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  • 起業家不利の投資環境はVC業界全体にとっての損失
  • 視点1:「大きなリスクを取って大きく勝つ」スタートアップエコシステムの役割
  • 視点2:早期上場は海外展開による事業拡大の足かせとなる
  • 視点3:スタートアップ上場──日本の現状とその背景
  • 視点4:目先のイグジットより、大きなイノベーションを起こそう
  • 日本企業が再び世界で活躍するために、エコシステムのあるべき姿とは

本連載では、現在シリコンバレーから米国、日本のスタートアップを支援するデライト・ベンチャーズ創業者・マネージングパートナーの渡辺大氏が、起業家が知っておくべき心構えや、資金調達時に注意すべき点などについて解説していく。第1回は、日本のスタートアップの早期上場に対する課題提起と具体的な解決策について論じる。

起業家不利の投資環境はVC業界全体にとっての損失

日本のスタートアップ投資契約は欧米に比べると往々にして起業家に不利な条件に偏りがちだ。50年かけて今の仕組みに進化した米国と比べれば市場は進化の初期段階。これが、「起業家不利」な投資環境の一因になっている。

本質的には「ビジネスリスクを取って、ものすごく大きな成長を目指す」というのがスタートアップ、特にベンチャーキャピタル(VC)から資金を調達する(VC-Backed)スタートアップの肝である。それができない投資契約を結ぶということは、起業家のみならず、関わるみんなにとって損になることだ。

スタートアップ投資で、起業家個人の金銭的リスクを上げることで投資家を守ろうとすると、逆に起業家が思い切ったチャレンジがしにくくなり、大きな成功を妨げることに繋がりかねない。これは単純に「起業家不利、投資家有利」ということではなく、投資の性質をローリスク・ローリターンに振ってしまうことになる。

投資のサイクルが何度も何度も回るようになれば、大成功したスタートアップが用いた投資契約など資金調達のノウハウがまねされるようになり、自然淘汰の結果、市場は進化していくはずだ。起業家がよく分からずに契約について悩み、事業立ち上げに使わなければならない貴重な時間を浪費する今の日本の状況は、VC業界全体にとっても損失だ。今回はその例の1つとして、日本のスタートアップの早すぎる上場を取り上げ、なぜ早期上場がお勧めできないのか、4つの視点から説明したい。

視点1:「大きなリスクを取って大きく勝つ」スタートアップエコシステムの役割

投資家の立場で見たとき、投資資産の種類(アセットクラス)には、上場企業への投資や債券・不動産など、さまざまなリスク・リターン・プロファイル(どのくらいのリスクを取ってどのくらいのリターンを目指すか)が存在する。

その中でVC投資というのは、業界の構造を変えるイノベーションで急成長を目指すビジネスに対する投資であり、失敗する可能性も高い。さらにファンド運用期間の約10年間は投資がロックアップされ、現金化されないという特殊性もある。つまり性質上、超ハイリスク・ハイリターンなアセットクラスである。

そんな性質を持つ業界に期待される役割とは、「リスクを許容して」、「イノベーションを先導する」ということだ。

1980年代以降、米国の大企業は株主至上資本主義を掲げてきた。結果として、R&D投資がなくなり、大企業は衰退し存在感を失っていった。今振り返ると、これは米国資本主義の大きな凋落(ちょうらく)を特徴付けるトレンドの始まりだった。

大企業が空洞化して、実質的に成長しなくなった代わりに台頭したのが、VC投資を活用して成長するスタートアップエコシステムだ。これは米国の経済にとって非常にラッキーなことだった。大企業が技術開発に投資しなくなった分、10年かけて社会の大変革をもたらす投資がスタートアップに対して行われ、スタートアップエコシステムが大きなイノベーションをけん引することになる。その結果、GoogleやApple、Microsoftといった巨大IT企業、あるいはSpaceXやTeslaのような先進的企業が誕生した。

そして、その変革の裏には死屍累々(ししるいるい)と失敗したスタートアップがある。ほとんどのスタートアップが失敗すると言ってもいい。「業界構造を大きく変えるビジネスを、失敗を恐れず10年かけて行う」というスタートアップへのR&D投資が、エコシステム全体で繰り広げられてきた。

