現在、国を挙げて「2050年カーボンニュートラル」達成に向けた動きが加速している。まだまだ多くの課題が残る中で、その解決に向けてスタートアップへの投資を強く推進するのが東京都だ。

社会の脱炭素化にとって、行政によるビジネスの後押しがなぜ必要なのか。そして、なぜスタートアップなのか。

東京都主導のファンド出資事業を担当する東京都産業労働局金融部の磯田篤岐氏、運営事業者であるインキュベイトファンドの村田祐介氏、そして米シリコンバレーのスタートアップに見識が広い東北電力事業創出部門アドバイザーの出馬弘昭氏に語り合ってもらった。

カーボンニュートラルは大きなビジネスチャンス

——行政主導のファンド出資事業において、今、なぜ低炭素化関連のスタートアップに注目されているのでしょうか。また、「2050年カーボンニュートラル」に向けた日本の現在地とは、どのような状況なのでしょう。

磯田:東京都は、これまでもさまざまな中小企業ファンド、ベンチャーファンドに投資をしてきました。事業承継やDX(デジタルトランスフォーメーション)などのテーマを設けて、それぞれの産業を支援してきていて、今年フォーカスしたのが「脱炭素化」です。社会の脱炭素化を行政として考えた場合、どうすれば2050年にカーボンニュートラルを達成できるのか。これを実現するには、「既存産業のトランジション」と「新産業によるイノベーション」の2つの軸がどうしても必要になります。

ただ、前者だけではまったく追い付かないのが現実です。となると、期待しているのがイノベーションです。課題はひとえに、どうイノベーションを生み出していくか。イノベーションを生み出すスタートアップに対して、いかに良い環境を提供できるのか。ここを強く後押ししていけるかに掛かっていると考えています。

リモートでの鼎談(ていだん)参加となった東京都産業労働局金融部の磯田篤岐氏

出馬:その通りですね。2050年カーボンニュートラルを目指すためには、世界全体で相当のことを推進しなければなりません。IEA(国際エネルギー機関)がまとめたレポートには、例えば2035年に内燃機関自動車の販売終了、2050年に世界で70%の電力を再生可能エネルギー化するなど、実現不可能にも思えるような項目を全て達成した上で、ようやくCO2(二酸化炭素)7.6Gt(ギガトン)を回収・吸収すると示されています。この状況においては、国や自治体による政策と、スタートアップによる技術双方のイノベーションが不可欠だと考えます。

村田:裏を返せば、これは大きなビジネスチャンスでもありますよね。日本では、CO2排出量の削減は「課されたもの」というネガティブなイメージですが、本質的には新産業が生まれる機会なんです。

脱炭素の流れで近年、最も大きな変化は2021年のGFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero)発足でしょう。世界の金融機関がネットゼロを目指すために組織した団体で、金融資産の合計は130兆ドル(約1京8000兆円)。これを機に、脱炭素に貢献しない企業には投資しないというルールが作られたと同時に、2050年に向けて130兆ドルもの莫大な資金があらゆる分野に投資されることが世界に示されました。

カーボンニュートラルを実現に導く期待のスタートアップとは

——そのビジネスチャンスをつかみにきているスタートアップとして、皆さんが注目されている企業はどんな企業でしょうか。

村田:われわれが今、投資しているスタートアップの中で期待しているのは、GHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)可視化と排出量削減の領域です。

具体例を挙げると、前者は「アスエネ」や「ススティネリ」。アスエネは独自のGHG可視化システムが大手企業や地方銀行などに導入され急伸していますし、特定プロダクトに対するGHG可視化とカーボンオフセットの方法を提供するススティネリは、米国にも同領域でユニコーンクラスとなった企業が数社あります。クリーンテック(再生不可能な資源の利用を抑制し、従来製品に比べ廃棄物の発生を大幅に少なくする製品、サービス、プロセス)と呼ばれるこのマーケットの第一歩といった意味では、GHGの見える化は市場として分かりやすく、新たなホリゾンタルSaaSとなっていくのではないかと捉えています。

また、後者だと、航空業界の脱炭素化に向けて燃費削減のソフトウェアを提供する「NABLA Mobility」。この仕組みはグローバルスケールできる領域の1つだと確信しています。

インキュベイトファンド代表パートナーの村田祐介氏

出馬:私が着目しているのは、「水素」と「CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage:CO2を回収・貯留・利用する技術)」ですね。今、世界的に一番ホットな領域だと思います。水素なら、CO2を出さないグリーン水素やターコイズ水素といった分野、CCUSならCO2からプラスチックのような素材やタンパク質を生み出すなどのCO2利用の分野が、今後伸びていくのではないでしょうか。

