
- 償還期限を迎えるVCファンドの増加と相次ぐダウンラウンドIPO
- ユーザベースにジェラートピケ、円安下で際立つ海外ファンドの躍進
- 冬の時代に目立つ、キャッシュリッチ企業のM&A
- ファイナンス手法の多様化も背景に2023年のM&Aはさらに活発化
- 岸田政権のスタートアップ支援策、大企業によるM&Aの呼び水となるか
- 逆風下で進む、スタートアップ成長プロセスの進化
株式市場を見れば、これまでにない大きな衝撃から始まった2022年。スタートアップの「出口戦略」にはどんな影響があったのか。また今年、2023年はどうなるのか。M&Aと資金調達のプラットフォームを運営するスタートアップ・M&Aクラウド代表取締役CEO 及川厚博氏が考察する。
スタートアップ業界にとって、2022年は大きな気候変動に見舞われた1年だった。株式市況が冷え込む中、資金調達環境は厳しさを増し、多くの起業家が経営方針の転換を迫られた。一方、明るいニュースとしては、岸田政権下でスタートアップ振興策が本格化したことが挙げられる。全体的に氷河期と言っても過言ではないスタートアップ業界において、将来への希望を感じさせる動きとなった。
米国の金融引き締めをきっかけに、世界的にIT銘柄の株価が落ち込み始めたのは2021年後半。これに加えて2022年は、GAFAの業績悪化に伴うレイオフなどもあり、実体経済の上でも冷たい風が吹き荒れた。ソフトバンク・ビジョン・ファンドが、大幅赤字となったのも、このあおりを受けた結果と言える。一方で大きな話題となったのは、イーロン・マスク氏によるTwitter買収。かつてAmazon創業者のジェフ・ベゾス氏による「ワシントン・ポスト」買収もメディアで大きく報じられたが、DXの盛り上がりがひと段落した今、個人の与信で資金を集められるシリアルアントレプレナーの強さが目立った。
償還期限を迎えるVCファンドの増加と相次ぐダウンラウンドIPO
日本国内に目を向けると昨年、多くのスタートアップ経営者を悩ませた問題として、VCの運営するファンドの中で償還期限を迎えるものが増えていることが挙げられる。国内でスタートアップエコシステムがかたち作られて約10年、第一期の終わりに差し掛かってきたと言える。
折しも不況の真っただ中に当たり、VC担当者、投資先の経営者ともに、イグジットの手段については難しい判断を迫られている。当社にも、昨年はいくつかVCからM&Aの相談が寄せられた。償還期限のピークは2025年ごろと見られ(編集部注:VCファンドの期限はおおよそ7〜10年程度)、「スタートアップイグジット2025年問題」がこれから徐々にクローズアップされていくだろう。
資金調達のハードルが上がり、VCからはイグジットを迫られ、IPOをしても株価が付きづらい──スタートアップの経営者にとっては厳しい状況が続いている。そんな背景から、当社に寄せられる売り手からの相談件数も増えている。特にミドル/レイターステージのスタートアップに関する相談が多い。「取り急ぎVCの持ち分の振り替え先を探したい」というニーズもあれば、「よりロングタームで経営できる体制を築きたい」と事業会社へのグループインを希望する声もある。
そんな中、ここに来てダウンラウンドIPOが相次いだことは筆者の想定外でもあった。2022年11月17日、大幅なダウンラウンドとなるnoteのIPOが承認され、その後数件のダウンラウンドIPOのニュースが続いた。
ダウンラウンドIPOは従来、VCにとっても起業家にとっても、極力回避すべき手段と考えられてきた。しかし、現在の先の見えない市況においては、これも現実的な選択ではある。VCにとって、投資先のM&Aは利確を意味するが、IPOであれば持ち株を保有し続けることにより、利確を先延ばしにすることもできる。
不況下では一般に、市場から厳しい評価を受ける企業が増える一方で、一部の勝ち組の企業は評価を高めるという二極化が起きやすい。2022年のスタートアップM&Aを振り返ると、まさにそうした勝ち組企業による積極的な打ち手が目立った。また、円安の影響もあり、海外ファンドの動きも活発化している。ここからは、話題となったM&Aに触れながら、2022年のスタートアップM&Aの傾向を振り返ってみたい。
