「Her lip to」を運営するheart relation CCOチーフ・クリエイティブ・オフィサー)の小嶋陽菜氏
「Her lip to」を運営するheart relation CCOチーフ・クリエイティブ・オフィサー)の小嶋陽菜氏
  • 「好きなものを少しだけ作って販売したい」からブランド誕生へ
  • サンクコストを気にしない意識が紡いだ“今”
  • 「女性らしさ、を選んでいこう」の一文が誕生するまで
  • コミュニティ形成に活きているのは「サプライズ精神」
  • 元アイドル経営者が「自分磨き」をやめない本当の理由

元AKB48で、現在はライフスタイルブランド「Her lip to(ハーリップトゥ)」を運営するheart relationのCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)を務める小嶋陽菜氏。2022年2月に新経営体制を発表以降、同年7月末には初のコンセプトストア「House of Herme(ハウスオブエルメ)」を東京・表参道にオープン。9月にはランジェリーブランド「ROSIER by Her lip to(ロジアバイハーリップトゥ)」も発表するなど、その勢いは増すばかり。

小嶋氏が展開するブランドのユニークな点は、熱狂的なファンコミュニティが存在することだ。例えば、代官山の人気カフェ「KASHIYAMA DAIKANYAMA」とコラボレーションし、オリジナルカフェ「Her lip to CAFE」を展開したところ、事前の予約枠はすぐに埋まってしまうほどの賑わいを見せていた。なぜ、小嶋氏は熱狂的なファンたちが集まるブランドを築けたのか。

2022年11月20日に開催された、女性向けキャリアスクールを運営するSHE主催のイベント「INNOVATIVE WOMEN’S SUMMIT」の最終セッションに小嶋氏が登壇。「ブランドと熱狂的なファンコミュニティの築き方」をテーマに、SHE代表取締役CEO/CCOの福田恵里氏と語った、小嶋氏のブランド論についてお届けする。

「好きなものを少しだけ作って販売したい」からブランド誕生へ

福田:1つ目のテーマは「Her lip to誕生の裏側」です。Her lip toは現在、立ち上げから4年目だと思いますが、小嶋さんはなぜブランドを立ち上げようと思ったのでしょうか?

小嶋:Her lip toは私がAKB48を卒業した翌年の2018年6月に、当時の所属事務所で立ち上げたブランドでした。ただ、当初から「自分でブランドを立ち上げてみたい」と考えていたわけではないんです。AKB48時代も、先のことを考えるより、目の前にいるファンの人たちがどうすれば喜んでくれるのかを考える日々でした。卒業に関しても、どちらかと言うと「あと1年続けて(AKB48のメンバーとして)30代に突入するのは不安だな」と思って決めたことです。

卒業後は、一度リセットして新しいことを考えてみたいと思い、自分が行きたい場所へ行ったり、長期で海外に滞在して友だちと交流したり、AKB48時代にはできなかったことを経験したりして、そうやって視野を広げるように過ごしていたんです。

そのなかで「卒業した後もファンの人たちとコミュニケーションをとりたい」と思うようになり、まずはメディアを作ろうと考えました。今までは「メディアに呼ばれる側」だったので自分自身がプラットフォームになる方が新しく楽しいことができるんじゃないかと思いそのためのアプリも作っていました。

発信内容として決めていたのは「自分の好きなことやライフスタイルを共有できるクローズドなコミュニティを作りたい」ということでした。そこで、ファンの人たちが「小嶋陽菜」の何に注目しているのかを考えてみたところ「ワンピース」というキーワードにたどり着きました。

当時、私がInstagramに投稿したものがファンの人たちに反響があるという現象も起こっていたので「自分が着たいと思える洋服を少しだけ作って販売できたらいいな」とも考え始めていたんです。今思えば、これがHer lip to誕生の大きなきっかけでしたね。

福田:「好きなものを少しだけ作って販売できたらいいな」の考えが、どのようにHer lip to誕生へつながったのでしょうか?

