
- スタートアップ飛躍のカギは「ツールキット」の理解から
- 契約書の「弁護士丸投げ」は控えて自分でまず理解すべき
- 最初の選択は「普通株」「優先株」「コンバーティブルエクイティ」
- 成功のために押さえておきたいストックオプションの考え方
- 日本では法制度面で「対等な共同創業者」を設定しにくい
- ツールキットの目的を理解することはエコシステムそのものの理解につながる
本連載では、現在シリコンバレーから米国、日本のスタートアップを支援するデライト・ベンチャーズ創業者・マネージングパートナーの渡辺大氏が、起業家が知っておくべき心構えや、資金調達時に注意すべき点などについて解説。第3回は、投資契約にまつわるさまざまなパーツをまとめた「ツールキット」の正しい理解の仕方、活用方法について論じる。
スタートアップ飛躍のカギは「ツールキット」の理解から
スタートアップ1社を成功させるためには、さまざまな立場の関係者(投資家・共同創業者・従業員)が一体となって、大きなイノベーションを起こすべく長期間にわたって協力する必要がある。資金調達にかかわる契約は、その関係者全員が利益を得るためのツールの集合体だ。
そのツールの1つ1つはユニークな役割を果たす上に、それぞれが相互に複雑に作用しあう。達成する目的ごとにツールを組み合わせてツールキットとして使うのだ。
ツールには例えば、先買権や、優先分配権、表明保証、そしてストックオプションなども含まれる。起業家がこのツールの1つ1つの役割を正確に理解せずに資金調達を進めると、結果的に経験豊かな投資家の思い通りになって、あとで後悔することになるだろう。
これらのツールの組み合わせの目的は、投資家のお金を預かったスタートアップが責任を持ってビジネスを進めていくことと、リスクをとって大きなイノベーションを起こすこと、この2つの最適なバランスを実現することだ。
当たり前のことだが、投資家はスタートアップに対して何度も投資しているのに対して、起業家の多くは初めての資金調達か、経験があっても数回がせいぜいだ。そのため、投資家と起業家の間には資金調達に際して大きな情報の非対称性がある。しかも、車や家の買い物と反対で、お金を出す方が多くの情報・経験を持っているという事実も、立場の違いを大きくする要因だ。起業家は、資金調達とその交渉に非常に多くのエネルギーを費やすことになる。
どこの国のスタートアップエコシステムも、さまざまな商習慣を背景に持ちながらも、最初は投資家にとってリスクアバース(リスクを取りたがらない)な契約から始まる。しかし時間がたつうちに、投資家も起業家もリスクをとって成功した手法がまねされるようになる。消極的で大成功につながりにくい手法は自然淘汰されていき、エコシステム全体が進化していく。
日本のスタートアップエコシステムはそういう意味では、まだ進化の初期段階であり、リスクアバースな側面が大きい。投資家に有利な契約が主流な市場だ。正確には「投資家有利」というのは若干語弊があって、「短期的なリスクヘッジが重視されている」という方が、的確だろう。
だが短期的なリスクヘッジを重視するよりも、起業家にしっかりとリスクをとらせて、数少ない桁違いな成功を収めるほうが、投資家にとっても起業家にとっても、エコシステム全体にとっても収益性は高い。その結果、市場はそのように進化していくのだ。米国も欧州も、進化の方向性は同じだった。
日本の場合は、この連載の第1回(『日本の“早すぎる上場”はスタートアップエコシステム全体にとっての損失──持つべき4つの視点』)でも述べた通り、上場時の時価総額が他国に比べて圧倒的に小さい、つまり成功のサイズが小さいので、数少ない成功によって多くの失敗を取り返して余りある成功を狙う米国型の投資スタイルに比べると、失敗(倒産や清算)をできるだけ少なくすることがより重視される。
しかし今後、日本のスタートアップが世界で挑戦したり、また海外の投資家を呼び込むために、リスクをとって大きな成功を狙う欧米型の投資スタイルに進化していくのは間違いない。一方で各国の進化の過程やスピードが異なっていたように、日本にも特有の商習慣や市場環境があるので、それに応じた進化を遂げていくことになるだろう。
これらを踏まえて、起業家が資金調達に当たって、どのように契約に係るツール類を理解し、使っていくのがよいか、僕なりの考えをまとめてみたい。