磯田:個人的にはサーキュラーエコノミー、SaaSなどで草の根的なプロダクトが最終的には効いてくるのではと考えています。一人ひとりの生活や行動が少しずつ変わっていくような取り組みは、今後も必要です。

例えば、不動産の駐車場を最適化したり、中古不動産を再活用したりするスタートアップが広がっていけば、後々ボディーブローのように効果が波及していくのではと期待しています。

東京都が脱炭素スタートアップへ投資する理由

——皆さんが期待されているようなスタートアップのイノベーションを加速させるためには、今後どのような課題があるのでしょうか。

出馬:毎年、クリーンテック分野の専門調査会社である米Cleantech Groupによって、世界の有望なクリーンテック領域のスタートアップ100社(「 Global Cleantech(GCT)100」)が発表されています。その100社のうち6割が北米、3割が欧州+イスラエル、残りがアジアやアフリカという状況ですが、残念ながら日本のスタートアップは、過去に一度も受賞したことはありません。これが非常に問題です。

村田さんもおっしゃっていた通り、今はとても大きなビジネスチャンス。気候変動は新しい経済戦争ですから、ルールを変えて、新事業を興せる機会です。新しい分野でリスクを取りながら進めていくのは大企業にはなかなかできない。やはり主役になるのはスタートアップでしょう。

東北電力 事業創出部門 アドバイザーの出馬弘昭氏

村田:現在の日本は、新産業を全員で生み出そうというポジティブな流れで、とても良い投資機会となっています。2015年に発足したTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の参加企業約3400社のうち、約900社は日本企業。この機に、日本が世界でリーダーシップを発揮しようとしていることが分かる数字ではないでしょうか。

出馬:そもそも日本はスタートアップの絶対数が少ないのが大きな課題なんですよね。クリーンテック領域では欧米の100分の1未満。一方で投資家の分野別ランキングを見ると、北米と欧州は政府・自治体系が中心なのに対し、日本は圧倒的に少ない。スタートアップの育成に国や自治体の資金が、いかに役立つのかが分かる差です。

日本でも国の資金がイノベーションに投じられるようになってきましたが、まだそのほとんどが大企業に回っています。これがスタートアップに投じられるようにならないと、国内でイノベーションを起こすことは難しい。この部分を東京都さんが担うのは非常に良いことだと感じています。

磯田:行政によるファンド投資は、海外に目を向けると当たり前のように行われていますよね。米国や欧州はもちろん、シンガポールのような小国でも国自体がファンドのような形で積極的にスタートアップへ投資をしています。海外に比べると、日本のスタートアップへの投資は非常に少なく、なかなか資金が集まりにくい現状があります。

だからこそ日本においては、生まれたばかりのスタートアップに資金を投じるのは行政の重要な役割だと考えています。行政によるファンド投資と民間ファンドと何が違うのか、とご意見を頂くことがありますが、民間ファンドでは投資することが難しいリスクの高い領域があるのは事実です。そこは行政によるファンド投資が必要になるのです。

今後も2050年カーボンニュートラルを目指すため、そうした意味で積極的にリスクを取り、日本発イノベーションの誕生をバックアップしていきたいですね。

磯田篤岐(いそだ・あつき)◎東京都産業労働局金融部。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)、中小企業診断士。外資系投資銀行にて、20年以上、債券やファンドのストラクチャリング業務に従事。その後、政府系官民ファンドを経て、現在は、東京都庁にて国内のベンチャーファンド、プライベートエクイティファンド等を対象とした投資業務に従事。

村田祐介(むらた・ゆうすけ)◎インキュベイトファンド代表パートナー。ネット系スタートアップの投資業務およびファンド組成管理業務に従事した後、2010年にインキュベイトファンド設立、代表パートナー就任。2015年より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会企画部長を兼務。その他ファンドエコシステム委員会委員長やLPリレーション部会部会長等を歴任。

出馬弘昭(いずま・ひろあき)◎東北電力 事業創出部門 アドバイザー。大阪ガスでR&DやIT部門で新規プロジェクト立上げに従事。2016年に米シリコンバレーに駐在し欧米のクリーンテック(脱炭素系スタートアップ)とのビジネス開発を開拓。2018年に東京ガスに入社しシリコンバレーのCVC立上げに参画。2021年に帰国、東北電力に入社し事業創出部門アドバイザーに就任。大阪大学フォーサイトの取締役も兼任。IZM代表として製造業の外部顧問、海外スタートアップの日本展開支援、日経エネルギーNext記事執筆などに従事。

特集:「脱炭素」を実現に導く日本発スタートアップhttps://signal.diamond.jp/list/series/pr-tokyo_m

問い合わせ先

東京都産業労働局 金融部金融課
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/chushou/kinyu/

インキュベイトファンド
https://incubatefund.com/