(左から)湖池屋マーケティング本部の近藤圭氏、高戸万里那氏、FinT代表の大槻祐依氏
(左から)湖池屋マーケティング本部の近藤圭氏、髙戸万里那氏、FinT代表の大槻祐依氏
  • 指名買いされるポテトチップスを作ろう
  • プレミアム市場定着までの5年間の軌跡
  • ジャンクなイメージを刷新、料理としておいしいポテトチップスへ
  • デジタル施策でプレミアム市場にさらに根を張る

本連載では、若年層女性向けSNSメディア「Sucle(シュクレ)」やSNSマーケティング事業を展開するFinT代表の大槻祐依氏がヒット商品の裏側にある法則をひも解いていきます。第4回目は、湖池屋のプレミアムポテトチップス「湖池屋プライドポテト」です。

安くて、ボリューム感がある──従来のポテトチップスのイメージを覆し、“自分へのごほうび”として、あえて高級感、高価格帯を追求した「プレミアムポテトチップス」。スーパーやコンビニなどで少し価格帯が高めのポテトチップスを見る機会も増えているのではないだろうか。そんなプレミアムポテトチップスをいち早く展開し、まだなかった市場を切り拓いてきたのが創業69年の歴史を持つ老舗メーカーの湖池屋だ。

同社が展開するプレミアムポテトチップス「湖池屋プライドポテト」シリーズは2017年2月に販売を開始。当時、全国的にスナック菓子の販売個数は頭打ちとなっており、価格競争で市場は縮小していくばかりという雰囲気が漂っている中、あえて1袋100円前後から1袋150円という“ちょっとしたリッチさ”をウリにしたポテトチップスを展開した。

湖池屋のこだわりが詰まった「湖池屋プライドポテト」シリーズはSNSでの口コミから人気に火がつき、大人だけでなく若年層からも支持を集めているという。

来年には創業70年を迎える湖池屋はなぜ、スナック菓子業界において高価格帯の商品を展開することにしたのか。FinT代表の大槻祐依氏が商品開発からマーケティングまで、マーケティング本部の近藤圭氏、髙戸万里那氏にその変化を聞いた。

指名買いされるポテトチップスを作ろう

大槻:湖池屋は2016年にリブランディングを実施しています。そのきっかけはなんだったのでしょうか?

近藤:きっかけは新社長の就任です。新社長の佐藤(佐藤章氏)が「湖池屋を新しくする」と公言し、リブランディングすることになりました。その際、当社の看板商品であるポテトチップスも刷新することにしたのです。

それまでの企業ロゴはカタカナでしたが、創業の原点に立ち返り「日本の老舗お菓子メーカー」であることを際立たせるため、六角形の中心に“湖”の文字を置き、家紋を思わせるようなデザインとなりました。その背景には、老舗のお菓子メーカーとして培ってきた価値を現代流にアレンジして届けよう、という思いがあります。湖池屋は日本で初めてポテトチップスを量産化して販売した会社です。その頃から「プライドをかけてポテトチップスをつくっていた」わけです。

髙戸:ただ、ポテトチップスを取り巻く環境も年々厳しくなっていました。激しい価格競争によって販売個数は伸び悩み、市場全体が縮小していっていました。小売業者さんからも「ポテトチップス市場は頭打ち」という声が聞かれていたほどです。

そんなタイミングで佐藤が社長となり、改めてポテトチップスの存在を見直して、時代の変化に合わせてスナック菓子全体の価値を高めていこう、と舵を切り直しました。

そこから安さと味の種類で購買されていたポテトチップスを、指名買いされる商品として、リブランディングをすることになりました。世の中の流れを見ても、自分が価値があると思うものにはお金を出すトレンドが出てきていた。ポテトチップスにもチャンスがあると思い、こうした背景が湖池屋プライドポテトの誕生に繋がりました。

FinT代表の大槻祐依氏
FinT代表の大槻祐依氏

大槻:湖池屋プライドポテトにはどんなこだわりを詰めたんですか。

近藤:創業者はポテトチップスを発売した当時、手作業で試行錯誤しながら作っていました。じゃがいも自体も今より少し厚く、手揚げ製法を採用していたんです。その手作りしたポテトチップスのおいしさを今一度届けたいと思い、じゃがいもの旨みを活かす新製法を湖池屋プライドポテトでは導入しました。