契約書の「弁護士丸投げ」は控えて自分でまず理解すべき
僕が日本と米国で営業や提携、コーポレートデベロップメントをしてきた、あくまで個人的な経験では、職種によらず、日本と米国とでは契約交渉における弁護士の活用方法が若干異なる傾向を感じた。
日本のビジネスの担当者は、契約書の交渉を丸ごと法務部と弁護士にアウトソースしてしまうきらいがある。社内の意思決定プロセスがその背景にあるのかもしれない。
担当者は、営業や提携にあたって、大まかな条件を相手方と握って、契約書の詰めは自分の仕事ではないという感覚を持っている人が多いのではないか、と感じる。かたやアウトソースを受けた弁護士(または法務部)は、技術的なリスクを洗い出してばーっとリストを作り、あとはよきに交渉よろしく、私は言いたいこと全部言いました、という勢いで、担当者に投げ返す。担当者はそれをまた一旦全部相手に投げて、相手も同じことをして契約書が戻ってくる。つまりビジネス担当者は、まずは双方の弁護士(または法務部)同士のすり合わせ作業におけるメッセンジャー的な役割を果たして、最後に残った論点について双方の力関係に応じて妥協を繰り返して契約書が固まっていく、という具合だ。
一方、米国のビジネス担当者は傾向として、契約書の文言を言語としてまず自分で理解し、技術的な部分について、弁護士の助けを求める。契約交渉のより大きな部分を担当者同士でまず行うのだ。
米国の優秀な弁護士と仕事をして感心したのだが、弁護士のアドバイスは「テクニカルにここは有利・不利に作用する」「これは落とし穴」といった法務アドバイスにプラスして、市場感も教えてくれることだ。
例えば契約時、優先分配権について「一倍参加型、というのは昔はあったけど、今のデフォルトは非参加型。最近市況が変わって参加型もちらほら戻ってきたけど、まだまれ」と知らせてくれたり、「この部分、気に入らなかったら交渉してもいいけど、自分が見てるディールの中でこうなってるのは2割くらいだけだし、先方の弁護士も知ってると思うよ」「この条項は不利に見えるけどぶっちゃけ重要度低いので、時間を使うべきではない」など、交渉に当たってのマーケットの感覚を教えてくれたりする。そういう背景があるので、ビジネス担当者同士が自分の考えで交渉でき、より短時間で契約が固まってくるのだ。
起業家にとって資金調達は、交渉すべきパーツが多く、交渉力の非対称性も情報の非対称性と同じ方向に作用している。さらに、全体的に国内の「市場感」は短期的なリスク回避を重視する状態にとどまっているので、日本の場合、起業家のより深い理解が求められる。
よくないパターンはこうだ。起業家が、投資家からもらった投資契約を弁護士にそのまま転送して、弁護士からの赤入れ(修正提案)を投資家に返す。百戦錬磨の投資家は過去の交渉や投資家にとってのプライオリティが分かっているので、自分のこだわる点は赤入れを拒絶して、どうでもいい点については赤入れを受け入れる。「こっちは飲むからそっちは飲んでね、痛み分けで」といった具合だ。投資家から返ってきた契約書を見て起業家は、半分くらい自分の弁護士の主張が受け入れられてバランスが取れた感覚になって、そのままサインしてしまう。
これでは、契約文言は投資家の都合で決まっていくだけだ。スタートアップにとってあるべき姿とか、起業家にとって本当に重要な度合いは反映されない。
後悔しない資金調達をするためには、起業家は、契約交渉を弁護士に丸投げせずに、一定の時間をかけてそれぞれのツールを理解しないといけない。残念ながら、ここには近道がない。せめて遠回りしないためには、スタートアップ調達実務に長けていて、日本の市場感を理解しており、契約書を自分の言葉で理解するのを助けてくれる弁護士を見つけることだ。知り合いの起業家や投資家から専門家を紹介してもらおう。過去のビジネスでお世話になった信頼できる商業弁護士がいたとしても、スタートアップ実務の経験が豊富な弁護士を選び直すことを強くおすすめしたい。
