Fivot代表取締役の安部匠悟氏
Fivot代表取締役の安部匠悟氏
  • エクイティを補完する3つの資金調達手段を提供
  • 「スタートアップ冬の時代」でデット調達のニーズが増加
  • スタートアップ産業を支える法人融資型のチャレンジャーバンク目指す

従来の銀行とは異なるアプローチから金融サービスを設計し、オンライン上でサービスを展開するスタートアップの存在が目立つようになってきている。

このような企業は「チャレンジャーバンク」や「デジタルバンク」と呼ばれ、2021年にニューヨーク証券取引所へ上場したNubankを始め、イギリスのMonzoやドイツのN26、アメリカのChimeなど欧米を中心に巨大なプレーヤーが生まれてきている状況だ。日本でも3月にBlockから資金調達を実施したKyashなどがこの領域で事業を展開している。

2019年設立のFivotもチャレンジャーバンクを目指す日本発スタートアップの1社だが、同社が目指しているのは“法人融資型”のチャレンジャーバンクだ。特にスタートアップに対して従来の「株式発行による調達(エクイティ)」と「融資(デット)」の間を埋める性質を持った金融サービスを提供することで、産業全体を活性化していきたいという。

エクイティを補完する3つの資金調達手段を提供

Fivot代表取締役の安部匠悟氏によると、スタートアップがデットを求めるケースの多くは「成長を加速させるための運転資金ニーズ」と「経営の自由度を高め、ランウェイを伸長させるためのキャッシュニーズ」の2点に集約されるという。

この需要に応えるべく、同社ではスタートアップ融資事業「Flex Capital」の枠組みの中で、異なる特徴を持った3つのデット型のサービスを展開してきた。

1つ目は事業者が支払う必要のある“請求書を立替払い”することで成長を支援する「請求書立替」だ。このサービスはD2CやEC事業者のみを対象としたもの。FivotにOEM先や広告代理店への支払いなどを立て替えてもらうことで、ユーザーはその資金を在庫の仕入れや広告への投資に使える。返済期間は6カ月のため、本来一度に支払わなければならない支出でも「6カ月に平準化できる」(安部氏)仕組みとも言えるだろう。

2つ目が新たな資金調達手段としてグローバルで広がり始めている「Revenue Based Finance(RBF)」。RBFとは事業者の将来の売上を売却し、先取りできる仕組みを指す。SaaSやD2Cなどリカーリング(定期収益)モデルの事業と相性が良く、Fivotでもそのような事業者を対象としている。すでに欧米を中心に複数のユニコーン企業が生まれている領域だ。

3つ目の「ベンチャーデット」は主にレイターステージのスタートアップの利用を見込んだサービス。請求書立替やRBFの金額感が平均で3000万円程度である一方、ベンチャーデットでは1億〜3億円の資金を提供する。経営の自由度を高める目的や株式の希薄化を抑える目的で、エクイティを補完する手段として活用できる。

近年は国内でもあおぞら銀行グループや新生銀行グループをはじめベンチャーデットを提供する金融機関が増えてきているほか、この領域に特化したデットファンドも誕生している。既存のサービスは新株予約権付融資などエクイティ要素を伴う場合もあるが、Fivotでは「(エクイティ要素のない)ピュアなデット」にこだわった。

エクイティ要素がない分だけ金利自体は高くなる可能性があるが「(株式が希薄化しないという観点で)スタートアップが使いやすいデットを提供していきたい」(安部氏)という。

Flex Capitalにおける3つのサービス
Flex Capitalにおける3つのサービスの概要と違い

3つのサービスでは裏側で共通の与信モデルを採用しており、これがFlex Capitalの核だ。手数料は3〜10%でサービスごとに異なる仕組み。審査は最短で1週間以内に完了する。「エクイティよりも安いコストで、(エクイティや従来の融資と比べても)スピーディーに必要十分な金額を調達できる」(安部氏)ことがウリだ。

「スタートアップ冬の時代」でデット調達のニーズが増加

Fivotではこれまで請求書立替とRevenue Based Financeを中心に数十社へサービスを提供してきた。

同社自身が元手となる資金を外部から調達して事業を運営していることもあり「初期から常に顧客のニーズが自分たちのキャパシティを上回り続けているような状態で、エクイティ以外の調達手段、エクイティを補完するデットのニーズを実感した1年半でした」と安部氏は振り返る。

