
- 2021年創業の子育て×フードテックスタートアップ
- 「食べてくれない」子どもたちにどう食べさせるかが幼児の親の悩み
- 当日料理した、栄養バランスの良い家庭料理を提供する「体験型」のサービス
- 保育園の保護者アンケートでニーズが浮上、「街づくり」の一環として誘致に賛同
- 「フェーズ2」では製造体制をスケーラブルにすることが目標
子育てと仕事の両立には、夫婦間の作業分担はもちろんのこと、利便性が高くサポート力のある保育園に子どもを入園させることや、日々の生活を“回す”ための日常生活の工夫が欠かせない。現代の三種の神器とも言える、「食洗機・ドラム式洗濯乾燥機・ロボット掃除機」で家事の時間を減らすといった対策は有効だが、最後まで残るのが「食事」の課題だ。
そんな子育て世帯の「食」をターゲットとするスタートアップの1社がマチルダだ。同社はテイクアウトした夕食を自宅で食べる「中食」サービスに取り組む。主に保育園に通う子どもを持つ親子に向けて事業を展開。子育て世代のニーズに応えて、巨大な中食市場に挑んでいる。
そのビジョンやビジネス展開について、マチルダ共同創業者でCEOの丸山由佳氏、COOの福沢悠月氏に取材。また子育て世代の実際のユーザーにもサービスについて聞いてみた。
2021年創業の子育て×フードテックスタートアップ
マチルダは、予約制で家庭料理のセットを夕食向けに提供。テイクアウトのための拠点を複数展開する。ユーザベース出身の丸山氏と、ディー・エヌ・エー(DeNA)出身の福沢氏が共同で2021年1月に設立した。同年7月にはシードラウンドでANRI、デライト・ベンチャーズから資金調達を実施。翌年には「Tokyo Metro ACCELERATOR 2021」や「三菱地所アクセラレータープログラム 2021」にも採択されている。
現在の受け取りステーションは、「勝どき」、「豊洲」(2カ所)、「新浦安」、そして11月14日にオープンする「有明」の5カ所。子育て家庭の多い東京・千葉のベイエリアを中心に、東急不動産、住友不動産、都市再生機構(UR)などと連携してステーションを設置している。前述した東京メトロや三菱地所のアクセラレータープログラムを活用し、駅やオフィスビルで夕食を受け取れる実証実験も準備しているという。
注文にはLINEを使用し、料理の量と週ごとの利用回数で料金が決まる。受け取る曜日とセットの種類、個数を事前に登録する週次プランでは、約2.5人前の「ファミリーセット」の場合、週3回で1回あたり2200円、1人前の「おひとりセット」が1回1000円となっている。また数量限定で当日注文も行える。事前にオンライン決済を行っておけば、当日17時から20時までの間にステーションでQRコードを提示して受け取りが可能。自宅に持ち帰ったら電子レンジで温めるだけで食べられる。




常設ではなく、移動式・時間限定で受け取りステーションを設置して商品の提供をするため、店舗ビジネスより資本効率が良いビジネスモデルになっているという。
LINEアプリを使ったオンライン注文の利便性を活用しつつ、受け取り時にはコミュニケーションを重視。ステーションスタッフが「今日のメインはアツアツに温めるのがおすすめです」と説明したり、「このお客さんは自転車で持ち帰るので、袋の口をキッチリ縛る」とタブレット経由でスタッフ間の申し送りしたりすることで、“人が対応してくれているということを体感できる”UXを実現しているという。

