
- 前年比2倍超、増えるスタートアップ人材の転職
- スタートアップへの転職で成功する人・失敗する人
- スタートアップへの転職、重要なのは「第三者の視点を入れた企業選定」
- すべての経験を「自分の価値」と捉えられればスタートアップへの転職活動は成功する
ひと昔前であれば、「転職」という言葉にはネガティブなイメージが付きまとっていた。「こらえ性がない」「逃げ」などと陰口を言われることもあった。
しかし、人生100年時代にあって、終身雇用制は崩れ、転職は当たり前のものになった。しかもこれまで見てきたように、スタートアップを取り巻く環境は10年前から大きく変わってきており、自分のキャリア戦略のために、あえてスタートアップへと転職する人も出てきている。
実際に、スタートアップへの転職市場はどのように変化してきているのだろうか。また、スタートアップへ転職して成功する人、失敗する人の違いは一体何なのだろうか。どのような会社を選べば良いのだろうか。
特集「スタートアップ転職のリアル」の最終回では、スタートアップ企業の中核を担う人材のヘッドハンター、フォースタートアップス コミュニケーションデザイン 専門役員/タレントエージェンシー本部マネジャーの鈴木聡子氏とシニアヒューマンキャピタリスト 営業戦略室 室長の岡本麻以氏にスタートアップ転職で成功する人、失敗する人の特徴について話を聞いた。
前年比2倍超、増えるスタートアップ人材の転職
──直近のスタートアップへの転職動向について教えてください。
鈴木聡子氏(以下、鈴木):前提として、私たちはスタートアップの中でも、経営の中核を担う幹部層人材の紹介をしています。その上でのお話ということをご理解いただきたいのですが、日本の転職市場自体は、流れで言えば明らかに転職者数が増えているというのは皆さんご理解いただいてると思います。
新型コロナウイルスの影響で人材の流動性が弱まった時期はありましたが、2018年の1年間と2022年の現時点(編集部注:インタビューを実施した10月)で比べても、全体の転職者数は3.8倍になり、21年4〜9月に大企業からスタートアップに移った件数は、18年の同時期と比較して7.1倍にまで市場は拡大しているとエン・ジャパン運営 「AMBI(アンビ)」さんからも発表がされています。
新型コロナの感染拡大以前、当社で転職をご紹介した実績は年間400件程度でしたが、2022年はすでに500人の転職をお手伝いしています(2022年1月〜9月実績)。直近では資金調達環境の変化に伴い、採用ニーズはやや減少傾向にあるものの「提示年収を上げてでも獲得したい人材を採用する」意向を示すスタートアップが増えています。当社においても2022年度のご紹介単価は過去最高を更新しています。
──増加の理由は?
鈴木:コロナ禍によって、多くの企業は働き方にスピーディーな変化を求められました。ですが、その変化のスピードについていけない企業も少なくありませんでした。社会の変化についていけない自分の会社に違和感を抱き、「安定」を望んで大企業にいた人が、「柔軟性」を求めて船を乗り換えてスタートアップにやってきているということが背景にあるのではないかと考えています。

──大企業からスタートアップへの転職における、「収入の低下」は気にならないものでしょうか。
鈴木:実はフォースタートアップスでの転職支援では平均年収は大手企業の水準と遜色なく、むしろ上昇傾向にあります。それには2つの理由があります。
1つめはスタートアップの資金調達額が増えていること、2つめはスタートアップの競争先が国内企業から海外企業へと変わってきたということです。
かつては数千万円の資金調達であってもスタートアップ業界の関係者の間で話題になっていました。ですが今では数億円という数字を見かけることも少なくありません。場合によっては、数十億円の資金調達を実施するスタートアップも出てきています。その資金をマーケティング、開発、そして人材獲得に投下しています。
これまでのスタートアップは「チャレンジができる環境」など、給料以外のポイントを訴求して人材を獲得してきましたが、やはり良い人材を獲得するには良い給与を出さなければならないのが昨今の状況です。また、採用競合となる企業も国内のスタートアップでした。ですが現在はそれに加えて、外資企業や外資コンサルも選択肢に入るようになってきたことも要因としてあげられます。もうおわかりのように、採用競争力を高めるために「年収を上げていこう」と採用側も頭を切り替えないといけなくなってきたというわけです。
実際、平均年収は一般企業と変わりがなくなってきています。ここ数年で伸びてきている、ということを確認していただけるのではないかなと思います。