加えて、投資家にも、起業家がツールキットを理解するのを助ける義務があると思っている。もちろん投資家と起業家は取引のテーブルの反対側に座っているので、起業家は投資家の言うことを全て鵜呑みにするのは危険だし、投資家もその前提で話す必要がある。しかしスタートアップ投資は、その後何年も続く関係の始まりだ。買収契約や提携契約など、世の中の他の種類の契約と比較しても、スタートアップの資金調達契約は、当事者双方の本質的な利害がより一致している種類の契約なのだ。その契約交渉は、投資家と起業家がこれから始まるパートナーシップを前にして、信頼関係を築くための非常によい機会だ。
最初の選択は「普通株」「優先株」「コンバーティブルエクイティ」
さて、投資契約の具体的なツールキットについて、いくつか例を挙げてみたい。まず基本的なところから、投資契約の大まかな種類について、その背景を含めてまとめてみる。
アーリーステージのスタートアップ投資の契約形態は、大きく分けて普通株、優先株、コンバーティブルエクイティがある。それぞれ会社のステージや目的に応じてプロコン(一長一短)がある。これについては専門書があるし、僕は弁護士ではないのでシンプルにまとめたい。
まず普通株の肝は、名前から察することができるように、単純で簡単なことだ。これを資金調達に使うのは労力が少なくてよいのだが、デメリットは普通株の値段が明確についてしまうこと。共同創業者を迎え入れたいときに、創業者株を買ってもらわないといけないので、その価格は重要だ。また普通株で調達したあとに、ストックオプションを発行しようとすると、これも必要以上に高い行使価格で発行しなければならず、ストックオプションが魅力的ではなくなるのだ。
この「必要以上に高い」という考え方は、次の優先株の説明で理解できるだろう。
優先株は多少複雑だが、スタートアップ投資の精神に沿った、本質的で欠かせないツールキットだ。スタートアップ投資の精神とは何か。乱暴な表現をすると、資金調達をしようとする起業家にはお金がないが、能力と努力を会社や事業に注ぎ込む。そこに投資家はお金で貢献する。この2つを組み合わせるのに、優先株は非常に適しているのだ。担保も取らず投資する投資家は、起業家が能力と努力を発揮することを保証したい。言い換えれば、「能力と努力を発揮せずに起業家が金持ちになってしまう」ことがないようにしたい。

まさにそういうことが起こらないようにしているのが優先株で、いくらで買収が起こったとしても投資家が先に一定金額回収しますよ、という約束がついている。能力と努力を発揮すべき起業家がそれらを発揮してからでなければ儲からず、そしてリスクを取って金を出した投資家をそれまでは守る仕組み、というのが優先株なのだ。投資家が優先的に回収する約束以外にも、会社の運営に際して透明性を担保する仕組みや、株の売り買いについてお互いの利害を守るための約束ごとなども、優先株による投資契約にはついてくる。
そのため、優先株は複雑で時間がかかる。価格も決めないといけないし、さまざまな条件をすり合わせないといけない。創業者はこれから能力と努力を発揮しようと思っているさなかに、契約書のやりとりだけで1カ月かかってしまい、弁護士費用もかかる。これはまだ立ち上がったばかりのスタートアップにとっては死活問題だ。そこで出てくるのが、コンバーティブルエクイティ(将来的に株式に転換できる新株予約権)だ。将来、優先株を発行する前提で、すごく簡単な契約でひな形が用意されていて、かつ普通株の値段もつかない、というマジックだ。
コンバーティブルエクイティでは株を発行しない分、優先株に比べて投資家側のリスクが高まる。ただ、投資家にとってのリスクは、投資した金額が最大値なのに対して、アーリーステージ投資のリワードは何十倍・何百倍になる可能性がある。そのため一定の金額で一定の期間であれば、優先株に付随する保護がなくても参加したい投資家がいるのは、理にかなっている。
日本国内のコンバーティブルエクイティについては、Coral Capitalが投資契約書テンプレートの「J-KISS」(日本版Keep It Simple Security)をかなり普及させて、過去数年でも、理解がだいぶ広まった。ちなみに米国では「SAFE」(Simple Agreement for Future Equity)というY Combinatorが開発したひな形が最も一般的で、米国外にも広がりつつある。
起業家は、資金調達にあたって上記3つのツールキット「普通株」「優先株」「コンバーティブルエクイティ」を、目的に応じた前提とそれぞれのメリット・デメリットを理解して選ぶ必要がある。