「食べてくれない」子どもたちにどう食べさせるかが幼児の親の悩み
概要や料金プランを見ると、コンビニやスーパーの弁当、レストランの宅配サービスなど、競合が多そうに見えるが、丸山氏は意外にも「そこは競合にならない」と説明する。
幼少期の子どもたちの夕食は、親の悩みの種だ。「お腹すいた!」と、なんでも食べる子どもは実際は少数派であり、「食べてくれない」苦痛を感じる親は多い。小食・偏食は当たり前で、野菜を一切食べようとしない子どもも少なくない。離乳食の後、一般的な食事を食べ始めたころの食の苦労は、親にとっても「なぜ」の連続だ。
保育園では給食を楽しく完食しているのに、家で作った食事には手をつけなかったり、好きなもの以外を残したりすることもある。時間に追われる中、苦労しながら手作りの食事を準備しても、一口しか食べないで終わると親も心が折れそうになるものだ。
だからといってどんな食材が使われているか不安もあり、保存料や着色料、濃い味付けも気になる市販の弁当もある。大きなスーパーであっても意外にメニューは限られ、毎回同じものを選ぶようになりがちだ。野菜も多くは取れず、「子どもに理想的な食事を与えられない」という罪悪感にさいなまれることになる。
マチルダは、そんな当事者以外にはあまり認識されていない食の苦労をさまざまなしかけで解消することを目指す。保存料・着色料を使わず、当日調理された限りなく家庭料理に近い、栄養バランスも考えられた料理を「帰って温めるだけ」で食卓に出せるような状態で提供。子育ての負担を軽減することで、同社のミッションである「こどもが無邪気でいられる社会を創る」を実現しようとしている。
当日料理した、栄養バランスの良い家庭料理を提供する「体験型」のサービス
丸山氏はマチルダのサービス開始以前、「ミールシェア」の名称で別事業を展開していた。2020年にピボットしたが、当時、コアユーザーの100以上の家庭と密にコミュニケーションを取る中で、「作り手だけではなく、家族にどれだけ受け入れられるか、どれだけ子どもがファンになってくれるかがポイント」だと気が付いたという。
マチルダの強みは、この「子どもをターゲットにした」ところにある。調理が簡単になるミールキットなど、夕食の時短サービスは一般的に作り手である保護者の使い勝手が良くなるよう設計されているが、マチルダのメニューは「子どもが楽しく食べられること」を重視しているという。
「普段、夕飯の準備を担当していると、栄養・利便性・コストが気になるものですが、子どもやそのほかの食べるだけの家族は、そこにはそれほど興味がなく、みんなで囲む食卓が楽しい場になるか、どれだけおいしいかを求めます。そのため、マチルダは機能性だけではなく“家族全員をターゲットとした楽しい体験”を一貫して設計しています」(丸山氏)
また、親のニーズと子どものニーズのどちらも満たせるよう、サービス全体を設計。例えば、親の「安全で栄養価の高い家庭料理を、便利に調達したい」というニーズを満たすために、注文はLINEを使い、保育園の近くなど便利な場所にステーションを設置。夕方17時から20時のいつでも取りに行けるよう工夫している。
もう一方の子どもの「楽しく食べたい」という気持ちを盛り上げるためには、当日ステーションで受け取る際にコミュニケーションを取り、実際に食べる際にも、クレープのように自分で包むおかずにして、「食べない」子どもたちの食を楽しい体験にする工夫を絶やさない。すでに500種類ほどあるメニューから、さまざまな献立を提供しているという。



「おとな2人分+こども1人分(または大人1人分+こども2人分)」を想定したファミリーセットは実物を見るとやや少なく感じるが、炊飯器で白米を炊いておけば、確かに夕食として成立しそうだ。基本的にはすべてフタ付きの容器に入っており、汁物・主菜などは帰ってそのまま電子レンジで温めるだけで食べられる。
味は、家庭料理でありつつ、食を楽しめる献立となっており、“子どもを対象にしているから味が薄すぎる”ということもない。サラダには大人向けにバルサミコ酢のドレッシングがセットされているなど、取り分けたあとに大人も満足する味に調整できるよう工夫されている。野菜もたっぷり使われていて、「子どもに良いものを食べさせたい」という親の気持ちをよく反映しているのが分かる。
マチルダではセントラルキッチンで当日作った料理を各ステーションで受け渡ししているが、その料理を誰が作っているのか背景が見えるよう、料理にメッセージカードを添付。親子で、その料理がどういう意図で作られたかストーリーを共有することで、夕飯にコミュニケーションや楽しさを演出する。子どもたちから料理の感想が、手書きの「キッズレビュー」やLINEでフィードバックされるという。
丸山氏によると、ユーザーから「なぜかマチルダのご飯は子どもが食べてくれる」という感想が返ってくることが多いという。食べるまでにもいくつもの「体験」を組み込み、実際に食べるころには子どもを「食べたい!」という気持ちでいっぱいにする。「楽しくて、料理の背景が見える、限りなく家庭料理に近い食体験」が子どもたちがマチルダのファンになる効果を生んでいるのではないかと語る丸山氏。毎日の夕食をイベント化する「体験型」のサービスにしたというわけだ。

レシピや栄養バランスにもこだわる。500種類のレシピと、スコア化された2万5000件のフィードバックを反映して献立を生成。添付されているカードには、メニュー名のほか、どう作ったかや、おすすめの食べ方が記載されていて、セントラルキッチンの料理人への親近感がわいてくる。
回答率が30%にもなるというユーザーからのフィードバックは、LINEメニューから「10秒フィードバック」から実施。この手軽さが回答率の高さのゆえんだろう。

