「PROJECT COMP」はエンジニアに特化した給与データベースだ。企業別や職種別、スキル別などさまざまな切り口で年収データを閲覧できる
「PROJECT COMP」はエンジニアに特化した給与データベースだ。企業別や職種別、スキル別などさまざまな切り口で年収データを閲覧できる
  • 企業別や職種別で年収データを閲覧できるエンジニア向け給与データベース
  • 人事責任者時代に感じた「給与情報における情報の非対称性」
  • ベータ版リリースから3日で登録数は500人に到達、今後は人事評価SaaSの展開も

さまざまな情報にウェブ上でアクセスできる今の時代においてもなお、個人で網羅的に収集するのが難しい情報の1つが「給与」データだ。

どのような企業で、どういった経験やスキルを保有する人が、どれほどの給与で働いているのか──。こうした情報が可視化されていけば、個人が自身の市場価値や現在の給料の妥当性を客観的に確認することができるだけでなく、将来的なキャリアプランを見つめ直すきっかけにもなりうるだろう。

ただ実際の給与データは転職活動をしたり、対象の企業で働く人に直接確認したりしない限りは集めるのがなかなか難しく、取得できたとしても断片的な情報に限られてしまう可能性が高い。

2020年創業のPROJECT COMP(プロジェクトコンプ)は、IT企業のみならず“DX”に取り組むあらゆる企業にとってキーマンになりうる「エンジニア」という職種において給与情報を透明化し、個人でもアクセスできる環境を作ろうとしている。

企業別や職種別で年収データを閲覧できるエンジニア向け給与データベース

PROJECT COMPが2021年9月に正式公開した「PROJECT COMP」はエンジニアに特化した給与データベースだ。

ユーザーから登録された給与データをPROJECT COMPが会社や職種などの項目で集計し、統計情報を作成してサイト上で提供する。ユーザーは同サービスを活用して「企業別」「職種別」「スキル別」「社会人歴別」などさまざまな切り口で年収データを閲覧したり、自身の情報と照らし合わせることで“自分の年収位置”を把握したりできる。

自分の年収位置がわかる

求人情報を集計した結果などではなく、リアルな給与情報を基にしているのがPROJECT COMPの特徴だ。また継続的に情報を残していくことで昇給率の相場比較や同世代での年収位置などを確認できるため、結果として転職時のみならず給与改定のタイミングなど時系列で給与情報が集まっているのもポイントだという。

現在サービス上で閲覧対象になっている統計データは約2000件。平均年収など一部のデータを除き、自身の年収情報を登録することで詳細なデータを確認できる仕様になっている。

なおPROJECT COMPで提供される情報は登録された情報数によっても異なる。たとえば特定の企業や職種の平均年収はデータの登録数が3件に達すると公開される仕組み。登録されたデータの数が増えるほど、「中央値」や「トップ1%の年収」といったように公開情報もどんどんリッチになる。

人事責任者時代に感じた「給与情報における情報の非対称性」

PROJECT COMP創業者の田川啓介氏
PROJECT COMP創業者の田川啓介氏

PROJECT COMP創業者の田川啓介氏はディー・エヌ・エー(DeNA)の出身。新卒で入社した同社ではゲーム子会社の代表や人事責任者(HR本部長)、執行役員などを務めた。給与データベースの事業アイデアは、DeNA時代の自身の経験も大きく影響しているという。

ゲーム子会社を立ち上げた際には、評価制度を1から作るにあたって「どのような経験やスキルを持っている人に対して、いくらぐらいの給与を払うのが妥当なのか」を調べるのに苦戦した。

人事責任者時代には採用面接や評価面談、退職者の慰留交渉など幅広い業務に従事。特に退職遺留のタイミングでは給与についての話題が出ることも多く、その際に強く感じたのが「給与情報は情報の非対称性が大きい」(田川氏)ことだったという。

同期の年棒水準が気になる、人事評価に納得できず疑心暗鬼になっている、中長期のキャリアを考えるにあたって自分の市場価値がどのくらいなのかを知りたい──。社員が抱える給与に関するさまざまな疑問。田川氏は人事責任者という役職についていたこともあり、「これらの疑問に回答するために必要な情報を一定程度持っていた」と話す。

