
高齢化、人口減少、低収益構造など、日本の農業が抱える課題は尽きない。そこから目をそらすのではなく、テクノロジーを活用したり仕組み化したりすることで、1つひとつの課題を解決していこうとするスタートアップがある。自動収穫ロボットを作り生産性の向上を目指す「AGRIST(アグリスト)」。農業における脱炭素活動をクレジット化するサービスを展開する「フェイガー」。そして、水田の水管理を自動制御する「笑農和(えのわ)」だ。
いずれのスタートアップも東京都のファンド出資事業によって、都とインキュベイトファンドがバックアップしており、2022年度のテーマである「カーボンニュートラル」への貢献にも期待が寄せられている。それぞれまったく違うベクトルから農業の課題を見つめる3社の代表に、未来の農業、そして世界に求められるカーボンニュートラルについて語り合ってもらった。
自動収穫、カーボンクレジット、水管理——未来の農業実現に向けたヒント
――まずはそれぞれ起業に至った背景を教えてください。
アグリスト 秦裕貴(以下、秦):「農業に人手が集まらなくなってきている」。そうした現場の声を受けて、我々は施設園芸、いわゆるビニールハウスの中で行う農業に対して、未来のかたちをデザインする会社を創業しました。その未来の農業の核となるのが、「自動収穫ロボット」を使った収穫作業の自動化・省力化です。時間ベースでいくと収穫作業が農作業全体の半分以上を占めています。これを効率化・省力化することが、最も生産性を上げることにつながると考えています。まずは農業自体が持続可能なものでないといけない。カーボンニュートラルなど、さまざまな取り組みを農業に適用できるようにするためのベースを作っているところです。

フェイガー 石崎貴紘(以下、石崎):世界の温室効果ガス排出量の10%は、農業由来とされています。農法を工夫するとそれを削減でき、欧州や米国には削減した貢献分をカーボンクレジットというかたちで取引できるような仕組みがあります。我々は、これを日本でも導入することを目指しています。海外ではこの仕組みを利用して、温室効果ガスの排出を抑制する農家が多いですが、一方で日本の農家が脱炭素化に対して無配慮なわけではありません。たとえお金にならなくても、環境のためにいろいろな取り組みを行っています。ただ、そこに「仕組み」がないために、ボランティアとなってしまっている。これってフェアではないですよね。我々はそこに、クレジットによってお金を還元できる仕組みを作ろうとしているのです。
笑農和 下村豪徳(以下、下村):私は富山県の農家の長男として生まれたのですが、家業を継がずにIT業界に入りました。現在は弟が継いでいて、東京ドーム3個分くらいの広さの田んぼで、お米を1人で作っています。長男でありながら家を継がなかったことをずっと気にしていた中で、テクノロジーで農業を変えられないかという思いが起業の背景にあります。実際に、地元で高齢の方がここ数年で農業を辞めていくのを目の当たりにし、さらには意図しない形で農地が拡大されていくのも目にしました。人が減っていく中で、農業を違う形にアップデートしていかないと、いずれ維持できなくなるという危機感。そこから水田の水管理を自動制御する現在の事業を始めました。
壁は農業特有の特殊な構造
――農業が抱える課題は広く深いです。これまで事業推進にどんな障壁があり、どのように突破されていったのでしょうか。
秦:今まさに突破しようとしている最中ですね。裾野が広い産業だけに、いろんなプレーヤーが関わっていますので、スタートアップがポンっと入っていって、事業として成立させるのは至難の業です。農業の特性上、我々が収穫ロボットの対象にしているピーマンなどは、施設園芸だと1年間に1作しかできません。年にワントライしかできない中で、生産者にとって既存のやり方を変えるのは大きな変化になります。他産業であれば軌道修正も可能でしょうが、仮に失敗したら、変化のインパクトが大きく不可逆。1作の収益が悪くなると考えると、なかなかリスクを取って踏み込めません。「これは成功事例がないと広まらない」と考え、2021年に農業法人を立ち上げました。地域の生産者の方にもご協力をいただきながら、我々自身がロボットの導入実証実験をスタートさせています。
石崎:日本はカーボンニュートラルにおいて独自の取り組みを独自の体制で、かつ日本語で行っています。我々が国際承認を取ろうとすると、フォーマットがすべて違います。これが大きな壁のひとつですね。ただ、そうした壁を前にしても、農家の方々や関係者のみなさんの想いが我々を後押ししてくれています。例えば、温室効果ガスのひとつであるメタンガスを排出する稲作や、牛のゲップ。これに対し、「なぜ突然農家が悪者にされているのか?」と悔しさを胸に尽力してくれる農家の方々がいらっしゃいます。我々の事業のサポーターとなってくれる方々とお会いしていくと、壁だと思っていたものが壁ではなくなっていくのです。