髙戸:先代(創業者の小池和夫氏)が初めてポテトチップスを食べたのが、会社仲間と行った飲み屋でのことでした。「こんなにおいしいものがあるのか」と感動したそうです。その後、自宅に帰って、台所での試行錯誤が始まりました。当時のポテトチップスはアメリカの味。日本人の舌に合うように海苔をかけ、隠し味の唐辛子を入れて「のり塩」が生まれました。販売を始めたのは1962年のことです。

また、ポテトチップスを研究する際に参考にしたのは天ぷらの製法でした。スナック菓子に料理の製法を取り入れる。そこまで製法にこだわり抜いた末に湖池屋のポテトチップスがあります。この“こだわる”という価値が、今のブランドの哲学や世界観に共感できるかどうか、購買を決めるトレンドに刺さるのではないかと思いました。

プレミアム市場定着までの5年間の軌跡

大槻:大人も楽しめるスナック菓子とおっしゃっていましたが、具体的にはどういったターゲットを想定して商品企画をされているのでしょうか。

近藤:スナック菓子は、成人するタイミングで離脱が起きやすいんです。20代は10代に比べて健康志向になります。また40代以降はよりヘルシーなおせんべいに移行していきます。しかし冒頭でもお伝えした通り、湖池屋プライドポテトは大人にも楽しんでいただきたいため、20代後半〜60代まで、オールターゲットとしました。

大槻:湖池屋プライドポテトは味への追求がすごいです。その一方でコンソメ味など、すでになくなっている商品もあります。どういった意図があるのでしょうか。

髙戸:5年前の湖池屋プライドポテトの発売で、私たちは今までのポテトチップス市場になかったプレミアム市場を作りました。インパクトはあるものの、お客様に買い続けてもらえるか、従来のレギュラー商品にどう食い込んでいくか……。現在のラインアップに定着するまで時間がかかりました。

例えば、健康志向のトレンドに沿って無添加シリーズを作ってみたり、プレミアムということで本格食材シリーズを作ってみたりと模索しました。従来ののり塩も、海苔好きなら海苔に求めるものは何か、塩が好きなら塩に求めるものは何か。一品ずつ味を研究していきました。その結果、湖池屋プライドポテトののり塩は圧倒的な海苔の量を実現しました。塩味も、あたりさわりのない塩味ではなく、生地との相性や、キレと旨みのバランスを追求した「岩塩」にたどり着きます。

大槻:パッケージも他のポテトチップスとは違います。

近藤:スナック市場では「盛り」と呼ばれている習慣があります。パッケージにおいしそうなチップスをたくさん盛って見せるという手法です。しかし湖池屋プライドポテトでは、たくさんあっておいしそうではなく、1枚1枚のチップスをおいしそうに見せようとしました。

食品は2秒で買うか買わないかが判断されるとも言われています。味の名前も、商品自体も、2秒でストレートに伝わるように、今でもコピーライターや社内のメンバーの意見をもとに、あれこれ言い合いながら考えています。

ジャンクなイメージを刷新、料理としておいしいポテトチップスへ

大槻:幅広いターゲットと想定シーンに対して、具体的にどういった発信をしているのでしょうか。

髙戸:価格設定、パッケージ、コミュニケーション、すべてにおいて「モノの良さ」をキーメッセージにしています。

訴求シーンの例を挙げると、夕飯後に1日の最後のご褒美としてお酒を飲みながら食べる、もしくは日中のちょっとした休憩に食べるといったところを想定しています。最近はコロナ禍で在宅勤務の人たちも増えてきており、家の中でずっと過ごす人も少なくありません。そんな時にプレミアムなポテトチップスを食べて、気分を切り替えていただきたいと考えています。

また、プレミアム感がより伝わるよう、価格は従来のポテトチップスより少し高く設定し、パッケージは味へのこだわりがそのまま伝わるようにしました。コミュニケーションにおいては、その時々の旬な人たちをブランドのイメージキャラクターとして採用しています。現在は永野芽郁さんを起用しています。ポテトチップスのジャンクなイメージを刷新したいという意図からです。湖池屋プライドポテトは料理のような味作りとして推したかったので、「永野さんが食べているなら、私も食べてもいいじゃん」と思っていただけることを期待しました。

