており「普段口にするもののほとんどが品種改良されたものになっている」(梅川氏)状況だ。

ただ、水産物だけは少々事情が異なる。梅川氏によると、卵から成魚にしてまた卵を産ませる「完全養殖」が難しかったことが大きな原因。現在の品種改良法による新品種の開発は10〜30年を要すと言われているが、水産物の場合は完全養殖技術が確立されるのに時間がかかったため、品種改良の歴史が50年程度と浅いという。

「(他の作物に関しては品種改良されたものが親しまれているにもかかわらず)魚だけがたまたま天然物がおいしいのかというと、そんなはずはないと思っているんです。きっと水産物だってこれから品種改良が進んでいくはず」

「ただこれを普通の手法でやると30年かかってしまう可能性があるので、ゲノム編集技術を使うことで2〜3年で実現しましょうというのが我々の大きなコンセプトです」(梅川氏)

リージョナルフィッシュでは9月5日、さらなる事業拡大に向けて下記の投資家から約20.4億円の資金調達を実施した。自社の品種改良技術とスマート養殖技術を組み合わせ、複数のパートナー企業とも連携しながら未来の日本の水産業を作っていきたいという。

  • ​NTTファイナンス
  • 奥村組
  • 岩谷産業
  • ウシオ電機
  • FOOD & LIFE COMPANIES
  • SBプレイヤーズ
  • 丸井グループ
  • CBC
  • KANSOテクノス
  • MOL PLUS
  • SMBCベンチャーキャピタル
  • 京大創業者応援ファンド
  • Beyond Next Ventures(既存投資家)
  • 荏原製作所(既存投資家)
  • 三菱UFJキャピタル(既存投資家)
  • 京信ソーシャルキャピタル(既存投資家)
  • 中信ベンチャーキャピタル(既存投資家)

可食部1.2倍のマダイや、成長性1.9倍のトラフグを実現する“すごい”ゲノム編集技術

近年ゲノム編集技術を使った食品の研究開発に取り組むフードテック企業が少しずつ増え始めているが、そもそもゲノム編集技術とはどのようなものか。既存の品種改良や遺伝子組換え技術と比較するとわかりやすい。

遺伝子組み換えとゲノム編集
遺伝子組換えとゲノム編集(欠失型)の違い

遺伝子組換えとは、異なる生物の遺伝子を入れることで新しい生物を創る技術のこと。一方でリージョナルフィッシュが開発するゲノム編集技術(欠失型)は狙った遺伝子をピンポイントで切ることによって、その機能を失わせる。ゲノム編集では外来(別の生物)の遺伝子を導入するわけではないため、生まれた品種は本来自然界に生まれる品種だ。

また従来の品種改良手法ではランダムに起こる変異を待つ必要があったが、ゲノム編集は狙ったところだけを切ることができる。そのため既存の手法では30年かかっていたことが2〜3年でできる可能性があるという。

従来の品種改良手法とゲノム編集の違い
従来の品種改良手法(選抜育種法)とゲノム編集の違い

この技術を用いることで、たとえば食欲を抑制する遺伝子を壊して成長を促進させたり、筋肉の発達を抑える遺伝子を壊すことで可食部を増やしたりもできるようになる。

実際に2021年にリージョナルフィッシュが販売を開始したマダイの「22世紀鯛」は、可食部が1.2倍に増えた一方で飼料は2割減った。第二弾製品のトラフグ「22世紀ふぐ」の場合は成長性が1.9倍になり、飼料は4割程度削減されている。

成長性が増すと、出荷までの期間が短縮されるため、生きるために必要なエネルギー自体も少なく済む。結果として必要な餌の量も減るというわけだ。

ゲノム編集マダイは可食部が1.2倍にアップしている

人口の増加によってたんぱく質の需要と供給のバランスが崩れる「タンパク質クライシス」は今後の大きな社会課題の1つとされるが、「少ないエサでちゃんと育つような品種を作ることができれば、この問題の解決策になりうる」というのが梅川氏の考えだ。

22世紀鯛と22世紀ふぐに関してはゲノム編集動物食品であることを表示した上でクラウドファンディングを実施し、ともに完売した。

京都府宮津市のふるさと納税返礼品としても22世紀鯛を提供しており、受け取った人にアンケートを実施したところ、60人の回答者の85%が「とてもおいしかった」、15%が「おいしかった」と回答。母数は限定的ではあるものの、このような反応などからも「味についても一定の手応えを感じている」(梅川氏)という。

直近では自社ECなどに加えて、マルイでのイベントやシーフードショーなどでも製品を届けてきた。販売してみるとゲノム編集ということに良くも悪くも関心がない人も多く、表示や説明はするものの「価格と味のほうがはるかに重要視されていることに気づいた」(梅川氏)そうだ。

一方で量産化を進め、より幅広い人に販売していく上では「ゲノム編集への抵抗感」を感じる人が増える可能性もある。ゲノム編集食品に対する消費者のイメージをどのように変えていけるのかは今後のチャレンジの1つ。梅川氏は「大学発ベンチャーで技術や安全性には絶対の自信があるので、多くの方々に知っていただき、食べていただく機会を増やしていきたいです」と話す。