スタートアップが大企業のR&Dと違うのは、起業家がオーナーシップと金銭的インセンティブを持っていること、投資家に評価されないビジネスは資金が尽きて早々に淘汰されること、そしてスタートアップ同士の熾烈(しれつ)な戦いが繰り広げられる、ということ。従来のR&Dとは比べ物にならないほどの生産性とスピードで巨大なイノベーションを起こす、というのがスタートアップエコシステムの役割なのだ。

米国のVC投資がもたらした結果を見れば、そのことがよくわかる。2004年から2014年の間にVCが行った2万1000社への投資のうち、65%はVCにとって損に終わっている。25%が5倍以下のリターンだ。20倍以上の利益をもたらしたのは1.5%、50倍以上は0.4%。VCは20倍、50倍のリターンを出すほんの少数の投資によって、損を取り返し、利益を上げている。ほんの一部の大成功によって、半分以上の失敗を取り返すことが、統計上最初から期待されているわけである。そのためには、「そこそこの成功」を狙うのではなく、常に業界構造を変える大ホームランを狙って投資しなければならない。

結果として、米国では大企業が軒並み苦戦する中、世界規模で革新的なビジネスが次々に誕生した。VCが支援する企業の成長がなければ、米国の経済は惨めなまでに低迷していたはずである。

大企業の低迷は米国以外の先進国でも起こり、各国が米国型のスタートアップエコシステムを立ち上げようと必死に追随した。イスラエルを皮切りに、中国、南米、欧州にと、次々とスタートアップエコシステムが立ち上がってきたのは、ご存じの通りだ。

視点2:早期上場は海外展開による事業拡大の足かせとなる

米国で毎年生まれる新興企業のなかで、VCから資金を調達する企業は、ほんの0.5%程度しかない。それなのに、2019年の時点で米国の上場企業の半分以上がVCが支援した企業であり、時価総額に占める割合は8割近い。上場企業全体のR&D支出のうち、なんと9割近くがVCが支援した企業によるものだ。

米国における上場企業の比較(VCによる支援の有無に基づく)

世界で見ても、時価総額上位10社のうち、5社がVC支援企業だ(2022年10月7日時点)。米国だけでなく、世界の経済をVCから出資を受けた会社が引っ張っているといってよい。Microsoft、GoogleやAppleの製品が現代人の日常生活に深く溶け込んでいることからも、それが実感できる。

時価総額上位企業におけるVC支援企業

一方、日本の上場企業で上位を占める企業はどうだろうか。上位50位の中でVCが支援したといえる企業の数は、たったの1社のみだ。それも、ソフトバンク(現・ソフトバンクグループ。VC支援企業ではない)と米Yahoo!(VC支援企業。Verizonによる買収を経てAltabaへと再編された後に解散)がジョイントベンチャーとして設立したヤフー(現・Zホールディングス)をカウントした場合である。直接VCから資金調達した会社は、時価総額上位100社の中でもゼロだ。

国内時価総額の上位を占める伝統的大企業の多くが世界で名を知られており、米国のVC支援企業が世界の経済成長をけん引する中、日本のVC支援企業の存在感がここまで小さいのはなぜか。

僕は、日本のスタートアップが上場をゴールとして重視しすぎていることが一因だと思っている。事業ステージの早い段階での上場を求められた結果、事業規模の拡大に苦労しているのではないか。

日本の多くのスタートアップは上場するまでは国内市場に集中して、上場後に海外を目指す戦略をとる。しかし上場会社であることは海外展開には大きな足かせにもなりうるのだ。僕の前職でもあり、デライト・ベンチャーズのLPでもあるディー・エヌ・エー(DeNA)もその罠にはまった。

DeNAはVCの支援を受け2004年に上場し、海外展開を目指した。当時DeNAの主戦場だった日本のモバイルインターネットは世界的に見ても最も発展していたため、その勢いを利用して海外の市場にも同時に投資することとなったのだ。

株主は国内の業績が順調な成長を見せている間、海外展開を歓迎した。だが国内市場が一旦飽和し始めると、そのプレッシャーが高まった。米国のマーケットは日本に比べて規模が大きく、その分、投資額がかさむ。当時の米国事業は、長期的な投資計画を要するフェーズだった。そのため日本の四半期や年単位の利益の見通しによって、米国への投資を抑えたり短期的な売上を絞り出したりしなければいけないこともあった(編集部注:渡辺氏は当時、DeNAの海外事業責任者として海外進出を担当していた)。