ユーザベースにジェラートピケ、円安下で際立つ海外ファンドの躍進
「NewsPicks」の運営会社ユーザベースを米国の投資ファンド・カーライルが買収──去年11月のこのニュースがスタートアップ業界を騒がせたのは記憶に新しい。2022年のスタートアップM&Aのトピックとして、海外PEファンドによるM&Aが相次いだことは外せないだろう。
特に活発な動きを見せたのは、従来から日本企業に対するM&Aを積極的に仕掛けてきたベインキャピタル。2022年3月には「with」のイグニス、8月には「Omiai」のネットマーケティングと、マッチングアプリの運営会社を続けて傘下に加えている。11月には、ルームウェアブランド「ジェラートピケ」運営のマッシュに対するM&Aも発表し、注目を集めた。
日本発スタートアップへの関心を強めているのは、PEファンドだけではない。8月にはAmazon.comが「@cosme」運営のアイスタイルとの資本業務提携を発表。10月にはアクセンチュアによるAIビッグデータ分析のALBERTへのTOB(株式公開買付)もあった。
海外企業の動きがこれだけ活発化している背景には、為替の影響で日本企業が割安になっていることに加え、構造的な要因もある。特に米国では、上場企業に求められる四半期ごとの開示基準が日本より緩く、のれんを償却する必要もない。
このため、M&Aの成果に対して、投資家の目線は日本の場合ほどシビアではなく、買い手は今が好機と見れば、大胆なチャレンジをしやすい環境にある。海外企業による日本のスタートアップのM&Aは、今後もしばらく続きそうだ。
冬の時代に目立つ、キャッシュリッチ企業のM&A
2021年末の私の記事で「今後合従連衡が進む」と予測したSaaS領域では、2022年もfreeeとマネーフォワードの2強が活発な動きを見せた。freeeはMikatus、マネーフォワードはNext SolutionとのM&Aを発表した。両社はいずれもIT銘柄の株価が高騰していた2021年夏頃までに、海外公募増資による大型調達を実施。この不況下におけるキャッシュリッチ企業の代表格となっている。
DX領域では、M&A巧者として知られるSHIFTが、昨年も3件のM&Aを発表した。
メガベンチャーの中でも、株安の機会をとらえ、資金力を活かしたM&Aに乗り出す動きが2022年は目立った。5月にはDeNAが医療ICTのアルムのM&Aを発表。コロナ禍でメディアからの注目度も大きかったアルムには500億円超の評価が付き、スタートアップM&A史に残る大型M&Aとなった。
メガベンチャーではこのほか、サイバーエージェントがBABEL LABEL、ドラゴン東京と、クリエイティブ企業を相次いでグループに加えている。撮影サービスのラブグラフの子会社化などの買収を進めたミクシィの動きも目立った。
最後に、円安が続く中、日本発のクロスボーダーM&Aとして大型ディールが誕生したことに触れておきたい。フィンテック系のユニコーンであるOpnは11月、米国のMerchantEの子会社化を発表した。
OpnとMerchantEの件で特に注目したいのは、M&A資金の調達において、政府系金融機関の協力を得ている点だ。Opn共同創業者兼CEOの長谷川潤氏は、ロイターの取材に対し「岸田政権になったことは日本のスタートアップにとって追い風」と語っている。政府のスタートアップ振興策に期待が寄せられる中、本件は今後の日本発スタートアップにとって、1つのベンチマークとなりそうだ。
ファイナンス手法の多様化も背景に2023年のM&Aはさらに活発化
2022年同様、2023年もキャッシュリッチ企業によるM&Aが続くことは間違いないだろう。そんな中、注目したいのは新たなプレーヤーの動向だ。SaaS領域で言えば、freeeとマネーフォワードによるM&A合戦に割って入る企業が出てくるかどうか。OBC(オービックビジネスコンサルタント)あたりは可能性がありそうに思われる。
