
- 販売前の商品のファンアートが2万円で売買
- NFTで変わるIPの作り方
- NFTがものづくり産業の起爆剤に
ポケットモンスターやハローキティ、それいけアンパンマン、スーパーマリオ──。これらの作品やキャラクターを筆頭に、日本からは世界中で多くのファンを抱えるグローバルIPがいくつも生まれている。
米国の金融会社・TitleMaxが2019年にまとめたメディアフランチャイズ(オリジナル作品とそこから派生した関連作品群)の総収益ランキングでは、上記の作品を含めた複数の日本発IPがトップ10に名を連ねた。この調査自体は少し時間が経っているため参考程度に留めておくのが良さそうだが、少なくとも日本のIPには世界で戦っていけるポテンシャルがあると言うことはできるだろう。
近年は新しいIPを生み出す仕組みの1つとして、“NFT”にスポットライトが当たり始めている。NFTプロジェクトでは最初からグローバルでファンと資金を獲得し、コミュニティを醸成しながらファンと一緒にゼロベースでIPを作っていきやすい。猿をモチーフにした人気NFTコレクションの「Bored Ape Yacht Club」はその代表例で、日本からも「Shinsei Galverse(新星ギャルバース)」など注目を集めるプロジェクトが出てきた。
2022年創業のNFIGURE(エヌフィギュア)もまた、NFTを活用したオリジナルのIPを作ろうとしている1社。同社ではフィギュアメーカーとタッグを組み、NFTとリアルなフィギュアを掛け合わせたプロジェクト「MASKED GIRLS NFT」の準備を進めている。
NFIGURE代表取締役の古橋智史氏はSaaS比較サイト「BOXIL(ボクシル)」を運営するスマートキャンプの創業者だ。2019年に同社をマネーフォワードに売却しており、現在はHIRAC FUNDの代表パートナーとしてスタートアップへの投資も手がける。
古橋氏にとってはBOXILとは全く異なる領域での挑戦となるが「日本のIPはポテンシャルが高く、世界で戦える可能性を秘めている」との考えからIP領域に着目し、NFT×フィギュアというアプローチから事業を始めることを決めた。
すでに老舗フィギュアメーカーの海洋堂とフィギュア製作における基本合意を締結しており、同社とタッグを組みながら日本発のグローバルIP作りに挑むという。
販売前の商品のファンアートが2万円で売買
NFIGUREにとって第一弾のプロジェクトとなるMASKED GIRLS NFTは、NFTとフィギュアをかけ合わせた日本発のNFTプロジェクトだ。
その名の通り“マスクを着けた女性”がモチーフとなっており、今後は絵師とともに7体のオリジナルキャラクターを制作する計画。直近では1体目のキャラクターである「Rei」のフィギュア製作と海外販売が目標だ。

年内にも販売を予定しているNFTはすべてフィギュアとセットになっており、NFTの購入者には「目安として1〜2年後」(古橋氏)に実物のフィギュアが届く。
このプロジェクトではNFTが会員権のような役割も担う。100%コミュニティ主導というわけではないものの、たとえばキャラクターの名前を投票で決めるなど、ファン同士がコミュニティ内で交流を深めながら、一緒にIPの成長を見守っていくことを意識して設計する計画だ。
現在は「NFTセール前のプレマーケティング段階」で全てのキャラクターが公開されているわけではないが、すでに「NFTプロジェクトならではの面白い生態系ができ始めている」(古橋氏)という。
Discord上に開設しているオンラインコミュニティ上には約2200名が参加。早期の参加者に対してOGロール(記念のバッジのようなもの)を配布する取り組みをしたところ、数日で一気に1000名を突破した。今でも参加者は増え続けている。
このコミュニティ内では現時点でチャットの機能を設けていないため、ユーザー同士が交流用の別コミュニティを自発的に立ち上げ、そこにも100名以上が参加している状況だ。
またNFTの販売前に関しては自由にキャラクターの二次創作(ファンアート)をできるようにしたところ、「(NFT販売前にも関わらず)ファンアートが2万円で購入される」ような事例も生まれているという。
NFTで変わるIPの作り方
なぜNFT×フィギュアだったのか。実はIP領域で新たな挑戦を決めた古橋氏は、当初フィギュア単体で展開することを検討していたという。
NFTをかけ合わせることにしたのは「ゼロベースでコミュニティを軸にIPを作っていく、NFT発IPプロジェクトの流れに乗せた方が、応援してくれるファンが集まるような仕組みが作れる」と考えたからだ。
