ShiruBe代表取締役の上館誠也氏
ShiruBeの上館誠也氏
  • 小学生で感じた「教義への違和感」
  • 科学的な方法論よりも、現場で求められていたのは「納得」

連載「アニマル・スピリット最前線」では、ノンフィクションライターの石戸諭氏がアニマル・スピリット──つまり溢れんばかりの好奇心に突き動かされる人たち、時には常識外とも思えるような行動を起こす人たちの思考の源泉に迫っていきます。第4回に話を聞いたのは、ShiruBe上館誠也氏です。

「僕は旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の信者を親にもつ二世として生まれました。信仰はとっくにありません。教義を超えるために必要だったのは、僕自身が考えることだった。人間が考え続けてきた学問である『哲学』をビジネスに使いたいという発想は、間違いなく僕の生まれ育った環境とつながっています」

ビジネスパーソンが仕事上の悩みを「哲学者」との対話(1on1)などを通じて、ビジネスに還元していくというマネジメントプラットフォーム「哲学クラウド」を提供するShiruBe代表取締役の上館誠也氏はこう語る。哲学クラウドでは従業員やチームの悩みを言語化し、それを哲学者が分析する。その後、チームの理想的な状態やそれぞれが納得できる目標とは何かを哲学者を交えて、ビジネスパーソン自身が考えていく──これが基本的なサービス内容だ。

生い立ちと一風変わったビジネスとを結びつけて語られることは、もしかしたら上館氏にとっては不本意かもしれない。だが、彼の存在は少なくない二世信者やカルト宗教と向き合う上でも、なにより自分が感じた"不”を解決していくというスタートアップビジネスにとっても重要な考え方になると思う。

なぜ彼が哲学をビジネスにしたのか。ひも解いていこう。

小学生で感じた「教義への違和感」

2022年に31歳の誕生日を迎えた上館氏は、山口県下関市で生まれ育った。両親は旧統一教会の熱心な信者同士で、父はさまざまな仕事を掛け持ちしながら教会への献金を繰り返した。記憶をたどった時、漠然と教会の唱える教義がおかしいと直感したのは小学2年生の頃からだったという。

旧統一教会では、世界を神とサタンの二項対立的な構図で括り、信者は神の側に立つというのが教義の根底にあるのだが、社会はそう単純なものではないという思いは常にあった。それは彼自身が特段勉強をしなくても学校の勉強ができ物事を鵜呑みにせず考えられたこと、そして地元で圧倒的な強さを誇った柔道を通じて社会との接点を持っていたため、外部の人間のさまざまな考えに触れられたことが大きな要因だ。

スポーツの成績で世に認められれば、教団の関係者は喜ぶ。だが、教えでは外の世界は「サタンの世界」である。サタンの世界で挙げた成果を喜ぶのは完全に矛盾していると考えた。高校生になる頃には教義を読み込み、矛盾点をまとめ、父親や教団関係者にぶつけていた。

「自分の頭で考えずに教団の言うことを聞くだけの“亡者”と、矛盾を受け止めた上で信仰を選ぶ“信者”は違うと考えていました。思いのほか亡者が多いのです。お金が足りないというのなら、自分たちで法に触れない正当なビジネスをして稼げばいいんですよ。多くの信者はそれすらしない。僕は自分で論理的におかしい点を挙げることで、信仰からは完全に離れることができました」(上館氏)

科学的な方法論よりも、現場で求められていたのは「納得」

考えることで、与えられた条件を転換し、人生を変えることができる。原体験は彼に自信を与えた。学費を賄うという現実的な問題もあり、大学時代から英単語を効率的に学ぶアプリ「mikan」を開発するmikan(Yenomへ社名変更ののち2021年に清算。現在のmikanはYenomから教育事業を切り離して設立した会社)を共同創業し、スタートアップの立ち上げに取り組んだ。立ち上げから成長軌道に乗せたところで、彼の関心は組織作りに向かう。

「スタートアップでこれは難しいと感じたのは、組織づくりでした。僕が見ている限り『こういう風に生きないといけない』『会社員としてこう働かなければならない』と思い、理想とのギャップで苦しんでいる人が多いと思ったんです。自分で考えるよりも絶対的な正解を求めて、何かにすがる。これは僕が見てきた、カルト宗教を頼りに何も思考しない人々と同じです。働く人の心のメカニズムを知りたくて、スタートアップから経営コンサルを手がけるリンクアンドモチベーションに転職しました」(上館氏)

リンクアンドモチベーションは心理学や経済学などの科学的知見を取り入れ、ビジネススキルや社員のモチベーションを分析することを得意としていた。彼はそこで、1on1ミーティングのやりかた、モチベーションを上げていくための人事制度の構築法を徹底的に学んだ。理論をベースに、多くの会社員が知りたいことを説得的に語る彼の姿勢は評価を得た。その会社で得た経験をもとに、彼はリクルートで個人コンサルとして、前職で培ったノウハウをもとに組織変革に取り組もうとした。

ところが、である。

「結果的に自分の考えていることはうまくいきませんでした。結局、現場で必要とされているのは、科学的に裏打ちされた制度を導入するよりも、現場で必要とされているのは、例えば『リモートで働く社員のモチベーションの上げ方』だったのです。これは今ならよくわかります。マニュアルより、ひとりの社員にとって、現実的で、すぐに役に立つメソッドが欲しいということです」(上館氏)

効果的なメソッドはすぐには提供できなかった。科学的な方法論は組織には効果的だが、一人ひとりの悩みに寄り添う方法までは教えてくれない。そこで彼は考えた。あれをやれ、これをやれと言っても人はそれだけでは動かない。個人にとって大切なのは、「納得」だ。

自分が何に悩んでいるかを言葉にし、自分で考え、次に向かって動き出す。なぜ働くのか、自分は何を欲しているのか、不満はどこから生じているのか……。ひとつの挫折から新しいビジネスを立ち上げたいと思った。

ヒントは人生の時々で、彼が読んできた哲学書にあった。

「哲学は考える力を僕に与えてくれる学問でした。まず、僕は宗教とは何かを徹底的に考えなければいけなかった。働く場でもそうです。自分は何に関心があり、どうして企業経営をするのか。どんなサービスを提供したいのか。それはなぜ必要なのか……。考えるために、哲学が必要だったのです。哲学書を読んでいると、自分の悩みというのは、すでに過去にいろいろな哲学者が考えてきたことだとわかるのです。過去の知見と対話をすることで、自分を客観視できます。そして、それぞれの性格や価値観にあった納得のモデルがあるということもわかるのです」(上館氏)

哲学はあらゆる場に宿る。「哲学クラウド」にも参加する東京⼤学の梶⾕真司教授が広めた「哲学対話」(日常で感じる哲学的な問いを対話により深めていく活動)では、このような効果があったという。

《「考える力」は個々人へのトレーニングや競争によって身につくわけではありません。自由に問い、何でも話せる場を作ること、それによって信頼関係を作ること、それこそが考える力を育てるのです。そうしてそれぞれが自分で考えるようになれば、自ら行動したりお互いに協力したりすることもできるようになるのです》

ビジネス上の「あるべき姿」の呪縛にとらわれず、個人の「納得」を導くために。必要なのは「考える力」ということになるのだろう。この先、目指す姿は何か。彼はこんなことを言った。

「僕自身が人間のことをもっと知りたい。このサービスを続けること自体が僕にとっての哲学でもあるのです」