成功のために押さえておきたいストックオプションの考え方
その他の重要なツールキットについても触れたい。ストックオプションは、スタートアップの報酬制度として欠かすことはできないが、日本ではまだ欧米に比べて十分使いこなせているとは言えない。このツールキットの機能が日本と米国で異なる、という背景もあるし、大きな金銭報酬に対するスティグマ(偏見)という文化面の障害もある。ただ、機能も文化も転換期にあって、この先数年で日本でもストックオプションの使い勝手やイメージも大きく変わってくるのではないかと思っている。
アーリーステージのスタートアップの成功にとって優秀な人材が鍵となることは言うまでもない。大企業と違ってスタートアップの仕事には、決まったジョブディスクリプションはあってないようなもので、チームメンバーが自分の専門分野や得意分野を超えたあらゆる仕事をこなさないといけない。つまりチームメンバーには起業家と非常に近いマインドセットやインセンティブを持ってもらう必要があり、そのためにストックオプションが非常に効果的であることが、各国で証明されてきた。
金のために働きたくない、金目当ての人を社員にしたくない、という心情はいずれも正当であり、ストックオプションをスタートアップで働く動機の主軸に置くのは、雇う側・雇われる側のいずれにとっても理想ではない。一方で、優秀な人材が大企業の安定した待遇を捨てて、20代・30代の大事なライフイベントと並行して長期的に起業家と肩を並べて働き続けるためには、金銭的インセンティブは欠かせないものであることを、起業家自身もよく理解する必要がある。この事実は、入社時のマインドセットには関係ない。
そして、エコシステムが発展していく過程で(自分の回りにストックオプションの受益者が増えていくと)、十分な量のストックオプションを社員に用意できることが、採用の競争力に直結してくると断言できる。
その観点でみると、日本のほとんどのスタートアップのストックオプションは、欧米に比べて発行量が少なく、付与しにくい仕組みになっている。そして、まだ十分に重要なものとして当事者に取り扱われていないと感じる。
日本のスタートアップの多くは、最初の優先株調達の際に、ストックオプションの総量を投資家と約束する。「その資金調達後からエグジットまでに総発行株式数の何%(多くが10%)を上限にオプションを発行する」という決め方だ。この決め方だと、問題が2つある。1つはエグジットがいつになるか分からないので、増えていく従業員にどう分配するべきかを決めにくいという点。もう1つはストックオプションが足りなくなった際など、発行総量を増やしたいときは、株主全員の株式が希釈化する(1株あたりの権利が小さくなる)のでその交渉が難しい、という点だ。
欧米型のストックオプションは、優先株調達のステージごとに、調達直前の株式数にストックオプション用の株式数が新たに追加された上で、1株あたりの価格が決められる。そしてそれがステージごとに繰り返される。つまり、調達時のプレマネー時価総額に、ストックオプションの発行が織り込まれている(潜在株式によって時価総額は変わらない)ということだ。投資家にとってみると、潜在株式が多いほど投資時の株価が下がるので、そのステージのストックオプションは多いほどよい。起業家は、ステージごとにストックオプションの量が設定されるので、採用計画に合わせてオプションの付与計画も建てやすい、という具合だ。その結果、欧米では総発行株式数の20〜25%のストックオプションが発行されるのが通常だ。
この仕組みの違いの詳細は、若干複雑なので別途まとめたい。
進化論的な考え方からみると、日本のストックオプションも欧米型にいずれ変わっていくと予想できるし、すでにその動きは一部始まっている。これも起業家として、資金調達にあたって仕組みを事前に理解しておきたい重要なツールキットの1つだ。
日本では法制度面で「対等な共同創業者」を設定しにくい
日米のエコシステムの違いとしてもう1つ、共同創業者についての考え方に触れたい。米国の投資家は、アーリーステージのスタートアップに対等かほぼ対等な立場の「共同創業者」がいることを日本以上に重視する傾向にある。スタートアップを運営するのは大変で、1人でこなせるものではない、ものづくり以外にも資金調達、営業、組織マネジメントなど多岐にわたる仕事を、創業者も「チーム」として運営した方が成功確率が上がるはず、という考え方だ。