「従来であれば既存の漫画やアニメ、ゲームからフィギュアのようなグッズを作って提供するという流れが一般的でした。でもNFTプロジェクトの場合は『こういうものを作ろうとしています』というDay1の段階から情報を共有し、共感してくれたユーザーとコミュニティを軸にIPを作っていくことができる。シンプルに私がフィギュアを作って販売しますといっても、おそらく全く売れないと思っています。既存のIPや大手出版社が手がけるIP(にひもづいたフィギュア)の方がユーザーも買いたいでしょう」
「(ユーザーの視点では)参加費を払って一緒にプロジェクトを盛り上げていくという意味で、プロセスエコノミー的な要素もあります。もちろんIPやフィギュアをゼロから作るのはものすごく大変ですが、その様子を一緒に体験できるので『推し活(ファン活動)の最上級版』とも言えるかもしれません」(古橋氏)
NFTプロジェクトではプロモーションの考え方も異なる。従来はIPの成長やプロダクトの販売のために企業が販促費に多くの投資をしていたが、NFTプロジェクトの場合はその一部を“コミュニティ”が担う。
そのNFTの価値が高まるほどホルダーにとってもメリットが大きくなるため、NFTプロジェクトの周知拡散など、積極的にコミュニティを盛り上げるインセンティブが働くからだ。
「応援してくれるファンや資金を集めるというクラウドファンディングのような機能や(NFTを)簡単に二次流通できるメルカリのような機能、クリエイターに対して投げ銭感覚で応援できる機能。Web2時代の仕組みを一緒くたに扱えるのがNFTの面白いところだと思っています。ブロックチェーン上のスマートコントラクトといったベースにある技術がしっかりしている上で、その上に何を載せるかは工夫次第です。たとえば二次流通の際にメーカーやクリエイターに収益の一部が還元される仕組みなどもできますし、いろいろな可能性を秘めている。私たち自身もMASKED GIRLS NFTを通じて模索していきたいと思っています」(古橋氏)

NFTがものづくり産業の起爆剤に
冒頭で触れた通り、日本からはグローバル規模のIPがいくつも生まれている。産業全体のポテンシャルが高く、絵師を始めクリエイターの数も多い。一方でフィギュアの製作にあたって業界について調べる中で「業界の課題も見えてきた」と古橋氏は話す。
「さまざまなグッズメーカーを訪問して驚いたのが、大手IPや人気グッズを製造販売している会社であっても、必ずしも事業としてもうかっているわけではないということです。業界特有の産業構造に加えて、日本のものづくりは『コスパ良く作る』考えもあり、そのしわ寄せが(メーカー側に)いっているケースもある。技術や情熱はものすごいのに、会社としては赤字。そのようなメーカーが1社でも多く持続できるような仕組みを作りたいという思いがあります」
「海外に目を向けると(メーカーの製品に)ものすごく価値を感じてくれる人がいる可能性もある。NFTを活用すれば最初からグローバルで挑戦がしやすいですし、うまくいけば(NFTが)ものづくりに情熱を注いでいる人たちの取り組みをアップデートする武器にもなり得ると考えています」(古橋氏)
MASKED GIRLS NFTではNFTとフィギュアをセットにすることで「NFTの後ろ盾として、フィギュアがその価値を一定裏付ける仕組み」を構築。フィギュアが1〜2年後を目安に届く設計なども含めて、投機的な目的で短期間で売買されるのではなく、ユーザーが長期間に渡って保有したくなるような体験を目指す。
NFT自体も安価に販売をするのではなく、始めから独自性のある高品質なものを高価格で提供していく計画。調整中ではあるが、NFTのセールのタイミングでは1体あたり0.25〜0.35ETH(日本円で6万円前後)の価格帯で、最大1500体分を販売していく予定だ。
その観点でも「クオリティの高いフィギュアを製作する必要があり、海洋堂さんと一緒にやれることは大きい」と古橋氏は話す。
NFIGUREとしてはMASKED GIRLS NFTを通じて得られた知見を、ゆくゆくは他のメーカーやクリエーターにも提供していく狙い。1つの「プロジェクト」からスタートし、次のステップではそのノウハウを詰め込んだ「プロダクト」を開発することで、NFTを活用しながらものづくりに取り組む企業や個人を支援したいという。
「自分たちが目指していくのはグローバルで戦えるIPカンパニーです。自分たち自身がIPを保有しているという側面もあれば、いろいろな人がオリジナルのIPを作るための仕組みも提供したいと考えています。今の段階では『ふざけるな』と言われると思うのですが、理想としては任天堂のような企業になりたいです。Nintendo Switchのようなハードウェアも作るし、マリオのようなIPも手がける。そんな企業を目指していきます」(古橋氏)