ANRI代表パートナーの佐俣アンリ氏
ANRI代表パートナーの佐俣アンリ氏
  • 1フロア1200平方メートルの新拠点、メルカリから備品などを一部引き継ぎ
  • 3000万円出資、インキュベーションオフィス入居の投資プログラムも実施
  • 「スタートアップエコシステムがメインストリームになる」ための責任
  • 2030年以降の「未来」をスタートアップと作る

東京・六本木を象徴するビルの1つ、六本木ヒルズ森タワー──20年前に誕生したこの高層オフィスビルは、職種や年齢によって、さまざまな捉えられ方をする。ある人にとっては憧れの聖地であり、またある人にとっては苦い記憶を呼び起こす象徴ともなっているはずだ。

2003年のオープン時からビルの最上層には、米金融のゴールドマン・サックスが入居(2023年内には虎ノ門へ移転するとBloombergが報じている)。その下層にはヤフーや楽天のほか、サイバード、KLabなど、当時飛ぶ鳥を落とす勢いのメガベンチャーがそろって入居した。オープン翌年の2004年にはライブドア(当時)も同ビルに入り、ネット企業を中心にした新興の成功者を指す「ヒルズ族」というキーワードも生まれた。

だが2006年にはライブドアへの強制捜査をきっかけにしたネット株の暴落、いわゆる「ライブドアショック」が起こり、さらには2006年から入居していたリーマン・ブラザーズが経営破綻し撤退。さらにはそれが契機となり「リーマン・ショック」が起こった。六本木ヒルズ森タワーは、IT新興企業を中心とした新産業領域の栄枯盛衰をあらわす、ある意味でネガティブな印象をまとうことになった。

転機が訪れたのは2010年以降。グーグルを筆頭に、グリー、アップル、ポケモンなどが続々と入居。のちに移転した企業もあるが、再び外資企業や注目企業が集結した。特にスタートアップに関わる人間であれば、2015年のメルカリ入居は記憶に残っているのではないだろうか。六本木の雑居ビルで生まれたスタートアップが創業からわずか2年で400坪のオフィスを構えるまでに至ったのは、当時の若き起業家やスタートアップ関係者に大きな夢を与えた。

そんな六本木ヒルズに2月、シードステージへの出資に特化した独立系ベンチャーキャピタル(VC)・ANRIがインキュベーション施設「CIRCLE by ANRI(CIRCLE)」を開設した。あわせて、プログラム形式での投資も行うという。移転の経緯やその思いについて、ANRI代表パートナーである佐俣アンリ氏に話を聞いた。

1フロア1200平方メートルの新拠点、メルカリから備品などを一部引き継ぎ

CIRCLEの総面積は1206.3平方メートル(約365坪)。最大席数は 335席(ミーティングルームや個室ブースを除くと212席)で、運用開始時点でANRIのメンバーのほか、同社が出資するネットやディープテック、バイオ系などの創業期スタートアップ16社が入居する。同じスペースに壁を隔てないかたちでスタートアップと投資家の席を用意して、常に対面で話せる形式で入居スタートアップの支援にあたるという。

カフェスペースなども備えたCIRCLEの内装(同社プレスリリースより)
カフェスペースなども備えたCIRCLEの内装(同社プレスリリースより)

このCIRCLEは、もともとはメルカリが入居していたスペースに開設している。コロナ禍でリモートワークを推し進めていたメルカリがオフィスフロアの一部を解約したが、そこにANRIが入居したかたちだ。

内装やレイアウトは一新し、ミーティングやビデオ通話用のブースなども新設したが、一部のブースや椅子などは、もともと入居していたメルカリのものを引き継いだ。多くのスタートアップが入居できるよう席数も確保するが、それ以上に重視したのはコミュニケーションの場だという。

仕事って、タスクが決まってからは個人でもできます。でもまだタスクが決まっていなかったり、そもそも何をするかも決まってないくらいの(創業から間もない、若い)チームだけを集めてるので、会話のスペースを多めにしています。自分たち(ANRIメンバー)のオフィススペースとの間にも、壁を作りませんでした。(佐俣氏)

また、投資先スタートアップに限らず、ANRIが接点を持つスタートアップの入居や、メンターとして起業家・スタートアップ支援者の招致も進めて、オフィス内でのリアルイベントなども計画しているという。

ANRIはこれまでにも渋谷に「Good Morning Building by anri(GMB)」、本郷に「Nest Hongo」という名称でそれぞれインキュベーション施設を運営してきた。これらの機能をCIRCLEに集約し、リアルでのコミュニケーションを強化している。ちなみにANRIのメンバーは、「基本出社」をルールとしている。

投資家が(投資先の成長を人事や広報などで支援する、いわゆる「グロースチーム」のように)いろんな機能を強化するのはすてきですが、僕はそこに情熱がありません。むしろスタートアップの方が先に進化することもあります。

ならばこの場所を大きくしていくことにこそ意味があると思います。創業期の不確実性が高いところを、心穏やかに挑戦してもらうことが大事です。起業は心が折れることもあります。そんなときに同期や仲間がいるのは強いと思っています。(佐俣氏)

3000万円出資、インキュベーションオフィス入居の投資プログラムも実施

またCIRCLEの開設に合わせて、ANRIはプログラム形式でのスタートアップ投資も実施する。プログラム名は「ANRI VORTEX」。第1期として、最大5社のスタートアップを採択する予定で、採択企業には(1)3000万円の出資(条件はJ-KISS、ポストバリュエーションキャップ3億円、ディスカウント無し)、(2)CIRCLEへの入居、(3)他の投資先企業とのネットワーキング、(4)ANRIのベンチャーキャピタリストによる支援──の4点が提供される。