早期に上場した日本のスタートアップが海外展開に苦労する、典型例とも言える。国内市場に最適化されたチームやプロダクトから脱皮して海外展開を目指すのは「第二創業」と言っていいほどの痛みを伴う。また長期的な投資計画が必要であり、短期的な時間軸で事業を評価する公開市場の株主とは相性が合わないことが多いので、上場のデメリットが際立つポイントだ。本当に世界規模のスタートアップを目指すなら、上場のタイミングより前に海外展開を行うかどうかは、起業家が意識すべきポイントだ。

視点3:スタートアップ上場──日本の現状とその背景

日本でもバブル崩壊後、株主至上資本主義の波が押し寄せて、米国風の規制緩和や投資家有利な税制などが展開された。しかし一方で日本独特の商習慣や外資規制が残り、米国ほど急激に大企業のR&Dが空洞化することはなかった。むしろ新卒一括採用制度や終身雇用制など、起業家を生みにくい雇用習慣もあり、大企業の存在感は健在だ。

スタートアップエコシステムも、日本では大企業がけん引してきたと言ってよい。

スタートアップへの投資を行うVCの約半分は、事業会社が運営するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)である。これ自体は日本も米国もあまり変わらない。ただ日本の場合、残りの半分を占める独立系VCも、その「独立系」という言葉とは裏腹に出資者(LP)のほとんどは大企業だ。機関投資家から資金のほとんどを得る米国のVCとは対照的だ。

日本の大企業は必ずしも、広い金融投資ポートフォリオにおける、ハイリスク・ハイリターンのアセットクラスとして、VCを見ているわけではない。情報収集や提携先の選定、買収のためのディールフローなどを目的にVCを通じて投資を行うケースも多い。その場合、財務パフォーマンスはむしろ副産物で、元本割れは望ましくないが、増えて戻ってくればハッピー、という見方になる。

新規上場時の時価総額の中央値は、米国で1000億円を越え、欧州各国でも数百億円である一方、日本では80億円程度にとどまる。なのでVCからすると、米国のように1000億円、1兆円のイグジットを狙わなくても、100億円で上場するスタートアップが何社かあり、全体で10年間に1.5〜2倍(日本企業の売上高から換算した平均成長率と同程度)のリターンを出した上で、投資家である大企業にとって有益な情報を提供できていれば、その次のファンドでも同じ会社から投資を継続してもらえるチャンスが充分に見込める。

日本のアーリーステージのスタートアップのプレゼンテーションでは、その多くに「X年後に上場する」と宣言するページが差し込まれている。上場することが、大きなゴールとなっている。投資契約書にも上場を促す条項や、上場しないと起業家に罰を与える条項が設けられていることも多い。これらはいずれも、米国スタートアップのピッチや投資契約では見ることがない。

さらに日本の場合、スタートアップは「生存率」が高い。事業がたち行かなくなったスタートアップがすぐに人材獲得を目的に投資原価やそれ以下の金額で買収(アクハイヤー)されたり清算されたりする米国とは状況が異なる。日本では、CVCやLPである事業会社から「どうにか生存させよう」との意向が働くこともあり、「大きくリスクを取って、ほとんどが死ぬが一部が生き残り大成功」という分布モデルよりも、「ほとんどはなんとか生き残り、その中でも一部が成功」という分布モデルになる。結果、失敗した投資を挽回するのに必要な成功のサイズも小さくなる。

まとめると、日本のスタートアップ投資は米国に比べて、倒産したりアクハイヤーされたりせずに生き残るためリスクが小さく、上場の規模が小さいためリターンも小さい。VCに投資するLPである大企業も、情報収集などを目的に投資することも多いので、米国のVCへの投資家に比べて、高いリスクに応じた高い期待リターンを求めない。投資環境、投資家・起業家の思惑や法制度、投資習慣など全体として、VCというアセットクラスがもたらすレベルの改革を起こせる状況になっていない。

視点4:目先のイグジットより、大きなイノベーションを起こそう

上述のとおり、日本のスタートアップが成功した時に実現するビジネスのサイズは小さすぎる。これを大きくするためには、多くのスタートアップにとってゴールになっている上場についての見方を変えることから始めるべきだ。

VCはその性質上、スタートアップの上場後は金銭的には役割が終わってしまう。一方、スタートアップの経営者は、上場で「イグジット」、すなわち出口になるわけではない。スタートアップのビジネスにとって正念場であるタイミングで上場するにも関わらず、その後いなくなってしまう株主(VC)の都合で上場することが目的化してしまっているのは、本末転倒だ。