M&Aの買い手になり得るキャッシュリッチ企業としては、グリーやGMOインターネットグループの動きも気になる。また、コロナによる巣ごもり需要で業績を伸ばしたECサイト構築支援のBASEも、2020年に海外公募増資で118億円を調達し、勝ち組企業の1つとなっている。今後M&A戦略を展開していく可能性は十分にあるだろう。
勝ち組企業をM&Aに向かわせ得るファクターとして、ファイナンス手法が多様化していることもポイントに挙げられる。スタートアップの資金調達は従来、エクイティで行われるケースがほとんどだったが、デットで運転資金を賄うことが可能になれば、その分、エクイティで調達した資金は積極的にM&Aに回せるようになる。
2022年はアルバイト仲介アプリのタイミー、法人カードのUPSIDERがデットによる大型調達を実施した。2023年はこのトレンドがさらに波及し、M&Aの新たな買い手となるスタートアップが出てくることも考えられる。
岸田政権のスタートアップ支援策、大企業によるM&Aの呼び水となるか
岸田政権下のスタートアップ支援策に関しては、2022年8月に初のスタートアップ担当大臣が任命され、11月には「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。計画に盛り込まれた各種の施策案が今後どんな経過をたどるのか、今年の動きが注目される。
一連の施策案のうち、M&A関連で特に話題を集めているのは減税策。M&A買収額の25%分が法人税の課税所得から控除される案が出ているようだ。これは減税効果そのもののインパクトはさほど大きいとは言えないものの、大企業によるスタートアップM&Aの呼び水となる可能性を秘めている。
スタートアップと大企業の組み合わせで言えば、2022年は入退院調整支援の3Sunnyが帝人にグループイン。資金調達からのM&Aへと踏み切っている。25%減税が実現すれば、同様にスタートアップとのアライアンス、さらにはM&Aに乗り出す大企業が増えていくことが期待される。
逆風下で進む、スタートアップ成長プロセスの進化
ダウンラウンドIPOを選択するスタートアップは、今年も一定数出てくるだろう。その結果として、IPO偏重と言われる日本国内でも、M&A活用を早くから想定に入れるスタートアップが増え、将来的なM&Aの活性化へと向かう転機となっていくかもしれない。
IPO準備とM&A交渉を並行して進める「デュアル・トラック・プロセス」も、現在の不況下で浸透が進みそうだ。デュアル・トラック・プロセスは、米国ではすでに一般化しており、日本では2021年にPaidyが実施して話題となった。
当社でも昨年、IPO準備を走らせながら、チェンジへのグループインを決めたDFA Roboticsのケースを支援した。シリアルアントレプレナーでもあるDFA Robotics代表取締役の波多野昌昭氏は、引き続きチェンジのもとでNASDAQ上場を目指している。日本のスタートアップの成長プロセスの多様化を象徴する事例であり、後に続くスタートアップも今後増えるだろう。
M&A後に急成長した企業としては、2017年にKDDIにグループインし、「スイングバイIPO」(大企業のアセット活用によりIPOを目指すこと)という言葉が誕生するきっかけとなったソラコムが、2022年11月に上場を申請。また、スタートアップ同士のM&Aでは、2018年にGA technologiesにグループインしたイタンジが、2022年はグループの大幅な損益改善を支える存在へと成長を遂げている。
スタートアップ同士のM&Aが進み、企業規模が拡大していけば、「スタートアップ育成5か年計画」に盛り込まれた目標「ユニコーン100社」の実現にも近づく。ビジネスの特性上、経営資源やケイパビリティがモジュール化されている企業などは、特にM&Aによるシナジー効果が見込まれる。2023年もスタートアップにとっては冬の時代が続きそうな中、アライアンスの力でグローバルな存在感を示す企業が増えていくことに期待したい。