PETOKOTO代表取締役社長の大久保泰介氏
PETOKOTO代表取締役社長の大久保泰介氏
  • “触れず嫌い”がきっかけで目を向けた「ペット産業」
  • ペット向けのSNS事業は大コケ、自転車操業の日々
  • 飼い主との接点を作るためのメディアが会社の窮地を救う
  • “餌”ではなく“ごはん”にした、フレッシュフードに感じた可能性
  • 売上がすべてを変える

連載「アニマル・スピリット最前線」では、ノンフィクションライターの石戸諭氏がアニマル・スピリット──つまり溢れんばかりの好奇心に突き動かされる人たち、時には常識外とも思えるような行動を起こす人たちの思考の源泉に迫っていきます。第3回に話を聞いたのは、PETOKOTOの大久保泰介氏です。

少し前までマーケットから全く評価されなかったアイデアが、結果を出したことで風向きが変わる。時にプロの分析と予測より、経営者の熱意が常識を変えてしまうことがスタートアップの醍醐味でもある。そんな経営者がまた一人加わった。法人口座残高「10円」から、大逆転を果たし、次世代の起業家の登竜門ともいわれるピッチイベント「LAUNCHPAD」で優勝。瞬く間に、時代のトップランナー候補に躍り出たPETOKOTO、大久保泰介氏の信念に迫る。

“触れず嫌い”がきっかけで目を向けた「ペット産業」

新型コロナ禍は人々の考えを変えた。その変化のひとつにペットを家族と考える、あるいは新たな家族として迎え入れる人が増えたことが挙げられる。経産省発表の「ペット産業の動向」によると、ペット・ペット用品の販売額は、新型コロナウイルス感染症が拡大した2020年に前年比8.2%増と大幅に増加している。

2006年、大学に入学した大久保氏にとって「起業」は、縁の遠いものだった。「社会問題をビジネスマインドで解決する」という社会起業家が脚光を浴び、日本発のビジネスで世界に打って出ると息巻く起業家もいた時代である。留学先のロンドンで「起業家」という存在を知った。日本に戻って飛び込んだIT企業のグリーは、さまざまな起業家を世に輩出している企業だった。

グリーで働く中、独立や起業に向けて事業のアイデアを考える過程で大久保氏が目をつけたのがペットだった。理由は当時、付き合っていた女性が飼っていた犬に触れることで、“触れず嫌い”に気付いたからだという。

「物心ついた頃から、噛まれたわけでも吠えられたわけでもないのに犬や猫が苦手でした。しかしお付き合いしていた彼女が犬と暮らしていたことで、少しずつ触れず嫌いだとわかり、逆に大好きになっていったのです。そのうち、ペット産業にはデジタル化の遅れや殺処分問題などの社会問題が存在していることを知り、人生をささげてその問題を解決したい、起業しようと思ったのです」

新規事業として、“ペット版みてね”とも言えるペットの写真を投稿するSNSのアイデアをグリーの社内公募のコンペで提案したところ、最終選考まで進んだが、不採用になった。だが、そこで役員から「起業という手もあるのではないか」という選択肢が示される。役員の紹介で同じくIT企業のサイバーエージェントでプレゼンしたところ、投資のオファーがあり、大久保氏はその日のうちに退職を決意した。提案チームの中にいたエンジニアも同調し、一緒にやめると言った。

ペット向けのSNS事業は大コケ、自転車操業の日々

当初、PETOKOTOはペット向けSNSと保護犬猫と飼い手のマッチングサービス「OMUSUBI」という2つの事業を展開していた。保護犬猫のマッチングサービスに関しては登録者が増えるなど、多少の手応えはあったものの、ペット向けのSNS事業はユーザー数が伸びずに大コケした。

SNS事業でいくばくかの広告収益はあったものの、自転車操業の状態が続き、とある給料日の前日にはついに法人口座の残高が10円になってしまった。新規のメディア事業立ち上げに向けた資金を得るために投資家たちに会いに行き、最終的には株主個人から貸し付けてもらう、というかたちで資金繰りを乗り切ることもあった。

保護犬猫のマッチングサービス自体は今も事業を継続しており、ユーザー数は増えている。ただ、今ほどペット関連産業は盛り上がりを見せておらず、保護犬猫のマッチングサービスは当時のPETOKOTOの事業の柱にはならなかった。事業のタイミング的に「早すぎた」ということなのだろう。

保護犬猫と飼い手のマッチングサービス「OMUSUBI」の公式サイトのスクリーンショット
保護犬猫と飼い手のマッチングサービス「OMUSUBI」の公式サイトのスクリーンショット

2017年の年明け早々には共に創業したエンジニアから「辞める」という申し出を受ける。1月に「今年こそ(事業を)成長曲線に乗せられるようがんばろう」と誓った2週間後に、翻って辞めるという決断に至ったという。

それでも目の前には仕事が残っている。大久保氏がエンジニアの見よう見まねでコードを書いて、ホームページを作るくらい人が足りなかった。彼の人生にとって、どん底はこの時期だ。預金残高は増えることなく相変わらずの自転車操業で、いっそ会社をたたんだ方が楽なのではないか、と何度も自分に問いかけた。

飼い主との接点を作るためのメディアが会社の窮地を救う

しかし、運は残っていた。主力事業を保護犬猫のマッチングサービスではなく、メディアを起点としたペット事業に取り組んでいくことが、PETOKOTOにとって大きなターニングポイントとなる。