小嶋:完成間近だったアプリをリリースできなかったことですね。というのも、アプリは当時私1人で動かすには難しく、SNSのように好きなタイミングで投稿できなかったり、制作コストもネックでした。

「これは続かないな」と思い、アプリ開発をやめることにしたんです。でも、すでにオリジナルの洋服が何着か仕上がりつつあったので「洋服だけでもお客様に届けなくちゃいけない」と思い、急きょブランドを立ち上げて販売を始めました。それが現在のHer lip toにつながっています。

嬉しいことに、洋服の販売はファンの人たちにも好感触で、SNSを通じて拡大していきました。とはいえ、所属事務所のスタッフ数人と私だけという小さい規模で始めたので、お客様の期待やブランドの成長に対してどんどん手が回らなくなってしまい……。「ファンの人たちの熱量に応えるには組織化したほうがいい」と考え、2020年にheart relationを創業しました。ちなみに、アプリはリリースしませんでしたが、自己発信はVlog(動画ブログ)というかたちで現在も続けています。

サンクコストを気にしない意識が紡いだ“今”

福田:Her lip toは少人数で始めたとのことですが、まず何から着手したんですか?

小嶋:ODMメーカーに依頼し、少ないロット数で洋服を作りました。その後、ネットショップ作成サービス「BASE」を使ってECサイトを立ち上げ販売をスタートしました。さまざまなサービスが揃う今の時代は何事も小さく始めやすいですし、「小さい規模なら失敗しても“そんなこともあったな”と笑って振り返られる」という考えもあったおかげで失敗を恐れず、勇気を出して一歩踏み出せました。

福田:AKB48時代の経験が役に立ったときはありましたか?

小嶋:今の仕事すべてにAKB48時代の経験が活きています。発信力やお客様とのほどよいコニュニケーションという点に関しては、特に役立っているかもしれないですね。

一方で、アパレルに関する知識はまったくない状態からスタートしているので、いろいろな局面で「こういった要素も必要だ」「倉庫代はこれだけかかるのか」といったことは走りながら学んでいました。AKB48時代はファッション誌の仕事もしていたので、そこで知り合った人にアドバイスをいただくこともありました。

福田:AKB48の卒業とブランドの立ち上げ、どちらも小嶋さんが持つ「目の前のことに向き合う」という姿勢が中心になっているように感じました。結果として今のブランドを確立できていますが、不安などはなかったんですか。

小嶋:その時々の選択肢の積み重ねで“今”があるので、不安がなかったと言えば嘘になります。でも私は、AKB48で積み上げてきたことに強い自信を持っています。それもあり、「なんとかなるはずだ」と考えていましたね。

福田:そう考えると、小嶋さんはサンクコスト(過去に行った投資に対するコスト意識)があまりないタイプですよね。「これだけ頑張ってきたのだから」という考えが邪魔をして次へ進めない場面は多々あります。小嶋さんの場合は「今までやってきたことは自信になっているから」と、過去に未練を持たずに突き進むマインドがあるように感じました。

以前にも小嶋さんと私は対談をしたことがありますが、そのときにAKB48のプロデューサーである秋元康さんから「自分に飽きないことが大事」という名言をもらったと話していました。まさに、その名言を体現しているんですね。

小嶋:秋元さんは良いことを言うんですよね(笑)。確かに、「今までやってきたことだから」という考えにとらわれないように意識しているところはあります。

「女性らしさ、を選んでいこう」の一文が誕生するまで

福田:次は今年(2022年)の7月にオープンしたHouse of Hermeに込めた想いを聞きたいです。もともとは、小嶋さんが描く世界観を共有する場としてオープンしたと聞いています。

小嶋:そのとおりです。Her lip toはECサイトでの販売がメインですが、期間限定のショッピングイベントなどを年に10回くらい展開していたんです。そのなかでリアルの大切さを感じ、お客様と深く交流する場がほしいと思っていました。そのためアパレルショップではなく、ブランドの世界観を体験できる空間としてHouse of Hermeを2022年7月にオープンしました。

先ほど話したアプリも、もともとはファンの人たちとやりとりができる「箱」がほしいと思ったことから作り始めていました。今度は「お店」というかたちで、お客様とのコミュニティを作れたんじゃないかと思っています。

福田:House of Hermeは、小嶋さんのYouTubeでルームツアーもしていました。内装や家具はすべて小嶋さんがクリエイティブディレクターとしてセレクトしたと聞いています。どういった点にこだわったのでしょうか?