米国と日本の上場会社・未上場会社を比較して興味深いのは、日本の上場会社は米国ほど株主の利害を優先する株主至上資本主義に振れていない一方、未上場会社では、米国よりも株主至上資本主義のきらいがある点だ。長期的なイノベーションを達成するにあたって、上場することはゴールではなく、あくまで手段であり、ツールである。そしてこのツールにはメリットとデメリットがある。

メリットは、会社のプロファイルが上がることや、さまざまなかたちで資金調達ができることだ。だが、デメリットも大変に大きい。業績評価のタイムスパンが四半期ごとになり、短期的な利益追求や株主還元を重視せざるを得ないということだ。しかも上場手続きに加えて決算報告など、IRのために管理部門で大変な手間とコストがかかるし、そのための体制も整える必要がある。ほとんどの場合、CEOであるファウンダーも、そこへ多くの時間を使わなければならなくなる。

事業の成長や海外展開にとって、上場会社であることが足を引っ張ることがあるということはDeNAの例でも述べた。

日本のスタートアップは、アーリーステージで上場やイグジットのことを考えるのをやめてはどうだろうか。世の中を変えるイノベーションで長期的に成長を目指せる事業のあり方が第一優先で、上場や買収はそれを達成するための手段に過ぎない。VCにとってのイグジットは、あくまでイノベーションの副産物だ。

もちろんVCにはファンドの運用期間があって、ある時点で投資家にキャッシュを償還しなければならないのは確かだ。だが未上場のスタートアップが上場せずに成長を続けることで、初めて未上場株式を取引するセカンダリーマーケットが発展するのであって、その逆ではない。セカンダリーマーケットがないことを言い訳に、投資先のスタートアップに上場を急がせるのは本質的ではないと考える。

また、日本のスタートアップのうち半数程度には、世界市場を最初から狙ったプロダクトづくりを目指してもらいたい。上場してから海外進出、という戦略はすでに述べたように筋が悪い。これまでは海外へ飛び出さなくても何とか事業の成長をまかなえた日本の「なまじ大きい国内市場」も、2060年には人口が9000万人を割り込み、その4割は高齢者になる見込みだ。

日本企業が再び世界で活躍するために、エコシステムのあるべき姿とは

ここまでの話を踏まえ、起業家や投資家は、どのように振る舞うべきだろうか。

起業家は、世の中を変革する(できれば世界規模の)大きなイノベーションを目指すなら、VCが本当にそのイノベーションに共感しているのか、はたまた100億円の上場を求めているのかを見極めるべきだ。イグジットのことはレイターステージになるまで心配しなくてよい。また債務などの個人保証は、何があっても避けるべきだ。

VCとしては、リスクはあれどもユニコーン、デカコーンを目指せるスタートアップに集中投資したい。鳴かず飛ばずのスタートアップを延命させるためのフォローオン投資はしない。ほんの一握りの大ホームランのための打席が大事で、残りは三振でも仕方ないというスタンスのVCが日本にも増えることを願う。

政府は、2021年あたりからスタートアップ政策に力を入れて来ている。欧州各国はもちろん、米国も政府の役割なしには、スタートアップエコシステムが盛り上がらなかった。政府にはまず、米国や欧州(特にフランス)政府が繰り出してきたスタートアップ政策を徹底的に分析してほしい。日本特有の各種業界規制(特にフィンテック)はぜひ解体すべきだが、規制緩和だけではない。力関係の偏った投資家と起業家の関係を修正するために、スタートアップ起業家の連帯保証の廃止など、介入すべき機会も多くある。

国内のVCにLP出資する大企業は、より大きな収益を期待してほしい。VCは、情報量ではなく、金銭的リターンで評価するべきだ。なぜなら、成績のよいVCにこそ、重要なディールフローや市場に対する洞察が集中するからだ。

また、全ての大企業は、終身雇用制が徐々に崩れて来ていることを自覚してほしい。トップクラスの人材がスタートアップに転職したり起業したりして、自社からはいなくなっているケースも少なくないはずだ。彼ら、彼女らは成功しようが失敗しようが、チャレンジを後悔することは少ないだろう。成功した人にとってのアップサイドの大きさ、失敗した人のダウンサイドの小ささを、皆が気づき始めている。

次回は、その流れについて、また日本人のキャリア感の変化について考察していきたい。