──スタートアップの採用と言えば、以前はリファラル採用(社員紹介による採用)だったり、インターンからの正社員登用などを聞くことが多くありました。ですが今は、CXO候補人材も獲得できている(例:海外投資銀行経験者のCFO人材採用など)のは資金が潤沢にあるからということでしょうか。
鈴木:そうです。ヘッドハンティングが行えますし、年収交渉もできるようになってきた。大企業ではすでに「上」のポジションが埋まっており、自分の番がなかなか回ってこない。結果として自分のキャリアが頭打ちになってしまうことが多分にあります。
そう考えていたところに同じくらいの年収で、事業のスケールを成長させるワクワク感、期待感を抱ける仕事ができる選択肢が提示される。結果、スタートアップへの転職を決意する方が増えているという印象です。
スタートアップへの転職で成功する人・失敗する人
──スタートアップへ転職したい人が身につけておくべきスキルとは何でしょうか。
鈴木:ビジネススキルはスタートアップであろうと大企業であろうとあまり変わりがありません。それを踏まえた上で最も必要なのは、「ポジティブシンキング」というスキルです。
一般的に、人間というのは物事を悲観的に、不安を覚えながら見るという傾向を持っています。それを訓練して、ポジティブに見られるようにすること、逆境を逆境と考えず、変化を楽しむ、柔軟に対応する能力。それがスタートアップにおいて最も重要なスキルになってきます。失敗を失敗として捉えるのではなく、成功への過程である、というような考え方が大事です。

岡本麻以氏(以下、岡本):大企業の中で活躍できる人が、スタートアップへ行っても活躍できるという保証はありません。もちろん、「大企業」というピラミッド構造のどこに自分が位置しているのか、また数多くあるスタートアップ企業でもピラミッド構造のどこへ転職するのかという要素も関係してきます。ですがスタートアップへの転職で成功するには、何よりもまず、どのスタートアップを選ぶのかが重要になります。
なお、スタートアップ特有の“構造”があるとすれば、それは「明確なステップアップがない」ということです。というのも、大企業内では昇進するには「社内試験に合格する」など必要なステップが明確ですが、スタートアップでは突然マネージャー職が文字どおりに“降って”きます。たとえ降ってきた役割を担うためのスキルが成熟していなくても、その役割をどんどんやっていくことでスキルが後からついてきます。
ときおり、「未経験者歓迎」という求人広告の文言に踊らされてしまう人がいますが、それはスキルセットとしての「未経験者」を歓迎するという意味ではなく、新しい役職・環境になったときに対応できる人を求めているという意味なのです。そこを勘違いすると、ミスマッチが生まれてしまうのです。