湖池屋マーケティング本部の高戸万里那氏
湖池屋マーケティング本部の髙戸万里那氏

大槻:これまでと違う路線の商品を展開するのに、社内の反応はどうでしたか。

近藤:営業部門とはすごく密に連携しました。各営業の社員たちが自分の言葉で説明できるよう、全国の支店を行脚し、湖池屋プライドポテトの商品の価値を伝えて回りました。

髙戸:他にもシリーズで売れるように、営業部と一緒に販促施策を企画しました。店頭で湖池屋プライドポテトがコーナーで立ち上がるように、サポートツールを作るなどといったことです。

私は当時九州の営業を担当していたのですが、湖池屋の商品はあまり定着していなかったんです。ただ湖池屋プライドポテトを出すときは、小売業者さんからの期待感が感じられました。発売後も、価格の安い従来のポテトチップスより店頭での回転個数が落ちる小売業者さんもあったものの、それだけでカットするべき商品ではないと、営業して回りました。

近藤:湖池屋プライドポテトの発売を通じて、営業の意識も変わりました。店頭で売れないからカットされても仕方ないとはならず、商品価値を育てていくという意識ができたのが、この湖池屋プライドポテトだと思います。

デジタル施策でプレミアム市場にさらに根を張る

大槻:プレミアム市場を切り開き、定着してきたのが今だと思います。その背景には、どのような施策が展開されていたのでしょうか。

近藤:当社が運営するメディアの中ではTwitterが一番影響力があります。Twitterはスナックカテゴリーにおいて、相性がものすごくいいと思っています。おかげでフォロワーは86万人を突破しました。他の広告などと違って、お客様がフォローしてくださって私たちからの情報を直接得られるので訴求しやすいです。

他にもInstagramアカウントを今年開設し、直接商品を買えるような導線を作っています。自社のECサイトもありますが、売場を変えると同じ商品でも引きが全く異なります。タッチポイントが増えることで異なる購買層にアプローチできる。引き続き、それぞれのタッチポイントで購買数が伸びる企画を検討していきたいです。

湖池屋マーケティング本部の近藤圭氏
湖池屋マーケティング本部の近藤圭氏

髙戸:湖池屋は熱狂的なファンが多いのが特徴です。Twitterのフォロワーはお菓子業界では1位のポジションにあり、メルマガ会員数も多い。実際、メルマガ会員だけで商品が完売することもあります。そんな状況を見ているので、コミュニケーションでは「ファン化」を何より意識しています。

近藤:先日はファンミーティングも開催しましたが、参加いただいた方々が、アンバサダーのように湖池屋のことをアツく語ってくれていたのが印象的でした。次の商品や味を共創したいとも思うほどです。

大槻:湖池屋にとってなぜ今、共創なのでしょうか。

近藤:理由はニーズの多様化が挙げられます。現在のポテトチップスの味付けには、塩味と一口に言っても岩塩、オホーツクの塩などさまざまな塩味があります。塩味だけでも、うすしお以外のニーズが細分化しているんです。今までやってきたような、アンケートをとって最多得票数の味を作るというものではなく、他の人が気づいていないようなニッチな味がファンによって広がっていくのをイメージしています。

大槻:横同士のつながりがあるからこそですね。

近藤:そうですね。ほかにもこんなことがありました。過去に調味料なし、じゃがいもだけのシンプルな商品を出しました。女性向けにアレンジレシピがシェアされるのではないかと期待したのですが、実際は中高年の男性から、多くの喜びの声が寄せられたんです。健康志向でポテトチップスの塩分が気になって食べるのを我慢していた人たちに商品の価値が刺さったというわけです。

このようにSNSを含めてタッチポイントが増えていくと、お客様の反応や声がよく聞こえるようになります。私たちは今後それら一つひとつを大切にしながらコミュニケーションをしていきたいと考えています。

大槻:今後検討している商品開発、コミュニケーション施策はありますか。

髙戸:味については、その時々の最適なラインナップを常に検討しております。例えば、レモンサワーブームをヒントに「凛凛レモン」をつくったり、コロナ禍の在宅勤務でニンニク味の料理を楽しむ人が増えているので「鉄板ガーリック」をつくったりもしました。今後はトレンドを見ながら商品数を増やすのか、入れ替えなのかも含めて検討していきたいです。