応募対象の事業領域は不問。構想段階もしくはシード期、エクイティ調達未実施(エンジェル投資は可、エクイティ調達済みの場合は応相談)のスタートアップを対象とするが、学生の応募も可としている。書類応募は3月17日まで、特設サイトから応募できる。

「スタートアップエコシステムがメインストリームになる」ための責任

佐俣氏は2012年に独立してANRI1号ファンドを立ち上げたが、それ以前は独立系VC・East Ventures(EV)でスタートアップを支援していた。その頃、活動の中心となっていたのは六本木エリアだった。

西麻布・星条旗通り沿いにあるセイコー六本木ビルには、EVの投資先であるフリークアウトをはじめ、CAMPFIRE、コイニー(現:STORES)、カンム、みんなのマーケット、mieple(現:Fond)などが入居しており、佐俣氏もよく出入りしていたという。また夜になれば六本木駅にほど近いスタンディングバー・awabarに起業家や投資家らが集まり、ビジネスについて語り合っていた。今では渋谷を筆頭に、五反田や、東京駅周辺など、都内でもスタートアップが集積するエリアは複数あるが、2010年代前半の国内スタートアップの中心地と言えば、渋谷と六本木だった。

そんな六本木に2023年の今、インキュベーション施設をオープンした理由は何なのか。佐俣氏は1つのスペースで投資家と投資先が集まれるようワンフロアで、さらに投資先の入館などについて交渉できるオフィスを検討した結果と説明する。条件にこだわった背景には、VCとしてのある危機感があったという。

(渋谷にあったインキュベーション施設の)GMBはコンサバに運用していたんです。マンションタイプというか(投資先ごとに部屋の分かれた)個室でした。


人数が増えてきたのでインキュベーションエリアを自分たちの個室にしてしまったんですが、そうなると(投資先がANRIのメンバーに)会いにくくなってきてしまったんです。このままだと僕たちが“普通のVC”になってしまうという危機感がありました。(佐俣氏)

いつでも投資先と会話できる環境を取り戻す、そんな思いから300坪強のインキュベーションオフィスを立ち上げたANRI。今後は、スタートアップの認知を世の中のメインストリームに押し上げたいという思いもあると佐俣氏は語る。

スタートアップって、もともとはカウンターカルチャー的なものだったと思います。大企業からは見向きもされず、馬鹿にされていました。以前のインキュベーション施設も、そんなカウンターカルチャーの匂いがするからこそ、いいと思っていました。

ですが今は政府の「スタートアップ5か年計画」も始まり、スタートアップがメインストリームになるタイミングです。僕らが斜に構えている場合じゃない。ANRIも(設立時の)27歳・1人の組織でもありません。VCとしてLPの大事なお金を預かっている存在ですし、その責任もあると思ったんです。VCとしても、「(仲の良い、家族感覚のチームという意味で)ファミリー」としてやっていこうと考えていたところから、「組織」としてやっていこう、と。

例えば(新型コロナワクチン開発の)モデルナは2010年設立のスタートアップです。社歴で見れば、ANRIと変わりません。普通に考えるとモデルナは「人類を救っている」と思うんです。ですが(ANRIはそういうスタートアップを)作れていませんよね。モデルナのような会社でも、そうでなければダイナマイトのようなものを発明するでも、新しい物理法則を見つけるでもいいんですが、それを「僕」じゃなく「組織」としてやっていきたいんです。

2030年以降の「未来」をスタートアップと作る

佐俣氏が27歳のときに1人で立ち上げたANRIは、設立10年を過ぎてジェネラルパートナー(無限責任のパートナー)3人を含む、20人超の組織に拡大した。投資先は200社以上、ラクスルやクラウドワークス、UUUMなどのIPOをはじめとして、イグジット実績は10社以上になった。

また2020年に掲げた「4号ファンドにおける女性起業家投資先比率20%」という目標には、80社の女性起業家から問い合わせがあり、YOUTRUSTやSHEなどのスタートアップに投資を実行。目標を達成した。2022年7月にファーストクローズを発表した5号ファンドは2023年内に400億円規模でファイナルクローズを目指すが、そこでも女性起業家比率20%以上の実現を計画する。

かつては投資先であるコインチェックにおいて仮想通貨の流出事件が起こり、起業家とともに事態の収拾に奔走した。またプライベートについてスキャンダラスに報じられる投資先起業家もいた。佐俣氏の言葉を借りるなら、カウンターカルチャーと社会との摩擦に対峙(たいじ)することも少なくなかった。だが今では機関投資家からの資金も預かる、国内最大級のシードVCの1社として組織を拡大させている。

CIRCLEのオフィス入り口の壁には、ANRIのこれまでの活動を紹介した年表がある。2023年までの内容は同社のウェブサイトでも書かれている内容と同様だが、その先は空白になっている。2030年から先には「量子コンピュータ実用化」「自動運転の一般化」「人工子宮の開発」といった、投資先と成し遂げたい目標が並ぶ。ANRIはCIRCLEに集うスタートアップとともに、そんな未来の実現を目指す。

背景の年表は2023年から2030年が空白、そしてそれ以降にはANRIが目指す「未来」が描かれている
背景の年表は2023年より先が空白で、2030年以降には実現を目指す技術などが書かれている