──「変化を受け入れる」という点で、ポジティブシンキングを身に着けていれば成功の確率は上がるし、なければ失敗してしまう、と。
岡本:とはいえ、成功や失敗は、決して当人だけが要因であるというふうに言い切ることはできません。転職先のスタートアップと本人、両方の要素が関係してきます。仮に「マーケットの選択を間違えてしまった」となっても自分を責める必要もないし、会社が悪いというわけでもない。成功も失敗も、要因は1つに絞ることができず、単純に語ることができないのではないでしょうか。
鈴木:私自身、ここ10年で8回転職をしています。あるとき従来型の日本企業から、会社の公用語が英語で“ITゴリゴリ”な本当に始まったばかりのスタートアップに転職しましたが、そこで挫折を経験しました。
でもそれは、全く違う環境に身を置いてしまったから。ITや英語など、できないことだらけの環境に飛び込むのではなく、ピボットするように「得意なこと」という片方の軸を動かさず、もう片方の軸だけを動かせばいいような環境を選べばよかったと思います。それに気づけたおかげで、次の転職は自分の能力を発揮することができ、そして今に至っています。
大切なことは2つです。スタートアップでは、できなかったことではなく、チャレンジするという意思決定や過程を評価してくれるということ。もう1つは会社のカルチャーには相性があり、それが合うか合わないかで成功の可否が決まってくるということです。
また、自分が何を求めているのかをよく考え、強みを活かせる転職先のスタートアップがどこのフェーズにいるのかを見極めてもらいたいと思います。シード、創業期のスタートアップと上場を控えたスタートアップでは、求められる動き方や役割が全く変わってきます。
──「スタートアップの採用」というとひとくくりに語られがちですが、実際はステージによって違う、と。
はい。会社の規模感によって組織の課題が異なりますから、自分のスキルや求めることにフィットするかどうかを1社1社見極めることが大切です。
スタートアップへの転職、重要なのは「第三者の視点を入れた企業選定」
──スタートアップへ転職する際、選ぶコツはありますか。
鈴木:第三者の視点を必ず入れるようにしてください。
第三者の視点として有効なのは、投資家たちの目線とスタートアップが戦っているマーケットの状況です。
ウェブで検索して「(志望するスタートアップについて)しっかり情報を集めている」と思っていても、実はそれがオウンドメディアであることもあります。自社についての発信であれば、良いところをしっかり表現できているものもあれば、時折実態以上にデフォルメしている場合もあると感じます。そのため、集める情報には(客観性があるか)注意が必要です。
「(有望なスタートアップを)選ぶセンスがある」と考える人もいるかもしれません。しかし、センスは経験の回数で磨けるもの。一生の中で、限られた転職回数で磨かれることはないと思っていただいたほうがいいと私は考えます。それほど転職は難易度が高いという認識です。
スタートアップは市場変化に柔軟であるがゆえに、変化スピードが早い、よって市場にある情報はすぐに劣化します。最新の組織の状況や経営者の考えている方向性などは限られた時間内で重要な情報にアクセスできるようにしておくべきです。そこで有効な手段がエージェントやヘッドハンター、ヒューマンキャピタリストなど企業側と密に連携しているチームや人にサポートをもらうことです。現時点でスタートアップに触れている方であればまた違った見方もできますが、どこから情報をキャッチして自分に合う企業を見極められるかが重要だと考えています。
──御社が考える、今注目すべきスタートアップを教えてください。
鈴木:行政やメディアでも注目されていることもあり、スタートアップが次々に誕生していますが、中には似て非なるものもあると考えています。そもそもビジョン・ミッションのない企業は、真のスタートアップとは言えないのではないでしょうか。
ビジョン・ミッションがなければ、何のためにその事業に挑んでいるのかわからず、日々ビジネスをスケールすることを目的に上から言われたことだけをやっていることにもなりかねません。真のスタートアップは、ビジョン・ミッションを持ち、さまざまな手段を駆使しながら最短もしくは最良の道のりでビジョン実現に向けて挑むもの。──そう覚えていてもらえればと思います。

鈴木:ポイントは、起業家が、なんのためにそのビジネスを立ち上げたのか、またどこを目指して事業をやっているのかということ。それから私たちは、ともに人生をかけて挑む“仲間”として社員を大切にしているかというポイントを重要視しています。中にはご対応が難しい案件もあります。
すべての経験を「自分の価値」と捉えられればスタートアップへの転職活動は成功する
──スタートアップへ転職したいと考えている人へアドバイスをお願いします。
岡本:成功のHow toは決して1つではありません。企業との相性、タイミング、抱いている思いなどさまざまな要因が絡み合っています。そして、決してゼロサムではないということが、キャリアを選ぶ上でのポイントになるかなと思います。
鈴木:今、良いスタートアップには、良い人材に入ってもらうための資金が集まっています。つまり、転職者を迎える準備ができているのです。さまざまな経験から失敗することもあるかもしれませんが、スタートアップは、過去ではなくその人の未来をみて採用投資する傾向が強くあります。
失敗や経験を自分の価値に変えていける強さと、これからどうするか?と自身の可能性を信じ挑み続けていただきたいとお伝えしたい。時間は有限だからこそ、効率よく、そして決断ができる情報をキャッチして、時に第三者も活用してください。自分の人生の選択を正解にするのは自分自身ですから。