共同創業者がいることで本当に成功確率が上がるのか、についてはシリコンバレーでも諸説あり、断定的なデータはない。しかし米国では対等な共同創業者が多くのスタートアップを運営する前提で、契約上のツールキットが整備されているのは事実だ。
日本では逆に、共同創業者というタイトルは使われるが、最初からいる創業者間の立場や株式持分に大きな差があるパターンが圧倒的に多いと感じる。持分については9対1とか8対2とか、対等な共同創業者というよりも、サイドキック(助手)的な扱いだ。
これは、ケースバイケースなので、一概に言ってしまうのは危険だが、考え方として、共同創業者を迎え入れるにあたって最も重要なのは信頼関係だ。心から信頼できて、10年かかっても成功に向かって一緒に事に取り掛かれる人がいるのであれば、最初から引き込んだ方がいい。そして、まだ成功するかどうかも分からない(むしろ成功しない確率の方が高い)時点で、成功した時の取り分を決めることにエネルギーを費やすよりも、お互い対等の立場で信頼しあえる関係を、持分比率にも反映させた方がよいし、それができる人とチームを組むのが理想だ。
日本は法制度的にそれが若干やりにくい環境にある。つまりツールキットが追いついていないと言える。わかりやすくするために、米国の例を先に説明しよう。
米国では、典型的には最初の優先株調達の時に「リバースベスティング」といって、すでに共同創業者が持っている株式のいずれも、会社が一定期間、原価(共同創業者が取得した価格)で買い取れる仕組みが導入される。そして会社が買い取れる分が、時間が経つに応じて減っていく(一般的には4年間でゼロになる)。例えば、2年目で共同創業者の1人が何らかの理由で辞めた場合、その人が持っていた株の半分は、会社が買い取る。途中で信頼関係が崩れた場合や、共同創業者1人の気が変わったときなど、辞める人が大事な会社の株を持っていかないようにする仕組みだ。
日本の場合は会社法の規定で、スタートアップが自社株を買い取ることがほぼできない。そのため、上記のような仕組みがそのまま導入しにくく、リバースべスティングで買い取る主体が他の株主になることがほとんどだ。また税制の違いで、原価では買い取りにくく、時価での買い取りとされるのが一般的であり、創業者が辞める際に、誰がいくらで買い取るのかについて、必ず一悶着(ひともんちゃく)あるといってよい。
加えて慣習上、リバースべスティングの対象とされるのは、持分が少ない方の創業者だけであることが多い。これだと、リバースベスティングそのものが実務上使いにくいだけでなく、信頼関係の面では共同創業者というより、ボス・部下の関係を確定させるようなものだといえる。心から信頼できる人を共同創業者として呼び込む場合も、思い切って創業者株を割り当てにくい、という事情だ。これも、エコシステムが進化するにつれ、変わっていくと予想する。
ツールキットの目的を理解することはエコシステムそのものの理解につながる
ここまでいくつかのツールキットを取り上げて、日米の違いを挙げて解説した。この記事を読んだ起業家に理解して欲しいのは、その違いそのものではなく、個別のツールやツールキットが持つ根幹の考え方やその目的だ。
これらツールの集合体は、スタートアップエコシステムが何十年もの歴史をもつ米国を中心に、何万件もの資金調達を経て進化した結果、今の形に至っている。このツール群を理解することは、スタートアップエコシステムそのものの考え方を理解することに等しいと言ってよいと思う。
初めての起業家にとって、ツールの集合体である投資契約書をすべて読み込むことはなかなかハードルが高いのは確かだろう。そこで、専門の弁護士が書いた入門書が数々あるので、ぜひそれを読むことから始めてみてはどうだろうか。日本国内の調達実務については、できるだけ新しく出版された書籍をおすすめする。米国調達実務についての日本語書籍としては『VCの教科書:VCとうまく付き合いたい起業家たちへ』(東洋経済新報社)が私の推薦だ。そして弁護士の力を借りながらも、契約書の交渉には自ら理解した言葉で臨んでいただきたい。