保育園の保護者アンケートでニーズが浮上、「街づくり」の一環として誘致に賛同
11月14日にオープンする「有明」のステーションは、ゆりかもめ線「有明テニスの森駅」徒歩6分に位置するマンション「ブリリア有明スカイタワー」の前に位置する。この場所にステーションができるきっかけとなったのが、隣接する保育園「ひまわりキッズガーデン有明」からの問い合わせだったという。
同園園長の福島大樹氏によると、実は保護者のアンケートでは「(給食に加えて)夕飯の総菜を提供してほしい」という意見が圧倒的に多く、約8割にもなった。同園を運営するひまわり福祉会未来戦略部部長の箕輪大祐氏によると、このアンケート結果はこの園だけの特徴というわけではなく、同法人が運営する江東区4カ所と板橋区4カ所のすべての園での傾向だという。
あまりに高いニーズに、保護者の負担軽減を目的に同法人で事業化する計画も持ち上がったそうだが、コロナ禍もあり事業化するまでには至らなかった。そんな中、アンケートの自由記入欄に、このニーズを満たす「マチルダというサービスがある」ことが記載されていたことがきっかけで、マチルダの事業を知ったという。実はマチルダは以前、有明のほかの場所に3カ月間ステーションをテスト出店していたことがあり、その時に利用していたユーザーが保育園に通っていたそうだ。
マチルダではこれまで、東京のベイサイドを中心としたローカルサービスであることや、大量製造体制が整っていないことから、メディアへの露出は控えていたこともあって、リピーターメインにママ友や地域のクチコミのみで事業を伸ばしてきたという。今回のステーション設置も、“保護者のクチコミ”からスタートとしたということのようだ。
福島氏は「認可保育園の立場でというより、有明という地域の一員として子育てしやすい街づくりに貢献したいという気持ちから、ステーションの開設に協力しました」とコメント。マンションの敷地内にステーションを設置することから、園長がパイプ役となってマンションの管理組合に紹介。会議では賛否両論があったそうだが、園長からもこのサービスが街づくりに期待できるメリットを説明するなどしてサポート。最終的に3カ月のテスト設置が許可された。
「子育て世代が移り住み、2人目・3人目を考えられる街は家事をどれだけアウトソーシングできるかが重要。子どもの支援をするにはまず親への支援が必要で、子どもに注力するだけの余力を親が持つ必要がある、という考えはマチルダのサービスと共通しています」(福島氏)
11月初旬には有明ステーション開設を前に、試食品が保育園の保護者向けに配布された。安心・安全な子ども向けの総菜と聞いて、子ども以上に保護者の反応が非常によかった。
「思ったより味が薄すぎず、食べやすい」「その日に作ったものを食べられるのが良い」「さっそくLINEの登録をした」という声が聞かれたほか、以前有明のステーションを使っていたというユーザーは「マチルダの食事は、なぜか子どもがよく食べてくれる。気に入って使っていたが、ステーションがなくなり残念だった。ほかのサービスも使ってみたが、味が濃くて合わなかった。今回は継続して設置してもらえるように、週5日のプランで頼んだ」という熱い反応もあった。
何人かの保護者からコメントとして聞かれたのは、「正直、大人のご飯は何とでもなるが、子どもの食事だけは栄養バランスの良いおいしい食事にこだわりたい」というもの。仕事と並行しながら時間に追われる中での子育てでも、そこだけはこだわりたいというポイントが、この「子どもの夕食」だということだろう。ユーザーが妥協しないポイントをつかんだことが、マチルダが価格競争に陥らずにサービスを広げることにつながっているようだ。
「フェーズ2」では製造体制をスケーラブルにすることが目標
マチルダの強みは、「リピーター率が高く、離脱率が低いこと」だと丸山氏は語る。10月初週の利用者(447家庭)のうち、4カ月以上利用しているヘビーリピーターは約6割を占めるという。
同社は、「ファンを作るUX」や「競合優位性のあるビジネスモデルの生成」を目指してきた「フェーズ1」は完了し、現在は「フェーズ2」を展開中とのこと。製造体制をスケーラブルにすることに注力し、当面1万食の提供を目指すほか、共通コストを増やして利益率のアップを目指すという。
今後「フェーズ3」で3万5000食、300ステーションの展開を、「フェーズ4」ではステーションがその地域の子どもの見守り場になることを目指すほか、朝食や、塾で食べる弁当としても展開できるよう多様化を検討している。これにより、最終的にはマチルダのミッションである「こどもが無邪気でいられる社会を創る」ことを実現、社会全体で子育てできることを目指すという。
現状、実際のLINEの注文を試して見ると、ステーションによっては、製造体制の限界や、ワゴンの積載量との兼ね合いですぐに予約がいっぱいになるケースもあり、製造体制の強化に注力したいというのも納得できる。
マチルダは、子どもが「食べてくれない」難しい数年間を乗り切るための事業としてよく練られたサービスだと感じる。働きながら子育てする世帯にとって頼れるアウトソース先として、今後も展開が広がりそうだ。