トラフグの比較。ゲノム編集技術を活用した「22世紀ふぐ」(上)と養殖のトラフグ (下)
トラフグの比較。成長性が1.9倍になった「22世紀ふぐ」(上)と養殖のトラフグ (下)

「京大のゲノム編集技術」と「近大の完全養殖技術」を融合

リージョナルフィッシュは京都大学大学院農学研究科の木下政人准教授(ゲノム編集技術)、近畿大学水産研究所の家戶敬太郎教授(完全養殖技術)らの技術シーズをコアとして2019年に設立した。約30人の社員のうちの22人が研究員。博士号取得者が16人という研究開発力に長けたチームだ。

もっとも、代表の梅川氏自身は研究者というわけではない。京都大学を卒業後、経営コンサルティング企業や産業革新機構で経験を積んできた“ビジネス畑出身”の起業家だ。

「学生の時に日本の経済が衰退してるという話を聞いて、今日よりも明日の方が暗いのは絶対に嫌だと思ったんです。当時は(日本企業は)技術で勝って経営で負けていると言われていたので、それなら経営の分野でなんとかできないかと考えコンサルティング会社に入社し、産業革新機構に移った後は大企業のM&Aの支援などをしていました」

「そこで感じたのは、日本企業の技術力が必ずしも他の国に勝てているわけではないということ。1つの仮説として、昔の日本は技術力がナンバーワンでお金も稼げていたけれど、それを次なる分野にきちんと投資できずに競争力を失ってしまったのではないかと考えました。それならば、今存在する(日本発の)世界最高峰の技術で起業してお金を稼ぎ、次なる技術に投資をすればどうか。世界で戦えるような可能性があるし、もともと自分が目指していたように日本経済のためにもなるかもしれないと思いました」(梅川氏)

リージョナルフィッシュで代表取締役社長を務める梅川忠典氏
リージョナルフィッシュで代表取締役社長を務める梅川忠典氏

起業を後押ししたのが、大学発の技術を用いてイノベーションにつながるビジネスを創出することを目的とした京大の支援プログラムだ。そこから京大の研究者らとのネットワークが広がり、リージョナルフィッシュの共同創業者でもある木下教授との出会いにもつながった。

「木下先生も日本の水産業が衰退している中で、これを技術によって何とかしたいという思いをお持ちだったので、『一緒にやりましょう』と意気投合しました。ゲノム編集の領域自体は世界の方が進んでいるのですが、水産業だけは完全養殖が難しかったことから全然進んでこなかった。アカデミア発の技術をうまく社会実装することができれば、この領域は世界で戦える余地があると思いました」(梅川氏)

すでにエビ・イカを含めて20品目の研究に着手、量産体制の整備へ

リージョナルフィッシュの強みはゲノム編集した稚魚を生み出す部分にあるため、同社のビジネスの根幹は稚魚を養殖事業者に販売していくことになる。

ユニークなのはコアとなるゲノム編集技術に加えて、パートナー企業と共同でAIやIoTなどを活用した「スマート養殖技術」の研究開発にも取り組んでいること。金融機関や事業会社、大学を始めタッグを組んでいる団体は70を超える。

梅川氏によるとこの30年で世界では水産物の生産量が倍増しているものの、日本は3分の1まで減少し、世界1位から8位にまで順位を下げている。養殖に関しても世界が急激に伸びている一方で、日本は伸び悩んでいる。

その原因の1つが「技術力」にあるというのが梅川氏の見解だ。水産養殖業は漁業権との兼ね合いもあって、小規模な事業者が中心。必ずしも研究開発に膨大な予算を投資できているわけではなく「オペレーショナル・エクセレンス(業務オペレーションの磨き上げ)」の要素が大きい。そのため他国からも追いつかれやすく、土地代や人件費が安い国に抜かれていっているような状況だという。

「養殖事業者は飼育のプロなので、ゲノム編集やスマート養殖のような技術を取り入れていけば、彼らと一緒に世界で戦える産業を目指せると考えています。(ビジネスとしては)稚魚を養殖事業者に飼育してもらうことで、我々自身がマネタイズしながら事業者の方々にも儲かってもらいたい。そうすることで日本の水産業を盛り上げていきたいです」

「ただ我々はゲノム編集に関しては世界最高水準の技術を持っているのですが、スマート養殖技術についてはまったく経験のない素人です。そこでさまざまな企業や団体と協業しながら、オールジャパンで未来の日本の水産業を作っていきましょうと事業を推進しているところです」(梅川氏)

今後は調達した資金を活用しながら研究開発を加速させていく計画だ。現在は魚類10種類とエビやイカなど無脊椎動物10種類を合わせた約20品種の研究開発を進めている。また国内最大級の養殖プラントを新設し、量産体制の整備にも取り組む。

梅川氏たちは創業期から「5年で上場できる水準に達すること」を目指してきた。実際に上場に踏み切るかどうかはマーケットの状況などにもよるが、社内のガバナンス体制や事業状況、収支のバランスなどにおいて、上場できるレベルまで押し上げていくことを思い描いてきた。

「(創業5年となる2024年には)日本だけでなくグローバルに展開し、ゲノム編集の魚に加えて水産物全般の販売ができるようにしたい。これから水産物でも品種改良が進み、その革命をリージョナルフィッシュが起こしていく──そんな状態を作りたいです」(梅川氏)