下村:創業当初は本当に苦労しました。農家の方々にまず遠隔で農作業する概念がないので、「農家の仕事を奪うのか!」なんて反応をいただいたこともありました。そこからどのように進めていったかというと、フェイガーさんのように、やはり仲間づくりからです。一緒に新しい挑戦をしてくれる農家の方にまずは使っていただき、改善ポイントを教えていただきながら、製品をブラッシュアップしていきました。農家の方々とともに完成させたんです。当初は高齢の方には使いづらいのではないかと懸念していましたが、今は当たり前のように使用してもらっています。ようやく出荷数は1000台突破したところ。これからさらに広げていく段階です。
脱炭素化に農業×スタートアップができること
――農業からカーボンニュートラルの実現へ。その時、スタートアップにできることはなんでしょうか。
秦:農業界の既存の商流などに影響を受けないところで、唯一動けるのがスタートアップではないかと思っています。国内を見るとJAという巨大な組織がありますが、やはり協同組合なだけに、マスの部分に対するアプローチになりがちです。行政もまた、地域の生産者のための動きが中心となる。そうすると、何か尖ったことやリスクのある取り組みを進められる組織は、スタートアップしかありません。農業界で未知でもあるカーボンニュートラルに対し、クイックに動くことこそ、我々の役割でしょう。
石崎:我々スタートアップは良くも悪くも枠組みの外の存在なので、海外の良い取り組みなどを無邪気に提案できる。そんな強みがあります。私自身は長らくシンガポールで働いていましたし、ほかのメンバーもベトナムやタイで働いていました。ある意味、日本の当たり前を知らないメンバーばかりだからこそ、日本の農業を変えていけると期待しています。外から持ち込むのは、スタートアップだからこそできることですね。
下村:水田、そして我々の事業である水管理は、メタンガスの抑制に直結しています。水田の水管理をコントロールすることで、メタンガスを抑制させることができるのです。国内はもとより、海外でも展開できれば、メタンガスの削減に大きくつなげていけるでしょうし、これをフェイガーさんのサービスとコラボレーションできれば、カーボンニュートラルへの貢献に加えて、新しい農業の収入源になるかもしれません。

秦:一方で、農業の全プロセスをスタートアップ1社で完結することは非常に難しいですよね。農業界のファーストペンギンになるような方と接点を持って、その方々とともに地域の理解を得ながら、取り組みの重要性に対してコンセンサスを得ていくためには、行政など周辺のプレーヤーからの働きかけも重要になると思います。
石崎:その通りですよね。お二方と違って我々は農場を自分たちで持っていないので、農家の方があくまで主役です。光を当てる対象がないと我々には存在価値はありません。そうした点でいうと、農業界の大きなプレーヤーが共同してくれることは絶対に外せません。
下村:皆さんもおっしゃる通り、業界変革はとても1社でできることではありません。スタートアップの魅力としては、そこで誰と組んでいくのかを柔軟な判断で選べること。特に農業は、既存プレーヤーだけでは変革できないと思います。違う業種、違う会社が入ってきてイノベーションを起こし、既存プレーヤーの発想を変えていかないと、産業変革まではいかないでしょう。
農業から進めるカーボンニュートラルへのアプローチ
――農業界の持続可能な変革に期待しています。最後に、今後の展望を教えてください。
秦:まずは、自社ロボットを使って最適化したビニールハウスでの栽培を進めます。今年から来年にかけて、きちんと収支をプラスにして、持続可能な状態にしていこうと考えています。ここでベースをつくることができれば、例えばビニールハウスの電源に太陽光発電を使う、バイオマスのボイラーを使うなど、カーボンニュートラルへの取り組みも加えていきたいですね。我々の一番の強みは、やはり生産プロセスを自動化できるロボティクスの技術です。それ以外の部分は、スタートアップを含めて農業界にいるたくさんのプレーヤーと連携しながら推進したいと思います。
石崎:日本で仕組みを整えたら、すぐに東南アジアへと展開したいと思っています。日本に閉じない仕組みがあることは、日本の先進的な農家の取り組みが海外で評価されることにもつながります。カーボンニュートラルは、世界全体で取り組んでいくものです。こうした大きなテーマだからこそ、大きな貢献をした人には大きな還元が生まれる世界にしていきたい。日本の農業界には、カーボンニュートラルに対してしっかりと貢献している方がたくさんいます。これをきちんと評価できるようにし、海外を含めて、我々の仕組みをいち早く広げていきたいです。
下村:我々も海外への展開を目指しています。国内で集まったデータを東南アジアなどに持っていき、そこでさらにデータを収集していく。ゆくゆくは、国内の市町村と共同し、水管理は当社ですべて制御している町を作る。そんな取り組みを実現したいですね。また、世界では水が枯渇傾向にあるので、いかにコントロールして少ない水で栽培するかというスマート農業に興味を抱いています。水資源の大切さへの関心も高く、まさに我々の貢献できる部分です。農業界で人が減っていくのは止められません。少ない農業法人、少ない農家になったとき、どのように農業をやっていくのか。これからの時代のために今、その準備をしておかなければならないのです。
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農業に変革を起こそうとするアグリスト、フェイガー、笑農和の3社。その視線は日本だけでなく、世界も捉えている。日本の農業が抱え続けてきた課題が1つ解決するごとに、世界が抱えるカーボンニュートラルの難題を突破する光が見えてくる可能性がある。日本発のアグリテックが産業変革の先に、さらなるイノベーションを起こすことに期待したい。
秦裕貴(はた・ひろき)◎AGRIST株式会社代表取締役CTO。北九州工業高等専門学校卒業後、2014年より同学の教員と卒業生から成る合同会社Next Technologyに入社。粉末を焼結する特殊用途3Dプリンタの開発や、家庭用見守りロボットの開発に携わる。2019年よりAGRIST 最高技術責任者に、2022年より共同代表取締役に就任。
石崎貴紘(いしざき・たかひろ)◎株式会社フェイガー代表取締役CEO。早稲田大学法学部卒業後、PwCアドバイザリー事業再生部門、YCP Solidianceシンガポールオフィス代表パートナーなどを経て2022年7月に同社設立。専門テーマは脱炭素、農林水産業・食品関連、新規事業創出、海外進出支援など。
下村豪徳(しもむら・かつのり)◎株式会社笑農和代表取締役。富山県の農家生まれ。1997年大手製造業システム会社に入社し、主に組立加工向けの生産管理、購買管理業務の開発及び、SEとして従事。SCM構築の提案営業を経験し、複数の中堅中小企業のB2B構築を支援。2013年に同社設立。
特集:「脱炭素」を実現に導く日本発スタートアップhttps://signal.diamond.jp/list/series/pr-tokyo_m
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インキュベイトファンド
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