「社内の評価結果や履歴などに加えて、人材エージェントや他社人事責任者からの情報などにも触れていた自分と現場のメンバーとの間には明確に情報の非対称性があり、そこに不条理を感じていました」(田川氏)

当時すぐに起業の道へと踏み出したわけではなかったが、田川氏はその数年後、本社から離れてデライト・ベンチャーズで起業に向けて事業プランの検討を始めた。

現在の事業に行き着くまでには何度かピボットもしたが、マネージングパートナーを務める渡辺大氏との会話の中からヒントを得て、給与データに着目。その際に「人事責任者時代の経験がフラッシュバックした」ことがPROJECT COMPのアイデアにつながったという。

領域を絞ってリサーチをすると、いくつか面白い発見もあった。海外では現在のPROJECT COMPと同じように、個人のエンジニアから情報を登録してもらうアプローチで給与情報のデータベースを作っていた「Levels.fyi」というサービスが多くの利用者を集めていた。

田川氏によるとマイクロソフトやグーグルなどでは、以前から一部の従業員がスプレッドシートを活用して匿名で報酬情報を共有する取り組みが行われていたそう。Levels.fyiはそのムーブメントを、企業横断で実現できるようにしたサービスと言える。

「実は日本でも全く同じような現象が起きていて、新卒の同期などの間で、有志のプロジェクトとして匿名で給与情報やグレードを共有する取り組みが行われていた。国内外で同じような現象が起きていることを知り、事業としてもニーズや可能性があると感じました」(田川氏)

ベータ版リリースから3日で登録数は500人に到達、今後は人事評価SaaSの展開も

個人から情報を収集し、統計化したものをデータベースとして公開することで給与情報を民主化していく。事業の方向性が定まった後は準備を進め、2020年10月にベータ版として公開した。

サービスの立ち上げにあたってはDeNAのメンバーやそこから紹介を受けたエンジニアとコンタクトを取り、Zoomなどでサービスの世界観などを説明しながら地道に登録者を集めた。あらかじめ200件程度のデータを収集しておいた状態でベータ版をリリースしたところ、当時は登録の有無によって閲覧できる情報に違いがなかったにも関わらず「(ベータ版ローンチ後)3日で500人に達した」(田川氏)という。

「実際にヒアリングをしてみると、新しいムーブメントに乗っかりたいという理由や年収のデータが見れること自体が面白いという理由に加えて、自分がデータを登録することで少しでも誰かの役に立てればいいなという理由から登録してくれている人もいました。また興味深かったのが、データの登録数が『会社の透明度』や『カルチャー』を示すものになりうるとして、他社には負けられないと一部で競争が起きていたことです」(田川氏)

当初は実際にPROJECT COMPを使った上で気に入ったユーザーが知人に広めてくれるといった具合に“ファンベース”で少しずつ利用者が増えていたが、直近では検索エンジンなどでも徐々に上位表示されるようになり、ユーザーの幅も広がり始めている。

また社員の人事評価の際に給与データベースを活用したいという法人からの問い合わせも増えてきた。こうしたニーズにも答えるべく、新サービスとして給与相場を踏まえた評価制度設計や適切な評価査定を支援する企業向けのSaaSも展開する計画だ。

開発中のSaaSのイメージ画像
開発中のSaaSのイメージ画像

新サービスの初期の顧客層として想定しているのは、人事評価制度の導入や改善を検討しているスタートアップだ。ゼロから自分たちで制度を作るには負荷が大きく、外部のコンサルに依頼するとなるとコスト面がネックになる。そのような課題の解決策を目指す。

実はこのサービスの原型となったのが、田川氏が作成した人事評価用のスプレッドシート。このシートを軸にしたサービスが「100万円で売れ、その後も月額利用料を支払って使ってもらえることがわかった」ことも、企業が抱える課題を感じるきっかけになったという。

今後PROJECT COMPでは給与データベースを拡充しつつ、SaaSの展開にも力を入れながら事業拡大を進めていく方針。そのための資金としてSpiral Capital、XTech Ventures、Delight VenturesよりプレシリーズAラウンドで2億円の資金調達を実施した。