特にこの3〜4カ月ほどで増えてきているのが、レイターステージのスタートアップにおける資金調達ニーズだ。安部氏によると感覚的には「1年前と比べて問い合わせが2〜3倍に増えている」という。

「特にシリーズB以降のスタートアップから、冬の時代に備えてエクイティ以外の方法で資金を調達したいという相談が増えました。(日米で上場IT企業の株価が低迷していることなどから)以前に比べてバリエーションがつきづらくなっており、スタートアップ側としても今の段階でバリュエーションを決めたくないという声を聞きます。また何かあった時の保険のような意味合いで、キャッシュの残高を増やしておく目的で(デットを)活用したいというニーズもあります」(安部氏)

このような背景もあり、ベンチャーデットの中でも“エクイティ要素が一切ないもの”を求める企業が一定数存在するとのこと。実際にスタートアップ側から「ワラント(新株予約権)がつくのかどうか」を聞かれることもあるそうだ。

スタートアップ産業を支える法人融資型のチャレンジャーバンク目指す

Fivotは2019年10月の設立。メリルリンチ日本証券出身の安部氏と佐保百合子が共同で立ち上げた。安部氏は投資銀行部門でM&Aのアドバイザリー業務などに従事してきたが、金融法人グループに所属していたこともあり、特に銀行や保険会社など金融機関の顧客と向き合うことが多かったという。

「もともと銀行のビジネスが好きで、配属先も自分で希望しました。日本興業銀行が戦後に重工業へ積極的に融資をして産業の発展を支えたように、銀行は大きなパワーを持っていて、社会にインパクトを与えることができると思っていたんです。ただ(金融機関と)仕事をしていく中で、銀行がその機能や能力を最大限に発揮しきれなくなっているのではないかと感じるようになりました」(安部氏)

そんな状況に苦悩している時に安部氏が出会ったのが、海外で勢いを増していたチャレンジャーバンクだったという。

海外ではスタートアップが新しい金融機関を立ち上げ、柔軟な発想で既存の事業者とは異なるアプローチから金融サービスを展開している。日本でも新しい金融機関が、新たな金融サービスを提供していくことが求められるようになるのではないか──。そのような考えがFivotを立ち上げるきっかけになった。

安部氏が日本のマーケットにおいて課題に感じていたのが「スタートアップ向けのデット(資金を提供する仕組み)だけがぽっかりと空いてしまっている」ことだ。そこでスタートアップに対してデット性の資金を提供できる仕組みを作るべく、法人融資型のチャレンジャーバンクの実現を見据えて事業を始めた。

「現時点ではスタートアップが日本の産業全体に占める割合はそこまで大きくないかもしれませんが、成長しているこの産業に対してエクイティ以外の資金の流れを作っていく金融機関が存在しないと、産業の成長や新陳代謝が進まない可能性があります。チャレンジャーバンクとしてスタートアップ産業にしっかりと資金を提供していくことで、経済の新陳代謝を促すとともに、自分たち自身も一緒に成長していけるような事業に挑戦したいと思いました」(安部氏)

創業からしばらくは貸金業や前払式支払手段といったライセンスを取得するのに苦労したが、並行してサービスの基盤の開発を進めた。2021年の春にRBFのサービスを立ち上げ、この1年半ほどはサービスを拡充しながら「どのような商品がどういったスタートアップにニーズがあるのか、与信モデルを作る上でどのようなデータが必要になるのか」といったことを小さい範囲で検証してきた。

今後は規模を広げ、より多くのスタートアップに対してサービスを供給していく計画だ。そのための資金として以下の投資家からシリーズAラウンドで総額約10億円を調達した。

  • Angel Bridge
  • SBIインベストメント
  • SuMi TRUSTイノベーションファンド
  • 三井住友銀行
  • SMBCベンチャーキャピタル
  • 新生企業投資
  • Sony Inovation Fund
  • キャナルベンチャーズ
  • DEEPCORE

安部氏によると「今後1年で累計50億円の融資の実行を目指していく」方針だ。今回調達した資金で事業の核となる与信モデルやデータ分析基盤の開発へさらに力を入れるほか、組織体制の強化を進めていくという。