小嶋:ブランドを体験できる空間なので、私の想いやエッセンスを細部に至るまで詰め込みたかったんです。だから壁や床など、インテリア一つひとつを自分でセレクトしました。なかには日本にはないインテリアもあります。Instagramでも1日中ディグって(編集部注:ディグる=情報を探す・発見するという意味)いて(笑)。URLもないような小さなお店で紹介されているインテリアがほしいと思ったら、自分から直接その方にDMすることもありました。

福田:小嶋さんがDMを送ったんですか?

小嶋:そうです(笑)。「返信は来るかな?」と思いながら、メッセージを送りました。

福田:ディグっていたということは、リサーチにも時間をかけていたということですよね。こだわりを実現する過程で大変だったところはありますか?

小嶋:大変だったのは、コロナ禍による物価高騰で内装で使う材料費や配送料も高くなってしまったり、あとは商品そのものが届かなかったりしたところです。オープンに間に合わせること自体が大変でしたね。そのあたりは「○日までにやろう」と決めず、「できたところからやろう」と柔軟に対応していきました。おかげで、どうにか乗り越えられました。

福田:小嶋さんの「妥協しないスタイル」は一貫しています。そして、期限を決めるとクオリティとのトレードオフになりがちです。「期限よりクオリティを優先する」と決めたということですか。

小嶋:そうですね。チームのみんなは大変だったと思います(笑)。直前での意思決定は悪いことじゃないと、普段からチームメンバーには共有しています。SNSの時代だからこそ、直前のほうが幅が広がるかもしれないし、解像度が上がっているかもしれない。チーム内では「いろいろと直前で変わることが悪じゃない、むしろお客様のためになるかもしれない」という共通認識は持っています。

福田:House of Hermeだけでなく、2020年9月にはランジェリーブランドであるROSIER by Her lip toも発表しています。リリースには「女性らしさ、を選んでいこう」という言葉がありました。多様性を尊重する時代だからこそ、女性らしい服装やフォルムを選んではいけないと感じるときがあります。

それをあえて「選んでいいんだよ」と、女性らしさを選ぶことを肯定したい小嶋さんの姿勢がとても素敵だと感じました。

小嶋:「私がランジェリーブランドを出すことでどんなメッセージを伝えるべきか」と考えました。ROSIER by Her lip toのランジェリーを眺めながら、「今私が伝えたいことはこういうことだ」とひらめいたものが、その内容だったんです。本来の意図とは違う捉えられ方をする可能性もありましたが、普段から私の発信を見てくださっている方々には伝わると思い、勇気を出して発信してみました。

コミュニティ形成に活きているのは「サプライズ精神」

福田:3つ目のテーマは「熱狂的なコミュニティの作り方」です。Her lip toはSNSで「#herlipto好きな人と繋がりたい」というハッシュタグもできるほど、洋服を通じてコミュニティが形成されているように思っています。こういった状態を作り上げるための秘訣はありますか?

小嶋:何でしょうね(笑)。でも、販売を始めたころからSNSを通じてお客様同士が自主的にコミュニティのようにつながっていくように感じていました。今はSNSが生活の中にあり「リアルな友だちや会社の同僚にファンはいないけれどSNSの中にはいる」という理由で、つながりを広げようとしている人もいる気がしています。

AKB48時代からファンの人たちにサプライズを仕掛けるのが好きだったので、Her lip toもサプライズだったり、SNSの活用だったり、私にしか作れないアパレルブランドになるよう心がけています。

福田:サプライズと言えば、House of Hermeのオープン時も告知の仕掛けをしたと聞いています。

小嶋:そうなんです。普通に告知するのではなく、私らしいサプライズが必要だと思いました。House of Hermeのオープン時は、店頭やその周辺で小さな花束を配りました。包装紙は店舗をイメージしたデザインで、よく見るとHouse of Hermeのオープンの告知が掲載されていた、という仕組みにしてみたんです。

福田:このアイデアは、小嶋さんが考えたんですか?