「将来的にペット向けのフード事業を展開しようという構想は頭の中にありました。ただし、まずは飼い主との接点を作るための場所として、メディア事業から着実にやっていくことを決めたんです。ペット向けのメディアといっても、間違った情報や古い情報が掲載されるようではいけない。PETOKOTOはペットを飼うにあたり情報がほしい飼い主に向けて、実名の執筆者による記事を配信しています。その際、取締役に獣医師を入れ、獣医師やトリマーなどの専門家にも記事の執筆をお願いするなど、情報の“信頼性”を意識しています」

「犬でも人間と同じように、対象の臓器や疾患によって専門の獣医師がいます。ただ獣医師にお願いするのではなく、それぞれの専門分野に特化して書いてもらう。身近なケアだったらトリマーに執筆をお願いします。自分たちは経営陣、社員もペットを飼っているという経験があるんです。どんな情報がほしいかは経営陣も含めて、当事者としてニーズを知っているからこそ、インターネット上にある情報では何が足りないか、何がダメかがわかっていたんです」

会社の窮地を救ったのは、メディアのユーザーだった。ペットの病気について調べようと検索してたどり着いたユーザーが、専門家の解説した記事を読むだけでなく、例えば“犬を遊ばせられるスポット”といった記事も読む。結果的にメディアへの滞在時間が長くなり、ペット情報と言えば「PETOKOTO MEDIA(ペトコトメディア)」といった人々が増えて、ひとつのコミュニティができる。好循環が生まれた。

“餌”ではなく“ごはん”にした、フレッシュフードに感じた可能性

そのサイクルの先に、フード事業がある。ペットフードといえば、すぐに思い浮かべるのはドライフードだ。大久保氏が目をつけていたのは、海外では市場が伸びている、ペット向けのフレッシュフード。ドライフードなどの既存領域には大手企業がひしめいており、スタートアップが参入する余地はない。

だが、フレッシュフードは日本ではほとんど手をつける企業がない。単純に製造が高コストだったり、工場のラインを作り替えるなどの手間がかかり、かつ日本ではニーズがあるのかどうか見込めないことが大きな理由だ。そこに参入の余地があると、大久保氏は判断した。

まず大久保氏は、フレッシュフードを製造してくれる工場を見つけるところからはじめた。フレッシュフードは、基本的には人間が普通に食べる食事と同じ材料が使われている。犬の体質にあわせて調理時間を変える、あるいは味付けをしないといった点を考慮する必要はあるものの、「人間が食べられないものは作らない」と決めていた。

「どうして、ペットは人間のように旬の食材をつかった食事をしてはいけないのか。実は多くの飼い主が同じ考えを持っていると思ったのです。ペットに与えるのは“餌”じゃなくて、家族と食事をともにする“ごはん”にしたいと本気で思いました」

画像提供:PETOKOTO
画像提供:PETOKOTO

約100社に、ペット向けのフレッシュフードを作る製造ラインを確保して、取引をしてほしいと打診した。だが最終的に決まる1社までほとんど検討もされずに断られたという。

2020年2月に冷凍便でフレッシュフードを届けるサービス「PETOKOTO FOODS」を開始すると、約2年で累計販売数1000万食を突破。ふたを開けてみたら、想像以上の手応えを得られた。3キロの小型犬向けのメニューだと月1万〜1万2000円ほどの月額課金制ながら、冷凍で届くフードを自宅で温めるだけという調理の簡易さ。そして何より、肉や野菜を人間の食事並みのクオリティーで提供するというコンセプトが飼い主たちにハマったのだ。

2022年夏の取材時点ですでにユーザー数は7000〜8000人に達し、さらに右肩上がりで増えている。2023年春には初期投資を回収し、フード事業単独での黒字化も見えてきているという。

売上がすべてを変える

投資家たちからは「ペットビジネスは厳しい、将来性はない」と散々忠告を受けてきたが、結果的に売上がすべてを変えた。どん底の状態にあった会社も売上が伸びていくことで、仲間も増え、どんどん士気も高まっていった。そして手のひらを返すように投資家たちからの評価も変わった。

今後、PETOKOTOは予防医学の視点を取り入れたフード、病気用の犬のための療養食、そして犬だけでなく猫用のフレッシュフード開発、獣医療サービスや保険サービスなどの展開も視野に入れる。

「マッチングサービス、メディア、そしてフードという順番でやってきて結果的に僕はよかったと思っているんです。今はすべてが連関しているから」

画像提供:PETOKOTO
画像提供:PETOKOTO

こんなことがあった。「ペットが亡くなったので、フードサービスの課金を止めてほしい」とユーザーから依頼が来たことがある。PETOKOTOでは、亡くなったペットに向けて感謝を込めた手紙を送っている。しばらくして、同じユーザーからサービスの利用を再開するという連絡があった。PETOKOTOのマッチングサービスを利用し、保護犬を新しい家族として迎え入れることにしたのだという。きっと、この依頼主は犬が体調を崩せばPETOKOTO MEDIAで情報を得ようとするはずだ。

期せずして、大久保氏はペットの飼い主たちが集まる一つの巨大コミュニティを作り、「日本でペットビジネスは広がらない」という常識を変えた。

「今なら、もっとやりたいことができます」

彼の頭の中に描かれた未来は実現するだろうか。世の中に絶対はないが、実現の可能性は高くなっている。