小嶋:私が考えたり、みんなでアイデアを出し合ったりしました。Her lip toはECサイトをメインに展開するブランドなので、手元に届いたときに気持ちが上がる感覚を高めたいと思っていたんです。

このほかにも、通常のECなら黒いプラスチックのハンガーで届くところを、ベロア風素材のゴールドのハンガーで届けるサプライズを仕掛けてみたり。「たくさん揃えてHer lip toの世界観を作りたい」と言ってくださる方もいます。

福田:クリエイティブディレクターとしての腕はもちろんですが、お客様や世の中が何を求めているのかを瞬時に理解できているところ、その情報をもとに咀嚼して落とし込んでいくところがマーケターだなと感じました。洋服だけでなく、そこから派生するライフスタイルすべてをプロデュースする気持ちがあるんですね。

小嶋:私自身もオンラインショッピングが大好きなのですが、写真と少し違うものが届いてがっかりしたこともたくさんありました。Her lip toは、みなさまにハッピーを届けたい。そのために特にシルエットにこだわっており、例えばドレスはAラインやIラインなど、スカートはマーメイドシルエットの形が綺麗に出るようにしています。サイト上で見るよりも実物が届いたときのほうが感動するように意識して作っていますね。

また、過去には期間限定イベントでピザ屋さんとコラボしたこともありました。イベントスペースのちょうど下の階がピザ屋さんで「一緒にコラボしよう」ということになったんです。このように、アパレルの枠にとらわれず、異業種とのコラボも積極的にしています。

元アイドル経営者が「自分磨き」をやめない本当の理由

福田:Her lip toのこれからを教えてください。

小嶋:難しい質問ですね(笑)。今は大きな目標を掲げていませんが、アパレルに関しては「お客様の気分が上がる瞬間を届けること」を引き続きやっていきたいと思っています。そして2021年からは中国チームを立ち上げ、販売をスタートさせました。今後はアジアでも拡大していくべく頑張っているところです。

福田:最後の質問です。小嶋さん個人としてこんな人生を歩みたいというビジョンやテーマはありますか?

小嶋:もう何十年も仕事と個人を切り離した考え方をしていないので……。いつも自分の行動がどのようにお客様に伝わるのか、コンテンツにできるのかを考えていきました。そのため、個人としての人生を考えたことはないかもしれないですね。その時々でいいと思ったことや面白いと思ったものを選択し、何かになれたらいいなと思っています。

福田:小嶋さんはいい意味で、山の頂上を目指してガンガンと登っていくより、目の前のことに真摯に向き合って一つひとつ前へ進み、見たことがない世界へと歩むようなやり方をしています。さらに作り出している世界観も大きくなっている。これは勇気が出る話ですね。ちなみに、heart relationは今、どれくらい社員がいるんですか?

小嶋:最初は3人くらいしかいませんでしたが、現在、正社員は40人、アルバイトを含めた全体数は100人くらいの規模になりました。組織になったことで、自分一人ではできなかったことが実現できたり、お客様の期待に応えられるようになりました。

福田:急に組織が大きくなると歪みなども起こると思います。代表としてどうケアしているんですか?

小嶋:今は同じ熱量の社員、カルチャーや性格が似ている社員が多いのでそんなに歪はないですね。けど、この先人数が増えるとそうはいかないかなと思います。私自身、経営者としての成長や信頼を得るための知識ももちろん大切ですが、それと同じくらい大事なのは、私がいつでも輝いていることかなと思っています。細かく1on1をするより、会社で自分を見かけることで気持ちが上がったり、逆に気が引き締まったり、そういったこともあると思うので、自分磨きも頑張っています。

福田:そう考えると、みんながついていきたくなるように自分自身の熱量を高く、輝き続ける努力をするのはいいですね。最後にメッセージをお願いします。

小嶋:今後も引き続き支えてくださるファンの方やお客様に向けて喜んでいただけるような施策を会社のメンバーと展開していきたいと思います。私は経営者として3年目で、まだまだ勉強中です。一緒に頑張りましょう